アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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世の中羊だらけ

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昨日いつものタクシーに乗ったら、、、なんと、、、禁煙!聞いてたけどさあ、、、なして、スモーカーの乗客の意見も聞いてくれないのかなあ?タクシーの本社に電話しましたよ。^^ 少しくらいなら構わないでしょって?「だめです。決めましたから。」ま、申し訳ございませんって言葉のフォローはあったけどね。。。全車でなくって、10台に1台は喫煙車を残すとか、ワンメーター内は禁煙でも我慢するけど、、、30分以上なら吸ってもいいとかにできないの?とも ^^; だめでしたね・・・
煙は次に乗る方のときにゃ残らないようにできるでしょ?なら、臭い?それだって、消せるでしょ?臭いだって言うなら、化粧と香水のきつい人は乗車拒否して欲しいけど。。。^^;v
何にも考えず、、、世の流れだっていう理由だけで、、、右へ倣え!だもんなあ・・・
まるで羊飼いに飼われてる羊の群れじゃないですか。。。
そうやってたら、、、どんどん狭い枠に囲まれてきて、、、みんな住みにくくなっちゃうに決まってるってのに、、、言い出しっぺの誰かがいるんだよね。。。それに、つられてるだけのような気が、、、いつも言ってるけど、分煙じゃ害があるって証拠ってあるんでしょうか?JT が出さなきゃ!売ってるんだから。たしか疑わしきもの罰せずでしたよね。。。?外国のデータでもいいさ、きちんと分煙してても間接喫煙の害があるというデータはあるの?理論的にゃないはずだよ。。。分煙で本人がリスク分かってて吸ってることへの内政干渉でしょ?そんな干渉する暇あったら、中国のチベット問題の方へ干渉しなさいよ!!
たばこ税って、地方税なんだそうですね。だから、自販機は減らない。だって、税収減るから。Taspoも導入されるけど、、、あの機関ってJT関連?それで、その建物、人件費ってたばこ税からのもの?何やってんだか。。。そんなものを作って、全国的な禁煙運動の圧力をいなそうなんてするよりか、いっそJT のタバコ部門を廃止したら?そうすりゃ、いらぬ機関でしょ?
中国の一人っ子政策ってのが今もあるのかどうか知らないけど、、、わたしは似たようなもんだと思ってる。個人の自由権の侵害でない?あくまで間接煙による害をもたらさないようにした上での話ですけどね。だから、明らかに分煙の効果がないって言うなら売らなきゃいい、作らなきゃいいわけです。効果があるなら、Taspo なんて無意味な、姑息な融和策なんて猪口才なことより、分煙ボックスを町にJT、あるいは、地方税を取ってる公共団体が作るべきです。新幹線も喫煙車両が無くなって、喫煙室なるものがかろうじて残るって聞いてるけど、、、JT は、JR の車両の1/3 くらいは喫煙車両を寄付すべきなんだ!^^ だって、国民の1/3 くらいはスモーカーなんだぜ!何時間も乗ってる密室に缶詰めにされちゃ叶わない。ニコチン中毒にならないタバコを売ってるなら問題ないよ。違うでしょ?えっとこさ自由に売って吸わせておいて、急に手のヒラを返されても困るのはスモーカーという顧客。客商売だってんなら、そこんとこぜひご考慮願いたい。m_ _m
地方自治体の禁煙タイムってなんだ、、、?国民に、市民にサービスを提供することをやぶさかにしてて(お昼だからってしゃくし定規に休んじゃう?日曜祭日は開いてない?いったい、どこがサービスなんですかね?)、自分らのタバコタイムが認められないからって、知らないね。そんな時間があるなら、時間外でも応対すればいいんだ。サービスってのは相手の時間に合わせるべきなんだ。いい加減に考え違いに気付いて欲しい。

http://www.excite.co.jp/News/society/20080408182456/JCast_18755.html より Orz〜
「勤務中は喫煙禁止」自治体に広がる 千葉県松戸市6月から実施 [ 04月08日 18時24分 ]
「・・・橋下知事は2008年3月18日に開かれた委員会で、勤務時間中は禁煙とする意向を表明。これに対しては労組が反発しており、J-CASTニュースでも「橋下知事の『たばこ休息廃止』 大反発する労働組合側の『論理』」という記事で伝えた。・・・」

http://www.j-cast.com/2008/03/21018075.html より Orz〜
橋下知事の「たばこ休息廃止」 大反発する労働組合側の「論理」 2008/3/21
「 大阪府の橋下徹知事が、2008年3月18日に開かれた健康福祉常任委員会で、「たばこを吸うための休息なんてあり得ない」と言い切り、条例で認められている1日2回の15分「有給休息」をなくし、執務時間中は禁煙にしたい方針を明らかにした。これに対して大阪府関係職員労働組合は、J-CASTニュースに「リフレッシュして再度仕事に集中するのがなぜ悪いのか」などと語り、知事の発言に大反発している。
「民間より労働時間長い」と労組が主張
大阪府庁職員の休息時間は、条例で勤務時間4時間につき15分の有給休息が取れる、と定められている。橋下知事は、この休息を「たばこ休憩」と見ているようで、喫煙場所に行って喫煙すれば1回に10分はかかる、とし、
「税金をもらっている職員が、1日に何度もタバコを吸っては府民の理解は得られない」
などと記者団に語った。今後の方針として府庁内を全面禁煙にし、さらに、たばこを吸うための休息時間もなくして執務に専念させたい、というのだ。
知事の発言に対し労働組合がこだわっているのが、休息時間の廃止。組合によると、大阪府庁職員の1日の労働時間は民間企業の平均と比べれば45分長く、さらに30分の休息時間も削られると、
「昼休みを除いてずっと働き詰め。頃合を見て気分転換をするのもはばかられるようになる。デスクに縛り付ければ効率を上がる、と考えているようで、ホンマに、縛ることによって効率が生まれるのかどうか、ということ。全く納得がいかない」
と反発する。労働時間も長い上に、休憩時間もなくなると、仕事の効率が低下するということらしい。

有給休息、国家公務員については06年7月に廃止
一方で、有給休息は国家公務員については06年7月に廃止された。人事院によると、
「民間企業の通常の勤務形態では、休息時間に相当する制度がほとんど普及していない」
からなのだそうだ。総務省によると、地方公務員の場合、07年4月1日時点で、1874ある団体のうち、1567の団体が廃止、もしくは07年度中に改正条例案を議会に提出する、という数字が出ている。同労働組合も有給休息が他の自治体で廃止されてきているのは承知しているが、橋下知事の発言には心中穏やかでないようなのだ。
「非常にあの言葉では、我々にとって寒いな、と。大きな度量を示し、職員を活気付かせるような提案が欲しい。タバコ一服、職員同士が自由に情報交換できる時間。そんなことが新しい発想を生むこともあるわけですから」」

ナンセンスなバトル!もっと有意義な話題はないのかいな・・・^^;
勤務時間が長いからって住民サービスの向上に向けたものじゃないでしょう?
そんなことはどこでも似た状況だよ!
自分らが自分らの仕事の本末を知った仕事をしてないから、こんなくだらない不毛な論争が生まれちゃうんだ!自業自得だね!っていっても、、、やり過ぎだとわたしも思っちゃいますけどさ...^^;v

http://www.j-cast.com/2007/05/11007532.html より Orz〜
「禁煙運動始めたのはヒトラー」 中日新聞コラムに意外な激励 2007/5/11
「中日新聞に掲載されたコラムに抗議が相次いでいる。タクシーの全面禁煙に疑問を投げかけるコラムだが、「禁煙運動を始めたのはヒトラー」などの文言が読者に反発を招いたのか、全国から60件ほどの抗議が寄せられ、日本禁煙学会からも抗議文が寄せられた。しかしその一方で、意外なことにこのコラムを肯定的に捉える「激励」のメッセージも寄せられ始めたというのだ。

タクシーは私的空間?
波紋を呼んでいるのは、2007年4月29日に中日新聞に掲載された「タクシー禁煙の憂うつ」と題されたコラム。同社常務・編集担当の小出宣昭氏が執筆した。愛煙家である小出氏が名古屋地区で始まったタクシーの全面禁煙について疑問を投げかけるもので、喫煙者を少数民族「スー族(吸う族)」と禁煙者を多数民族「スワン族(吸わぬ族)」と呼びながら、
「いやはや。少数民族は多数民族の決定に従う術はないが、その決め方にはいささかの薄っぺらさを感じるがゆえに、スー族としての反論を書きとどめる」
として、全面禁煙に疑問を投げかける。
小出氏は、コラムの中で
「タクシーは公共交通機関といっても、あくまで個別選択的な乗り物である。車内でのたばこは運転手さんや同乗者の同意を得れば不特定多数の人々に迷惑をかけることはありえない。まさに私的空間なのだ」と主張。「全面禁煙という一律主義に、スー族は本能的に危険を感じる」などとしている。さらには、米国の学者・ロバート・N. プロクターの『健康帝国ナチス』を持ち出して、「世界で初めて国家的禁煙運動を始めたのは、ヒトラーである」として、同時代の独裁者ムッソリーニが禁煙主義で、ルーズベルト、チャーチル、マッカーサーは喫煙者だったと述べている。最後に小出氏は、
「禁煙は下手をするとナチスのように他者の存在を認めない原理主義に陥ってしまう。スー族はいま、それ憂いているのだ」
とコラムを締めくくっている。

「筆を折るな」「よく言った」というメッセージが増える
中日新聞社によると、5月9日までに約40通ほどの抗議などの問い合わせが寄せられたという。また、「ナチスといった言葉に不快感を感じた方が多かったようだ」としており、禁煙と「独裁者」を関連付けたことについて、反発を覚えた人も多いようだ。
07年5月10日付の読売新聞によれば、小出氏はこうした批判を受けて、
「禁煙者と喫煙者の共存のために多様な選択肢が必要だということを書いたつもりだが、配慮を欠いた部分もあった。文章を訂正する必要はないと考えているが、今後、反省すべき点は反省したい」
と述べているという。J-CASTニュースは同社に小出氏の見解を改めて聞こうとしたが、担当者からは「読売の記事にある通りだと申しておりました」という返答が寄せられた。
ちなみに、読売新聞が中日新聞社に抗議が相次いでいると報じたことから、5月10日一日だけで全国から電話やメールで36件の問い合わせが寄せられた。しかし、今度は「批判が圧倒的だった」状況がちょっと変わってきているようだ。同社は、36件中「抗議」は20件で、残る16件は「筆を折るな」「よく言った」というような「激励」のメッセージだったと言っている。「少数民族」といわれる「スー族」の支持者もなかにはいるようなのだ。」

いやはや良識人もマスコミにおられるようで嬉しや♪
言論の自由もそうだけど、冷静に意見を聞かなきゃね。禁煙学会って一種の圧力団体に成り下がってんじゃないのかな・・・?どうしてもっと建設的な意見を出せないのかね〜タバコの製造を止めろ〜って言えばいいだよ!それが言えないなら、、、分煙ボックスを全国設置しろ〜、それがノンスモーカーを救う道だ〜ってね。^^v

画像:簡易喫煙ボックス e-Box
http://www.sanyo-industries.co.jp/shouhin/sho0111/sho01111.html より Orz〜
「「安心・安全」簡単組立・アルミフレームの軽量設計・ シンプルデザイン・ 換気設備で屋外排気」
外気にも出すなって? なら貴方のその臭い息も出して欲しくないけどね...^^;

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前回と同じサイトからの続きです^^v
画像も Orz〜

「悪魔くんキャラの美少年・ランボー
ランボー君はフランスのシャルルヴィルという田舎の生まれ。
子供の頃からその文学的な才能で神童と呼ばれましたが、16歳の時に戦争のとばっちりで極貧生活。このときの不運な生活が、天才少年の心に大きな影を落とします。生きる喜びを謳う作風から一転、悪魔がのりうつったかのような詩を書き始めます。町の金持ちの男に・・・を売ったりしながら、問題行動の連発。・・・そんな中でも、やはり天才は書かずにはいられません。ランボー君は当時有名だったヴェルレーヌ宛に、いくつかの詩を送りました。あまりの見事さに、ヴェルレーヌはランボーの才能にすっかり魅せられてしまいます。「いますぐパリに来い!」と、旅費を送ってランボーを呼び寄せるヴェルレーヌ。
「やたっ!!」
とばかりに旅支度をする傍ら天才・ランボー君が書き上げたのが、フランス文学史上に燦然と輝く名作「酔いどれ船」であります。パリの詩人たちは、この傑作にド肝を抜かれます。このときランボー君は、16歳。・・・」

以下は同サイトご覧下さいませ〜0rz〜

ランボー君のこんな側面(案外これが彼が世界を観る基本軸的感性だったのかも知れないけどね。。。)があったなんて知らなかった、、、しかも有名みたいね ^^;
わたしにゃわからん世界だ。。。^^;
ヴェルレーヌがデカダンス(退廃)に陥った脱力感ってのもわかるような気がする・・・
早世の天才はその才能に食い潰されるんじゃなくって、、、その才能と相容れない世界に食い潰されちゃうんだと思ってる・・・^^;v

http://ja.wikipedia.org/wiki/ポール・ヴェルレーヌ より
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「ポール・マリー・ヴェルレーヌ(Paul Marie Verlaine)(1844年3月30日 - 1896年1月8日)は、フランスの詩人。・・・多彩に韻を踏んだ約540篇の詩の中に、絶唱とされる作品を含みながら、その人生は破滅的であった。「秋の日の ヴィオロンの……」、「巷に雨の降るごとく……」などの訳詩で知られる。・・・彼の一生には、酒・女・●●・神・祈り・反逆・背徳・悔恨が混在する。初期の作品の方が評価され、文名を高めデカダンスの教祖と仰がれた晩年の濫作は、尊ばれない。・・・」

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http://allabout.co.jp/relationship/homosexual/closeup/CU20050510A/ より Orz〜

「世界一有名なゲイカップル・ランボー&ヴェルレーヌ
・・・
日本史の中で最も有名な♂×♂カップルといえば、織田信長&森蘭丸でありましょう。では、世界の歴史の中でカップルとして有名なのは誰か。。。。考えに考えた末、今回はランボー&ヴェルレーヌ(二人とも19世紀フランスの有名な詩人です)を取り上げてみたいと思います。

天才の痴話ゲンカ・ランボー&ヴェルレーヌ
ランボーといえば、(日本人で文学に興味がなくても)名前ぐらいは知っている人がほとんどでしょう。ご近所の図書館の古めかしい古書の棚に、彼の詩集があるはずです。いまでこそクラシックな棚にひっそりと納められているランボーの詩集ですが、19世紀当時としてはフランス(ってかヨーロッパ)の文壇を塗り替えてしまうほど革新的な詩集だったのです。ビートルズが20世紀の音楽シーンを塗り替えてしまったように、19世紀のヨーロッパに与えた影響はマジにセンセーショナル。
しかも、彼が詩作をしたのは15歳から19歳(5年足らず)。
こんなあどけない、ベルアミ・ビデオにでも登場しそうな少年がヨーロッパの若者たちを熱狂させ後の文壇を変えてしまうとは、まさに神話級。たった4年間の創作活動でそんなことをやってのけたのは、ヨーロッパ文学史の中でも、彼をおいてほかにはいないでしょう。

画像:ディカプリオ主演で映画化 「太陽と月に背いて」
さてさて、このカップルがどれぐらい有名かというと、ふたりのカップルぶりがディカプリオ君主演で映画化されるほど・・・当時はアイドル色の強かったディカプリオ君でしたが、この映画では男同士のキスシーンやセックスシーンなども一糸まとわぬ姿で頑張って演じていて、気合いが入ってました。さまざまな文献で伝えられている二人の同性愛エピソードもちゃんと盛り込んである脚本なので、観てみるのもいいかもしれません(別に面白い映画だとは思えないけど、ディカプリオ君はまちがいなく頑張ってくれていました)。・・・

詩人同士の恋愛といえば、さぞロマンチィックな恋愛が想像できることでありましょう・・・しかも、かたやランボー君はなかなかの美少年。ところがこの二人、痴話ゲンカの果てに遂に流血事件まで起こしてしまうような、みのもんたも黙る超ゴシップカップルでありました。こんなヤツらがニチョで暴れたら、まわりのお客もサッサとお勘定して帰ってしまうことでありましょう。

19世紀のフランスでは同性愛はタブーでしたが、天才・ランボー君のぶっちゃけな(露悪的な?)性格とヴェルレーヌの見事なハマリっぷりが目立ちまくったため、二人の関係は誰もが知っていていたとのこと。そのおかげで、ランボー以降のフランス語詩を語るときは、同性愛についても触れねばならなくなったわけです。えらいぞ、天才くん!!
ランボーのお相手・ポール・ヴェルレーヌは、わりとイイとこのおぼっちゃん。保険会社やパリ市役所などに勤めながら詩作を続け、やがて人脈を広げてパリの流行詩人となっていきます。出版した詩集は斬新ではないものの、まぁまぁ好評。25歳で16歳の女子と結婚・一子をもうけますが、少年時代から同性愛の傾向があり(同級生に恋しちゃった記録があるそうです)「(結婚は)誤った道を歩まないため」と詩に書いちゃっている模様。セクシャリティ的にはバイであったというのが、今日では有力説となっております。ところが27歳の夏、「誤った道」と出会ってしまうのでありました。天才にして美少年の、ランボー君であります。

To be continued...

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http://ja.wikipedia.org/wiki/アルチュール・ランボー より
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「ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボー(Jean Nicolas Arthur Rimbaud, 1854年10月20日 - 1891年11月10日)は19世紀のフランスの象徴派詩人。ランボオとも。主な作品に散文詩集『地獄の季節』、『イリュミナシオン』など。
早熟の天才。詩人ヴェルレーヌによって才能を見出され、後にマラルメらとともに、「呪われた詩人」と評される。ダダイスト、シュルレアリストら、20世紀の詩人たちに絶大な影響を与えた。
『地獄の季節』でフランス文学史上、最も早熟な、屈指の天賦の才能を見せる。若いうち(20歳代前半)に詩作を放棄したが、後にフェリックス・フェネオンらによって編纂された『イリュミナシオン』における散文詩の数々は、ほとんどが意味不明なほど難解であり、「読解不可能」と指摘されながらも、読む者たちを惹きつけて止まない非常に強い求心力を持つ。理性と感性を多大に読み手に要求しつづけるのである。従って極めて多くの注釈・研究書がフランス国内外問わず存在するが、今後もこれと言った決定的な解釈は不可能であるだろう。また、この世には難解な、すなわち、詩的な「論理の飛躍」が顕著な「詩」あるいは「散文詩」が数多くあるが、そのような、現在の我々が「詩」とみなしている文章の原型はここにあるといっても過言ではない。
・・・
生涯
1854年、フランス北東部アルデンヌ県シャルルヴィル(現在のシャルルヴィル=メジエール市)に生まれる。父は陸軍の軍人、母は小さな農地主の長女。ランボーは2人目の子で、2男であった。
1870年、家出。普仏戦争下のパリへ辿り着くが、無銭乗車のために逮捕され、家に送り返される。以後、家出を繰り返す。
1871年、パリへやって来る。ヴェルレーヌに出会う。以後、共にブリュッセル、ロンドンなどを放浪する。ヴェルレーヌは妻子を捨てての放浪だった。
1873年、ヴェルレーヌとの別れ。ヴェルレーヌはランボーに拳銃を2発発砲、うち1発がランボーの左手首に当り、ランボーは入院、ヴェルレーヌは逮捕される。この別れの後に『地獄の季節』を記す。
1875年、この年に書いた詩が彼の最後の作品とされる。以後、兵士、翻訳家、商人など様々な職業を転々とし、ヨーロッパから紅海方面を放浪、南アラビアのアデンでフランス商人に雇われ、アビシニア(現在のエチオピア)のハラールに駐在する。
1886年、自立して武器商人となったランボーはエチオピアの王侯メネリク(後のエチオピア皇帝メネリク2世)に武器を売り込みに行くが、足元を見られてかえって損を蒙った。しかし、この経験からエチオピア通となったランボーはその後ハラールで商人として比較的成功する。
1891年、骨肉腫が悪化してマルセイユへ帰り、右足を切断したが、癌は全身に転移しており死去。臨終は妹のイザベルが看取った。

その他
ランボーの作品に「母音のうた」というものがある。これはフランス語の基本母音である「A(アー)、E(エー)、I(イー)、O(オー)、U(ウー)」を主題として、これらの母音の音から連想される色についてうたっている。この作品からするとランボーは音と色の共感覚を明瞭に持っていたと考えられる。
ランボーの少し長い詩に、『酔いどれ船』があるが、この詩は幻想的な内容で、非常に奇妙なイメージが次々に展開されて行く。しかし、詩において何を述べているのかの解釈として、これはパリの当時の街角のありさまをうたっているとも解釈できる。LSD を服用して得られる幻想にも類似している。イギリスの詩人であるディラン・トマスの散文詩にこれに似た幻想的な作品があるが、何が似ているかというと、トマスの作品は非日常的幻想的なイメージや言葉を列挙しながら、何を叙述しているのかのレベルで見ると、例えばロンドンの建物の屋上から見た風景を幻想的・象徴的に書いたという点である。また、ランボーの愛読者でもあったアメリカの政治学者兼SF作家のコードウェイナー・スミスは、ランボーの作品の影響を受けたSF作品を書いた。「インストルメンタリティ」シリーズの一つの短編として、『酔いどれ船』(Drunkboat)がスミスには存在する。
エチオピア(アビシニア)におけるランボーの後半生を扱った小説に、アラン・ボレルの「アビシニアのランボー」があり、そのままの邦題で、また「地獄の季節」という邦題で翻訳がある。
映画「ランボー」は、原作者デイヴィッド・マレルがランボーに触発され、彼を主人公(ジョン・ランボー)に擬して書いた小説「一人だけの軍隊」の映画化であり、綴りが英語風に変えられているが、正しくランボーへのオマージュである。「一人だけの軍隊」の冒頭にはランボーの詩句が引用されている(早川書房版)。・・・」

http://www2s.biglobe.ne.jp/~cama/france/cafe/litrture/rimbaud.html より Orz〜
「・・・文学界では「早熟の天才詩人」などと言われ,もてはやされているランボーですが,ランボーの詩ははっきり言って「子供の書き殴った詩」にほかならないと僕は思います。後世に,映画界のアバンギャルドと言われたゴダールも,自作の映画内でモチーフとして引用した有名な詩「永遠」は,たとえばこんなふうです。

L'eternite'

Elle est retrouve'e.
Quoi? - L'Eternite'.
C'est la mer alle'e
Avec le soleil.

永遠

また,見つかった。
何がって?−永遠さ。
それは行ってしまった海さ
太陽といっしょに。

まあ,これだけ読んでもよく分からないですよね。はっきり言って,韻も踏んでいないし,何らかのリズムの規則性があるわけでもありません。フランスの詩にかぎらず,一般のヨーロッパの詩というのは,リズムあってなんぼのものですから,こういうのはいわゆる詩の範疇には入らない雑言なのです。
でも,この短い文と,行間の空間まで含めた全体から受け取るイメージというのはどうでしょう。きれいな韻を踏んだ詩もいいですが,この書き殴ったような本当に「乱暴な」言葉と言葉の組みあわせから,僕たちはなんとも言いようのない,深いイメージを抱くのです。
その新鮮なショックとイメージは,それまでの冗長なフランス詩にはないものを持っていました。そのため,当時ではランボーの詩はまったく評価されず,後世では,フランス現代詩のさきがけと,やたらともてはやされることになりました。ランボー以降の詩を「現代詩」と呼ぶ,と定義する学者も多いのです。
さらに,彼が詩を書いたのは17〜19歳くらいの間と言われています。これが,彼が「早熟の天才」と呼べれるゆえんです。その後,ランボーはぱったりと詩作をやめてしまったので,これを文学界では「ランボーの文学との決別」などと言って,これまたもてはやしています。
でも,ひるがえって考えてみると,この年代の少年がこうした詩というか言葉の切れ切れをぶつけることはよくあることじゃないでしょうか。意味もなく,むしゃくしゃしたり,怒ったり,泣いたり,その反動として詩をノートに書き殴ったりした経験はだれしもあるでしょう。結局,ランボーの詩もこうした青春のほとばしりに過ぎないのではないかと僕はよく思います。僕はランボーの詩が大好きなランボーファンではありますが,純粋に文学的に捉えた場合,ランボーは早熟の天才ではなく,青春だけに生きた少年詩人だったのだと,結論つけざるをえません。
でも,それだからと言って,ランボーの詩の評価が下がるわけでは決してありません。むしろ,彼の詩が少年期の書き殴った詩だからこそ,僕たちの誰もが必ず味わってきたであろう感覚だからこそ,彼の詩は強く僕たちの心を揺さぶるのです。そして,こうしたみずみずしい感覚を,こうした言葉の組みあわせによって表現するということ自体が,そのまま現代詩になっているのですから,ランボーがこの種の現代詩の先駆者だと言ってもいいのかもしれません。
確かにランボーのような詩人は希有な存在なのかもしれません。彼が詩を書いていたのは,17〜19歳くらいのころだけと言われていますから,まさに彼の作品は青春そのものです。そして,彼は自らの青春とともに,詩人であることをやめました。いえ,やめるより仕方なかったというほうが正しいと思います。この時代の心境を激しく書き殴って詩にしてきた若者は,自身が歳を取るとともに詩を作る対象を見失ってしまったのでしょう。若さゆえの暴走やためらい,怒りや驚きだけを表現の中心にしてきたランボーは,「地獄の季節」と呼ばれる詩集で,文学と「決別した」のではなく,「決別せざるを得なかった」のだと僕は思っています。
余談かもしれませんが,僕はランボーのことを思うとき,若くして亡くなったシンガーソングライター尾崎豊のことをかぶらせてしまいます。彼も,青春特有の怒り,嘆き,悲しみ,発散,そうしたものを一身に背負って,詩を作り,歌ってきた希有なカリスマ性を持つシンガーでした。昔風に言えば,彼もまた詩人であったのです。
青春の時代はだれにでもあります。そして,そのときしか味わうことのできない独特な感覚や感情も確かにあります。しかし,それは,あくまでもその時期だけに味わえる一過性の感情であり,長続きはしないものです。それが悪いとはいいませんし,そのやるせない感情自体を否定したりもしません。ですが,それを表現者として,表現の源泉として保ちつづけるのは非常に難しいことだと思います。その頃の感情は,はかないからこそ輝いているのであり,いつか終わりが来ることが分かっているからこそ甘く,せつなく,心を打つのです。だから,彼らは表現者として長く生きることはできませんでした。
ですが,それはそれでいいのです。文学というものは,いや芸術というものは,ときとして非常に過酷な運命を人に与えるものです。そして,その運命に巻き込まれたランボーや尾崎は,彼らの時間を精一杯生き抜き,そして光り輝く作品を残したのです。彼らは長く表現し続けることはできませんでしたが,その光り輝く一瞬を珠玉の言葉に残して,世を去っていったのです。
ランボーという少年詩人がかつていました。そして,その詩は,僕たち現代人の心を揺さぶる何かを持っています。彼の詩は,青春の嘆きや怒り,悲しみや驚きに満ちています。ときに荒々しく,ときに冷酷に,世の中を眺めるその視線には,大人たちが忘れてしまった新鮮な感動があふれています。
彼の詩はまさにロックです。燃え上がる熱き青春の魂です。こういう魂に共感できる人なら,ぜひ一読されてみることをおすすめします。」

むかし、彼の詩を読んでいたく共感し、憧れた記憶があります。そんな彼が急に詩をほっぽらかしてその対極とでもいえるような商人に身を投じたのがどうしても解せなくって、、、でも、わたしも大学の2,3年ごろまでいっぱい詩を書いてた時期がありますが、、、ぱたりと書けなくなっちゃいました。感性が失せたんだと思ったね。勝手に推測するに、、、彼も書けなくなったんだと思うんです。。。^^;
その理由?そんなの分からない、、、自分でもなぜだか分からない、、、子供みたいにみずみずしい、この世界を新鮮な驚きで見てた、見えてた心がいつの間にか消えちゃったとしか、、、それが、、、大人になったってことでもあるのかなって思ったり、、、だから、、、大人になるって何か大切なものが剥がれ落ちちゃう過程のことじゃないのかなって。。。^^;

恋愛をめぐる変遷

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2008.04.07 読売新聞 『平成を歩く』 より Orz〜

「結婚と分離 ギャグ対象 (鷲見一郎)
禁断という言葉を意識しつつドアを開けると、フアンという香りが鼻をつく。東京・丸の内に昨春オープンし、メディアでも話題になった新丸ビル7階に、女性限定スナック「来夢来人(ライムライト)」がある。女性だけのグループがカラオケに興じ、黄色い声が飛び交う騒がしさの中、カウンターで一人飲む女性の姿が一際、目をひいた。「男性といると、意識しないまでもどうしても気を使う。ここにいると本当の自分らしくいられる」と20代のサービス業女性。付き合ってる男性がいようといまいと、あえて<一人>のときが楽しい。「何よりラク」と顔をほころばせる。女性誌「anan」の及川卓也編集長は、「ジム、エステといった、一人の時間の使い方に関する情報が求められている」と、恋愛への感心の比重が低下する傾向を指摘する。特集も、「インテリア」「ヨガ」といった多様化するライフスタイルへの対応にも力を注ぐ。バブル経済、華やかなりしころの91年、若者の恋愛模様を描くトレンディードラマが一世を風靡していた。「月9」と呼ばれたフジテレビ系のドラマ枠は、その象徴的存在だった。「東京ラブストーリー」は、女主人公の「24時間好きと言って」というセリフが共感を呼び、最高視聴率32.3% を記録した。・・・しかし、バブルが崩壊し、平成という時代が進んだ今はどうだろう。まじめな恋愛、過剰な恋愛は、氾濫するお笑い番組でネタにされるだけだ。「僕は死にましぇん」というセリフは今やギャグとなった。TBS系ドラマ「ふぞろいの林檎たち」(83年)のように傷つき傷つけられながらも恋愛にまい進する若者像は今やあまり見ない。恋愛に向かったとき、むしろおそれや照れを感じ、冗談めかして逃げをうつ「恋愛(笑)(*・・・ショーって読ませたいのかな ^^;)」の時代なのか。そして結婚は冬の時代を迎えた。男性の生涯未婚率が2000年に、10%台の大台に乗り、女性も5%を超える非婚化、晩婚化が進み、結婚は受難と競争の季節を迎えている。東京・内幸町の帝国ホテルタワーの11階。結婚相談所ツヴァイの本社の奥には、紹介された相手の顔写真を閲覧できるパソコンがずらり。自己紹介と、相手への希望を書き込む用紙には、年齢、身長、体重と、数値を入れる欄が並ぶ。ふだん、出会いの場面で自然としているだろう計算だが、改めて書類に書き込むとなると、後ろめたい感じがする。・・・「パラサイト・シングル」の名付け親の山田昌弘・中央大学教授は、「男女雇用機会均等法などで男女の意識が変わった。バブル崩壊後は、恋愛のスタイルが自由になったようで、経済力の格差など現実的束縛が強くなった」と分析する。山田教授が今春、少子化ジャーナリストの白河桃子氏と共著で出した本の題名は『「婚活」時代』。よりよい結婚のために、「就活」(就職活動)ならぬ「婚活」(結婚活動)が必要という。独身37歳の自分自身について思えば、子育て、家を買うといった結婚に伴うイベントや、自分磨きなどの「婚活」は、経済的にも精神的にも負担を感じる。何より正直、面倒くさい。「結婚する(笑)」という気持が正直、ぬぐえない。山田教授は、ライフスタイルが多様化した結果、恋愛と結婚を分離して考える人が増えていると指摘する。恋愛しても結婚したくない、恋愛なしでも結婚したいー。どちらも平成の男女の生き方を如実に表わしている。

恋愛をめぐる変遷

昭和58年(1983年)恋愛に真剣似悩む若者像を描いたテレビドラマ「ふぞろいの林檎たち」放映開始
  61年 男女雇用機会均等法施行
平成元年(1989年)バブル景気が絶好調を迎える。「マハラジャ」などのディスコに、ワンレン・ボディコンと呼ばれる派手な姿形の女性が大量に出現した
  3年 テレビドラマ「東京ラブストーリー」「101回目のプロポーズ」放映
  8年 東京都内の中・高生は1クラスに一人以上、「○○交際」を経験。都の意識調査で明らかに
  11年 i モードなど携帯電話でインターネットアクセスサービス開始
 12年ごろ 出会い系サイトが犯罪などに悪用される
 17年ごろ 「できちゃった婚」が4組に1組の割合に                
                                     ・・・」

世の中面白くない方向に流れていってるとしか思えないのはわたしだけ、、、?
数字と結婚してどうするんだろ? 自分の気持と向き合って生きなかったらいったいその人生って何なんだろ・・・傷つけたくないから言いたいことも言わない?そんなのかってだよ!その判断なんて傲慢だよ!だって、そう思っていってる限り相手は傷ついてないって思ってるんだろうから、、、そんなことないよね?人間ってこっちがそんな気なんて露程もない言葉でも相手を傷つけちゃうことなんていっぱいあるよね? 言葉は暴力性を帯びてるんだ。だったらそれに立ち向かえばいいんであって、、、言いたいことも自粛するなんて、もう、自分も他人のことも本気で考えちゃいないことと同じ!
明日のことなんてどうなるかなんて不可知だからこそ面白いってのに。。。^^;
結婚しても恋愛するってのはないんだろうかしらね・・・だって、、、男女恋愛機会均等のはずでしょ〜〜〜^^v

画像:ジュリアナ東京
http://trendy.nikkei.co.jp/hit/1991/05.aspx より Orz〜
ヒット商品アーカイブス 1991年ランキング5位
「日商岩井が仕掛けた芝浦の大型ディスコ フツーの社会人を引き付け月間3万人
・・・東京・芝浦に91年5月に開業した「ジュリアナ東京」は、「ディスコ冬の時代」といわれるなかで、91年、東京で一番はやったディスコだ。この店は商社の日商岩井(当時)と英国のレジャー企業、ウェンブリーが出資したウェンブリー・ジャパンが経営する。「商社が初めて手掛けたディスコ」として、オープン当初からサラリーマンやOLの間で話題になった。総面積1200?、最大収容人数2000人と規模では都内最大。・・・「アフター5はジュリアナへ」が丸の内OLの流行ともなった。」

画像:【独女通信】ミニクラブを渡り歩くお立ち台独女
news.livedoor.com/ article/detail/3039336/ より Orz〜
2007年02月21日11時30分
「昔、芝浦のジュリアナ東京でお立ち台に立った女性たちは、今やこぞって30代後半。・・・
看護師のミキさんは30代半ば。スタイルやお肌は20代といっても十分通用するくらいお手入れが行き届いている。・・・実はミキさん、若いころあの伝説のディスコ「ジュリアナ東京」で夜な夜な踊っていたそうだ。通称ジュリ扇を振り回しながら、ミキさんがお立ち台の上で汗だくになって踊っていたのは、もう10年以上も前のこと。・・・そんなジュリアナ東京も1994年に惜しまれつつ閉店。バブルの崩壊とともに巨大ディスコは次々と姿を消し、ストレスを発散する場を失ったギャルたちは右往左往するばかりだった。・・・ミキさんが言うには、ジュリアナやAREAなどのディスコは「ダンスやダンス音楽が好きで、雰囲気を楽しみたいといった、遊びとはいえそれなりにポリシーを持った人間の集まる場所だったという。もちろん「目立ちたい」というのも多いにあった。店側の「きれいな子、見栄えのする子、踊りのうまい子じゃないとお立ち台には上げない」という方針にのせられ、ヒートアップした。肌の露出が多くなったのは、より目立つためだったが、それに伴って「肌の露出」をクローズップした報道が増え、その結果、下心を抱いた男性や、勘違いした女性が集まり、荒廃していったのだという。ジュリアナの閉店とともに、ミキさんは行きどころを失った。・・・そして「いよいよ私の踊り人生も終わりかも」と思ったころ、六本木に巨大なハコ「ベルファーレ」ができたのだ。それからのミキさんは水を得た魚のように、六本木に通いつづけた。そのころにはミキさんは夜勤のない町中の内科医院に転職。看護師としての勤務は昼間だけだから夜は踊り放題だった。「踊ることは私にとって、日常を忘れられる最高のストレス解消法なんです。・・・
「ふだんは絶対に着れない、大胆な衣装で踊るというのは、快感ですね。ふだんの自分とはまったく違う、異次元体験。人の視線を浴びて踊ることに、もう病みつきです」。そんな風に語るのは、踊り一筋20年の小巻さん(38歳)。ふだんは商社に勤務する、ごく普通の会社員だ。・・・私みたいに、いい年して超ミニ、ボディコンで踊っていても、ほめてくれこそすれ、非難がましい目で見る人はいない。お局扱いされる会社とは、大変な違いです」。・・・小巻さんは、結婚にまったく興味がない。そして「今が青春のまっただ中で、この時間を失うのが怖い」ともいう。踊り疲れて家に返り、ろくに顔も洗わずに寝てしまった朝。会社にでかけるために、メークをしようと鏡をのぞき込んだ時、そこに40歳間近の女の顔を見つけ、愕然とすることもあるという。「昼間の私からは、どんどん若さと時間が失われていく。でも、夜のスポットライトの下では、そんなことがすべて飛んでしまう。たとえ幻想であっても、この生活からは離れられない。もしかしたら私、60歳になっても踊っているかもしれない」。・・・年齢相応に分別臭く、賢く生きることが、いいことだとも思えないし……」と小巻さんは語る。・・・彼女たちを受け入れてくれるハコを探すため、ミキさん、小巻さんのような「30代お立ち台独女」たちは今、行きどころを探して街をさまよっている。(取材/中林晃子)」

画像:東京ラブストーリー
http://garakuta.chips.jp/blog/archives/2007/04/05215454.php より Orz〜
「■ もう一度見たいテレビドラマ、ダントツ1位はやはり…」

http://ja.wikipedia.org/wiki/東京ラブストーリー より
「・・・アメリカ(L.A)育ちの帰国子女のリカは自由気ままに生き、まっすぐに恋をする。カンチもそのまっすぐなリカに惹かれるが、やがてその恋は思わぬ方向に向かう。「お前の愛は重いんだよ」「よそに行っちゃうよ!」など劇中に有名な台詞がいくつかあるが、中でもリカが完治に言った「カンチ、SEXしよう」は特に有名。現在ではさほど違和感はなくなったが、当時はこのようなストレートな言い回しはあまり使われなかったため、世間を騒がす話題となった。月曜日の夜に街から女性が消えたといわれるほど大人気を博したとされる。柴門ふみがつけた副題は、「東京では誰もがラブストーリーの主人公になる」。・・・平均視聴率は22.9%、最高視聴率は最終話の32.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。主題歌は小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」。ドラマのストーリーと非常にマッチした楽曲で、シングル売上は270万枚。当時日本のシングルCDで最大のヒットとなった。なお織田裕二は本作を経て、テレビ局がもっとも力を注ぐ時間帯に企画するドラマの主演級を務めることができる俳優としての評価を確立した。・・・」

ふぞろいな林檎たちも共感できたけど、、、東京ラブストーリーの「リカ」は衝撃的な存在だったな ^^ ストレートに生きる「リカ」は大好きだった♪「カンチ」はもどかしくって、、、^^; 母性本能をくすぐる男性を好きになっちゃった女性は、、、こんなトラップにはまっちゃう・・・?
結末が納得いかなかったな...今なら、、、柴門さんも違った展開にされると信じてますけど...
だって、、、最後まで自由奔放じゃなかったじゃないですか。。。リカは自分の気持をあきらめられない人だと思ってたから、、、それとも最初から案外冷静・自己コントロール・抑制の効く女性だったって

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