アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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【SWLABR】スーラバー

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朝からの雨も止んでコーヒー日和の半ドンに恵まれました。^^v
倉敷駅前通りの【SWLABR】スーラバーって、喫茶店を訪れました。v
名前が非常に読みづらい。。。夜はバーになるって。。。奥には、レコードやらCD やらが一杯棚に所狭しと並んでいました。今思ったけど、、、「soul bar」って意味じゃないのかな?また今度尋ねてみますね。^^
入り口を入ると右手がソファー、左手にふつうの喫茶店風のセット。何やら怪しい雰囲気のお店ではあります。が、人気のbaked cheese cake をふつうのと抹茶入りをオーダーしてみました。^^ もちろんコーヒーもね。カップが広くって気に入りました。。。
味?う〜ん、、、スタンダードかな?当直明けで、やや眠い頭で、しかもタバコスパスパ吸ってたあとだったから、、、素の味は分かっちゃいないんだろうかな。。。^^;
変わったお店でいいんじゃないかな。☆☆

住所:倉敷市阿知2-18-2
TEL:086-434-3099
営業時間:11:30-3:00
ランチ:11:30-15:30
定休日:木曜日
P:なし

近くの駐車場にパーキングしましたが、、、帰りまた弱いとはいえ雨に遭いました。。。
俺って、晴れ男のはずなんだけどって、、、思ってたら、車に乗った途端雷&夕立っぽくなったからやっぱりついてたんですよね。v

ジェントルマン^3

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同じく続きです。。。^^ Orz〜

「アルマーニのデザインの根底にある思想とは“モーダの原点”に帰るということである。権力やステイタスを誇示するオートクチュール(アルタモーダ)から、イタリア人がルネッサンス時代に生み出した“美しい”“人間らしい”“着心地のよい”服に戻るということである。したがって、このコンセプト自体は新しいものではない。アルマーニはこのコンセプトをイタリア型デザインとして結晶させ新しく興りつつあったプレタポルテに結びつけたのである。アルマーニが行ったこともまた、既存のコンセプトの新しい組み合わせである。イノベーションという言葉が最近しばしば使われ、経済発展を生み出すのはイノベーションであるとの認識が定着している。この言葉はシュンペーターが 1912 年に著した『経済発展の理論』の中で初めて持ち出した概念で、イノベーションとは新しい結合(NEUERKOMBINATIONEN)であると言っている。日本ではイノベーションは技術革新と翻訳され科学的な新しい発見と理解されているが、シュンペーターのいうイノベーションとは、必ずしも新しい科学的発見に基づく必要はなく、既存の知の新しい結合も含む。したがって、上に述べたアキーレ・マルモッティが行った新しい結合もアルマーニが行ったこともイノベーションなのである。・・・」

http://www.tsushin.tv/brand/milan/ga.html

「 GIORGIO ARMANI

起源:1975年、ジョルジオ・アルマーニがジョルジオ・アルマーニ社を設立。
現デザイナー:ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio ARMANI)。1934年7月11日、イタリアのピアチェンツァに生まれる。60過ぎにもかかわらず、冬でもTシャツ(濃紺)を着用する、白髪・紅顔・丸顔のとてもエネルギッシュな男性。ほとばしる男らしさ。だが、ゲイらしい。医学を志し、兵役を経て、紳士服のデザイナーになるという、不思議な経歴。57年から64年までミラノの百貨店「ラ・リナシャンテ」のバイヤーを務める。64年に、セルッティ社のメンズウェア「ヒットマン」のデザイナーに就任。75年、セルジオ・ガレオッティと共にジョルジオ・アルマーニ社を設立。贅沢な素材と美しいシルエットに着心地の良さを追求し、絶妙なカッティング技術で一躍スターダムにのし上がる。79年、エレウノのデザイナーに就任。81年、セカンドライン「エンポリオ・アルマーニ」を発表。同年、「アルマーニ・ジーンズ」も発表。82年、デザイナーとしてはクリスチャン・ディオール以来、「タイム」誌の表紙を飾る。80年代後半にソフトスーツを考案して大ブームを起こし、紳士服のパターンを活かした婦人服で、いわゆる「キャリアウーマン」をリード。95年にはスキーウェアとゴルフウェアを発表し、ライセンスを拡大している。ひとむかし前には「ジャケットの帝王」等と呼ばれて、モード界の最先端に位置。完璧主義者として有名で、それゆえ「ミラノキング」、「マエストロ・ディ・マエストロ」(巨匠中の巨匠)と呼ばれ、独自の荘厳なスタンスを展開する。・・・
コメント
  ブラックやミッドナイト・ブルー、ネイビー等、ダークな寒色系を基調としたそのシンプル且つ芸術的なラインと素材の良さ、なにより縫製技術の高さを駆使したそのデザインセンスは、他の追随を許さない。まさしく匠の域。・・・モデルは通常、オーディションになると、次の仕事もあるのでし早めに切り上げたいから、オーディションが始まると我先にと受けたがるもの。しかし、アルマーニのオーディションともなると結構引っ込んでしまい、他のモデルに先に受けさせて出方をうかがう傾向になってしまう。そんな逸話も耳にしたことがある。とにかく、色々な面でスケールの大きなブランドである。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%8B

「・・・現在は、ファッションブランドの枠を超え、トータル・ライフスタイル提案型の巨大ファッション・ブランドにまで成長した。アルマーニは、インタビューで次のように答えている。「あくまでもナチュラルで、着心地がよく、現代生活にマッチするもの。そんなデザインを追求していくと、自然とシンプルなものになっていく」「ファッションでも、いささか奇抜なディテールで人を驚かせようとする意図がはっきり感じられるのは、無意味だと思うんだ。まあ、意味がないし、不安にもさせられる」アルマーニの服には、時代を超えたエレガンスがあり、究極のモダニズムが宿っている。表現が悪いかもしれないが「着る人を選ぶ」ブランドである。またハリウッドスターを含めセレブリティー達に愛用者が多いのは、アルマーニの服の価格から「アルマーニを買える=成功者の証」と言う図式が背景にあるからである。

エピソード

* アルマーニ語録で「私はニセモノが嫌いだ。見せかけの真実は見たくない。」は有名である。
* 82年の米TIME誌の表紙を飾ったのは、ファッションデザイナーではクリスチャン・ディオール以来2人目。
* トレードマークは紺の半袖Tシャツに黒のズボン。
* 大の映画好きで、映画監督のマーティン・スコセッシとは友人関係にある。
* モード界の帝王と呼ばれ、完璧主義者である。完璧主義であるがゆえ、中途半端な外国語は話さない。
* 2005年の来日時に「引退後の後継者は?」と質問され、「私が70歳のおじいちゃんに見えますか」と軽くあしらった。
*・・・個人的に親しい有名人は数知れず、日本人だけでも建築家の安藤忠雄やスポーツ選手のカズ(三浦知良)や中田英寿に作家の村上龍等が居る。
* 27年前に初めて映画「アメリカン・ジゴロ」でリチャード・ギアの衣装を担当し、この映画をきっかけに、ハリウッドで一躍有名となった。顧客リストには、レオナルド・ディカプリオ、ジョージ・クルーニー、ジョン・トラボルタ、クライブ・オーウェン、ソフィア・ローレン、ジョディ・フォスター、シャロン・ストーン等のハリウッドのセレブリティ達が名を連ねている。2006年、イタリアで挙式を挙げたトム・クルーズとケイティ・ホームズのウェディングドレスも彼がデザインした。
* 20世紀で最も成功したデザイナーであり、雑誌フォーブスの世界長者番付においても、常にランクされている。」

専門用語はよく分からないし、、、アルマーニなんて着たことないけど、、、なんだか着心地のよさそうですね。。。^^v
ふつうに求められてるものに対してそれを満たす発想って素直なものなのにね、、、いつの間にか偏ってしまって、、、でも、いいものはいいから、衣食足りて差異を求めるようになった人(着る人を選ぶって意味かな?)にとっても、元来備わってる美的感覚がいいものとしてチョイスし、ブランドとしての地位がキープされてるんでしょうね。惜しむらくはお値段ですよね。^^;
最初は、アルマーニさん自身はそんな機能的&シンプルな服を今のような値段で売ろうなんてことは思っていなかったはずだと思いますけどね。。。^^;
いつもカジュアルな服装をされてるところは同じだな。^^v

ジェントルマン^2

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前と同じサイトからの続きです。Orz〜

「(3)男性服に女性的要素を、女性服に男性的要素を加える
前号で述べたように、オートクチュール及びそのイタリア版であるアルタモーダは、女性は魅力的でありながらもあくまでも男性の保護を受ける対象と考えられていた。しかし、50 年代に始まっていた女性の職業進出は 60 年代に入ると勢いを増し、管理者層も生まれ、自分たちに合った個性的な服を求め始めていた。この動きをとらえてイタリア型プレタポルテを作り上げようという動きは既に述べたようにあちこちで高まっていた。アルマーニは「私のモードはユニセックスではありません。ただ女性をより強く、男性をより洗練されたものにしようとしてきただけなのです」と言っている(Carloni M.V.stile ci cova,panorama1992)。彼が提案する女性のラインは、男性服がもつ端正なラインを取り入れることによって誇示的でない女性らしさを表現した。コデルッピ教授(ミラノ自由大学)は「彼のスタイルはとりわけ〈キャリア・ウーマン〉と呼ばれる 70 年代の落とし子である女性達、言い換えるなら男性を魅了すると同時に、彼等を服従させるようなイメージの構築を求めていた女性達によって評価された」と述べている。一方アルマーニは、男性服の中にも女性服の持つ軽くて柔らかいものを取り入れた。

(4)人と人とが共生する社会の装い
別の機会にも書いたことだが、日本からミラノの街へ入ると人々の着ているものが地味なのがまず目につく。ブラック、グレー、ベージュを基調色とし、それらを組み合わせて個性的な色の調和を創り出している。そして、スカーフ、バッグ、ネックレス、何か一点華やかなものをまといアクセントをつけている。筆者がミラノに勤務していた頃、ミラノやローマでのパーティーに出席する機会に恵まれた。ミ
ラノの名だたる名士が集うパーティーでは、街で見かけるのと同じように、装いは地味であった。
これに反し、ローマは違っていた。ミラノがビジネスの都市であるのに対し、政治都市ということなのだろうか、華やかなドレスや装飾品を身にまとった女性が目についた。筆者の見るところローマが代表する南イタリアのファッションというのは、既に引用したマズローの欲求の 5 段階説の第 4段階、“自尊”(おれがおれが)に相当するのではないか。そこには、ヨーロッパの王侯貴族や政治的エリート達が好んだオートクチュール(イタリアではアルタモーダ)の流れが今日もなお脈々と存在しているようにみえる。筆者は拙書『人生を楽しみ懸命に働くイタリアーニ』(日経 BP 社)の中で、イタリアはローマを境とした南と北に分かれており、それぞれは異なる文化圏であることを、自らの仕事と生活体験から詳細に記述した。あるミラネーゼ(ミラノ人)は、北イタリアの文化を次のように言っている。「我々には、中世からの自治都市の伝統があり自分のコミュニティは自分たちの手で守らねばならないという固い信念がある。一人ひとりは強烈な個性を持った人間だが、自分のことばかり主張していたら、街全体の調和など生まれるはずがないと一方で考え、市民で話し合って、自分たちのコミュニティのデザインや装いのスタイルを決め、それに従っているのです」このことから見てとれるのは、北イタリアの調和した街並みや装いを作り出しているのは、個性的でありながら、しかもなおコミュニティ全体の調和を考えて、自我を抑制する成熟した市民層が存在することである。北イタリア社会はマズロー説の第 4 段階“自尊”を超えた“共生の段階”ともいうべき一段高いレベルに達しているのだと思う。
本稿 2 のアルマーニ革命の核心のところで、彼が好んで採用した色は「黒、グレー、ベージュといった落ち着いた上品な色もしくは無地のもの」と述べた。アルマーニが目ざしているデザインとはまさに上に述べたような北イタリア人が目指す“人と人とが個性的でありながらしかも共存を目指す共生社会”のための「共生のデザイン」とも言えるものなのではないか。彼のデザインの根底には、こうした深い哲学的思考があるように思う。彼は“自分のスタイル”にこだわる。80 年代から 90 年代前半のバブル期にも“自分のスタイル”をかたくなに守り、ファッションに追従しなかった。バブルがはじけてファ
ッションを追いかけた多くのラグジュアリーブランドが足踏み状態にある中にあって、アルマーニブランドが今日もなお輝き続けているのは、社会の 30 年、40 年といった長期的潮流を背景に築き上げた自分のビジネスのスタイルを守り続け、それをブランドを通して消費者に発信し、魅了しているからであると筆者は考えている。・・・」

To be continued...

ジェントルマン

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以下のサイトで見つけたものです。。。^^ Orz〜
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/bknk/kotonoha.html#2 からです。Orz〜
「紳士(ジェントルマン)
 最近,サッカーのワールドカップとやらが日本で開催されるということで世の中が賑やかである。サッカーファン(サポーターと言うらしい)の盛り上がりは当然のことであろうが,フーリガンなる暴徒がイギリス,それもイングランドからやって来るというので問題になっている。
 英国,とくにイングランドと言えば紳士の国と言われている。それなのに,フーリガンなる無頼の輩が暴れ回るのは,紳士のイメージに合わないではないか? そう疑問に思われる方も少なくあるまい。ここに大きな誤解がある。イングランドには確かに紳士が沢山いる。しかし,紳士が1人いるということは,その蔭に数十人,数百人の農民職工車夫馬丁の類がいるということなのである。
 ヨーロッパは階級社会である。上流階級に生まれた者は最初からエリートとなるべく教育を受ける。英国は王制・貴族制度を残しているが,爵位などなくとも,財産・地位・名誉のある者は上流階級として四民の上に立つことを運命付けられているのである。これは共和制を採っているフランス等でも同じ事である。そして,一般庶民は上流階級の人間を自分達とは別世界の人間と思っていて,例えば江戸時代の町人が武士に接するような態度を取るのである。信じられないとおっしゃる方は,ロンドンやパリへ行ったらスーツにネクタイを締めて,背筋をピンと伸ばし,落ち着いて丁寧な英語なりフランス語で話してみるといい。あなたが黄色人種であることなど関係ない。現地の庶民はあなたを外国から来た貴族として扱うであろう。英語を話す時はアメリカ訛りにならないように注意すると良いかも知れない。そういえば,ロンドンの下町訛りとクイーンズイングリッシュは似ても似つかないものであるが,ここでも階級による違いがあるのである。
 上流階級と庶民では,衣食住から読むものまで異なる。英国のタブロイド版大衆紙の話は,ダイアナ妃を追い掛けたパパラッチで有名になったが,紳士はそのような新聞は決して手に取ることはない。逆に,高級紙を庶民が読むのも奇異な感じがするのである。背広を着てネクタイを締めた人間が,地下鉄の中で大衆週刊誌や低俗な漫画雑誌を読んでいる国は,恐らく世界中で日本だけであろう。
 さて,そのような階級社会においては,上流階級と庶民階級では生活の全てにわたって区別がある。サッカーというのは庶民のスポーツなのである。上流階級はクリケット,ゴルフ,競馬等を楽しみ,サッカーなどという下世話なものは問題にしないのである。そういう訳であるから,英国紳士はサッカーなど見に行くことはない。したがって,イングランドのフーリガンというのは,間違っても英国紳士が血迷ったものではなく,上品さや優雅さとは縁遠い,英国の一般庶民の乱暴な者達なのである。
 もっとも,サッカーが下品なスポーツと見られるのは英国なりパリを中心とするフランスの北部なりにおいてのことである。これが南仏やイタリアへ行くと様子が一変する。ボルドーの名士で元首相とも仲良しの某氏等,サッカーが始まると落着かなくなる。イタリアは多くの都市国家が便宜的に一まとまりになっただけで,統一国家になっていないと言われるし,いまだに北部同盟の独立運動などもあるが,ワールドカップで優勝した時には,イタリアが歴史上初めて統一されたと揶揄された程である。
 さて,話を紳士に戻すと,実は今日の日本における紳士という言葉の使い方にも問題がある。紳士は本来ジェントルマンの訳語に違いないが,現代の日本で「あの人は紳士だ」と言う時には,そのニュアンスがジェントルマンの本来の意味とは掛け離れているのである。例えば,インターネットで知り合った女性を食事に誘い,その後軽く誘惑して拒まれたので,何もしないで帰したら,「あの人意外と紳士だったよ」と言われたりするが(笑),これは紳士の本来の意味ではないのである。
 例えば,尾崎紅葉の「金色夜叉」を読んでみるとよい。紳士という言葉が頻繁に出て来るが,必ずしも品行方正な人間ばかりではない。では,紳士とは何かというと,高等教育を受けたり,大金持の家に生まれたりして,社会的な地位のある人間のことを言うのである。昭和の半ばまでは紳士という言葉はこの本来のジェントルマンの意味で使われていた。ところが高度成長期に日本人が一億総中流化して,どこの家庭にも三種の神器と呼ばれる家電製品が普及し,大学進学が当たり前になるに従って,紳士と庶民の区別が不明確になって行った。それに伴って,紳士という言葉も本来の意味から変化して行ったのである。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B3%E5%A3%AB
「紳士(しんし、gentleman)とは、社会的に高い地位にある男性。明代、清代における在郷名士「郷紳」と科挙合格を目指す「士人」を合わせた言葉。転じて地方官吏、退官後地方で隠棲する人、地方有力者などを指す。過去には、イギリスにおける歴史的社会階層であるジェントリーに属する者、すなわち「 gentleman 」の訳語として使われた。しかし、現在では学術用語、あるいはジェントリー身分の男性の呼称として用いられることはなく、男性一般の丁寧な呼び方として使用される。なお、「紳士」に代わる「 gentleman 」の訳語としては、「ジェントルマン」というカタカナ表記が通常使用されている。対義語は淑女(lady)。「紳士淑女の皆様(ladies&gentlemen)」などと使われる。
日本語の「紳士」は「しん紳の士」に由来し、束帯の帯に笏(木や象牙で出来た儀礼用の板)を挿んだ高貴な人物という意味が元々あった。」

紳士服ってそういうジェントルマンの服装だったんでしょうね。^^
以下の記事は、「イタリアファッション業界の戦略」サイトからのものです。Orz〜

「2.アルマーニ革命の核心
1964 年から 70 年代を通してアルマーニが行ったことは、イタリアの紳士服を革新することであった。彼はまず、紳士用ジャケットの革新にとりかかった。それまでのヨーロッパの紳士服といえばブティッシュスタイルの厳格な型と決まっていた。貴族やエリート達の身分と階級を示すような肩が張った、豪奢だが堅苦しいラインが支配していた。これをアルマーニは打ち破り、紳士用ジャケットを脱神聖化したと言われる。まさに革命を起こしたと言ってよい。服をシンプルなものにすることをねらって、余分かつ過剰なものを取り除いていった。見返し幅は狭められ肩パット、詰め物、裏地などが除去された。生地は婦人服で採用されていた軽く柔らかいものが使用され、色については黒、グレー、ベージュといった落ち着いた上品な色もしくは無地のものが採用された。彼が目指した服とは、まず魅力的で官能的で美しいものであった。そして柔らかくて軽く、まるで着ていると気付かないような軽いものであった。人間はあくびもするし、時には背伸びもしたい。そうした人間の自然な動きにマッチした着やすい
服を作るというコンセプトがそこにはある。

3.アルマーニ革命の背景にあるもの
前号で筆者は、ファッション(モーダ)というのはもともとルネッサンス時代にフィレンツェで生まれたと述べた。人間は人間らしくあるべきであると考えるのがルネッサンスの精神(ブルックハルト)である。自然に感じること、美しいと思うことを、思うままに表現すればよいと考える。そこにモーダが生まれた。ところが 17 世紀以降ファッションの中心は、パリ、そして紳士服でいえばロンドンへ移っていった。これら中北部ヨーロッパで栄えたのは、強大な王国、貴族、そして新たに生まれた富裕な市民達であり、このようないわば特権階級の人々の権力とステイタスを誇示するための装いであった。肩
の張ったいかつい紳士服、きらびやかなドレス。それらは、筆者の説に従えば、マズローの欲求の 5
段階説の第 4 段階“自尊”、つまり“おれがおれが”の世界であった。そこでは、ヨーロッパの文明の原点であるルネッサンスの“人間らしさ”“美しいもの着心地のよいものを追い求める”という考え方が消えうせてしまっていた。ところで、アルマーニが青春時代を過ごした1960 年代というのは、前号に述べたようにイタリアの社会構造が変革した時代であった。50 年代から 60 年代前半にかけて、高度経済成長が続いた結果、中産階級の人々が増え、彼等は新しく生まれつつあった社会に適した衣服を求め始めていた。それまでの一部特権階級の人々のためのアルタモーダか、何の変哲もない大衆服のどちらかしかない状況には満足しなくなったのである。バッティスタ・ジョルジーニが 1950 年代の初めに予見したプレタポルテの時代が来るという状況が今まさに現実のものになりつつあった。
・・・このような時代を背景として 1970 年代前半、アルマーニはイタリア的美の感覚によるイタリアデザインを確立したのである。

4.アルマーニのデザインの根底にある思想
(1)モーダの原点に帰る
権力やステイタスを誇示する服から、ルネッサンス時代に生まれたモーダの人間らしい装い、美しい、着心地のよい服に戻るということである。
(2)装いの大衆化
ファッションを一部の特権階級の人々のためだけのものではなく、当時増大しつつあった中産階級の人々へ開放することであった。アルマーニは「自分は、新しいアイデアを求めて街に出かける。道行く人の装いの中にインスピレーションを受けることがある」と言っている。筆者は、この点においてフランス人デザイナーの多くと異なるのではないかと考えている。フランスにおいては、一般にエリート(デザイナーはこの中に含まれる)と大衆の間には歴然とした距離があり、エリートは大衆の中にアイデアを求めるなどと考えないように見える。ただここで留意しなければならないのは、アルマーニが目指した装いの大衆化とは、庶民までを含むすべての階級を対象としたものではないと思えることである。
・・・彼等が決まって主張するのは、販売の対象はupper と middle の内の上部(upper middle)に限
定すべきだというのである。なぜなら、この二つの層こそがイタリアのラグジュアリーブランドが目指す specialty goods(特品)のコンセプトである美しさ、着心地のよさ、楽しさといったものの本質を理解し、比較的高い価格を払ってでも購入してくれる人々だからという。それより下位の人々を対象とすると commodity(汎用品)となってしまうから避けるべきであると。こうした考えは、北イタリアのラグジュアリービジネスの共通した考えであると考える。筆者がこれを聴いて思ったのは、アルマーニが目指した大衆化もこの二つの限られた層を対照とし、庶民一般までではない。彼が行ったのは一部の特権階級(upper の上層部)のものであった装いの文化をupper middle にまで大衆化したことだったと筆者は考えている。・・・」

To be continued...
おもしろいから続けまっす。v

491

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問題491

次の方程式の正の整数解(a,b)をすべて求めよ。
LCM(a,b)+GCD(a,b)+a+b=ab
ただしa>=bとする。
LCM、GCDは最小公倍数、最大公約数を表す。












































解答

・わたしの

a=pq
b=pr
pqr+p+pq+pr=p^2qr
qr+1+q+r=pqr
(q+1)(r+1)=pqr

p,q は対称なので、
r+1=p か、r+1=pq (r+1=pr だとすると、q+1=q となり矛盾)、r+1=qr

r+1=p のとき、
(q+1)=qr
q(r-1)=1
q=1,r=2,p=3
(a,b)=(3,6)

r+1=pq のとき、
(q+1)=r
q+2=pq
q(p-1)=2
(p,q)=(3,1),(2,2)
r=pq-1=2,3
(a,b)=(3,6),(4,6)

r+1=qr のとき、
q+1=p は、最初と同じ。

a=b のとき、
a+a+a+a=4a=a^2
a=4
(a,b)=(4,4)

結局、
(a,b)=(3,6),(4,6),(4,4)

実際に、
6+3+6+3=18=6*3
12+2+6+4=24=6*4
4+4+4+4=16=4^2

でも最後の式を考えないとでないのは不思議。。。^^?
もっといい方法ありますか?

・dobaさんのもの(2007.5.24.) Orz〜
L=LCM(a,b),G=GCM(a,b)とおき、
a=AG, b=BGとすると、
AとBは互いに素で、L=ABG
与えられた式は
ABG+G+AG+BG=ABG^2と書ける。
両辺をGで割って整理すると
(A+1)(B+1)=ABG
{(A+1)/A}{(B+1)/B}=G
(1+1/A)(1+1/B)=G
ここで、1<1+1/A≦2, 1<1+1/B≦2より
1<G≦4
また、a≧bより、A≧B, 1+1/A≦1+1/B

G=4のとき
1+1/A=1+1/B=2
A=B=1

G=3のとき
1+1/B≧√3
B≦(√3+1)/2
∴B=1
(1+1/A)・2=3
A=2

G=2のとき
G>1+1/B≧√2
1<B≦√2+1
∴B=2
(1+1/A)(1+1/2)=2
A=3

以上より、(A,B,G) = (1,1,4) or (2,1,3) or (3,2,2)
(a,b) = (4,4) or (6,3) or (6,4)

もしかしたら、「L=ABG」も証明した方がいいかもしれませんね。

1同士は互いに素であると考えても矛盾しないようですよね? ^^

画像:玄関先の花シリーズ ^^; まだまだ元気に咲いてます。^^

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