誰の言葉かご存知...?
クリミア戦争で傷病者の看護に献身したナイチンゲールの言葉らしい!!
きっと...手厚い看護を受けた戦士達からそう呼ばれたからに他ならないんだと思うよ ^^v
「・・・当時、その働きぶりから「クリミアの天使」とも呼ばれ、夜回りを欠かさなかったことから、「ランプの貴婦人」とも呼ばれたが、ナイチンゲール自身はそういったイメージで見られることを喜んでいなかったようである。本人の言葉としては、
「天使とは、美しい花をまき散らす者でなく、苦悩する者のために戦う者である」
が知られる。
しかしナイチンゲールの本当の仕事は、クリミアからの帰国後にあった。 クリミア戦争の従軍看護で体をこわしたためほとんどベッドの上からであったが、彼女は頑迷な陸軍と上院を相手に猛烈な闘争を仕掛けた。・・・」
《クリミア戦争で傷ついた兵士を巡回看護するナイチンゲール》
「専門職の内部と本質は、「知識」「技能」「価値観」から構成される。看護の臨床と学問の貢献に尽力したフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)の著作の中でも、本書は看護養成学校のバイブルとして継承され続けてきた。当然、これからもその立場は不変である。いや、普遍か。ナイチンゲールは、看護技術の体系化とともに、当時としては高度な分野で労働する“職業婦人”としての看護婦の地位向上に全霊をあげた。看護は人類の「生の営み」を支え続けた実践的な技術であるのに、その歴史が原理的、理論的に大きな声を社会に向けて発することはなかった。
ナイチンゲールが長年の看護臨床経験をもとに、看護学や後人の陶冶に努めたかと思えば、案外そうではなく、現役の看護婦として活躍したのはわずか3年間だけである。その後、150とも200ともいわれる著作と1万2,000もの書簡やメモを残し、看護の側面にとどまらず、病院、建築、福祉、そして統計データに基づく事実認識で、専門職としての看護の社会的意義を訴え続けた。その活動の大半は、病床に就いた36歳から90歳で歿するまでの間、ベッド上の生活から生み出された。実に半世紀に及ぶ年数である。老境に達してもなお、彼女が人間の「生活の質」(QOLという概念はまだない)を向上させるための政策を次々に立案していったのは、かのクリミア戦争に従軍したわずか2年間、そこでの成功と失敗の体験が常に脳裏から離れず、彼女を急き立てていたからに違いない。より深く、より広く、より科学的に、実証的に位置付けなければならない。これまで不当な低評価に甘んじてきた「看護」という領域を、と。」
よっぽどの衝撃/トラウマに彼女は襲われたに違いないんだよね...
一種の教祖様になったわけだ!!...この世の真理を垣間見てしまったという意味において...
*このサイトより...またフレーズを拾いたいと思います♪
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