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研修会でこんな話しになったんです。飛行機に搭乗してるとき、急患が発生し、医師を探すアナウンスがあった場合、それに応えないと応召義務違反に問われないか?専門でなければ問われない。診ても悪い結果になった場合その責任を問われかねない。だから某医師会では知らん顔、知らんぷりをするように勧めてるっておっしゃるものだから、、、わたしはそれはおかしいんじゃありませんかって噛みつきました。いやしくも人を助ける職に就いてる者なら飛んで行くくらいでないとおかしいって。「なら、あなたが産婦人科でなくって出産に立ち会うような場合はできますか?」って聞かれたから、「それは多分できません。」って答えるしか。。。でも、「応召時にそこまで言ってれば考えるけれど、行ってみるまでは何かなんて分からない。」って言いましたよ。そしたら、「お金を払わなくちゃいけなくなるよ。」ってなことを言われた。「は?」っでしょ?情けないったらありゃしない。誰も診る者がいなくって助けを求めてる時に行かなくちゃどうするの!?それで、自分でできうる限りのこと・判断(最善を尽くす)をし、その結果が思わしくないからって責任を問う方もおかしいと思うし、医師会が全面的にバックアップするぞ〜!って位でなけりゃだめでしょ?これは以下の「善きサマリア人の法」とはまた別の、医師という職業の意味を問いかけたんですがね。。。^^;
善きサマリア人の法
http://ja.wikipedia.org/wiki/善きサマリア人の法
「善きサマリア人の法(よきサマリアびとのほう、「良きサマリア人法」、「よきサマリア人法」とも、英:good Samaritan law)は、窮地の人を救うために善意の行動をとった場合、救助の結果につき重過失がなければ責任を問われないという趣旨の法であり、コモン・ロー上の Good Samaritan doctrine に基づくものである。
語源
聖書に書かれた以下のたとえ話が名称の由来となっている。
ある人がエルサレムからエリコへ下る道でおいはぎに襲われた。 おいはぎ達は服をはぎ取り金品を奪い、その上その人に大怪我をさせて置き去りにしてしまった。
たまたま通りかかった祭司は、反対側を通り過ぎていった。同じように通りがかったレビ人も見て見ぬふりをした。しかしあるサマリア人は彼を見て憐れに思い、傷の手当をして自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き介抱してやった。翌日、そのサマリア人は銀貨2枚を宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もし足りなければ帰りに私が払います。』(ルカによる福音書第10章第29?37節)
位置付け
コモン・ローでは、法律上の義務又は権限なく他人の事務を行うことは、いわばお節介であるとみなされることもあり、大陸法の事務管理に相当する制度が発達していない。そのため、この法理は、不法行為法における責任軽減事由として位置づけられている。
これに対し、大陸法では、法律上の義務又は権限なく他人の事務を行った場合の処理に関する事務管理という制度がローマ法以来存在しており、その中で事務を管理する者の義務内容として位置づけられており、特段、善きサマリア人の法に相当する法理が要求されているわけではない。
日本においては、民法698条に緊急事務管理に関する規定があり、これによると、身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重過失がある場合でなければ、損害賠償責任を負わないとされており、この規定によりコモン・ローにおける善きサマリア人の法が目的とすることが、実現できる。
医師の意識との関係
以上のように、日本の法律上にも「善きサマリア人の法」に相当する規定が存在するが、マイナーな存在であることは否定できない。
例えば、日本国内の医師に対して行われたあるアンケート調査によると「航空機の中で『お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか』というアナウンスを聞いたときに手を挙げるか?」という質問に対して半分以上の医師が「手を挙げない」と答えたとされる。(大学病院医療情報ネット「航空機内での救急医療援助に関する医師の意識調査 ?よきサマリア人の法は必要か??」)
この消極的な姿勢の元になっていたのが「うかつに手を出して失敗したら訴訟を起こされる」という恐怖感であったと同時に過去においては、国外の航空会社がいわゆるドクターコール時に応じた場合、傷病者が亡くなっても航空会社がその行為を保障すると述べていたのに対し、国内の航空会社では、「医師や看護師など名乗り出た者の責任」としていたため「訴訟を起こされる。さらに、航空会社は守ってくれない」という考えから、消極的な行動になったといえる。
医療先進国であり訴訟回数も世界一のアメリカ合衆国では、ほとんどの州で Good Samaritan doctrine に基づく制定法が存在しており、医師が善意の第三者として万一の過失の際の訴訟を気にすることなく患者に処置を施せる状態にあるとして、近年日本でもこの趣旨の法の制定を求める声がないわけでもない。
立法化についての議論
立法化不要論
しかし、新たに立法しなくても緊急事務管理に関する規定で間に合うのは前述のとおりであり、実際には仮に救命手当を施して、蘇生後に何らかの身体障害が残ったとしても、善意に基づくものであれば現在の日本では民事上も刑事上も免責されるとするのが法学者の通説である。実際、警察庁や総務省消防庁、厚生労働省、日本医師会、日本赤十字社などが共同で編纂した『救急蘇生法の指針』においても救命手当による副損傷や後遺症については免責がはっきりと謳われている。また2006年11月現在の時点で、救命手当を施して蘇生後に何らかの身体障害が残ったとして責任を問われた例は一例も無い。
立法化必要論
当該法律の立法化が必要だと主張するのは、主に蘇生教育者・救命活動者などの現場の人間である。総務省の統計によると、現場で応急手当を施されていた傷病者の割合はわずか30%。他の70%は何ら手当を受けていなかった。手を出してもっと悪くしてしまったら困るからという理由が多くの「傍観者」を生み出している。「訴えられても免責されると考えられる」という法律関係者の通説は、医療のプロである医師を含めた一般市民には伝わっていないのが現状である。よって、単独の法律あるいは条文として善きサマリア人の法が立法化がなされることによって、一般の人による救助促進を望む声がある [1]。 また、「応急手当の免責に係る比較法研究会」(旧総務庁)においての検討では、善きサマリア人の法の制定により緊急事務管理にあたるかどうかを考慮する必要がなくなること[2]などの理由から、日本でも善きサマリア人の法に相当する法律が必要だとの結論に達し,試案を提示している [3]。
参考
^ 瀬尾理,よきサマリア人法の成立を望んで,月刊消防21号,1999年,89-94頁
^ 緊急事務管理では手当した側が重過失がなかったことを証明する必要がある
^ 久保野恵美子: 善い隣人法案 ,ジュリスト1158号,1999年,78-83頁 」
航空会社も狭量なら、今の実態を把握してるのかしてないのか知らないが、知らなきゃ怠慢だし、知って行わざるは知らざると同じで、、、いずれにしても国会・政府は手を拱ねいたままでは困りますね!
以下も参照
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/04/samaritan/
航空機内での救急医療援助に関する医師の意識調査〜よきサマリア人の法は必要か?〜
旭中央病院神経精神科 大塚祐司(宇宙航空環境医学 41:57-78, 2004)
画像:よきサマリア人 The Good Samaritan (version of Delacroix painting)
http://art.pro.tok2.com/G/Gogh/Gogh.htm より Orz〜
「人が、誰かを助けたい、とか、他人を助ける仕事につきたい、というときは、自分が助けてもらいたい、というときではないだろうか。
ゴッホのこの作品は、彼の死の直前である。
助けられているサマリア人はゴッホで、助けているユダヤ人もゴッホではないか。ゴッホは、助けてもらいたかったし、逆に、人を助けてあげられるような人物になりたかったのではないだろうか。」
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