アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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岩窟の聖母

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画像:岩窟の聖母 ルーヴル版(Virgin of the Rocks)1483-1486年
199×122cm | Oil on panel | Musee du Louvre, Paris

(松岡正剛の千夜千冊『マリア』クラウス・シュラ...:http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0359.html

「いつどこで『岩窟の聖母』を見たのかは忘れたが、その後長いあいだ、このマリアの表情に惹かれていた。極端なことをいうと、このような女性を心の中で夢想しつづけた。だから『居酒屋』のマリア・シェルには胸がつまるほど憧れた。
 なぜレオナルド・ダ・ヴィンチがこのような瞼を伏せた俯きかげんのマリアを描いたのかは知らない。が、その後いろいろ見ていると、すでにマサッチオにもリッピにもトゥーラにも、ウェイデンにもメムリンクにも瞼を伏せたマリアがいた。レオナルドとほぼ同時代のボッティチェリの『書物の聖母』では、振り返った幼童イエスを上から見つめるマリアが描かれていて、なぜマリアの目が伏せがちになっているかの謎を解いている。
 わが子を慈しむためにいつも伏目がちになっているマリアに、あえて正面を見させたのはラファエロだった。『小椅子の聖母』である。これはいまでもその絵を見るたびにドキッとする。」

伏し目がちなマリア像はラファエロのオリジナルかと思ったら、、、逆だったんですね!
「小椅子の聖母」は、前々回に出てますね。(^^)v

(レオナルド・ダ・ヴィンチ-岩窟の聖母 ルーヴル版- http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/davinci_rocks_a.html

「言わずと知れたルネサンス期の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ不朽の祭壇画『岩窟の聖母』。ミラノ滞在時に手がけられた本作の主題は原罪(#1)を犯さずにイエスを宿した聖母マリアの姿≪無原罪の御宿り≫と考えられているも、・・・(#2)。このルーヴル美術館版は画面全てがレオナルドの真筆とされ、本来ならばミラノのサン・フランチェスコ・グランデ聖堂の礼拝堂を飾る作品であったが、当時、レオナルドとこの祭壇画の依頼主との間で作品の構成や報酬を巡りトラブルがあり、それを仲裁した(当時ミラノを治めていた)フランス王ルイ12世に、レオナルドが献上したとされる。本作では聖母マリアを中心に、左に幼児の姿をした洗礼者聖ヨハネ、右部分に祝福を与える幼子イエスと、大天使ウリエルを配されているが登場人物に神的人格の象徴である光輪が描かれていない点や、大天使ウリエルが人差し指で首を斬る仕草を示している点、洗礼者聖ヨハネと幼子イエスの明確な区別が為されていない点(通常、洗礼者聖ヨハネにはアトリビュートである獣の衣や十字の杖などが描かれる)などから祭壇画としての役割が果たせないとして、祭壇画の依頼主から受け取りを拒否されている。なお一部では大天使ウリエルが洗礼者聖ヨハネの守護天使であることから、洗礼者聖ヨハネが神の子イエスを祝福していると、洗礼者聖ヨハネと幼子イエスの解釈を逆とした異説が唱えられているも、確証は得ていない。・・・」

モーツァルトの曲は、天国の調べを聞いてきたんじゃないかって言われてるけど、、、レオナルドの絵も、えもいわれぬ(この世の物とはとても思えない)美しさですよね。

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聖アンナと聖母子

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前回、ラファエロの「大公の聖母」に取り入れられたスフマート法で描かれたレオナルド・ダ・ヴィンチの未完の絵。

画像:聖アンナと聖母子(Sant'Anna, la Madonna e il Bambino con l'agnllo)
1508-1510年 168×112cm | Oil on panel | Musee du Louvre, Paris

「完成していればレオナルドの最高傑作のひとつとして数えられていたであろう、晩年期に制作された未完の大作『聖アンナと聖母子』。主題の≪謙譲の聖母子≫にマリアの母アンナがその膝に母子(聖母マリアとキリスト)を抱くというあまり例のない構図で描かれた本作は、画家の生涯で二度目となったミラノ滞在中、当時のフランス国王ルイ12世のために制作された作品だと考えられている。また未完とはいえ、人物の柔らかくも甘美さを併せ持つ表情や、スフマートで描かれる卓越した表現技法などから、多くの画家がこの作品を模写している。キリストに手を差し伸べ抱き上げる聖母マリアは、新約聖書ルカ福音書では、夫となる聖ヨセフとの婚約中、大天使ガブリエルから受胎告知を受けたとされる。五世紀前半からは神(キリスト)の母や無原罪の女性として崇敬の対象となった。この世の終焉に現れるメシア(救世主)とされる羊と戯れる幼子キリストの名称は元来、油を塗られた者の意で、王に与えられる称号であった。夫であるヨアヒムと20年近く連れ添いできた始めての子供で、聖母マリアの母として知られる聖アンナの我が子(マリア)と孫のキリストを見つめる表情は、聖者に相応しく穏やかさと慈しみに満ちている。

【マリアの母、聖アンナ】
夫であるヨアヒムと20年近く連れ添いできた始めての子供で、聖母マリアの母として知られる聖アンナの我が子(マリア)と孫のキリストを見つめる表情は、聖者に相応しく穏やかさと慈しみに満ちている。

【我が子を抱き上げるマリア】
キリストに手を差し伸べ抱き上げる聖母マリア。新約聖書ルカ福音書では、夫となる聖ヨセフとの婚約中、大天使ガブリエルから受胎告知を受けたとされる。五世紀前半からは神(キリスト)の母や無原罪の女性として崇敬の対象となった。

【羊と戯れるキリスト】
羊と戯れる幼子キリスト。この世の終焉に現れるメシア(救世主)とされるキリストの名称は元来、油を塗られた者の意で、王に与えられる称号であった。」

(レオナルド・ダ・ヴィンチ-聖アンナと聖母子-:http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/davinci_anna.html

レオナルドもラファエロも母なるものを求めた。彼らは早くに母がいなくて母からの慈愛に満ちた無限の愛(全てを受け入れてくれる)を知らない。だから、その愛の理想の、純粋な姿を追い求めることになった。普通の、平均的な(?)母の愛を享受してるものには見えないものまでも。
前回、男は永遠に究極母性を女性に求めてる、マザコンだって書かれてました。男はその意味で永遠に子供のままなんですよね。でも、女だって母に抱かれる、包み込まれる心地よい愛を求めるはずだと思うんですけどね?男と女で違いがあるとしたら、多分、女は子供を産むことによって、自ら母になれるからかもしれないと思ってます。男には永遠にこの感覚は分からないんでしょうし、女も自らの意志で母性が訪れるわけじゃないから、自覚しようも無いことかもしれません。

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