アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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修身...

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                                                     良寛書  「修身」
      http://homepage3.nifty.com/tomokoworld/ryoukan1.htm より Orz〜

シンプル&ビューティフルだけど...読めない...^^;...


        http://www.plinst.jp/musouan/koramu15.html より Orz〜

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良寛は、1758年に新潟の出雲崎と言うところで名主の長男として生まれました。幼年時代は山本栄蔵と言う名前、18歳で隣町の光照寺と言う禅寺で剃髪し、その後遠く離れた岡山県倉敷の円通寺で印可(悟りの境地に至った事が認められる)を受けました。その後故郷に戻り、分水町の国上山と言う山中にある五合庵を住まいとして20年近い修業をし、晩年を過ごした和島(隆泉寺に良寛の墓があります)の木村家で、1831年、恋人のように心を通わせた貞心尼(良寛より40歳下)等に看取られながら、73年と言う当時としては長い生涯を終えた。
  良寛様は、曹洞宗の禅僧ではありますが、曹洞宗の年表に載る立場の僧ではありませんでした。生涯自分のお寺を持たず、勿論結婚もせず、『山中独居』『只管打坐』『托鉢行脚』に徹し、名声を求めず、財産を求めない、姿勢を貫き通されました。しかし、周りの人々との交流、特に近隣の子供達と手毬などして遊んだと言う心優しさは、あまりにも有名ですし、日本の歴史上、もっともお釈迦様に近いお坊さんであると言っても過言ではないと思います。
  また、晩年の4年間、前述の貞心尼と情愛を交換した詠の数々は、孤高の僧侶ではなく、人間良寛を示すものと言えるでしょう。
  また、葬儀には、宗派を超え、曹洞宗、真言宗、浄土真宗、日蓮宗の僧侶が読経し、参列者は千人を数えたと言う事ですから、いかに良寛様の徳が高かったか、この事によっても、知られます。・・・
下記のお詠は、私が幼い時から親しんできたものです。
焚くほどは、風が持てくる、落葉かな
托鉢して頂いたお米を焚くのに、必要な焚き木は、欲張らなくても風が持って来てくれると言う詠ですが、知足(ちそく)と言う事を私達にしめされているのだと思います。欲には限りがありません。与えられただけで足ると言う心境になれば、何も不足・不満はないと言う事だと思いますが、なかなか難しいですね。
うらを見せ、おもてを見せて、散る紅葉
これは、亡くなられる時に、貞心尼に対して詠われたものです。 人間にも紅葉と同じように、表と裏があります。紅葉が散る時、ひらひらと表を見せ、裏を見せて散る様に、私も僧侶としての表の顔だけではなく、人間としての弱さ・生への執着を見せながら死んで行くのですよ、と言う事でしょうか。或いは、表を色即是空と裏を空即是色と捉えても良いかも知れません。自然法爾を詠ったものだと捉えても良いのではないかと思います。
前述の詠は、良寛様の詠の中の、ほんの一部ですが、禅宗、浄土真宗を超えた心境を余すところ無く吐露したものだと思います。
良寛様を紹介するには、このコラムでは到底語り尽くせません。ご興味を抱かれた方は、是非、数多く出版されている本を参照されたいと思います。・・・」

みんな...自分のからが破れなかったから...彼の生き方が理想だと思ってたに違いないんだ♪
でも...みんな何かに囚われてて...自分らは嘘を生きてる...彼こそが全うであると認めてたのよね...^^v...きっと...反面教師こそが真実を反射させる/自分の醜い姿を知らしめさせる鏡かもしれないんだ...!!

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良寛さんって...達観されてたんだろうか...それとも...イソップのキツネ...^^;?...Orz...

http://www.haruhino.com/archives/50527299.html より Orz〜
「・・・良寛の言葉の中で強い印象を与えられた言葉は、良寛さんが71歳ごろ書いた一通の手紙。新潟地方に大地震が会って、何千人もの死傷者が出たらしい。その見舞い状を親戚のものに充てた一節。

地震はまことに大変に候。
野僧、草庵は何ごともなく、親類中死人もなくめで度く存じ候。
うちつけに死なば死なずてながらへて
かかるうき目を見るがわびしき
しかし、災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。
死ねる時節には死ぬがよく候。
是はこれ災難をのがるる妙法にて候。
                           かしこ

地震が来たら地震で死ねばよろしい。
最後の時が着たら潔く死ねばよろしい。
そのような時のことを考える事をやめ、思い煩わねばよろしい。

(上の手紙の解説 「良寛さんと道元禅師 生きる極意」曹洞宗管長大本山総持寺 元貫首 板橋興宗著)

先のことなどで思い悩むな、まだ起きているわけでもないし起きるかどうかも分からないのだから。若し起きたらその時に考えればよい。今は今をしっかりと生きればよろしい。先のことなど思い煩うな。・・・という 思いっきりの良い言葉で強いインパクトを私に与えたのを忘れられない。

桜の季節に詠んだ

「散る桜 残る桜も 散る桜」 というのも記憶に残る良寛さんの言葉だ。

これも仏教の無常観を素晴らしくかつ平易な表現であらわしている句だと思う。この世のすべて、この宇宙に存在するもの、人の心にあるものまでが、絶えず変化をしていてひと時も同じ状態を保つことなどはありえないという無常観を桜の花が散るという現象を借りてあらわしているのでしょう。咲いている桜は、一つ残らず散るのだ、例外などはあり得ない。この宇宙に存在するものすべてが、例外なく変化をして、今の状態を保ち続けることは無いのだということを、桜の花にたとえているのだと私は理解している。・・・」

悟りなの...? それとも諦め...^^;?
いうのは簡単なんだもの...だけど...それができないからみんな悩んでるんじゃないのかいって...
ありのままっていうなら...「わかっちゃいるけどやめられない...」ってのも名言でっしょ!! ^^v

画像:貞心尼と良寛さん...
http://homepage3.nifty.com/tomokoworld/shougai3.htm より Orz〜
「島崎へ移ったその翌年、老いた良寛に明るい光が差し込んでくるような出会いがあった。貞心尼という女性との出会いである。文政九年(1826)年、良寛六十九歳、貞心尼二十九歳の時であった。
貞心尼は最愛の夫と死別の後、出家をした。良寛の高徳を彼女も耳にし、そのころ住んでいた閻魔堂から、良寛の住む島崎の草庵をひとり尋ねたのである。貞心尼は良寛に歌道においての弟子になることを望み、初めて訪れるとき、良寛の好きな手毬と共に、
「これやこの ほとけの道に 遊びつつ つくや尽きせぬ みのりなるらむ」
という歌を送り、師事を許されたのである。この時、良寛の返した歌は次の歌である。
「つきてみよ 一二三四五六七八九十を 十とをさめて また始まるを」
この時から七十四歳で良寛がこの世を去るまで、二人の暖かい交流は情愛を深めつつ続くのであった。二人は親子のようであり、又、師弟であり、心の通い合った恋人同士のようにさえ感じられた。貞心尼の存在は良寛にとってどのような意味があったのか。二人の真の関係は清らかな愛で包まれていたと言われるが、二人の「愛のかたち」はなかなか捉えにくく、不思議でわかりにくいものである。二人の愛は、ひそやかな自己解放の愛であり、誰も入る余地のない深いものだったと予想でき、私達はそういう点に於いても良寛と貞心尼に惹かれ、ますます不思議な魅力を感じるのである。
二人の春のように暖かく、お互いを尊敬しあえる関係は、良寛の没後に貞心尼が残した「蓮の露」に見ることが出来る。「蓮の露」には二人が交わした歌が収められている。
貞心尼の歌はしだいに良寛調に近づき、又、二人の呼吸はぴったりと合い、言葉を越えた優しさが伺える。良寛はこの時期、自らの老いを嘆いてはいたものの、その歌にも書にも若さ、明るさが蘇り、最も輝いていた時期であったといえよう。

1.「いついつと 待ちにし人は 来たりけり 今はあひみて 何か思はむ」良寛

「生き死にの さかひはなれて 住む身にも さらぬ別れの あるぞかなしき」貞心尼

2.「君や忘る 道やかくるる この頃は 待てど暮らせど 訪れのなき」良寛

「ことしげき むぐらの庵に 閉じられて みをばこころに まかせざりけり」貞心尼

●「世の中の 人には面のなかるらん 恋しきごとに声のありせば」良寛

(身を墨染めの衣に包みながら恋慕の情をつのるつど、それが外に現れてしまっては世間の人に会わす顔がない・・・・)
  
良寛も貞心尼も共に俗世を捨て、仏門にいる身である。恋心など御法度事である。しかし人の心は本来何物にもとらわれず、自由でありのままに生きることが出来れば、それが最も幸福である。良寛は世を捨て、一切の欲に惑わされる事はなかった。しかし、貞心尼の存在は明らかに良寛の心を揺さぶり、まさに薔薇色の世界へと塗り替えたのである。同時に良寛を慕い恋心を抱く貞心尼こそ良寛の真の芸術を知り得た数少ない理解者であり、同志であり、愛を大切に育む女性であったのだと思う。

②良寛の生命観・死生観 
精神的にも若さを取り戻した良寛だったが、肉体的な衰えには逆らえなかった。

天保元年(1830)
七月頃より、良寛は下痢に苦しむ。由之、貞心尼などが見舞う。

天保二年(1831)
一月六日、由之、貞心尼などに見守られ、良寛の七十四年の生涯を閉じた。八日葬式。場所は浄土真宗信者木村家で、その墓も浄土真宗隆泉寺の木村家墓地にある。
良寛の墓石が建てられたときに貞心尼が詩を詠んだ。

「立ちそひて 今しも更に恋しきは しるしの石に残る面影」

 良寛の死因は重い下痢症であった。その苦しみに耐えつつ、「言にいでて 言えば易けり瀉り腹 まことその身は いと耐えがたし」と、そのつらさを詠んでいる。

●「我が生何処より来り 去って何処にか之く 独り蓬窗の下に座して 兀々 静かに尋思す 尋思するも始めを知らず 焉んぞ能く其の終わりを知らん 現在も亦復然り 展転 総て是れ空 空中に且く我れ有り 況や是と非と有らんや 如かず些子を容れて 縁に随って且く従容たるに」

自分の生がどのようなものであるのか、どこへ向かっているのか、今も過去も、これからも分からない。是か非などあるのではないから、縁、運命に従ってゆったりと生きていく。・・・」

自分の欲望のままに生きた/素直に生きた/飾らず生きた...良寛さんは素敵です♪
そんな良寛さんに共振された貞心尼(ていしに)さんって女性もまた素敵♪
お互いに魅かれ合うのが最高の幸せ♪

背中まで45分...^^;...

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なんだか人生の縮図/シミュレーションのような...^^;
やっとたどり着いたと思ったら...時間切れになっちゃう...
人生は3分で分かりあえればいいのに...^^
残りの40分余りを楽しみたいってのに...
でも...意外とそこまでが一番楽しいって寓意なんだろか...^^;?
わたしゃ...いつもしゃべりすぎて...墓穴掘ってしまったりで...いくら時間があってもたどり着けない...
人の話もちゃんと聞かなきゃいけないんだのにねぇ...^^;;
でも...人って何枚もの仮面を/服を/鎧を被りすぎてるんじゃないのかなぁ...
もっとシンプルに!! そうすりゃ...もっとすぐに裸になれるってのに...!!♪

「うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ」...良寛辞世の句

http://www.haruhino.com/archives/50527299.html より Orz〜
「・・・天保二年正月六日(74歳)の良寛さんにもとうとう死ぬときがやってきた時、4年前の70歳のときからお付き合いを始めた貞心尼も良寛の最後を見届けて、悲しみのうちに永遠(とわ)の別れを告げました。

 「かたみとて何か残さむ春は花 夏ほととぎす秋はもみぢば」   良寛

良寛さんはもう貞心尼とのお別れの時を知っていたのでしょうか。
貞心尼とのお別れの歌、

 「いきしにのさかひはなれてすむ身にも さらぬわかれのあるぞかなしき」  貞心

良寛さんのお返しは、

 「裏をみせおもてをみせて散るもみぢ」    良寛

貞心の歌は「生き死にのさかひ離れて住む身」・・・・生死の境をはなれれば仏となる、仏となった僧尼の身にも別れは悲しいというのですが、それに答えて良寛の返句は「うらを見せおもてを見せて散る紅葉」が、末期(まつご)の一句。散っていくもみじでさえ、おもての葉も裏の葉もすべてをさらけ出して、隠すことなく散っていく。良寛さんも貞心尼との短い4年間のお付き合いであったけれど、正直に包み隠すことなく過ごしてきましたという辞世の句でしょう。・・・」

良寛さんが羨ましいね!!
最愛の人にみとられて思い残すことはないっていけたんだから...最高の往き方だよね♪
だから...背中まで45分かかってたんじゃ...申し訳ないけど...
表が見れないまま...裏も表も見せなきゃ...死ぬに死にきれないじゃん...^^;...
色は匂えど散りぬる...^^;...Orz...

画像:長岡市隆泉寺の良寛像
http://ja.wikipedia.org/wiki/良寛 より
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問題3599の解答です ^^v
ヤドカリさんのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/oka_yadokary/15179420.html より Orz〜
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面積が 6/7 で∠A=90゚ の直角二等辺三角形ABCの辺AB,BC,CAの中点をL,M,Nとするとき、
正方形ALMNの内部にあって、∠BPC>135゚ を満たす点Pの存在する範囲の面積は?


[解答]

AB=AC=2a とすると、2a2=6/7 より a2=3/7 です。
また、正方形ABDCを作ると、
∠BPC=135゚ になる点Pは、中心がDで半径が2aである円周上にあるから、
条件に合う点Pの存在範囲は、図の青の部分になります。
また、この弧とLM,NMとの交点をE,Fとすれば、∠BDE=∠EDF=∠FDC=30゚ です。
よって、求める青の部分の面積は、
π(2a)2/12−2・(1/2)・2a・(√2)a・sin15゚
=(3/7)π/3−(3/7)(2√2)sin(60゚−45゚)=π/7−(3/7)(2√2)(sin60゚cos45゚−cos60゚sin45゚)
=π/7−(3/7)(√3−1)=(π+3−3√3)/7

同じ発想だったと思うんだけど...答えが合わなかった...^^;?
ちなみにわたしの図を...
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運命のボタン...

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“ボタンを押せば1億円、ただし見知らぬ誰かが死ぬ。期限は24時間。”という超究極の選択がつきつけられる、キャメロン・ディアス主演の異色サスペンス映画『運命のボタン』。本作の原作はリチャード・マシスンが1970年に発表した短編“Button, Button”(原題)。マシスンは、スピルバーグの監督デビュー作『激突!』の脚本や、『アイ・アム・レジェンド』の原作を手がけ、あのスティーブン・キングが「最も影響を受けた」という伝説の作家である。

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                リチャード・マシスン
アメリカを代表する小説家、脚本家。50年代からSF、ホラー、ファンタジーまで多岐にわたるジャンルに挑み続け、後進に多大な影響を与える伝説的な存在。 
長編小説 「アイ・アム・レジェンド(旧題:吸血鬼)」は、『地球最後の男』(64)、『地球最後の男オメガマン』(71)、そしてウィル・スミス主演の『アイ・アム・レジェンド』(07)と三度にわたり映画化。」
ちなみに本作のアイディアはマシスンの妻が受講していた大学の心理学の授業がきっかけだった。授業でとりあげられた「世界平和に重大な貢献をするためだったら、ニューヨークのブロードウェイを裸で歩けますか?」という話題から、ある特別な目的のためなら、人間の尊厳を犠牲にできるか、というテーマが浮かび、“Button, Button”が誕生したというわけ。
そしてこのたび、時代を超えた魅惑に溢れる原作、 “Button, Button”(初書籍化!!)を含むマシスンの短編集が「運命のボタン」として、ハヤカワ文庫から3月26日(金)より発売となった! 表題作となる「運命のボタン“Button, Button”(原題)」は舞台はニューヨーク、結末も映画とは異なるのも気になるところ。映画と併せてチェックすれば、「運命のボタン」の世界がより深い衝撃と感動をあなたにもたらす!
「運命のボタン」 早川書房リチャード・マシスン(著) 尾之上 浩司(編)伊藤典夫・尾之上浩司(訳)このボタンを押すだけで、大金を差し上げます。そのかわり、地球上のどこかでだれかが死ぬのです。さあ、あなたはボタンを押しますか? 究極の選択を描く表題作はじめ、傑作13篇を収録 」

ストーリーを読んでたらどうしても観たくなってきたもので...今日はメンズデーだったし...^^v
もっと素敵などんでん返しの終焉を期待してたけど...想像通りだったもので...ちと幻滅...^^;
素材は...何とも言えない重苦しさ...気分悪くなった...けど...いろいろ考えさせられた...
男のわたしには...こんなに簡単に殉じることができるのか?ってな思い...
男と女の思いの異質性をえぐり出した/曝け出したのかもしれない...
そもそも...現金に/現実に忠実な=現金な^^;....のが女性の方なんだってな設定...
ある意味真理をついてるかもね...
金がなきゃ...すべてを失っちゃうと思ってしまいやすい性...これは...こどもを育てるっていう女性のミッションから来ざるを得ないと思うので、それだから女ってどうしようもないって簡単に断罪できやしないのはわかる...ぎゃくに...男はそういうものから遊離して生きてるが故に、簡単に女性の金への妄執を蔑み嗤うことができるのであって...男こそ...楽なポジションに安住してるだけなんだとも逆襲的に気づかされているのかもしれない...^^;
いずれにせよ...「愛」と「金」が同値のようなものであるかのように提示される/比較されている発想自体から逃げ出すことを考えないと...金の奴隷で生き続けるしかない女性を追い続けるしかない男の悲哀は...まるで捩じれたままの今の政治に辟易しつつも出口、突破口が見いだせない状況とちっとも変わらない...^^;
どこかに素敵な風が吹いてる場所があるんじゃないかというのは夢なんだろか...?
「愛」も「金」も頭脳が生み出したもの...そこからは誰ももはや...わかっっちゃいるけど...抜けられないってこととして、そんなことは考えず生きていくしかないってことなんだろか...?
より自然に近い女性がバーチャルリアリティ/人工物なる象徴のような「金」を夢見...
より人工物に近い男は...自然なるもの/母なるものの代表のような「愛」を夢見てる...
お互い夢見るものは一瞬交錯するも...遠くにある焦点はまったく異ならざるを得ない存在ってことなんだろか...^^;?
           
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  重い足取りで帰ってきたわたしです...一番罪深いのはそういう存在を造り出された神じゃない    のかい!! ってな気分がしてきた...Orz...

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