幼少のころから読書家で、非常に博識であった。ただし書物だけにとらわれず自分の足で歩き目で見、手で触り、あるいは口にすることで確かめるという実証主義的な面を持つ。また世に益することを旨とし、著書の多くは平易な文体でより多くの人に判るように書かれている。七十歳で役を退き著述業に専念。著書は生涯に六十部二百七十余巻に及ぶ。主な著書に『大和本草』、『菜譜』、『花譜』といった本草書(薬学)。教育書の『養生訓』、『和俗童子訓』、『五常訓』。思想書の『大擬録』。紀行文には『和州巡覧記』がある。
八十四歳の折に作られた「養生訓」は体の養生と心の養生との二つを、一つにむすんで、いわば「人間」の養生を説いたものである。
(以下要約)
一、養生の術を早くより継続してつとめよ。
二、運動して健康を増進しておくこと。
三、元気を保つ道二つ。元気を害するものを去る、元気を養う。
四、百病みな気より生ず。
五、淡泊なる物を食べよ、肉は少量がよい。
六、飲食とも控えめにせよ。
七、飽食をさけよ。
八、中年以後、食量を減ぜよ。
九、新鮮な物を食べよ。
十、好きな物を少し食べよ。
十一、飲酒の量によって、薬とも毒にもなる。
十二、朝早く起きて、足の指をさすりなでる。
十三、寝る前に塩茶でうがいせよ。
十四、熱湯に浴するな。
十五、病気の時は養生の道を守って、静かに回復を待て。
十六、薬を濫用するな。「薬はみな偏性のあるものなれば、その病に合わざるとき毒となる。それ故、みだりに薬を用うるべからず。病の災いより、薬の災い多し。薬を用いずして養生せば薬の害なくして治るべし」
十七、老人を養うこと、幼児を養うがごとくせよ。
十八、年老いては、心静かならんことを心がけよ。
十九、日々を心楽しく暮らせ。
貝原益軒の「養生訓」は平易で誰にも分かりやすい。現代の健康不安の世の中にあって、耳痛い「養生訓」である。今もなお示唆に富んでいる。・・・」
「この本が上梓されたのは1713年です。今から(今年2001年)288年前のことです。当時、益軒は84歳でした。この本の中には「人生の楽しみ方」が書かれています。その「楽しみ方」には、以下の3つの面をもっています。
①≪道≫を行い≪善≫を楽しむこと
②病なく快く楽しむこと
③長寿の楽しみです。
益軒はこの≪三楽≫をいかなる金銀財宝の富や名誉の貴さよりも優れたものとしています。
また≪長寿≫もただの有機体の一物として長く生きるということではなく、「欲をすて謙虚に、畏敬の念を忘れずに生きる」人間の真の姿を描いています。さらにこの書は単なる≪養生≫の技術や知識を述べたものではなく、ここで説かれているのは、≪永遠の命≫を生きる人間の知恵であります。決して理性的な観念や原理をふりかざしたような乾燥したものではありません。それゆえ288年も経った現在でも、日本人の体質や風土に適合した深い味わいを出しているとおもわれます。」
そうよね...人生楽しまなくっちゃね♪...but...アモーレ、カンターレ、マンジョーレ(愛せ、歌って踊れ、食べてしゃべり倒そう♪)とはちと違う...^^;
だって...喫煙の、飲酒の嗜み/愉悦=人生の楽しみの一つだと思ってるけど...?...はほどほどにって片方は勧めてるわけだから...
これって...短命の社会風土に生きざるをえない宿命なのか、そうでなくって長生き目指して生きたいのかってな、根本的なフィロソフィーが違ってるのよね...?
でも...しょせん...50年が80年になろうとも...それを長寿になったと思うか、ドングリの背比べと思うかってな肝腎なところが問われる/覚悟が...各人の生き方はそこで選べばいいと思ってる...^^v
わたしゃ...欲深いから...好きなように生きて、なおかつ長生きできれば申し分ないと思っとりますけどね♪
*「論語」にも、『仁者寿』=仁者(じんしゃ)は命長し という言葉があるって読んだ。
...「仁(じん)とは中国思想における徳の一つ。仁愛。とくに儒家によって強調されており、孔子がその中心にすえた倫理規定、人間関係の基本。・・・主に「他人に対する親愛の情、優しさ」を意味しており、儒教における最重要な「五常の徳」のひとつ。」...wiki より
「儒教の徳
儒教的徳は人間の道徳的卓越性を表し、具体的には仁・義・礼・智・信の五徳や孝・悌・忠の実践として表される。そして、徳は人間の道徳性から発展して統治原理とされ、治世者の優れた徳による教化によって秩序の安定がもたらされると考えられた。前漢において儒教は「儒教」とは呼ばれず、もっぱら法家思想の法治や刑に対抗する意味で「徳教」と呼んでいた。儒教思想において重要な規範的価値は、生まれによってではなくその人の徳の現れた実際の量の結果によって社会的地位が決せらるべきであるということである。」...wiki より
それからすると...わたしは、長命ではなさそうだけど...^^;...
はたまた...憎まれっ子世に憚るとも言うではないですか...?
どちらが、より本当らしいのか、この身をもって確かめるべく、憎まれっ子としての生き方をチョイスして生きてみまっす!! ^^v
*わたしは今年 84歳になる父親に、自叙伝書き残すことを勧めてる...^^
彼の脳を使うことにもなり、手も使い、記憶を呼び覚まし、失われてしまってる、彼の子供であるわたしの幼少期の頃の(特に、言葉を覚える以前の記憶なんて皆無な気がする...三島由紀夫は特異的記憶能力なのよ...^^;)...そんな、過去を/自分のルーツみたいなことを知りたいと言うわたしのわがままなる欲求が強く働けかけてるわけなんだけど...^^
わたしも、彼のように長生きできてたら...なにか役に立つことが少しでもあると思えることに気付いたことは、少なくとも子供には書き伝えておきたいっていうか...書けるくらいピンピンしてられればいいけど...^^;...?
食事のこと以外では...適度な飲酒、就寝前の口腔清拭( せいしき)=口腔ケア=誤嚥性肺炎の予防かな...?...タバコには触れてないけど...まさか、彼が愛煙家だったってわけだろか?...そうでないとしたら...少々キセルでタバコを吸っていようが...むかしの人はいくらでも長生きしてたってことじゃないのか知らん...?...キセルとか、タバコ入れとかってのいっぱい残ってるものねぇ...工芸品として♪...
↑これはどうも間違ってました...Orz...以下の記事で判明しました ^^
日本人がたばこを吸い始めたのはいつ頃から...?
「アメリカ大陸原産のタバコが世界に広まったのはコロンブスの時代以降ですが、日本へは戦国時代の後半にもたらされ、1600年代に入ってから栽培が始まったようです。種子を植えて自生させるまでは、輸入物の葉を吸っていたようですね。
ただ、煙管(キセル)は所作が8割で煙を口にすること自体は2割、パイプは5:5などと重点の置き方を言われることがありますが、当時は今の喫煙者よりも煙草を扱う時の粋な動作だとか(そもそも日本の煙管では入れられる葉の量が少なく最初の2〜3口くらいまでしか美味しく吸えないので、すぐに灰を盆に落として据え替える必要がある)リラックスして会話や思索に耽る時間だとかに ずっと多くの目的を置き、ニコチンの成分がもたらす直接の作用に満足する現在のあり方とは若干イメージが異なると思います。
昔のタバコは「ふかす」あるいは「くゆらせる」ものであって、「吸う」だけの物ではないんですね。」
その後...彼はやっぱりタバコを批判してること判明...^^;...
「・・・江戸時代初期に『養生訓』(正徳3年[1713])を著した貝原益軒が養生生活を中心に考えると、必ず煙草を批判しているだろうと思っていましたが、案の定批判していました。今日はその紹介です。
たばこは、近年、天正・慶長の頃に、外国から入ってきた。「淡婆姑」は、日本語ではない。南蛮語である。(たばこは)近世の中国の書物に、多く載っている。また、煙草という。朝鮮半島では、南草という。・・・
煙草には性毒がある。煙を吸って、目眩を起こし倒れることもある。
また、火災の憂いもある。
習えば癖になり、貪って、後には止めることが出来なくなる。雑務が多くなり、常に家にいる手伝いの人などを煩わせてしまう。よって、最初から吸わないことより良いことはない。経済的に困窮している人は、その費用もかさんでしまう。
岩波文庫『養生訓・和俗童子訓』96頁、拙僧ヘタレ訳・・・」
18の年老いては心静かならんことを心がけよ!! って、わざわざ訓戒にあげてる!!
ってことは...やっぱり...歳取ったら丸くなるのは...惚けちゃうからじゃないのかなぁ...^^;?
わたしは...歳取るごとに、自分というものがわかってくるだけに=頑固一徹ジジイに一直線に進んで行っちゃうと思ってる...^^;...だからこそ...まわりと楽しくやって行くためにゃ...少々腹立てても、一呼吸おいて寛大にならなきゃ駄目よ!! ってことを言ってるのよね?
けっきょく...歳取ったら、腹ふくるることが増えて行くのが自然なコースなんだってことの裏返しなんですよ...^^;...Orz~
単なる年寄りの愚痴/老婆心...と笑うだけでなく...長寿者の言にはその秘密を含んでる可能性があるはずだって人生の親方とその弟子くらいな気持ちでもって接して漏らさず...じゃなくって...接したいものですね!!...それこそが...敬老の精神って呼べるものじゃあないんだろうか...?