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「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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ICLS(迅速救命処置)

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岡山県医師会報(2009.04.10)より Orz〜

「2005年11月28日に国際蘇生連絡協議会(ILCOR)から「心肺蘇生に関わる科学的根拠と治療勧告コンセンサス」が報告され、同時に AHA(米国心臓協会:American Heart Association)と欧州蘇生協議会(ERC)は、これに基づいて新ガイドラインを出した。わが国でも各国のガイドラインを参考にして、2005年には新しいガイドラインが策定された。
心停止傷病者の救命は、一連の緊急処置にかかっている。この一連の処置のどこかが欠ける、あるいは不十分であると救命は期待できない。この一連の処置のことを「救命の連鎖(chain of survival)」という。成人の場合の救命の連鎖を構成する4つの輪は次の通りである。

1.早期の通報(119番通報)
2.早期のCPR(心肺蘇生法)
3.早期の除細動(市民や救急隊)
4.早期のALS(医療機関)

BLS (Basic Life Support : 一次救命処置)には「救命の連鎖の3つの輪が含まれる。そして4番目の輪である早期のALS (Advanced Life Support : 二次救命処置)にうまく連動すると、心臓発作、脳卒中、突然の心停止に対して、BLSはその効果を最大限に発揮するのである。

1.BLS(一次救命処置)
我々、人間の脳組織は4〜6分で不可逆的な変化をきたすと言われている。CPR (Cardio Pulmonary Resuscitation : 心肺蘇生法)は心臓と肺の機能を他動的に維持させることで、脳の機能を維持、回復させることが目的であることから、心肺脳蘇生法 (CPCR : Cardiopulmonary Cerebral Resuscitation)とも言われる。BLSは次の4つのパートから構成されている。

A : Airway 気道確保
B : Breathing (人工)呼吸
C : Circulation 循環(胸骨圧迫)
D : Defibrillation 除細動

意識不明の傷病者を見つけたら、肩を叩いてみて反応が無ければ大きな声で人を呼ぶ。人が来たら119番通報とAEDの手配を頼む。呼吸と脈拍が無ければ、すぐさまCPRを開始する。人工呼吸2回+胸骨圧迫30回を1サイクルとして5サイクル(2分)を行う。なお感染の怖れ等がある場合には人工呼吸無しで、胸骨圧迫のみを繰り返しても良い。

CPRのまとめ
1.強く、早く圧迫する(1分間に100回の速さ)
2.それぞれの圧迫の後、胸郭を完全に戻す。
3.胸骨圧迫の中断を最小限にする(中断は10秒以内)。
4.過換気を避ける。

AED(自動体外式除細動器:automated external defibrillator)の使用は医師、救命救急士、飛行機の搭乗員に限られていたが、2004年7月から非医療従事者によるAEDの使用が認められることになった。AEDの使用は、・反応がない・呼吸がない・脈が触れない 時にのみ使用する。AEDが届いたら1.AED の電源を入れる。2.CPRを継続しながら電極を貼る。右鎖骨直下に1枚、左乳頭側面で腋窩数cm下にもう1枚のパッドを貼る。体から手を離し、心電図の解析を始める。除細動が必要とAEDが判断したら、安全確認をした上で、ショックボタンを押す。安全確認:「自分よし、あなたよし(換気者)、周りよし」ショック後直ちにCPRを開始する。5サイクル(2分間)のCPR後、AEDがリズムの解析をする。「ショックは必要ありません」のメッセージが表示された時は除細動が必要でないことを意味するので、直ちにCPRを再開する。

2.モニター及び除細動
院内での急変の場合はモニターが使えるように手配する。モニターが到着したら右上胸部に赤、左上胸部に黄、左側胸部に緑のリード線を装着する。(あ・き・み)と覚えると良い。モニターは目の前の患者さんの急変の原因が不整脈によるものか否かを判断するのが目的で、不整脈の診断ではない。致死的不整脈を認識することが重要である。

心停止の4つの波形
1.心室細動 (VF : Vetricular Fibrillation)
正常の形をしたQRSが認められない。リズムは不規則。
2.無脈性心室頻泊 (VT : Ventricular Tachycardia)
幅の広いQRSで、リズムは不規則的。ただし、脈が触れる場合もあるため注意が必要。必ず脈の確認を行う。
3.心停止 (Asystole エイシストリー)
心室の電気活動が完全に消失しており、心電図上は一直線のフラットな状態。細かい心室細動(VF)が隠れていることがあるので、リードが外れていないか、感度が低すぎないか、二つ以上の誘導で波形を確認する必要がある。「リード、カンド(感度)、ユードー(誘導)」の三つのドを確認する。この場合、除細動の適応はない。
4.無脈性電気活動 (PEA : Pulseless Electrical Activity)
心電図上は何らかの波形が認められるが、脈が全く触知できない状態をいう。ただし、心室細動(VF)、心室頻泊(VT)を除く。脈を触れないとPEAの診断はできない。この場合、除細動の適応はない。

3.気道確保
バッグーバルブーマスク(bag-valve-mask):患者の頭側に立ち、マスクを左手で顔に当てる。患者の頭部を後屈させ、左手の親指と示指でCの字を作ってマスクを押さえる。残りの指でEの字を作り、下顎を引き上げて気道を確保する。もう一方の手でバッグを押す。過換気は避ける。人工呼吸のみ行う場合は、サンソの有無によらず、1分間10回の換気をする。ラリンゲルマスクエアウエイ(LMA)、コンビチューブ(ETC)等があれば比較的簡単に気道確保ができる。

気管挿管:患者自身が自分で気道を確保できない時、その他の方法で十分な酸素化が得られない時、長期にわたり人工呼吸管理が必要な時に行う。
・・・
要は、心肺停止患者への絶え間のないCPRの持続こそが、脳の機能を維持、回復させることに繋がる非情に大事な要素なのである。」

画像:ICLSバッジ/ピン
http://press.onbiz.yahoo.co.jp/pr/ShowPrLeaf?id=R0000452_RR000022570 より Orz〜
★医療活動のモチベーションアップにも役立ちます!
「ICLSとは、「突然の心停止に対する最初の10分間の対応と適切なチーム蘇生」を習得することを目標として、医療従事者のために実施されている蘇生トレーニングコースです。ICLSバッジは、このICLSセミナーを修了された方に授与されるためのものです。
「ICLS」とは、「Immediate Cardiac Life Support」の頭文字から取った略語。医療従事者向けの蘇生のトレーニングコースとしては、アメリカのACLS provider courseが知られており、以前は「ACLS基礎/ICLS」というふうに名称を併用していました。しかし、この2年間ほどで「ICLS」の名称が知られるようになってきたことから、ACLSコースとの混同を避けるため、2005年度からは「ICLSコース」と呼ぶことになりました。
医師、看護師、消防関係者などセミナーを修了された方々は、ICLSバッジを胸にそれぞれの職場へ戻り、いざという事態に備え、セミナーで学んだことを忘れないよう心掛けていらっしゃいます。」

他にもいろんなのがあるようで、、、どうもいろんな種類のバッジをその病院などによってデザインしたものを付けてもいいようですね♪
しかも、、、病院によっては、、、医療安全委員やら、感染対策チームやらのバッジも考えられてるところもあるんですね・・・責任感を持たせるいいアイディアかもね♪

画像:「救命の連鎖」の図
画像:「勇気と強い意志を持って救命処置を」!
画像:AEDマークと設置例
画像:「AED普及啓発用パンフレット」
以上、http://www.pref.saitama.lg.jp/A04/BD00/kanshi/aed/aed-guideline.html より Orz〜
画像:建物の出入口に掲示する認証表示板
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/hoken/tsukuhc/iryou-joho/aed/aed_ninshou.html より Orz〜
「出入り口に認証表示板が掲示されている施設にはAEDが設置されています。もしものときには,設置されてあるAEDを自由に使うことができます。」
画像:www.iryou-hiroba.com/ aed/aed.html より Orz〜
機種はいろんなのがあるようですね・・・
画像: www.city.kyoto.lg.jp/ shobo/page/0000004332.html より Orz〜
「国内においては,平成16年7月から非医療従事者による使用が可能になりました。AEDは不特定多数の人が利用する施設,例えば,空港,駅,ショッピングモール,興行施設などに設置することが奨励されており,左京区内では,左京区役所,京都コンサートホールなどに設置されています。
AEDの使用に当たっては,いくつかの注意点があります。詳しいAEDの取扱いや心肺蘇生法(人工呼吸,心臓マッサージ)を学ぶため,救命講習を受講しましょう。」

こういうのって、、、中学か高等学校で習ってた方がいいんじゃないのかなあ・・・^^v
だって、、、設置してあっても使えなくっちゃ、、、宝の持ち腐れに近いんじゃないのかな...Orz...

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問題2604・・・みっちの隠れ家 http://micci.sansu.org/ より Orz〜

















































解答

ライブ問にてまたいずれ ^^
解答を見たら惚れ惚れしました♪
これだから算数は止められない止まらない・・・♪^^

2603:容積の体積

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問題2603・・・だいすけさんのサイト http://spitzzzz.web.fc2.com/link1-2.html より Orz〜

図のような容器の体積はいくらかでしょうか?






















































解答

ライブ問にてまたいずれ ^^

英文解釈/スピノザ

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同じくBossFさんのサイト

次の英文を和訳せよ。

(1)これは、構文・単語が平易な割に、てこずる例

 It is a common error to equate knowledge with culture , just as education is usually falsely identified with culture ― they are not the same things . Indeed it has been well said that culture is what remains after everything has been forgotten . Knowledge and education are necessary to become a cultured man , but they are not culture in themselves.  
(出典不明;大同工業大学)

(2)これは、訳しにくい構文 の例

 Spinoza says that a free man thinks nothing less than of death . It is unnecessary to dwell upon it , but it is foolish to shrink from all consideration of it .
(S. Maughm, The Summing Up)





























































解答

上記サイトより Orz〜

(1)pointは二つ、culture と well です。culture を「教養」 well を「文修飾の副詞」ととらえられるかどうかです。

(訳例)知識と教養を同一視するのはよくある誤りであり、それは教育が教養と誤って混同されるのとよく似ている。しかし、知識と教養は別物なのだ。教養とはあらゆる知識、教育などを取り去ったあとに残るものだといわれるが、全くその通りだと思う。知識と教育は教養人となるためには必要なものではあるが、決して教養それ自体ではない。

解説:culture=文化 well said=よくいわれている とするのが、典型的ミスです

(2)名詞構文の訳し方と、自動詞+前置詞は前置詞に意味の重点があるということ、がポイントです。

(訳例)スピノザは、「真に自由な人間は死について考えない。」といっています。確かに、死のことばかりを考えるのは無意味でしょう、しかし死のことを全く考えようとしないのは、愚かなことです。


なるほど♪、、、わたしゃいつもフィーリングで意訳してきた口...^^;

画像: lepenseur.blog111.fc2.com/ より Orz〜
画像:スピノザ像
d.hatena.ne.jp/ charis/20060806 より Orz〜
「上野修『スピノザ −「無神論者」は宗教を肯定できるか』(NHK出版、06年7月)
「焦点を『神学・政治論』に絞った興味深い本である。『神学・政治論』は、『聖書』を丁寧に分析した本で、ある意味では『エチカ』以上に面白い本ともいえる。・・・『聖書』を、「聖なる文書」としてではなく、きわめて冷静に一つのテクストとして分析し、各文書の成立の前後関係や、個性豊かな預言者たちのキャラを縦横無人に論じるスピノザの醒めた眼差しに感心した。
『神学・政治論』は、1670年に刊行されると、ユダヤ教、キリスト教などの宗教保守派はもとより、もっともリベラルであったデカルト派からも、「前代未聞の悪質かつ冒涜的な書物」として憎悪の的になり、禁書にされた。だが『神学・政治論』は、読みようによっては、宗教を深く肯定しているようにも見える不思議な書物である。宗教は「迷信」であるなどとは、スピノザは一言も言っていない。聖書の根本命題は「隣人を自分のごとく愛しなさい」という一点に尽きるのであって、これは一切の理屈抜きに絶対に正しいとスピノザは言う。にも関わらず、なぜ『神学・政治論』は、同時代人をこれほど怒らせたのだろうか。上野修氏によれば、『神学・政治論』の画期的意義は、宗教と哲学を完全に無関係なものとして、相互不干渉の原則を打ち出した点にあるという。『聖書』には、ありそうもない超能力や予言の話がたくさん出てくるが、当時のリベラルなデカルト派は、何とかそれを「比喩」として合理的に解釈し、自然科学や哲学の認識と矛盾しないように解釈しようと努力した。だがスピノザによれば、そのような「解釈」によって『聖書』と真理を両立させようとするのは、宗教の本質を理解しない誤った態度なのである。『聖書』は、「隣人を自分のごとく愛しなさい」という「普遍的信仰の教義」を語るにふさわしい語法を持てばよいのであり、科学書でも哲学書でもない。上野氏によれば、『聖書』の語法は、「真理条件ではなく、主張可能性条件の問題である」(p47)。そのような観点からすると、『聖書』の語り方の必然性が良く理解できる。たとえば「神は火である」という文章は、何か特別の「秘義」があるわけではなく、古代のヘブライ語の語法を調べてみれば、「火」は「怒り」「嫉妬深い」という意味も持つのだから、少しも不思議ではない。スピノザは『ヘブライ語文法提要』という本も書き、テクストをそれが書かれた当時の語法に即して、いわば言語学的に正確な「読み」を提唱したわけだ。今日言うところの、テクスト・クリティークや「系譜学的解読」を『聖書』について初めて行ったのが、『神学・政治論』なのである。「奇蹟」も、民衆に「そう見えた」のであれば、それはそれで結構な話だから、ケチをつける必要はないし、無理に自然科学的議論をこじつける必要もない。「奇蹟」は、ユダヤ民族が自らの「幸運な出来事」を喜ぶところにその由来があるのに対して、「迷信」は、何事もうまくいかず国家が危機に瀕したときに出てくる(p92f)。つまり、「奇蹟」はプラスの価値を持つ表象であるが、「迷信」はマイナスの表象なのである。
『旧約』に登場する多くの預言者たちは「無知」な人々であったという、スピノザの見解も面白い。たとえば預言者モーゼは「無知」だったからこそ、策略や欺瞞とはまったく無縁で、あれだけの力を発揮できたのだと、スピノザは言う(p91)。モーゼは、智謀に富んだアレキサンダー大王とは、まったく異なるキャラの持ち主なのだ。ヘブライ神政国家の内に無意識に存在した、素朴で無垢な「社会契約」的契機を、スピノザは当時のオランダの民主制擁護と重ねていたという、上野氏の指摘には、目を開かれる思いがした(p66f)。」

芽茶おもしろそうな人だよねえ・・・♪
またスピノザの話題をいずれアップできればと思います ^^V

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同じくBossFさんのサイト http://www.ne.jp/asahi/boss/f-futaki/sept.htm より Orz〜

次の文はよく出てくる決り文句なんですが訳して見てください。

(1) Face up to it.
(2) You don't say.

そして、これがメインなんですが、先日ある本を読んで、長年の疑問が解けましたので、その問題を

(3) 前から思ってたんですが、どうも日本人は a Japanese ではなく、単に Japanese と発音されるようなんです
I'm a Japanese.ってのはまちがいで、I'm Japanese. が正しいらしいんです。つまり、同じsituationでも、Americanや、Frenchmanには、不定冠詞 a がつくのに、Jananese にはつかないのが、普通らしいんです。なぜでしょうか、理由を考えてみてください。
















































解答

上記サイトより Orz〜

(1)「現実を直視しろ!」…命令文であることを忘れた方、また face up to 〜=〜と面と向かう、がわかっていても、it の意味(この場合状況をさす)を忘れた方が多かったですね。(^^;;

(2)「うそでしょ」「まさか」…軽い驚きを表す表現です。上昇調では・・ほんとうですか、下降調では・・へぇー とか、 まさかー、といった感じで。

(3)これは、少し長くなりますが、「完結・英文法の謎を解く」 副島隆彦 ちくま新書 第4章(P79〜) を引用させていただきます。

 (前略)…結論から言うと、x I am a Jspanese . 「わたしは日本人です」は、どうやら誤文らしい。この事実は前著に対する読者の一人から寄せられた丁寧な長文のインターネットを使った痕跡のある手紙で明らかとなった。
…(中略)…
この勉強家で親切な読者は、私の前作の内容のうち自分が気になった箇所を、イギリス人の年輩の友人にインターネットで交信して、質問している。それは次のような交信文である。
…(中略)…
この読者氏の友人である高学歴のイギリス人は、それに対して上記英文のとおり答えた。まず、これを日本文に翻訳しよう。

 <<翻訳>>
 (この質問に対しては)……私は、ある(日本語と英語の)バイリンガルであるアメリカ人が、その著作の中で次のように書いていたことを覚えている。アメリカ人が 'Americans' と使うのは、彼らは(ひとりひとりが)自分を、独立した人格だと考えているからである。そして、アメリカ人(=アメリカ国民)が、(日本人のことをひとまとめにして) 'the Japanese' と使うのは、アメリカ人は、日本人にはひとりひとり独立した個人の人格 individual chracters というものがないと考えているからである。もしくは、アメリカ人が、心の奥で at the bottom of their heart 日本人をひとりひとり個人として区別をつけることができないか、あるいはそうしたくないからである。

…(中略)…
Japanese は、形容詞の「日本人の」であると考えなければならない。それが正しい英文であるらしい。私は15人の英米人にこのことを確認したところ、モゴモゴと口ごもりながらも、彼らは正直に「やっぱりそうだ」と言った。Japanese は、形容詞なのであって、彼らの語感ではまだ名詞になっていない、と答えてくれた。


I'm Japanese...? You don't say...but ,,,Face up to it !
勉強になりました ^^;v
イチロウでさえも、、、いまだに・・・同じように呼ばれてるんだろか・・・?

http://linguaespresso.at.webry.info/200708/article_5.html より Orz〜
「誰かが"I'm Japanese."と言ったとしましょう。どういう意味か分かりますか?
「そんなの、『私は日本人です。』に決まってるじゃん。」と思ったあなた。そう思いますよね?ところがぎっちょん、そうとは限らないのです。
「私は日系人です。」という意味でこういった表現を使うことがあります。英語で言い換えると、"I am Japanese American."となります。つまり、国籍ではなく、民族的バックグラウンド(ethnic background)を述べるときにも、このように表現するわけです。
もうアメリカに移民して二世代以上も経っていて、日本国籍を持ってないのはもとより、日本語も全くわからず、日本文化に対する知識も、一般アメリカ人と変わらないほどないような人でも、平気で、胸を張ってこのように表現します。
アメリカでは一般的に、子供の頃からそういったethnic backgroundを誇りに思うような教育がなされているのがその理由の一つでしょう。しかし、私のような第三者から見ると、中には過度に自分を日本人と同一視しようとしている人も見受けられます。・・・」

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312381738 より Orz〜
「私は I'm a Japanese でも良いと思いますよ。・・・
面白いのは、アメリカ人は、自分たちのことを言う場合には、I'm American という人と I'm an American という人が半々ぐらいです。これは、カナダ人の場合(I'm Canadian、I'm a Canadian) でも、オーストラリア人の場合(I'm Australian、I'm an Australian) でも同じようです。ところが、アメリカ人が他国の人、たとえば、「彼はオーストラリア人だ」という場合には、He is Australian のほうが圧倒的に多くなります。これは、イギリス人の場合も同じで、彼らは、「彼女はアメリカ人/カナダ人/オーストラリア人だ」を、She is American、She is Canadian、She is Australian と言います。一般的に言って、英語ネーティブの人は、それが他国民蔑視の意識によるものなのかどうかはわかりませんが、他国民のことを言う場合には、名詞形ではなく形容詞形を使う傾向があるようです。
ドイツ人の場合には、自他とも I'm German とか He is German と言います。これは、ドイツが分断国家だった影響もあるのでしょうが、ドイツ語自身、「?人である」という表現には形容詞を使うからでしょう。その証拠に、分断国家の歴史を持たなかったオーストリア人の場合も、I'm an Austrian ではなく、I'm Austrian という人のほうが多いです。
ese という語尾を持つ民族の代表は、日本人、中国人、ポルトガル人ですが、ポルトガル人も自分のことを言う場合には、I'm an Portuguese とは言わずに、I'm Portuguese と言います。これも、自国語(ポルトガル語)の言語習慣が影響しているのでしょう。
中国人の場合には、中国本国のサイトを検索すると、I'm a Chinese という人と I'm Chinese という人との割合は、1:3ぐらいの比率です。この割合は、日本人の I'm a Japanese と I'm Japanese の比率(1:5)よりも多いようです。」

どうも最後の意見がわかりやすいですね♪

画像: www.myspace.com/ nobelium_atom より Orz〜

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