アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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問題2752(http://blogs.yahoo.co.jp/crazy_tombo/41212219.html)の解答です ^^v
浮浪(はぐれ)の館 http://www.geocities.jp/hagure874/ より Orz〜

・わたしの

n+(n+1)+(n+2)+・・・+(n+k)=(n+1+k)+(n+2+k)+・・・+(n+k+k)
∴ n=k^2
で成り立つんですね♪
あとで気付きました...^^;v

・なかさんから Orz〜

よくみると、
一般項が、a(n) = 3?n^2 になっているではありませんか。
a(3) = 3*(1+4+9) = 42 のように。
どうして?

・わたし

ほんとだ!・・・
k^2*(1+k)+k(k+1)/2=k(k+1)(2k+1)/2=3Σn^2
になってますね ♪

・Mr.ダンディさんのもの Orz〜

結果がどうして「3?n^2」と一致したかを考えてみました。

a(n)=n^2+(n^2+1)+(n^2+2)+・・・+(n^2+n)
a(n+1)=(n+1)^2+{(n+1)^2+1}+{(n+1)^2+2}+・・・++{(n+1)^2+n+1}
a(n+1)の第2項以降の部分をb(n+1)とおき、a(n)とb(n+1)の各項を順に比較すると b(n+1)の項のほうが (n+1)^2-n^2+1=2(n+1) ずつ大きく、(n+1)項あるから
b(n+1)=2(n+1)^2+a(n) が成り立ち
a(n+1)=(n+1)^2+{2(n+1)^2+a(n)}=a(n)+3*a(n+1)^2

よって a(1)=3*(1^2) より、a(2)=3*(1^2+2^2) ,a(3)=3*(1^2+2^2+3^2) , ・・・・, a(n)=3?n^2
となりました。

・なかさんのもの Orz〜

なるほど。
a(n)の左の式と、a(n+1)の右の式を比べてもいいですね。

a (n)= n^2+(n^2+1)+(n^2+2)+・・・+(n^2+n)
a(n+1)=(n+1)^2+n+1・・・

初項の差が、(n+1)^2+n+2 - n^2 = 3n+3
項の数がどちらも (n+1)項
よって、a(n+1)=a(n)+3*(n+1)^2

・鯨鯢(keigei)さんのもの Orz〜

☆☆[3][8][15][24][35]…
[1][2](7)(14)(23)(34)…
[4](5)[6](13)(22)(33)…
[9](10)(11)[12](21)(32)…
[16](17)(18)(19)[20](31)…
[25](26)(27)(28)(29)[30]…
…………………………………
のように数を並べると、
左に並ぶ数は、n^2
対角線の数は、n^2+n←n行目の等式の=の直前
上に並ぶ数は、n^2+2n

着いていけてないわたし...^^;

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問題2762(http://blogs.yahoo.co.jp/crazy_tombo/41322330.html)の解答です ^^v
浮浪(はぐれ)の館 http://www.geocities.jp/hagure874/ より Orz〜

・なかさんのもの Orz〜

いずれAかBに着きますが、
Aに着くのはBの半分ですね。
1:2ということ。

なるほど...♪
分岐が一つなら、、、
1/2+1/2^2+・・・=1-1/2^n=1
になってるな... ^^;v

・uchinyanさんのもの Orz〜

一巡り?で,A に抜けるのが 1/4,B に抜けるのが 2/4,残っているのが 1/4 ですが,
何回もやってると残っているのはなくなって,A:B = 1:2 となり,
B に抜けるのは 2/(1 + 2) = 2/3 としてみました。

・鯨鯢(keigei)さんのもの Orz〜

分岐が2つなら確率は、1/3, 2/3 ですが、
分岐が3つなら確率は、1/7, 3/7, 3/7
分岐が4つなら確率は、1/15, 1/3, 4/15, 1/3
ですね。

すぐ着いていけてないわたし...^^; Orz...

夏バテ...かな...?

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今日は上京して講演聴きに行く予定だったんだけど...急遽...体力に自信なくして...ドタキャン ^^;
外来すませて...病棟回診して...落ち着いてるのを確信して...この狭い医局から逃げるように?帰宅...
その頃には(2:30pm頃)...さすがに空腹を覚えてきて安心 ^^
いつものニンニク唐辛子入りラーメン+ギョウザ食べて...ビタミンB1補給♪
そこから外の2号線越しの雨上がりの緑を写メしたんだけど...逆光で実際よりうんと暗くなってます...Orz...
最近余り食欲もなかったし...頭がふわふわしてる...血圧の下が100くらいあるせいだろか...?
院長には...いつも緊張してるからじゃないの?って...
そうだよな...緊張と弛緩はあざなえる縄のごとしじゃないとバテちゃうよね...
弛緩/潤い/癒し...なんとそういうものから...思えば遠くへ来たもんだ〜っと...^^;♪
自分を追い込まなきゃ動けないし...そうしてなきゃ...いらぬ・あらぬことばっかり考えちゃう...^^;
妄想恐怖症か...? ワーカホリックか...?...逃避癖症か...?
しっかり食べてしっかり寝て...そんな最低/基本条件さえクリアできてないわたし...
患者さんにも...余り永生きしたら...わたしの方が先に逝っちゃうよ〜なんて...半ば本気でしゃべってる...^^; Orz...
とりあえず...イルベルタン(ARB)+アーチスト(β-bloker)を飲んでと...今日・明日で...いよいよ明後日のメーカーでの講演の練習しなきゃいけない...ま...スライドは完成させたから...あとは時間内にしゃべれるようにするだけだけどね...^^... どうも...尻に火がついて血圧あがらにゃ頭動かないって体になっちゃってるみたいだな...^^;

朝顔 / アサガオ

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夏の顔といえば・・・朝顔ですよね ^^;v
ちょっと調べてみると...意外に知らないことがいっぱい...

画像:http://umahana.cocolog-nifty.com/84_image/cat5062657/index.html より Orz〜

http://ja.wikipedia.org/wiki/アサガオ より
「アサガオ(朝顔、牽牛花、蕣、英語: morning glory、学名:Ipomoea nil)は、ヒルガオ科サツマイモ属の一年性植物。つる性。日本で最も発達した園芸植物。古典園芸植物のひとつでもある。
・・・日本への到来は、奈良時代末期に遣唐使がその種を薬として持ち帰ったものが初めとされる。朝顔の種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けんごし)」と呼ばれ、奈良時代、平安時代には薬用植物として扱われていた。・・・朝顔は別名「牽牛」といい、これは中華文化圏での名称でもあるが、朝顔の種が薬として非常に高価で珍重された事から、贈答された者は牛を引いて御礼をしたという謂れである。平安時代に日本にも伝わり、百薬の長として珍重された。
その後、江戸時代には七夕の頃に咲く事と、牽牛にちなみ朝顔の花を「牽牛花」と以前から呼んでいたことから、織姫を指し、転じて朝顔の花を「朝顔姫」と呼ぶようになり、花が咲いた朝顔は「彦星」と「織姫星」が年に一度出会えた事の具現化として縁起の良いものとされた。これらの事により、夏の風物詩としてそのさわやかな花色が広く好まれ、鉢植えの朝顔が牛が牽く荷車に積載されて売り歩かれるようになった。・・・こういった一般販売用の朝顔は、江戸では御家人などが内職として栽培していた。これが発展して、明治時代初期から入谷朝顔市が始まった。・・・アサガオの種子に、幻覚剤であるリゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)に似た麦角アルカロイドであるリゼルグ酸アミド(LSA)を含む種が世界中に自生しており、粉末にして飲料に溶かして飲むことでLSDと同様の効果があるのだが、伝統的に幻覚剤として使用してきたのはメキシコや中米だけである。・・・
・・・熊本藩では武士たちによる園芸が盛んで、朝顔も花菖蒲や菊、芍薬、椿、山茶花などと共に愛好されており、盛んに育種されて独自の系統が生まれた。この花は変化朝顔とは違い、本来の朝顔の花型を保ち、大輪であり、「肥後朝顔」と呼ばれる。これが後世の大輪朝顔の祖先の一つになった。これら熊本の六種類の園芸植物は現在「肥後六花」と総称され、熊本に伝えられている。・・・
やがて花型の変化ではなく、花径の大きさを追求する「大輪朝顔」が発展し始める。・・・戦後は大輪朝顔が主流を占めるようになり、直径20センチメートル以上にもなる花を咲かせることのできる品種も現れた。・・・現在は、江戸時代に作られたとされる「黄色の朝顔」と「黒色の朝顔」の再現が度々試みられているが、完璧な再現に至っていない。このため「黄色の朝顔」は「黒色の朝顔」と並び、「幻の朝顔」と呼ばれる(・・・ただし、黒や黄色に近い品種は存在する。黒色に最も近いといわれるものとして「黒王」という品種があり、黄色を求める試行の後に出来上がった品種の代表として最も有名なものに「右近」がある。)おおよそは、江戸時代に突然変異により作られて品種をベースに近代では交配を重ねて新しい品種がつくられている。それを育種と呼ぶ。最近のその大きい成果の一つの中に曜白朝顔がある。作出は静岡大学名誉教授の米田芳秋氏による。・・・マルバアサガオは、独自の斬新な色合いがありそれを日本の朝顔に導入しようとした思考の末に出来た。・・・高温を好む植物で短日性のためイギリス等の高緯度地域での栽培は難しく、欧米ではあまり品種もないが、庭園用の多花性品種として、鮮紅色中輪の「スカーレット・オハラ」などが作出されている。・・・
さらに「ヘヴンリー・ブルー」などのソライロアサガオは近縁の別種である。ソライロアサガオやマルバアサガオはまとめて「西洋朝顔」と呼ばれることもある。・・・
俳句
「朝顔」は夏ではなく秋の季語である。
朝顔に つるべ取られて もらひ水(加賀千代女)
*(「朝顔や つるべ取られて もらひ水」・・・
一般的に、この俳句の意味は…
朝、水を汲もうとすると朝顔のつるが井戸の「つるべ」に巻きつきかかっている
その朝顔のつるを切ってしまうのも可哀想なので、近所に水を貰いにいった・・・http://wordinarmy.exblog.jp/8287498/より Orz〜知らなかった...^^;)
・・・
慣用句
朝顔の花一時(あさがおのはないっとき)→ *(デジタル大辞泉の用語解説 - 物事の衰えやすいことのたとえ。槿花(きんか)一日(いちじつ)の栄(えい)。)
・・・朝顔の茶会…千利休は満開のアサガオを一輪を残して全て摘み取り、見物に来た豊臣秀吉を迎えた。秀吉はいぶかしんだが、茶席に生けられた一輪の朝顔に感動したと伝えられる。利休が茶の心を示した故事である。
花言葉は「明日もさわやかに」「はかない恋」「貴方に私は絡みつく」「愛情」「平静」。」

『貴方はわたしに絡みつく』って花言葉いいな ^^v♪

画像:歌川広重「朝顔」
item.rakuten.co.jp/ adachi-hanga/hiroshige249/ より Orz〜
「「団扇絵(うちわえ)」と言って、実際に団扇として使用された浮世絵。英語で「fan-type」と呼ぶと、驚きをもって理解されます。」

これ見ると...こうろぎといっしょの図だし...季語が秋というのもわかりますが...^^;

画像:曜白朝顔
http://blog.livedoor.jp/houston1960/archives/51376933.html より Orz〜
画像:マルバアサガオとヘブンリーブルー
aiaicamera.seesaa.net/ article/60531507.html より Orz〜

ヘンリーブルーの色って...どこかこの世のものじゃない気配...♪

画像:スカーレットオハラ
shokubutu-100.ohiwafg.com/ scarlet-ohara.shtml より Orz〜
「・・・スカーレットオハラは風と共に去りぬのヒロインの名前です。。・・・」

画像:スカーレット
http://ja.wikipedia.org/wiki/スカーレット より
「スカーレット(英語 scarlet)は、色名の1つ。やや黄味の赤を表す。エカルラート(フランス語 ?carlate)、スカーレットレッドとも。鮮やかな純色とされることが多いが、JIS Z 8102:2001では、ややくすんだ色とされている。ペルシャ語のs?qirl?tが語源で、本来は茜染めの高級織物の意味である。・・・伝統的に、炎の色とされる。また、ストロンチウムの輝線スペクトルはスカーレットとされる・・・スカーレットと緋色(ひいろ)はしばしば同一視される。『緋色の研究』 A Study in Scarlet など、scarletが緋色と訳されることも多い。緋色は茜の赤色色素プルプリンを高純度に精製した染料の色である。それに対し茜色は、茜を精製せずに使った染料の色で、緋色よりくすんだ赤である。
和訓では「あか」「あけ」とも読み、茜の根の灰汁を原料として作られた。これに対して紫草を重ねて染めた紫褐色を深緋(黒緋)と呼ぶ。また、平安時代には茜に替わって支子の黄色と蘇芳の赤を混ぜて明礬を触媒として作った紅緋色を生み出すことも行われ、後にはこれを緋色と呼ぶようになった。日本では大和朝廷時代より緋が官人の服装の色として用いられ、紫に次ぐ高貴な色と位置づけられた。・・・以後、緋色は中級官人の色として知られるようになり多くの文学作品にも登場するようになった。また、武士にも用いられて『平家物語』などの軍記物語には緋の腹巻や緋威(ひおどし)の鎧が登場する。江戸時代には庶民の衣装にも広く用いられた。scarletは猩紅(しょうこう)・猩紅色と訳されることもある。猩は猩々に同じで、中国の想像上の動物である。猩々は禺(オナガザル)に似た人面の獣で、顔と毛が赤く、その血はさらに鮮やかな赤色だとされた。猩紅はその血の色である。
猩血(しょうけつ)、猩々緋(しょうじょうひ)もほぼ同じ意味である。・・・」

http://ja.wikipedia.org/wiki/加賀千代女 より
「加賀千代女(かが の ちよじょ、1703年(元禄16年) - 1775年10月2日(安永4年9月8日))は、俳人。号は草風、法名は素園。千代、千代尼などとも呼ばれる。朝顔を多く歌っていることから、出身地の松任市(現白山市)では、市民への推奨花の一つに朝顔を選んでいる。 白山市中町の聖興寺に、遺品などを納めた遺芳館がある。加賀国松任(今の白山市)で、表具師福増屋六兵衛の娘として生まれた。幼い頃から一般の庶民にもかかわらず、この頃から俳諧をたしなんでいたという。
12歳の頃岸弥左衛門の弟子となる。17歳の頃、諸国行脚をしていた人に各務支考(かがみしこう)が諸国行脚してちょうどここに来ているというのを聞き、各務支考がいる宿で弟子にさせてくださいと頼むと、「さらば一句せよ」と、ホトトギスを題にした俳句を詠む様求められる。千代女は俳句を夜通し言い続け、「ほととぎす郭公(ほととぎす)とて明にけり」という句で遂に各務支考に才能を認められる。その事から名を一気に全国に広めることになった。・・・52歳には剃髪し、素園と号した。72歳の時蕪村の玉藻集の序文を書く。1775年(安永4年)73歳で没。辞世の句は、「月も見て我はこの世をかしく哉」。1,700余の句を残したといわれている。「起きてみつ寝てみつ蚊帳の広さかな」が千代女の句として広く流布しているが、実は千代女の作ではなく、彼女以前に元禄時代の浮橋という遊女が詠んだ句である。
代表的な句
朝顔に つるべ取られて もらい水(35歳の時に、朝顔や? と詠み直される)
月も見て 我はこの世を かしく哉
蜻蛉釣り 今日は何処まで 行ったやら                  」

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