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問題2771
素敵なサイト見つけた♪
これはどなたの絵かご存知ですか?
解答
見た記憶はあったのだけど...名前は聞いた事あるかと思いますが...^^
http://t-jikkosan.jugem.jp/?eid=52 より Orz〜
画像:「ターバンの男の肖像」ヤン・ファン・エイク作 1433/ロンドン・ナショナル・ギャラリー
「初期ネーデルランド絵画、の大家、写実主義絵画の先駆、そして油絵技法の完成者として、美術史上にその名をとどめているヤン(ヨハンセンとも記される)・ファン・エイクです。
残存する作品は数少なく、真筆として確認されているのは、晩年期に制作された10数点しか確認されていません。しかしその影響力は、当時のイタリアはじめヨーロッパ中に行き渡り、デューラー、レオナルドらの巨匠たちを大いに刺激したのでした。
・・・
この肖像画も、ヤン・ファン・エイクの傑作のひとつで、有名な作品です。
個人の肖像画は、「ヘントの祭壇画」などの寄進者の肖像や、宗教画の群像のひとりとして描かれている肖像が、独立した肖像画へ発展したものと考えられますが、当時の富裕層が自己顕示の目的で、発注されたのではないかと思われます。・・・写実表現の飛びぬけた技を持つヤン・ファン・エイクに、多くの人が、きそって肖像画を注文したとしても不思議ではありません。そしてヤン・ファン・エイクは、肖像画の開拓者と呼ばれるほどに、肖像画の絵画としての価値を高めたのでした。当時の富裕人や知識人が、よく被っていた赤い頭巾を、まとめて頭の上に置いている男を描いているそうです。・・・
さて、この「ターバンの男の肖像」は、ヤン・ファン・エイクの肖像ではないかといわれています。
もちろん他の高貴な人物の肖像だ、とする説もあります。しかし、自画像説を主張する側は、こちらをじっと見詰めている眼の表現が、鏡を見ながら自分を描いているから、という理由を挙げて、自画像説の根拠にしているようです。真剣な目つきから、筆者もその説を採りたいと思います。
フィリップ善良公から、“画家および従者”に任ぜられていた、ヤン・ファン・エイクは外交使節として、秘密の使命を帯びて出かけることがあったようです。いわば現代でいうところのスパイですが、この絵の人物も只者ではない眼光を放っているように感じます。ますます自画像説を信じたくなりますが、公にはいまだに「ターバンの男の肖像」です。
油彩技術の革新者であると同時に、その技術を使い、さまざまな事物を迫真的に表現したヤン・ファン・エイクは、絵画を通していったい何を訴えたかったのでしょう。いろいろな考え方の中で、このような意見があります。
神がこの世界、森羅万象を創造されて、自らに似せて人間をも創られた。この世の生きとし生けるものすべてを、そのままに絵に描き出すことが出来れば、直接に神の意図するところを表現できるのではないか。あるいは、隠されたメッセージを探し出せるのではないか。
そこまで考えたか分かりませんが、人間が勝手に観念的に考えるより、身近な事物に、人間に、神の意図が見えるとの考えが生まれてきても不思議ではありません。また当時のネーデルランドが、ローマ法王の勢力から遠く離れ、その宗教政策に批判的な土地柄だったことと無縁ではないでしょう。イタリア・ルネサンスとは異なる、現世の肯定的な見方が、市民文化の隆盛とともに、ここネーデルランドにも出現したということです。イタリア・ルネサンスでは、古代ギリシャ・ローマの科学、哲学を、また発掘された彫刻の人体表現を取り入れて、正確な遠近法や理想の人体表現を目指す傾向がありました。しかしネーデルランドの絵画は、細部へそして写実へ向かっています。まさに“細部に神宿る(God is in the details.)”ということなのでしょうか。ネーデルランド(北方)・ルネサンスは、ヤン・ファン・エイクから始まったといっても過言ではありません。後世のヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルたちも、その伝統を担って、精密にこだわる描法と、批判的な精神にあふれています。」
こういうの好き♪
まさに自己との対峙・対決...正確には鏡に映った自分だから偽物なんだけどね...^^;
多くの画家達は自画像を残してる...なぜ・・・?
世界を見る→それを見てる自分も世界の一部→世界を見てる自分を見る...
我思う故我在り・・・に近い結論に至るからじゃないのかなあ...^^
でも...描いていくにつれ...わたしを見てるわたしがわたしに見られてるような気分...に襲われそう...
おそらく...無限ループのような自分とのダイアローグの世界...それに画家達は魅入られたから描きたくなったんじゃないのかな...
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