アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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4色問題

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http://ja.wikipedia.org/wiki/四色定理 より

「一般に種数 g≧0 の閉曲面(解かりやすく言えば、孔がg個あるドーナッツ)を塗り分けるのに最低限必要な色の数は、1890年にヒ‐ウッドによって
式1 ([]はガウス記号)
と予想された。g≧1に対してこの予測が正しいことは、リンゲルとヤングスにより1968年に証明されていた。四色定理は、g=0の場合に対する証明を与えたことになる。」

この証明はコンピューターによるものしかないようですね。。。しかも、数学者の間では美しくないともっぱらの評判らしい、、、でも、誰も別な解法を示せてないという代物。。。

「歴史
色分けした世界地図。海と南極を含めて6色で塗り分けられている。
地図を製作する際には国境線を接する国は別の色で塗らなくてはならないので、地図制作業者の間では数百年前から経験的に知られていた。1852年に法科学生のフランシス・ガスリーが数学専攻である弟のフレデリック・ガスリーに質問したのを発端に問題として定式化され、19世紀後半になって数学者がその話を聞いて証明を試みたが、多くの数学者の挑戦をはねのけ続けていた。
1879年、アルフレッド・ブレイ・ケンプによる証明が『アメリカ数学ジャーナル』誌上で発表された。この証明は妥当と見なされていたが、1890年になってパーシー・ヘイウッドにより不備が指摘された。しかし、ケンプの証明で使われた論理に沿って、地図を塗り分けるには5色で十分であることが証明された。そして、この問題は、グラフ理論における最も有名な未解決問題となった。
1976年に ケネス・アッペル (Kenneth Appel) とウルフガング・ハーケン (Wolfgang Haken) はコンピュータを利用して、本定理を証明した。しかし、あまりに複雑なプログラムのため他人による検証が困難であることや、コンピュータの誤りの可能性を考慮して、この証明を疑問視する声があった。その後、プログラムの改良が進められており、現在、四色問題の解決を否定する専門家はいない。
四色定理は実用的には地図作製だけでなく、携帯電話の基地局配置にも応用されている。周波数の同じ電波同士で混信してしまうFDMA・TDMA方式の携帯電話システムでは、隣接する基地局同士に同じ周波数を割り当てないように、塗り分けをしている。・・・
アッペルとハーケンはコンピュータによる実験を繰返し、プログラムを何度も書き換えながら、可約なグラフから成る約2000個のグラフからなる不可避集合を求めた。当時の最高速のスーパーコンピュータを1200時間以上使用したといわれている。
複雑に思える問題に対して斬新な観点から見るなどして得られた比較的短い証明(解答)を、エレガントな証明(解答)と言うことがある。四色定理の証明は、これと対極にあるものとして若干揶揄を込めて「エレファント(象)」な証明とも言われた。5色による塗り分けが可能であることの証明が簡潔なものであるのと対照的である。
その後アルゴリズムは改良されたが、現在でもコンピュータを使用しない証明は得られていない。またコンピュータを使う事以上に、証明の構成法自体が四色定理の解決に特化されており、他の問題との関係性に乏しいことも数学者の間で人気がない理由となっている。
なお、ハーケンは四色問題以前にはポアンカレ予想に挑戦していた時期があり、ハーケン多様体という3次元トポロジーの用語に名をとどめている。
トーラス(円環、いわゆるドーナッツの形)上のグラフは、7色で彩色可能である。・・・」

ヒーウッドによる最初の式はどうやって得られたのかを知りたいですよね。。。
だって、この式ってエレガントじゃないですか♪

画像1:四色に塗り分けられている
「四色定理(ししょくていり/よんしょくていり)とは、いかなる地図も、隣接する領域が異なる色になるように塗るには4色あれば十分だという定理である。但し飛び地のような領域は考えない。実際の行政区分で飛び地があったとしても飛び地とその飛び地の所属する本国は関連せず、別の色であってもよいとする。解決前は四色問題と呼ばれており、未解決の期間が長かったため現在でも四色問題と呼ばれることがある。これは、グラフ理論において平面グラフは4彩色可能であるということと同値である。四つの領域が互いに接しているような地図が存在するので、3色では不可能である。この問題は球面上のグラフで考えても同値である。問題を双対グラフに置き換えることによって、頂点を彩色することに帰着される。四色定理の示すように領域の塗り分けが有限の色数で必ず可能となるのは平面(二次元)以下の次元までであり、三次元以上では領域の取り方次第でいくらでも色数が必要となってしまうようになる。」

http://en.wikipedia.org/wiki/Four_color_theorem より

「Generalizations
画像2:By joining the single arrows together and the double arrows together, one obtains a torus with seven mutually touching regions; therefore seven colors are necessary
画像3:This construction shows the torus divided into the maximum of seven regions, every one of which touches every other.

One can also consider the coloring problem on surfaces other than the plane. The problem on the sphere or cylinder is equivalent to that on the plane. For closed (orientable or non-orientable) surfaces with positive genus, the maximum number p of colors needed depends on the surface's Euler characteristic χ according to the formula・・・式2
,
where the outermost brackets denote the floor function. The only exception to the formula is the Klein bottle, which has Euler characteristic 0 and requires 6 colors. This was initially known as the Heawood conjecture and proved as The Map Color Theorem by Gerhard Ringel and J. T. W. Youngs in 1968.

Alternatively, for an orientable surface the formula can be given in terms of the genus of a surface, g:・・・最初の式
For example, the torus has Euler characteristic χ = 0 (and genus g = 1) and thus p = 7, so no more than 7 colors are required to color any map on a torus.・・・

Non-contiguous regions・・・画像4
In the real world, not all countries are contiguous (e.g. Alaska as part of the United States, Nakhchivan as part of Azerbaijan, and Kaliningrad as part of Russia). If the chosen coloring scheme requires that the territory of a particular country must be the same color, four colors may not be sufficient. For instance, consider a simplified map:
In this map, the two regions labeled A belong to the same country, and must be the same color. This map then requires five colors, since the two A regions together are contiguous with four other regions, each of which is contiguous with all the others. If A consisted of three regions, six or more colors might be required; one can construct maps that require an arbitrarily high number of colors. 」

* contiguous=連続
実際はいろんな飛び地もあるわけだから、、、どんな地図も4色で塗れるってわけじゃないようですね。。。^^;
Euler characteristic χ っての分かればまた載せますが、、、m(~~)m

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都々逸だってね♪
調べてもどなたの歌か分からず。。。Orz...
人は弱い、、、アクラシア=意志の弱さ って言葉は聞いたことありますよね。。。
これって、、、「不作為の罪」にも通じちゃうかも知れませんよね?
だったら、、、そんな弱い自分とは闘わなくっちゃいけませんよね。。。

http://plaza.umin.ac.jp/~kodama/ethics/wordbook/akrasia.html より Orz〜
意志の弱さ( akrasia [weakness of will] )
「「わかっちゃいるけどやめられない」とか、 「悪い悪いと思いつつ、ついやってしまった」とかいう表現に示されている、 意志が理性の命令にしたがうことのできない事態のこと。 アクラシアはギリシア語。
最近、東京高裁の判事が「悪いことと知りつつ、 欲望に勝てず買春をやってしまった」という供述をしたそうだが、 これなどは典型的なアクラシアの例である。
しかし、アクラシアが存在するか (もっとふつうの言葉で言えば「頭と体は別かどうか」) という問いは、倫理学では現在でも続いているおもしろい問題である。
たとえば、ソクラテスならば、この判事に対して、 「本当に悪いことと知っていたならば、買春はできなかったはずだ。 本当のところは、欲望に負けたのではなく、何が悪いことかよく知らなかったのだ」 と言うだろう。つまり、ソクラテスの立場は 「本当に悪いとわかっていたら悪いことはできない」という厳格なものである。
これに対して、 アリストテレスはもうすこし理解があり、 理性と欲望は別々のもので、 理性でわかっていても欲望が強いために正しいことができないことも あることを認める。 そのうえで、つねに理性の命令にしたがう有徳な人間になるためには、 習慣付けによって欲望をうまく制御する必要があると論じている。 (徳の項も参照せよ)
現代ではヘア、デヴィッドソンなどが有名な論者だが、 勉強不足なので彼らの見解についてはまた今度。」

わたしもアリストテレスの立場だな、、、わかっちゃいるけど、、、タバコは止められない。。。^^;
ま、わたしの場合は、、、「あきらめましたよどう諦めた あきらめられぬとあきらめた」^^;v
人は易きに流れる。。。怠惰な生き物かも知れません。。。
イージス艦の自動操舵航行は信じられない。。。当直員の怠慢・・・!
救急病院のたらい回し。。。当直医の怠慢・・・!
たらい回さず心&知恵&ベッドを回せ!!

画像:誘惑される意志?人はなぜ自滅的行動をするのか 
[原書名:BREAKDOWN OF WILL〈Ainslie, George〉] NTT出版 (2006-09-15出版)
・エインズリー,ジョージ【著】〈Ainslie,George〉・山形 浩生【訳】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9981112496 より Orz〜
「お酒、タバコ、ギャンブル、甘いもの……。
目先の欲望に支配されてしまう人間の本質を「双曲割引」によって解明し、意志の根源にせまる驚愕の一冊。生物学・心理学と経済学を実証的につなぎ、効用主義に代わる新しい考え方を提示する。
1 意志を分解してみると?アクラシアの謎(はじめに?人の選択を決めるのは欲望か判断か?;意志決定の科学の根底にある二律背反?人の選択を司るのは欲望か判断か?;人の未来評価にはギャップがある ほか)
2 意志を分解してみると?異時点間取引の構成要素(利益の基本的な相互作用;内的利益同士の高度な交渉;異時点間の交渉を主観的に体験する ほか)
3 最終的な意志の分解?成功は最大の失敗(意志力が裏目に出るとき;効率の高い意志は欲求をつぶす;欲求を維持する必要性が意志を圧倒する ほか)」

時間選好

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経済学用語のようですが、、、人の心理を説明する場合にも用いられる(?)学際的(inter-disciplinary)な概念のようですね。。。^^

http://www2.csc.ne.jp/~uchocobo/term/term1.html より Orz〜
ちょっとだけ用語集
「時間選好率
現在の消費に対する選好度をいいます.時間選好率が高いと,現在の消費をより重視します.このとき,貯蓄は小さくなる(または借入が大きくなる)傾向があります.逆に,時間選好率が低い人は将来の消費を重視しますので,貯蓄が大きくなる傾向があります.国全体で考えると,時間選好率の高い国は,借金をしてでも消費をしようとしますので,貿易収支が赤字になる傾向があります.」

http://money.www.infoseek.co.jp/MnSpecial/yamazaki_column9_gwm.html より Orz〜
山崎元のホンネの投資教室
「毎月分配型ファンドの行動ファイナンス的解釈
・・・「ほとんどいかなる想定下にあっても、毎月分配型のファンドを買うことは合理的ではない」と申し上げましたが、実は、ある外資系の投信会社の社長さんが、・・・「ヤマザキは間違っている。現に我々のファンドを含めて、毎月分配型のファンドはよく売れているのだから、これは、投資家のニーズに応えた良い商品なのだ。顧客こそが正しい」というようなことを言ったと知人から伝え聞いたことがあります。 この社長さんが納得してくれるかどうかは分かりませんが「毎月分配型の外債ファンドは、ダメな商品ではあるが、よく売れることは不思議ではない」という理由について、以下に説明してみたいと思います。 毎月分配型ファンドが売れているという現実を説明する、行動ファイナンス上の理由は筆者が思いつく限りで四つもあります。・・・(1)メンタルアカウンティング(心の会計)、(2)代表性のヒューリスティックス(及び認知的不協和)、(3)プロスペクト理論、(4)時間選好率の歪み、です。

(1) メンタルアカウンティング(心の会計)
「メンタルアカウンティング」とは、「心の会計」などと訳されますが、お金が入ってくる形(名目)や出て行く形によって、同じ金額の損得でも異なった価値であるかのように感じる心理的な判断の歪みのことです。 たとえば、月々の給料を使って一人5万円の寿司を食べに行くのは高いと思って行かずにいても、宝くじや競馬の馬券が当たったというような収入であれば、この寿司屋に行って食べてもいいと思う、というような心理はメンタルアカウンティングの一例です。・・・毎月分配型のファンドにあっては、基準価額の増価ではなく「分配金」であることによって、?運用で稼いだお金のようなイメージがあり、?運用で増えたものだから使ってもいいと思いやすい、つまり?分配金での収入は気持ちよく使える有り難いお金だ、というイメージになっているのではないでしょうか。

(2) 代表性のヒューリスティックス(及び認知的不協和)
次の心理はなかなか微妙ですが、安定的に分配金が入る運用は安定的な(低リスクの)運用だという、一種のステレオタイプなパターン認識があるのではないでしょうか。 安定的に分配している投信、安定的に配当している会社、といったものが相対的に安定的だというのは代表的なサンプル(たとえば株式一般に対する電力株)から類推できることですが、毎月分配型ファンドの顧客は、毎月の分配金が安定していることで、運用も安定的なのだと錯覚しやすいということがあるでしょう。 しかし、現実には、基準価額は(ほぼ必然的に下げ基調ですが、これに加えて)為替リスクを取っていることもあって、相当程度変動しており、決して安定した運用とは申せません。しかし、ここでは、いったん安定的だというイメージを持ったものに対して、それが不安定であるという事実を無視するような心理が働いているように思えます。相矛盾するように見える二つの事象に対して人間の認識が混乱することを「認知的不協和」と総称しますが、判断が歪んだり、非合理的な行動を取ったりすることがしばしばあるとされています。毎月分配型ファンドの場合は、その顧客が、「毎月安定に分配できる安定的な運用」という当初のイメージに相反する「基準価額の変動が示唆する運用リスク」という認知対象に対して、認知的不協和を起こした際に人間が取る典型的な反応である「無視」あるいは「軽視」をもって対処しているといえるのではないでしょうか。

(3) プロスペクト理論
行動ファイナンスの代表的な理論的成果の一つであるプロスペクト理論によると、参照点(たとえば株式投資の場合は自分の買値が、参照点=こだわりのある価格、になることが多い)の近くでこれを下回った領域にあっては、人間がリスクを好むような判断を下す傾向があるとされています。 たとえば、1000円で買った株が980円に値下がりした場合、980円近辺でじっとしているよりも、日々上下に20円、30円といった動きがある方が(買値を回復する可能性が大きくて)いい、と思うような感覚に共感される投資家はいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、これは原則的に価格に関係なくリスクを嫌わなければならないとする伝統的なファイナンス理論の前提とは相容れない感覚です。  毎月分配型のファンドは、殆どが運用で期待できる自然な利回り以上の分配を行うために基準価額が元本割れしやすいわけですが(殆どのファンドでそうなっています)、この場合に、外債ファンドの場合主に為替リスクですが、リスクがあって基準価額が上下しているということが、むしろ顧客にとって気休めを提供している面があると思います。 意図的にこのような商品設計をしたのではないと推測しますが、筆者は、この点に気づいた時、毎月分配型ファンドは実に投資家心理のツボを心得た商品だと感心した覚えがあります。

(4) 時間選好率の歪み
時間選好率とはある時点と別の時点の経済価値を較べる際の価値判断を表す数字で、通常利回りの形で表現されます(同金額なら近い将来のお金の方が遠い将来のお金よりも価値が高い)。伝統的な経済理論では、これがほぼ一定で安定していると考えられることが多く、実際に、数日間のお金の前借りのために、2、3ヶ月分の金利を払う(数日の時間選好率が長期の時間選好率の何倍にもなる)というような取引を繰り返すと、あっという間に貧しくなってしまいます。しかも、通常は、市場での金利形成を表すイールドカーブは長期の利回りの方が高く、短期の方が低くなっているのです。 しかし、最近の研究では、普通の人間は、短期の金銭的リターンと長期の金銭的なリターンについて、時間選好率に極端な開きがあり、端的に言って、目先のお金を得ることに対して非常に大きな価値を認める(対価を払う)一方で、将来の時点の差による金銭価値についてはイールドカーブ並みの冷静な判断をすることが指摘されています。ちなみに、この現象に関しては、人間の脳の働きによるものではないかという研究が最近発表されています(たとえば「サイエンス」の2004年10月15日号に“Separate neural systems value immediate and delayed monetary rewards”という論文が載っています)。 毎月分配型のファンドは言うまでもなく、目先の金銭的報酬を提供する仕組みです。

■行動ファイナンスの体系的悪用?
以上に見るように、毎月分配型の外債ファンドは、ファイナンスに関する人間の非合理的行動の原因を探る行動ファイナンスの研究成果を踏まえて見てみると、「売れても不思議のない商品だ」と考えられます。 しかし、このファンドは、マーケティング上、人間の錯覚を複合的に、何ともあざとく利用しています。 この種のファンドを売っている運用会社や金融機関は自分達が儲かるという意味において経済合理的ですが、これを買う人(あるいは消極的ではあっても勧める人)は、経済合理性の観点では相当に「恥ずかしい」と言っていいと思います。 筆者の推測するに、毎月分配型ファンドを初期に作った人たちは、このような行動ファイナンスの知識を持って、これを利用したのではないと思うのですが、毎月分配型ファンドに限らず、最近の金融商品の開発とマーケティング活動は、行動ファイナンスをかなりの程度意識的に活用しているのではないかと思える節があります(たとえば、元本確保型やリスク限定型と称する投資信託はプロスペクト理論を利用し、成功報酬型のヘッジファンドはフレーミング効果を利用しているように思えます)。 行動ファイナンスの(敢えて言えば)悪用は、マーケティングをする側から見ると人間心理の研究を利用した賢い行動ですが、金融商品の場合は、インプットがお金で、アウトプットもお金なので、誰がどれだけ儲けたか・損をしたかが、通常の商品よりも露骨に分かりますし(従って、後から気がつくと悔しい!)、何といっても金額的な影響が大きい傾向があります。
マーケティングをする側の狙いと手口を知って、損な投資をしないように心掛けたいものです。個々の顧客や顧客に対するアドバイザーが賢くなることによって、毎月分配型ファンドのような下らない商品(取扱い者には不本意でしょうが、その説明は本稿で十分だと考えます)が減って、もっと投資家にとって良い商品で競争が行われるようになって欲しいものだと思います。 」

人間心理のマス効果が経済だとしたら、、、そうだと思うし、、、何となく理解出来ますよねえ。。。しかもおもしろい♪ いかんせん、、、専門用語・タームがよく分からない。。。^^;
「ヒューリスティックス」、「プロスペクト理論」、「ヘッジファンド」、「フレーミング効果」、「行動ファイナンス」について調べなっくっちゃね ^^v
人はいずれ死んじゃうんだから、、、出来るときに好きなことをしたいことをするべきだししとかなくっちゃ、、、そう生きればたとえいつ死んでも悔いは残らないって思うのも脳の「時間選好」というバイアスがかかった、嗜好的な思考にすぎないんだろうか。。。^^; ?

画像:完全な市場における社会的割引率
http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2005_14725/slides/05/24.html より Orz〜

つまり、、、人は間近なお金の方に価値多きを置くが故、、、高利子のノンバンクでも借りちゃうわけなんですよね。。。長期の借り手が少ない故に、、、長期金利になるほど安くなってる。。。?
と理解すればいいのかな ^^ ?

創造的休暇

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インスピレーションの生まれる場所として、「馬上枕上厠上(ばじょうちんじょうしじょう)」の三上は有名ですよね。^^
* 「文章を書くためのすぐれた発想が生まれやすい場所として、欧陽修(11世紀の人)があげているらしいが、外山氏はここから連想して、無我夢中・散歩中・入浴中の「三中」を提案・・・」
いずれもリラックスしてるとき、、、前頭葉からα派が出てるとき?
わたしはちなみに、、、サイクリング中、入浴中かな。。。^^;
ケクレのベンゼン環、湯川秀樹の中間子論は夢の中で生まれたらしいけど、、、
アルキメデスは浮力の原理をそれこそ入浴中に閃いて「ユーレカ!」って叫んだんでしたよね ^^
今でいう Aha ! ですよね。^^

http://ja.wikipedia.org/wiki/アルキメデスの原理 より
「この法則が発見されるまでの故事が、古代ギリシアらしい伝説として残っている。 シラクサの僭主ヒエロンが金細工師に金を渡し、純金の王冠を作らせた。ところが、金細工師は金に混ぜ物をし、王から預かった金の一部を盗んだ、といううわさが広まった。そこでヒエロンはアルキメデスに、王冠を壊さずに混ぜ物がしてあるかどうか調べるように命じた。アルキメデスは困り果てたが、ある日、風呂に入ったところ、水が湯船からあふれるのを見て、その瞬間、アルキメデスの原理のヒントを発見したと言われる。このとき浴場から飛び出たアルキメデスは「ヘウレーカ(ΕΥΡΗΚΑ)、ヘウレーカ」(分かったぞ)と叫びながら裸で走っていったという伝説も残っている。(もっとも、この時代のギリシアでは奴隷が裸で労働していたため、男性が裸でいるのは別に珍しくなかった。)
アルキメデスは金細工師に渡したのと同じ重量の金塊を用意し、金塊と王冠のそれぞれを、ぎりぎりまで水を張った容器に入れた。すると、王冠を入れると、金塊を入れたときよりも多くの水があふれ、金細工師の不正が明らかになった。金細工師の名は知られていないが、その後死刑になったと伝えられる。・・・」

同じく、、、世事に煩わされることもなく、なんの後顧の憂いもなく自由な時間の中で新しいものが生み出されたのが以下のお話し。。。^^v

http://carecopain.gooside.com/newton.htm より Orz〜
ちょっといい話 『天才の勉強術』木原武一 新潮選書
「・・・ニュートンは、有名な万有引力の法則の発見をはじめとする物理学ならびに数学の研究によって、科学の歴史に新しい時代を開いたわけであるが、どのようにして、大発見をなしとげたのかと訊かれて、こう答えたと伝えられている。
「発見にいたるまで、いつもいつも考えていることによってです。問題をいつも自分の前におき、暁の一筋の光が射し込み、それから少しずつ明るくなり、本当にはっきりしてくるまで、じっと待っているのです」
ひと言でいえば、持続的な集中力ということである。あるひとつの問題について、すべての精神力を集中していつまでも考え続けること――これがニュートンの天才の秘密だというわけである。
もちろん、集中力はたいていの人がしばしば発揮することもある能力であって、これなくしては立派な仕事もできるはずがなく、集中力とはどういうものかをまったく体験したことのない人はめずらしいだろう。問題は、どれくらい集中力を持続できるかということである。ニュートン自身の言うように、一筋の光が射し込み、やがてすべてはっきりと見えるようになるまで集中力を維持できるかどうかである。人間はどれくらい連続して精神をひとつのことのみに集中できるのだろうかと考えてみると、私の場合、長くても二・三時間というところだろうか。四時間もじっと椅子に坐っていることができたらたいしたものである。

休暇から生れた大発見
ニュートンがいったいどのような集中力を発揮して、どのようなことをなしとげたのかを調べてみると、彼の生涯のなかに、集中力ののピークが二回あったことがわかる。
まず、最初のピークは、二十二、三歳の頃に訪れた。当時、ニュートンはケンブリッジ大学の学生であったが、ロンドンを中心にイギリスにペストが流行し、ケンブリッジ大学が閉鎖されたため、故郷の田舎に帰って休暇を楽しんでいた。といっても、たぶんこれほど創造的な休暇はほかになかろう。この約十八か月の休暇中に、彼はその名を歴史に残すことになる三大発見をなしとげているからである。三大発見とは、万有引力の法則の発見、微積分学の発見、そして、太陽光線の性質に関する発見であるが、どれひとつをとっても、一人の科学者が全生涯を投入するに値するものばかりである。ニュートンはそれを短期間に三つもわがものとしてしまったのである
・・・万有引力の法則の発見については、樹から落ちるリンゴのエピソードが有名であるが、これは晩年のニュートンが当時を回顧して友人に語った話を単純化したものであって、リンゴが落下するのを見て引力発見したという、そんな簡単な話ではない。その頃のニュートンが考え続けていたテーマのひとつに、惑星や月の運動に関する問題があった。リンゴが樹から落ちるとき、ニュートンが思いついたのは、たぶんこういうことである――リンゴは地球の引力によって落下するわけであるが、月もやはり地球に引っぱられているのではないか、それなのに、月が地球に向って落ちてこないのはなぜか。惑星の運動についてはすでにケプラーの法則というものがあり、地上での物体の運動についてはガリレオの研究があった。ニュートンは、樹から落ちるリンゴの観察から得たアイデアをきっかけに、この二人の先人の研究を手がかりにして、この地上の物体にも惑星にも同じようにあてはまる法則を探し求めたのであった。こうして発見したのが、二つの物体が引きあう引力は、二つの質量の積に正比例し、二つの物体のあいだの距離の二乗に反比例するという、有名な万有引力の法則である。
このような三つの発見をニュートンは彼自身のことばによると。「いつもいつも考えていることによって」なしとげたわけであるが、それほど全精力を投入したにもかかわらず、これらの大発見を人びとに知らせようという意志がニュートンにはまったくなかった点が奇妙である。微積分学と光学についてはそれからしばらくして論文を書いたり、大学で講義をしたりしているが(ニュートンは二十六歳でケンブリッジ大学の教授となった)、肝心の万有引力の法則については、なんと、二十年間も公表されなかったのである。どうも、ニュートンは自分の研究成果を世に問うて、学者としての名誉を得ることにはほとんど無関心だったようである。ライプニッツとの論争でひどく立腹したのは、ライプニッツから微積分学を剽窃したという、あらぬ疑いをかけられたからだった。
ニュートンに二回目の集中力のピークが訪れたのは、最初のピークから約二十年後のことであるが、それについてはこんなエピソードが伝えられている。当時、イギリスには1660年につくられたばかりの王立協会という科学者の協会があって、ニュートンもその会員であった(のちには会長になった)。ある時、協会の事務局長であったフック(「フックの法則」知られる科学者)が、王立協会のレンという学者と、天文学者のハレー(「ハレー彗星」の命名者)とを前に、引力は距離の二乗にに反比例するという法則に従って天体は運動すると述べたことがあった。ニュートンと同じことを発見していたのである。しかし、フックはこれを数学的に証明することができなかった。そこで、ハレーは、微積分学などの数学の研究で有名になっていたニュートンならこの問題を解くことができるかもしれないと考え、ニュートンを訪ねたのであった。ハレーから問題を出されたニュートンは、すでに発見していた万有引力の法則をはじめとして、運動の法則や、天体の運動を記述するための数学的方法などについて述べた『自然哲学の数学的原理』(ふつうは『プリンキピア』(原理)と略称される)を書きあげることになったのであった。その期間は、最初のピークと同じ約十八ヵ月間である。『プリンキピア』は、日本語訳では二段組で五百ページ以上という大著で、その内容は専門家でもなかなか読み通せないという難解なものである。人類に新しい科学の時代を開いたこの著作を、十八か月という短期間に書きあげたことは、その内容の複雑さや緻密さなどから言って、科学史家の説明によると、奇跡に近いことだという。まさに超人的な集中力の産物といってまちがいないようである。『プリンキピア』を執筆していた頃のニュートンがいかに仕事に集中していたかについては、彼の秘書や友人たちの目撃証言がいくつか伝えられている。当時、彼はケンブリッジ大学の構内にある教授用の住居に住んでいて、部屋の掃除や食事の用意は家政婦がしていたが、朝、家政婦がベッドをなおしに部屋にはいってみると、夕食が手つかずのまま残っていることがめずらしくなかったという。残された食事はその家政婦の腹のなかにおさまることになるわけであるが、健康を気づかう秘書にとっては、ニュートンにいかにして食事のことを思い出させて、首尾よく食事をとるようにさせるかがひとつの仕事でもあった。放っておくと、食べることも忘れ、眠ることも忘れ、それこそ寝食を忘れて、仕事に没頭したというのは、別に誇張でも何でもなく、ニュートンの日常だったことが、秘書の証言などからわかってくる。もちろん、ニュートンといえども空腹に耐えられなくなれば、食事をせざるをえないが、それも立ったままのこともめずらしくなかった。文字どおり、仕事のことが片時も脳裏を去ったことはなかったようで、庭を散歩していても、何かアイデアがうかんでくると、突然、立ち止まり、部屋に飛び込んで、机の前に立ったまま、そのアイデアを書きつけたりする。時たま友人が訪ねてきても、仕事のほうに集中して、友人のことをすっかり忘れてしまうこともめずらしくない。「大発見」をするには普通の人には体験できないような集中力と孤独が必要なようである。ニュートンに次ぐ物理学の「大発見」をしたアインシュタインについても同じようなことが伝えられている。アインシュタインは思索のかたわらピアノを弾いたりしながらメモを取ったりして、そのまま書斎に閉じこもり、だれにも会わず、食事は書斎に運ばせ、こうして二週間が過ぎた。ある日、真青な顔をしておりてきて、「さあ、これだ」と言って紙片をテーブルに置いた。それが相対性理論だったということを、映画監督のチャップリンは自伝のなかでアインシュタインの夫人から聞いた話として伝えている。ニュートンにも、アインシュタインにとってのピアノのようなもの、極度の精神の集中に対する気分転換が必要だった。」

ま、ふつうでもだらだらじゃ効率悪いですよね、、、集中して時間の経つのも忘れるくらいじゃないと、、、脳は睡眠の話ででたと思うけど、、、90分サイクルで活性化されてるっていわれてましたよね、、、たしか。。。映画も2時間はちと長いでしょ・・・?
天才は、、、集中力の持続時間が超人的なんでしょうねえ ^^;v
わたしなんか、、、18ヶ月も休暇あったら困るだろうなあ。。。^^;;

画像:アイザック・ニュートン Sir Isaac Newton
http://ja.wikipedia.org/wiki/アイザック・ニュートン より

豊琳(ほうりん)

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ぽかぽか春めいた陽気の中行ってきました。^^
雰囲気ある外観。店内も落ち着いた感じで好感。^^
ここのカレーを食べたあとブレンドコーヒー&ブルーベリーチーズケーキを所望。
どちらもなかなかおいしかったです〜〜〜
食後のコーヒーは一杯250円で飲めるってのもうれし〜誤算♪
ブルーベリーチーズケーキも大粒のブルーベリーがこれまた酸味が利いてて美味かったこと♪
お勧めです。☆☆☆
駐車場も広く、店内喫煙可。^^

店名 豊琳
住所 岡山県岡山市野田2丁目1-11
電話 086-243-6432

コーヒー豆も仕入れ値が上がってるらしいですね。。。
膨大な人口を要する国々の人々がみなコーヒーを飲み始めたら、、、
考えただけで空恐ろしくなってきませんか、、、高嶺の花の飲み物になってしまいそうな予感。。。^^;

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