アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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479

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問題479

有名なニュートンさんが考えた?という
ニュートン算です。

一定の割合でお湯がわき出る温泉があります。
この温泉のお湯を12台のポンプでくみ出すと
80分でくみつくし、5台のポンプでくみ出す
と240分でくみつくします。
ここで、問題です。19台のポンプならば何分
でくみつくすでしょうか?







































解答

・わたしの

(□+80△)/12*80=(□+240△)/5*240=(□+○*△)/19*○
前2式から、5*(□+80△)=4*(□+240△) から、
□=560△
つまり、(560+80)*△/12*80=(560+○)*△/19*○ から、
3*(560+○)=38*○ から、○=1680/35=336/7=48 分♪
方程式ですわ ^^;

こんなの小学生の時にはどうやって解いたんだろうかしら。。。^^;

・ma-mu-ta さんのもの Orz〜

ニュートン算の基本で

ポンプ1台が1分で汲み出すお湯の量を[1]とすると、
ポンプ12台80分で汲み出す量は、[1]×12×80=[960]
ポンプ5台240分で汲み出す量は、[1]×5×240=[1200]
すると、[1200]−[960]=[240]が、240−80=160分で湧き出ることになるので、
湧き出るお湯は1分あたり、[240]÷160=[1.5]
80分で湧き出たお湯は、[1.5]×80=[120]なので、
はじめに溜まっていたお湯は、[960]−[120]=[840]
これを19台のポンプで汲み出すと、
湧き出るお湯との差は1分あたり、[1]×19−[1.5]=[17.5]
よって、19台のポンプで汲み尽すのにかかる時間は、
[840]÷[17.5]=48分

なるほど♪ わかりやすい ^^v

画像:ウルビノのヴィーナス 1538年・・・わたしの好きなヴィーナス ^^

   ティチィアーノ:ルネッサン期のイタリアの画家、90歳近い長寿を保ったそうです。
上の作品は40半ばのものです。こんな絵は枯れちゃあ描けませんよね。^^;v

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問題478

<サイコロの目のつけ方の規則性>上図

さいころの目のつけ方には次のような規則性があることが分りました。

?@ サイコロはどうして表と裏の目をたすと7になる

?A 1,2,3は左まわりの順になる。

下図は11種類ある立方体の展開図の1つです。
この展開図に左の規則性を使ってサイコロに目を書きます。

ここで、問題です。
この展開図に目を書き込む場合、何通りあるか考えてください。

ただし、(A)と(B)は回転させると同じになりますから1通りと考えて下さい。










































解答

・わたしの

立体図をばらすことを考えると、連続3個なので、
126,136,156,146 と一つの数に4個対応。
同様に、
215,265,235,245
314,324,354,364
4,5,6 から始まるものは、上にでてるものの逆になるだけだから、結局、3*4=12 通り。♪

追加:ダンディ海野さんから

サイコロには、1・2・3が左回りのものと右回りのものの2種類のもの考えられますよね。
 そこで条件として、「表裏の目の和は7である。」だけなら(問題の条件が?@だけなら)、
この展開図に目を書き込む方法は・・・・・・・・24通り・・・ですよね?

わたしも単純にそう思いますが。。。^^;v

ヴィーナスの変遷^8

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前項の続きです。Orz〜

http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~ssuzuki/ClassLecture/Matriachy_Myth_Hyuga_Transformation_Venus.htm

「躍動とパッション:「聖テレサの法悦」カラヴァッジョ:167 
――聖母の絵も花の絵も同じ価値がある――ミケランジェル・メリジ・ダ・カラヴァッジョ(一五七三−一六一〇)は、マニエリスムの知的な気取りに対し意識的に反抗する態度をとったイタリアの画家だ。彼は果物、ジプシー女、聖母の中に同じものをみて描いた。
日向あき子『ヴィーナス変貌』(白水社、1982年)167

汚わいと禁忌のなかに聖なるものをみる→女性的な混交原理」

画像:聖テレジアの法悦 (The Ecstasy of Saint Therese)1645-1652年 | 383×225cm | 大理石 | 高さ:350cm

http://www.salvastyle.com/menu_baroque/bernini_l_therese.html

「サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア聖堂 コルナーロ礼拝堂
巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの、そしてバロック彫刻の最高傑作『聖テレジアの法悦』。16世紀スペインの神秘的思想家であり、シエナの聖カタリナ同様、最初の女性教会博士として聖列された聖女テレジアの奇蹟的な法悦(脱魂)体験を題材に制作された本作は、聖女が神に魂を触れられることによって浮かべる恍惚(エクスタシー)の刺激的な表情と、甘美かつ大胆な運動性を取り入れながら決して聖性を失わない彫刻の表現は、まさにバロック様式の美の到達点を示している。また本作の主題≪聖テレジアの法悦≫とは、聖女が幻の中に見た天使によって自身の心臓を火の矢を突き刺されるも、激しい痛みと共に神の愛撫による絶対的な恍惚を感じた脱魂体験を指すもので、17世紀に起こった対抗宗教改革期によく表現された主題である。」

よく理解できていないので余りコメントできませんが、、、Orz〜
ようは、神として崇め奉っていたヴィーナスが、より人間的な聖俗合わせ持った女性として表されるようになってきたってことですよね。だって、天上から、地上へと舞い降り、しかも、禁断のリンゴまで食べちゃったんだもんね。^^

ヴィーナスの変遷^7

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久方ぶりに。。。「ヴィーナスの変貌」の続きです。Oez〜

http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~ssuzuki/ClassLecture/Matriachy_Myth_Hyuga_Transformation_Venus.htm

「エロスの迷宮化(前):「愛の寓意画」
マニエリスムス:
シェイクスピア「愛する女が誓っていう、「私は誠実そのものよ」と/私は彼女の裏切りをしっている/だがその言葉を信じるのだ」131 
→鋭い刃で傷を受けながら、なお微笑をたもとうとする者の顔

エロスの迷宮化(後):「ユディット」(クラナハ)+「狩をするディアナ」
ユディット、バテシバ、サロメ

ギャルソンヌ(1920-30年代に流行した「男の子っぽい女の子」)156 
両性具有
例 フォンテブロー派「狩をするディアナ」1550-60年」

図像:上:ハンス・メムリンク Hans Memling c1440-1494 <真実の愛の寓意の祭壇画>、1490年頃、左側はニューヨークのメトロポリタン・ミュージアムに、右側はロッテルダムのボイマンス美術館にそれぞれ分散保存されています。

http://blog.livedoor.jp/ikedesu/archives/50061835.html
「「愛の馬」とハンス・メムリンク<真実の愛の寓意>
・・・
凱旋の動物の中でも愛と結びついたのには、馬のイメージの中でも忠実さや生命力といった側面の存在が大きかったのでしょうが、「貞節」=「一角獣」のセットもあるので、愛にも二種類あることになります。「貞節」とはここでは、卑近な言い方をすれば「肉体的な愛」である「愛」に対する「精神的な愛」を意味し、つまりは「俗なる」愛に対する「聖なる」愛をうけもっています。プラトニックな聖愛に、処女(=貞節)にしかなつかない一角獣が自然な流れで対応したので、もっぱら馬が俗愛をうけもつようになったのでしょう。

おもしろい作例があります。ハンス・メムリンクの小型祭壇画で、左翼には穏やかで幸せそうな表情をした、うら若き女性が描かれています。彼女はカーネーションを持っているので、おそらく婚約したばかりの処女であろうと想像できます。右翼には茶と白の二頭の馬がいます。茶色の馬がまっすぐ女性の方を見ている一方で、白い馬は女性に見向きもせず小川の水を飲んでいます。
寓意に満ちたメムリンクによる作品ですから、ただ二頭の馬だけ意味もなく描くはずもなく、白い馬の方は目の前にある直接的な欲求(水)に屈していて、茶色の馬の方はそれに惑わされずに精神的な愛をささげる対象(女性)の方を見ていることで、前者を「一般的な愛」として、そして後者を「プラトニックな愛」として描いているのだろうと考えられます。白馬の背に乗っているのが動物的な欲求をしばしば代表する猿であることからも裏付けられます。もちろん、これ以外の面白い見方もあるかもしれません。
凱旋図像で一角獣と馬が分担する役割とほぼ同じものをここでは白と茶色の馬が分担していることがわかります。普通は白の方がプラトニックに相応しいような気がしますが、茶色がその役割を果たしているのは興味深いですね。」

画像:中:Vanity

http://blog.livedoor.jp/rsketch/archives/cat_400129.html

「メムリンクの馬が気になって、Web Gallery of Artをみていたら、こんな作品を発見しました。
<Vanity>という作品です。ここでは、馬ではなくてグレーハウンドという猟犬が右側にいるのですが、やはり2頭がペアになっているところ、しかも白と茶の2頭というところに共通点がみられて興味深いです。(もしかしたら、この2頭は夫婦という解釈もありかも・・・?)
この作品は、このように3連祭壇画の中央パネルになっているとのことで、<真実の愛の寓意>とはサイズも微妙に違うのですが、こうやって3連祭壇画として見ていなかったら、この作品が<真実の愛の寓意>の中央パネルなのでは?と思ったかもしれません・・・。
というのは、照応関係が多く見られると思うのです。

<真実の愛の寓意> 白と茶のペアの馬 : <Vanity>  白と茶のペアの犬
<真実の愛の寓意> 着衣の乙女 : <Vanity>  裸婦の乙女
<真実の愛の寓意> 赤いカーネーションをもつ乙女 : <Vanity>  鏡を持つ乙女

<Vanity>・・・虚栄とされる作品だけど、鏡をもった裸婦を<真実>と解釈することもできるのでは・・・?
もっといってしまうと、<真実の愛の寓意>は地上の愛、<Vanity>は天上の愛と考えることもできるのでは・・・?うーん、制作年代も近そうだし、気になって仕方がありません。」

画像:下:ホロフェルネスの首を斬るユディト 1595-1596年頃(Santa Caterina d'Alessamdria)
145×195cm | 油彩・画布 | ローマ国立美術館

http://www.salvastyle.com/menu_baroque/caravaggio.html
「人間の暴力性と残虐性がよく示される傑作『ホロフェルネスの首を斬るユディト』。カラヴァッジョ自身の持つ暴力性と残虐性によって表現される本作は、軍を率いてベツリアの街を侵攻する将軍ホロフェルネスを殺害するため、美しい未亡人であったユディットが将軍ホロフェルネスに近づき、泥酔したところを剣で斬首する架空の物語≪ホロフェルネスの首を斬るユディト≫を典拠として描かれており、その類稀な暴力性と残虐性によって、17世紀に活躍した女流画家アルテミジア・ジェンティレスキなど、幾多の画家に多大な影響とインスピレーションを与えた。
・・・
【斬首され、絶命する将軍ホロフェルネス】
斬首され、絶命する将軍ホロフェルネス。斬首される将軍ホロフェルネスの断末魔を思わせる表情は、非常に緻密かつ写実的に描かれており、この暴力的な写実性から、後にカラヴァッジョは実際に人を殺害したと噂が立った。」

画像:最下:ディアナの水浴(狩りをするディアナ)(Il bagno Diana (Caccia di Diana)) 1616-1617年 225×320cm | 油彩・画布 | ボルケーゼ美術館(ローマ)

http://www.salvastyle.com/menu_baroque/domenichino_diana.html

「17世紀ボローニャ派を代表する画家ドメニキーノの神話画『ディアナの水浴(狩りをするディアナ)』。本来アルドブランディーニ枢機卿がティツィアーノが手がけたバッカナーレの続編として画家に注文するも、シピオーネ・ボルケーゼ枢機卿が強引に自分のものにしたという逸話も残されている本作に描かれるのは、ローマ神話からユピテルと巨人族の娘レトとの間に生まれた双子のひとり(もう一方は太陽神アポロ)で、多産や狩猟を象徴する地母神であり、純潔の象徴でもある女神≪ディアナ(ギリシア神話ではアルテミスと同一視される)≫の狩りの場面で、ドメニキーノ特有な温和で古典的な雰囲気の中に描かれる、輝くような肌の質感や官能性を含んだ女神やニンフらの表現が秀逸で、特に画面下部で水浴するニンフの甘美な眼差しや肢体などに代表される各箇所の濃密な表現や、風景画を思わせる森林や遠景の穏やかな表現は盛期ルネサンスの名画にも引けを取らない白眉の出来栄えである。本作に描かれる女神≪ディアナ≫は兄アポロと同じく狩りの名手として知られており、その手には弓と矢筒が、そしてディアナは月の女神でもあることから頭上には三日月が描かれている。
・・・
【弓を射るディアナの従者ニンフたち】
弓を射るディアナの従者ニンフたち。本作に描かれるのは、ローマ神話からユピテルと巨人族の娘レトとの間に生まれた双子のひとり(もう一方は太陽神アポロ)で、多産や狩猟を象徴する地母神であり、純潔の象徴でもある女神≪ディアナ(ギリシア神話ではアルテミスと同一視される)≫の狩りの場面である。
【水浴するニンフの官能的な視線】
水浴するニンフの官能的な視線。ドメニキーノ特有な温和で古典的な雰囲気の中に描かれる、輝くような肌の質感や官能性を含んだ女神やニンフらの表現が秀逸で、特に画面下部で水浴するニンフの甘美な眼差しや肢体などに代表される各箇所の濃密な表現は白眉の出来栄えである。」

画像:風景の中のヴィーナス(Venus in einer Landschaft)1529年 38×29cm | Oil on panel | Musee du Louvre, Paris

http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/cranach.html

「ルーヴル美術館が所蔵するクラナハ作品の中でも特に有名な作品のひとつ『風景の中のヴィーナス』。このイタリア・ルネサンスから学んだエロティックに表現される裸婦像を描く口実としてクラナハは、神話に基づく題材、とりわけヴィーナス、ヴィーナスとキューピッド、バリスの審判、クルレティアなどの主題で描いており、本作のその典型作と呼べる。・・・
【透ける布服と美しい肌の質感】
より官能的な印象を与えるヴィーナスが纏う透ける布服と美しい肌の質感。クラナハはイタリア・ルネサンスから学んだ官能性の影響が如実に表れる裸婦像を神々の姿を用いて描いた。」

To be continued...

ゲーテの色彩論^2

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前項からの続きです。
http://maijar.org/sugoi/column/text/giworamu/text2.html Orz〜

「色で光を描く ― 色彩の革命 ―

 まずは次の絵をご覧下さい。ゲーテと同じ時代の画家、 ジョセフ・マロウ・ウイリアムズ・ターナーの「ベネチア湾の眺め」という絵です。

画像:上:ターナー「ベネチア湾の眺め」

 ターナーは光り輝くベネチアの海と街を描きたかったのでしょう。 その光景を彼は白と黄色と青、たった3色の色で表現しています。 一応断っておきますと、ターナーだって絵によっては赤や緑も使っているのですが、 ここでは意図的に極端な例を挙げています。 ターナーの典型的な作風といえばやはり白と黄色と青なのです。 色環で表わすとこうなります。

画像:中:ターナー「ベネチア湾の眺め」の色使い

これは、ゲーテの色彩論の

・白とはまぶしくて色が見分けられないこと。
・まぶしい光が暗くなった時に最初に見える色は黄色。
・暗い光が明るくなった時に最初に見える色は青。
・色環の向かい合う色同士は引きたて合う。

を地で行っているように見えます。 実際、ターナーがゲーテの「色彩論」を読んでいた可能性は非常に高いと言われています。 この色使いでターナーは「光の魔術師」、そして後に「印象派の先駆者」と呼ばれたのでした。

 ターナーが「印象派の先駆者」ならば、本家「印象派」はどういう色使いをしていたのでしょう。 次にターナーより50年ほど後に活躍した印象派画家ベルト・モリゾの「読書する少女」という絵をご覧下さい。

画像:下:モリゾ「読書する少女」

 ここまで読んでこられた貴方なら、印象派の色使いが実に豊かであることが もうお分かり頂けるのではないかと思います。 この色の変化、そして大胆な白の入れ方。今でもCGを塗る時に十分に参考になりそうです。 少女の髪と肌は強く光が当る白から、黄色、若干の緑を含みながら赤→紫へと変化していきます。 服は白から、黄色、若干の赤を含みながら緑→水色→青と塗られています。 バックの観葉植物にもご注目下さい。パッと目は緑ですが、ここもやはり白→黄→緑→青と塗り分けられています。
 色環に合わせて見るとこうなります。

画像:最下:モリゾ「読書する少女」の色使い

 印象派は色環をぐるりと囲むように色を使っています。 こうすることで、ただ光が感じられるだけでなく、色同士がなじむのです。 先ほどのターナーの「ベネチア湾の眺め」も光の感じられる絵でしたが少しギンギンしています。 それに対してモリゾの絵はやわらかな光があるように見えないでしょうか?
 そして更に、手前に見せたいものほど赤を多く使い、奥まって見せたいものほど緑を多く使って、 色合いによって奥行きを出そうとしているようにも見えます。 特に緑系の観葉植物の前に赤系の少女の顔を置くことで、少女の顔が引きたてられています。
 これらは、ゲーテの色彩論の

・白とはまぶしくて色が見分けられないこと。
・まぶしい光が暗くなった時に最初に見える色は黄色。
・暗い光が明るくなった時に最初に見える色は青。
・色環の向かい合う色同士は引きたて合う。
・色環の隣り合う色同士はなじみ合う。
・赤にはプラスのイメージがある。
・緑にはマイナスのイメージがある。

に当てはまります。どーだ、凄いだろ。(お前がやったんじゃないって。>自分)
 実は印象派の画家達は、理屈が好きではなく、色彩論そのものにはあまり興味がなかったそうです。 しかし彼らはターナーやドラクロワ (ターナーと同じ時代の、やはりゲーテの影響を受けていた画家。あまりにゲーテ好きで「ファウスト」の挿絵まで描いています。) を通して色彩論を採り込んでいたのだと考えられています。 そして後の研究者たちによって、印象派の絵が色彩論に非常によく当てはまることが分かったのです。」

画家って、ロゴスからはほど遠い部分を表してるんだと思ってたけど、その手段には、遠近法しかり、こういった、いってみれば科学的理論(ロゴス的)をそれこそ貪欲に取り込んでたんだね。^^
見えるまま描けば、、、ゲーテの色彩論が結果的に当てはまってたってわけではなそうですもんね。やっぱりゲーテってすごい!

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