アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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宝屋

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お昼前でも、そんなにお腹は空いてなかったんだけど、、、せっかく岡山駅ビルに出来た(去年)という京都ラーメンを食べてきました。行列できてたけど、そんなに待たずに店内には入れたし、空きっ腹でもなかったのに大変食べやすかったです。コクはあるのにくどくないっていうか。おいしかったです。(食べたのは宝ラーメン:650円だったかな)値段も手頃なのがまたいいし。お勧めですね!^^v

「たからの宝
  どこにある
   おいしいあとの
    底にある」

って、パンフに言葉。意味深?どんぶりの底に「宝」があったのかな?スープ全部啜ったけど、、、気付かなかった。^^;ごっつぁんでした〜

携帯が替わって、最新のシャメ画像は進化してますね〜だって、画面が明らかに大きいのに肌理細やかじゃないですか。よりおいしさが伝わりそうで嬉しい限り。^^v
ところで、、、携帯の蓄電池の寿命って回数で決まってるらしいですね?そんなこと知る由もないわたしは毎日のように充電してました。。。から、約500回の天寿を全うしたため、急に使えなくなってしまいました。愛着あったけど、すぐに蓄電池が手に入らないとのことで、、、(商売上手?)乗り換えてしまわざるを得なかったんですが、結果オーライですね。^^

マーフィーの法則

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明日は雨が降って欲しくないな〜って思うと降らないことが多く、反対に、降ったらやばいな〜って思うと降っちゃうっていうようなことを法則のようにとらえてしまう人間の心理メカニズムをこう呼ぶのだと理解してますが・・・

「"Everything that can possibly go wrong will go wrong."「うまく行かなくなりうるものは何でも、うまく行かなくなる。」という種類の「経験則」で、アメリカ合衆国空軍が起こりとされる。日本でも1980年頃から計算機科学者を中心に知られ、1990年代前半に広く流行した。最悪の状態を常に想定すべしという面からはシステム開発をはじめ、労働災害予防、フェイルセーフの観点からも重要である(→ハインリッヒの法則)。また、「高価なもの程よく落ちる」といった一種の諦観を表す面もある。

「マーフィーの法則」の様々な表現

英語版によると、

"If it can happen, it will happen."

「起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる。」

が基本精神であって、その基本的表現は

"Anything that can go wrong will go wrong."
"Everything that can possibly go wrong will go wrong."

「うまく行かなくなりうるものは何でも、うまく行かなくなる。」

である。歴史的には後述のように、

"If that guy has any way of making a mistake, he will."

「何か失敗に至る方法があれば、あいつはそれをやっちまう。」

があり、更にパワーアップした

"If there's more than one way to do a job, and one of those ways will result in disaster, then somebody will do it that way."

「作業の手順が複数個あって、その内破局に至るものがあるなら、誰かがそれを実行する。」

が知られている。日常生活でも

"It will start raining as soon as I start washing my car, except when I wash the car for the purpose of causing rain."

「洗車しはじめると雨が降る。雨が降って欲しくて洗車する場合を除いて。」

という経験則は揺るぎ難いであろう。

O'Tooleのコメントは大変ふるっている。"Murphy was an optimist!"「マーフィーは楽天家だった!」

・・・」

お天気が続くと洗車したくなるのが自然、普通だから、、、でも、お天気は崩れるのがまた普通のことであって、、、このようなことに遭遇することはごくごく当たり前といえば当たり前かな?^^


画像:玄関の春の象徴
   花は春を喜び寿ぐ

シンクロニシティ

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前回にも出てきた「シンクロニシティ」について調べてみました・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3
「シンクロニシティ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

シンクロニシティ(英語:Synchronicity)とは、事象(出来事)の生起を決定する法則原理として、従来知られていた「因果性」とは異なる原理として、カール・ユングによって提唱された概念である。共時性(きょうじせい)とも言う。何か二つの事象が、「意味・イメージ」において「類似性・近接性」を備える時、このような二つの事象が、時空間の秩序で規定されているこの世界の中で、従来の因果性では、何の関係も持たない場合でも、随伴して現象・生起する場合、これを、シンクロニシティの作用と見做す。シンクロニシティを主題として、ユングは、理論物理学者パウリと共著で著書を出版している。

一般的概念

ユングは、全てではないにせよ、いくつかの偶然の一致(coincidences)は単なる偶然ではなく、文字通りの「同時発生(co-inciding)」か、あるいは普遍的な事象を作り出す力の連続性によるものであると信じたのである。これらの力により、直観的な意識と行動が調和する過程を、ユングは「個体化」と名付けた。集合的無意識による、個体化された人間の意識のコミュニケーションを通じて、現実の出来事が形成されるというのが、ユングの主張であった。
ユングの説明によれば、シンクロニシティとは「非因果的連関の原理」、言い換えれば因果関係の外部、あるいは因果関係に付随して働く連絡の形式である。
ユングのシンクロニシティの最も有名な例は、プラム・プディングに関わるものである。ユングの語るところによれば、Deschamps という人物が、隣家の de Fortgibu からプラム・プディングをご馳走してもらったことがあった。その十年後、Deschamps はパリのレストランでメニューからプラム・プディングを注文したが、給仕は他の客に最後のプディングが出されてしまった後だと答えた。その客とは de Fortgibu であった。更に数年後、 Deschamps はある集会で、再びプラム・プディングを注文した。Deschamps は昔の出来事を思い出し、これで de Fortgibu さえいなければ大丈夫だと友人に話していた。まさにその瞬間、年老いた de Fortgibu が、間違ってその部屋に入ってきたのである。

批評

シンクロニシティの理論は科学的方法による検証が不可能であり、概ね科学よりも疑似科学であると見做されている。確率論は、何の普遍的な連続性の力の介入なしに、普通の世界でプラム・プディングのような出来事の説明を試みることができる。しかしながら、その蓋然性を実際に計算するのに必要となる正確な変数を発見することはできない。これは、特定の個人的体験を記述するのにシンクロニシティが良いモデルでないという事ではない――が、シンクロニシティが「厳然たる事実」、すなわち我々の世界に現存する原理であると考えることを、拒否される理由ではある。

シンクロニシティは呪術的思考に陥っていると、主張する者もいる。
科学的手法が適用できるのは、(1)再現可能であり、(2)観測者から独立しており、(3)定量化できる現象のみに限られるが、シンクロニシティが科学的に「証明可能」でないとする議論の大部分は、レッド・ヘリング(訳注:「注意をそらせるおとり」の意味)である。
当然ながら、観測者独自の経歴がシンクロニシティによる出来事に意味を与える以上、シンクロニシティによる出来事は、観測者から独立していない。シンクロニシティによる出来事に関する独特な前歴がなければ、その出来事は誰にとっても、他の無意味で「ランダム」な出来事のようにしか見えない。シンクロニシティの原理は、自然界の出来事の連続性が持つ意味への疑問そのものを呼び起こす。
古典的な感覚では科学的に立証不可能ではあるが、ユングの表現する「非因果的連関の原理」の、より科学的な用語である「相関性」においては、シンクロニシティ現象の科学的な根拠は、発見されるかもしれない。
「相関性は因果関係を意味しない」は、よく知られた科学の原則である。しかし、相関性は古典的な因果関係によらず、現象間に共有される物理的性質かもしれない。遠く離れた出来事が、直接に物理的な因果関係で結ばれることなく相関性を持ち得るのは、量子力学の相関関係において明確に表されている(非局所性を参照せよ)。
ユング自身、この説を提唱する際、占星術の誕生宮と結婚のパートナー選択の対応を検分し、共時性原理を見出そうとしたが、調査対象が占星術を真剣に信奉している者たちであり、任意の標本ではなかった。ゆえに統計学的な基礎条件を備えていなかった。
通時性と対比させ,ソシュール言語学や文化人類学などでもよく使われ,さまざまな分野に用いられている。 http://www.aa.alpha-net.ne.jp/tatngo/book6-6(yuasa).htm http://www.nichinoken.co.jp/column/essay/essay_0704.html#04

検証不可能な事柄であるため、ここにも書いてあるように、「ユングは」・・・「信じた」のです。
別なところでも言及していますが、非ユークリッド幾何学がほぼどう時代に別々に離散的に発見されたことも、ニホンザルが芋だったかな?ある地域で洗うサルが現れたことが観察されたとき、やはり時期を隔てずしてかなり離れた場所でも同様の行為が報告されたようですね。これらはよくシンクロニシティの事例として聞き及んでいます。が、やはり、偶然(必然を孕んだ状況下での)を意味あることとして理解したいための論といえなくもないと思ったりしてます。^^;v


画像:カール・グスタフ・ユング
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0830.html

パウリ効果^2

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パウリ効果を体感してしまったパウリご本人のその後の話を見つけました・・・v
http://www.geocities.jp/hiroyuki0620785/yowa/paulieffct.htm

「深層心理学ユングと理論物理学者パウリとの交流・パウリ効果(Pauli Effect)の威力

 パウリの排他律の発見や電子のスピンの提唱者として有名な理論物理学者のヴォルフガング・パウリ(1945年ノーベル賞受賞)は少し変わった人だったようです。
 電子のスピンはアルカリ金属の発光スペクトルの研究中にパウリによって発見されましたが、その解釈に関してラルフ・ローニンが電子の自転によって発生すると考えることを提案しましたが、パウリはその考え方では電子の表面速度が光の速度を超えてしまうことから激しく批判し、そのためローニンはこのアイデアを公表しませんでしたが、その年の秋にオランダの若い物理学者が同じ考え方を簡単な報告書で公表し、先を越されてしまいました。
 このように、議論になると激昂し易かったようで、彼に対するある種の皮肉とからかいを含んだ逸話があります。
 物理学者には主に実験の実施をする実験屋といわれる人たちと主に理論作りをする理論屋といわれる人たちがいて、その間には微妙な軋轢があるようで、彼の仲間達の間では、彼を実験装置に近づけると何か不具合が生じる恐れがあるというジンクスがありました。とはいっても、まったく根拠がないわけでもありません。
 1948年のチューリッヒで、深層心理学の大家であるカール・グスタフ・ユングを顕彰するユング協会がパウリを招待していたとき、彼が部屋に入ると中国製の花瓶が落下して壊れてしまいましたが、何か外部の影響があったわけでもないにもかかわらずこの事件が生じてしまいました。
 さらに、彼がプリンストンを訪問中に、プリンストン大学のサイクロトロンが突然火災を起こし完全に破壊されてしまいましたが、この火災の原因はいまだに不明のままです。
 このような実験の不成功に繋がる実験装置の故障、誤動作、破損等の偶然が重なって、後にパウリが近くに居たことが明らかになるのです。 特にパウリの仲間である実験物理学者たちは、このような事象の発生を密かに恐れていました。
 これが「パウリ効果」と呼ばれるもので、特に、ステルン・ゲーラッチの実験(電子のスピンには上向きと下向きがあることを実験で証明した)で有名なオットー・ステルンはパウリ効果を恐れるあまり、パウリの研究所への出入りを禁止したほどです。(おまえは俺のおかげでノーベル賞を貰えたのだから、もっと敬意を払え?)
 このような彼のオーラは広く知られるようになっていて、特に彼の仲間たちにある種の懸念(彼が近くに居ると実験が不成功となる)を抱かせるようになっていました。実験屋にしてみれば、失敗は自尊心の傷つくことで、それを乗り越えてこそ本当の成功があるのですが、現実に失敗が起きると、その原因を他に求めたくなります。
 当然のことながら、最先端の実験では数多くの失敗の上に成功があるので、成功するのは極まれのことで通常は失敗の連続といった方が正しいのでしょう。従って、実験装置や、実験関連装置は彼がどこに居ようが必ず壊れたり、誤動作したりするものですのですから、そのとき、彼が近くに居ることも当然です。実験屋たちはそのこと(彼が良く現場に出かけ、実験に文句を付けた?) が、実験者達にある特別な緊張を強いることになり、故障や不都合が生じ易くなるためであるという言い訳をして、パウリ効果が発生したのだからやむを得ない(自分の未熟さのせいではない?)として密かに安心していたようです。
 一方、彼自身はそのような事象があると反面面白がっているようでもあり、そのような彼の仲間たちのユーモア(口撃)に対し、時々、ジョークで応酬していました。 ポール・アレンフェストに宛てた彼の手紙の中で、それは“神様のむち”であるとジョークの応酬を書いています。
 そして、理論家らしく、難しい言い訳をして煙に巻いていたようです。それは、二つの事象(一つはパウリがそこに居た)が同時に発生したことは、深層心理学のシンクロニシティ(Synchronicity 共時性(きょうじせい)とも言う)のように因果関係が無くても発生する現象であり、明確な原因と結果で説明はできないけれど、将来それが解明されるかもしれないといっていました。しかし、彼にはある種の心理学的な力を送って、奇妙な事故を引き起こす能力があるとする、仲間の実験屋たちの恐れは消えませんでした。
 しかし、彼自身もこの能力について真剣に悩んでいて彼の大学の有名な心理学者ユングの心理分析を受けたりしていましたが、ついに、 彼のこれらの経験はユングと共にシンクロニシティについて共同で著書を出版するまでになってしまいました。
 それは1952年ユングが初めてを視野に入れてシンクロニシティの理論を発表した『自然現象と心の構造』(海鳴社)でした。
 凡人には理解できない一見突飛なこの理論ですが、超心理学のユングと量子力学のパウリという二人の偉大な天才たちにとっては、将来科学的な根拠が発見されると信じるにたる理論なのです。
 彼のいうシンクロニシティとは、何か二つの事象が発生し、因果性では関係を持たないのに、繋がりがあると思われる現象(相関性)が生じることをいいます。
 この相関性という言葉の意味は因果関係を意味しないのですが、二つの現象間にあるかもしれない物理的な性質のことで、独立して発生した現象の物理的な因果関係を説明(観測)できないが、全体としてみると(統計的に)明確な関連があるのは相関性を持つことを示しており、量子力学では電子の波動性や不確定性原理等で取り扱われている現象です。
 ところで、この「パウリ効果」が意外な現象を生起こすことは理解いただけたと思いますが、パウリが発見した原子の電子配置を決める原理は、なぜ「パウリの原理(Pauli principle)」か「排他律(exclusion principle)」ではなく、「パウリの排他律(原理)(Pauli exclusion principle)」なのでしょうか。
 現在では「パウリの原理」を使う人も増えているようですが、一般に原理や法則等の名前は「オームの法則」のように[「人名」の「原理、法則、定理」]の形か,「不確定性理論(Uncertainty principle)」のように[「機能」+「原理、法則、定理」]の形が一般的ですが、あえて[「人名」の「機能」+「原理、法則、定理」]の形にして、さらに否定的な意味を持つ「排他exclusion」という言葉を使ったのか、もう少し適切な名前があったのではないかという疑問があります。
 一説には、パウリ自身がパウリ効果を気にしていて、「パウリの原理」だと「パウリ効果」と混同されてしまうのではないかとの懸念を持っていて、この混同を避けるのと、彼の中間達への皮肉をこめて、「パウリの排他律(原理)」としたのではないかとの説があるようです。」

まんまの引用です。Orz〜

本当の(?)偶然に遭遇してしまったとき、人はそれを奇跡と呼んだり、パウリさんみたいに何とかして了解可能な物語を創造するしかなくなるだろうなってとは思いますよ。^^v
偶然は必然(了解可能)と異なり、そこにはどんな因果関係も介在しないものだと思いますが、、、目の当たりにした者にとっては世界観が変わってしまうほどの衝撃を受けるでしょうね。生命がこの地球上に生まれたのも偶然だってことですが、、、生まれる諸条件はクリアーできていたことも事実であるはずで、、、そうならば、偶然の産物って呼んでいいのかな〜^^;v
人間が言葉を手にしたのも偶然?それとも脳の神経細胞の突然変異(これは偶然だとしても)的な増殖、増加による必然コースをたどっただけ?
惑星が衝突して恐竜が絶滅しなかったとしたら、、、いまの人類の繁栄は果たしてあったのかなんて思うと、、、偶然の要因によっていまの当たり前と考えられてる状況がもたらされてるだけなんだって思えてきませんか?ほとんどのことは偶然の賜物、天恵であって、それを理解しようとすることは、人間の自己満足、フィクションとしての理論、概念、、、妄想との差異を見いだせない?^^;

画像:若い頃のヴォルフガング・エルンスト・パウリ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「エルンストという彼のミドルネームは、名付け親の物理学者エルンスト・マッハに敬意を表して付けられた。」

陰謀のセオリー

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いや〜おもしろかった♪
サスペンス、スリル、コミカルラブロマンスが全て詰まった傑作に思えました。よく知らないままに言ってるけど、メルギブソンってコミカルな味持ってますよね?ジュリア・ロバーツの目もよかったな〜^^v 相手を信じてる自分を、信じてるときの目といえばいいのかな?とっても奇麗な素敵な目を見せて頂きました。Orz〜v

ちなみに、、、専門家のコメントは辛口みたいですね〜^^;

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E8%AC%80%E3%81%AE%E3%82%BB%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%BC
「「リーサル・ウェポン」シリーズのスタッフと俳優陣が、ジュリア・ロバーツを迎え入れて作った単発の作品。しかしストーリーの進行は説明不足で強引な展開が随所に見られ(ジョナスの目的が「ジェリーから情報を聞き出す」「ジェリーを殺す」「殺さずに自白させる」と二転三転するのは何故か? 最初の拷問でジェリーはかなりの重傷を負ったのに病院から脱出するシーン以降全く元気なのは何故か? 牧場でアリスは狙撃手の手をどうやって逃れたのか? アリスはクライマックスの前に、ジェリーが拉致されているのが古い精神病院であると何故分かったのか? など)、そのため一般に評価は低い。

しかしヒーロー役の多いメル・ギブソンが敢えてマニアックな特徴を持ち合わせた異常者を熱演している(彼自身陰謀論には詳しいらしい。冒頭の、タクシーの乗客に聞かせる陰謀譯は彼のアドリブである)のをはじめ、ロバーツやスチュワートの演技も良く、また音楽とそれにマッチした編集もあって娯楽映画として一応の体を成している。」

少々の齟齬があったって(わたしにゃそんなことはどうでもいいことで、、、流れ的には自然についていけましたし。。。)エンターテイメント(楽しませてくれる作品)として充分堪能できました。^^v
ところで、女性って、、、ストーカーまがいの行為を知ったら嫌悪感しか抱かないものなんですか・・・?^^;

画像:陰謀のセオリー

Conspiracy Theory

Richard Donner / Mel Gibson,Julia Roberts,Patrick Stewart / 1997

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