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読売新聞2008.04.11 に奇しくもこの前の記事に符合するかのように彼、ソシュールの記事が載りました ♪
ソシュールの講義ノート全訳完成
「『近代言語学の祖』といわれるフェルディナン・ド・ソシュールが晩年に行った「一般言語学」全3回講義の初の全訳が、完結した。ソシュールの思考を正確に理解する上で重要な手がかりとなる本書翻訳の意義は大きい。・・・
「差異の体系」構造主義への発展
ソシュールは言語を意味の体系としてとらえるが、その意味は言葉が指す具体的な事物とは必ずしも結びつかず、むしろ他の言葉との差異や関係によって決まるとする。事物に命名することで、言葉が生まれるのではなく、実体を持たない言葉の差異を通じて、人は初めて事物の存在を認識する。この「差異の体系」こそが言語の本質だという考えは、20世紀の思想に大きな影響を与え、文化人類学者レヴィ・ストロース(1908〜)や哲学者メルロ・ポンティ(1908〜61)らによる構造主義へと発展した。またロラン・バルト(1915〜80)は言語の意味分析を政治、美術、モードなど様々な分野に応用し、記号学の発展に貢献した。「言葉による意志疎通はいかにして可能になるのか」というソシュールの問いは、今日では脳科学などほかの分野に研究の中心が移り、言語学は先端的学問としての使命を終えたとの意見も一部にはある。しかし加賀野井さんは、「言語の本質が実体を持たないとすれば、自然科学的アプローチによる研究には限界があるはず。言語は依然として謎であり、ソシュールは今後も言語学の古典として生き続ける」と予想する。」
http://homewww.osaka-gaidai.ac.jp/~kamiyama/necroMartinet.htm より Orz〜
「『一般言語学講義』で有名な現代言語学の祖ソシュール(Ferdinand de Saussure)は最先端の印欧語比較言語学者であった.『講義』の無理解からか,あるいは故丸山圭三郎氏の数多くの夢想的著作の影響もあってか,困ったことにわが国ではこの事実はあまり知られておらず,ソシュールを思想家と誤認する書物さえ散見される.1878年,ソシュールは比較言語学史上最大の発見のひとつを21歳の若さで成し遂げた.今日では通例「ラリンガル(喉音)理論」と呼ばれるこの発見によって一躍名を上げたソシュールは,例外的若さでパリの高等学術研究院[TK1]に抜擢され,比較言語学を講じつつ特にサンスクリットとバルト語を研究した.1891年,故郷ジュネーヴに職を得たソシュールは,パリを去るに際して弟子のメイエ(Antoine Meillet)を後任に据えた.アルメニア語やスラブ語を中心とした,印欧語比較言語学全般におけるメイエのその後の活躍については駄弁を弄すまでもないだろう.メイエ門下からは印欧語学のバンヴェニスト(Emile Benveniste)やクリウォヴィッチ(Jerzy Kury?owicz),スラブ学のヴァイヤン(Andr? Vaillant)やファン・ウェイク(van Weik)など,錚錚たる面々が巣立った.
アンドレ・マルティネ先生はメイエの晩年の弟子である.なるほど先生は師のように生涯を印欧語のみに捧げることはなく,ゲルマン語を中心にすえて印欧語比較言語学を修めながらも,トルベツコイ(Сергей Трубецкой)とヤコブソン(Роман Якобсон)によって華々しく創始されたばかりのプラハの音韻論に傾倒し,あるいは後にはプラハのFSP(functional sentence perspective=aktu?ln? ?len?n? v?ty)とは別の意味で言語の「機能」を追及して,その過程では先達の誰もが気付かなかった人間言語に固有の特徴「二重分節」の定理に到達した.・・・」
二重分節の定理?ってなんだろ?・・・またいずれ・・・^^v
http://www33.ocn.ne.jp/~homosignificans/symbolnoumi/content/works/papers/semiotics.html より Orz〜
画像も Orz〜
上:フェルディナン・ド・ソシュール
下:チャールズ・パース
記号論の二人の生みの親
「・・・スイス人フェルディナン・ド・ソシュール(Saussure,Ferdinad de,1857‐1913)である。彼の主著として知られる『一般言語学講義』(1916)は、彼の死後に弟子たちによって編纂・刊行されたものだが、ソシュールの母国語がフランス語であったために、記号論におけるいわばフランス学派が形成され、多くの研究者を生み出したというわけである。ちなみにこの系譜につながる記号の研究を「記号学」と呼ぶことが慣わしになっている。
だが、記号論の歴史を語るうえで逸することのできないもう一人のキーパーソンがいる。こちらは英語で著述をしたアメリカのチャールズ・パース(Charles Peirce,1839‐1914)である(右下の肖像)。たしかにパースのほうが大分年上だが、没年はほとんど一緒であるし、同時代人といってもかまわないだろう。これは記号論の成立ということにとって偶然の暗合なのかどうか、とても興味深いことだ。ソシュールは生前にそう沢山の本を書いていない。その独自な業績が注目されるようになったのは、没後に出た、厳密には彼の著作とは言えない、前記の講義ノートによってであった。彼の残した膨大な遺稿はいまだに全部が刊行されないままになっている。ところがパースについても、その業績が世に出た事情はソシュールの場合と酷似している。パースも生前はそう本を書いていない。そして彼もまた雑誌論文その他のかたちで本としては刊行されていない多くの文章を残した。以前に遺稿を含めた著作集が刊行されたことがあるが、いま新たに遺稿を網羅した著作集が出始めている。こんなところも、この二人の類似点としていやでも目に映る。そしてパースは、英米圏における記号論の生みの親だといっても過言ではない。こちらの伝統に連なる記号の研究はふつう「記号論」と呼ばれ、前記の「記号学」と区別することが多い。・・・」
記号論に関しても時間あればいずれまとめてみたいです・・・^^v
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