*「ファム・ファタール(仏:Femme fatale)
は男にとっての「運命の女」(運命的な恋愛の相手、もしくは赤い糸で結ばれた相手)の意味。
また、男を破滅させる魔性の女(悪女) のこと。 」...wikiより...
「
ああ、謎に満ちた生よ、わたしはおまえを愛する
友がその友を愛するように
おまえの与えてくれるものが歓びであれ、涙であれ
幸福であれ、苦悩であれ ─
おまえの悲嘆ともどもおまえを愛する
そしてもしおまえがわたしを滅ぼそうというのなら
わたしはおまえの腕から身をもぎ離そう
友が友の胸から身をふりほどくように ─
力の限りおまえを抱こう
おまえの炎をわたしに燃えたたせよ
灼熱の闘いのさなかになお
おまえの謎をいや深く窮めたい!
ああ 百千の歳月を生き 思索しぬきたい!
さあ 両の腕にわたしを抱きしめておくれ
そして もはや幸福を恵めなくなったら
よろしい、おまえの苦悩を与えるがよい 「生への祈り」 ルー・サロメ
この詩に感涙した大哲学者ニーチェは曲まで作ったという。ルー・サロメ自身、大学生の時に書いたこの詩を生涯持ち歩いたとも。 この自らの詩、そのものの様に世紀末を生き抜いた美貌の才女。ニーチェの生涯中、もっとも謎とされる時期、このルー・サロメと弟子格の若き哲学者パウル・レーとの「聖三位一体」なる生活。 ニーチェを中心にこのルーの「自由なる生」を美しい映像で描き出したのは、あの「愛の嵐」のリリアーナ・カバーニ監督だ。作品名には
「善悪の彼岸」と!そして、ルー・サロメ役はこのお方しか居ないだろう!というドミニク・サンダ様。・・・
ルーへの失恋から僅か10日で書き上げたと言われる「ツァラトゥストラはかく語りき」 の一部、そして完成。そして以前よりも孤独と苦悩は深まり数年後、彼は狂気に至る。 正気に戻ることなく1900年に世を去る。・・・」
オーダーしてた「ルー・サロメ」が届いたので早速夜中に観ちゃった...^^v
いろんな想念が沸いてきて困ったけど...
私は、ニーチェのことも、パウロのことも、ルー・サロメのことも知りゃしないんだけど...^^;...Orz...
60の手習いってのは、「学問を始めるのに遅すぎることはない」と同じ意味(反転はしてるけど...)と思ってた「青春」の次の格言は、有名だと思うけど...じつは、これは詩のごく一部だったのね...^^;...
青 春
サミエル・ウルマン
青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く
人は自信と共に若く
希望ある限り若く | | 疑惑と共に老ゆる
恐怖と共に老ゆる
失望と共に老い朽ちる |
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。
マッカーサー元帥が座右の銘としていた、無名の作詩家サミエル・ウルマン(Samuel Ullmann)氏(アメリカ)の『青春(Youth)』の詩が見出された経緯・・・
二次大戦終戦後、1945年9月27日に昭和天皇が,日比谷の占領軍総司令部にマッカーサー元帥を訪問し、天皇が始めて民間人と並んでツーショット写真を取られた部屋の壁に掛けられていた詩が、この青春の詩(英文)であった。
マッカーサー元帥は、友人のJohn W.Lewis氏(コーネル大学教授)よりこの詩を贈られ、座右の銘として何時も執務室に飾っていた。しかし作詩者のサミエル・ウルマン氏は、当時は全く無名で、アラバマ州の人だと言うこと以外は全く知られていなかった。
この詩を、ある日本人(岡田義夫氏説が有力:明24年埼玉県生れ元「東京毛織OB」)が見つけ、感動し、漢詩調に翻訳した。これが後に松下幸之助氏の眼に止まり、あるインタービューでこの詩の事を紹介し、雑誌に掲載され一躍有名になった。
又、ロバート・ケネディーがエドワード・ケネディーへの弔辞にこのウルマンの詩の一節を引用したのも有名な話である。・・・」
次は渡部昇一氏の「知的余生の方法」からの引用です...〜m(_ _)m〜
「さて、年をとったら何事につけ頑張らないほうがいい、と言う人がいる。年を取ってから何も求めずに生きるという生き方は、そう自分で決めて生きるなら、それはそれでかまわないと思う。だが、例えば二十歳ぐらいの頃に、「人間はどうせ死ぬ。勉強しようがしまいが死んでしまうのだったら、何しようが同じだ。ならば何も求めず、何も追求せず、頑張ることもせずに生きよう。知識もいらないし、技術もいらない。」と考えるとしたら、そのような人間は、人間としての意味があまりないと思う。若くして廃人になったことに近いだろう。たとえ老いたとしても同じだ。六十歳になったからといって、何も求めず生きるとしたら、その時点で自分を捨てたのと同じだろう。・・・
一旦、求めないとなるや、自分の回りのさまざまなことが崩れていく。そして、肉体的にも精神的にも、人は崩れていくのだと思う。隠者になるにさえ、物質的なものは捨てても、精神の向上意欲は捨てない覚悟が必要であろう。だから私は、笑われようがけなされようが、最後まで何かを求め、何かに頑張って生きていこうと思う。端に迷惑をかける死に方でなければ、ジタバタしていると思われてもかまわない。「どうせ死ぬ」と考えた時点で、その人の人生は終わりだと思うからだ。英文学の世界で先輩に当たる外山 滋比古(*とやま しげひこ、1923年11月3日 - )先生は、好きな俳句として滝瓢水(ひょうすい)の
「浜までは海女も蓑着る時雨かな」
を挙げておられるが、私も深く共感している。・・・
「どうせ死ぬのだから何もしない」というのは、「どうせ腹が減るのだから飯を食わない」に通ずる考え方ではないだろうか。」
意味はわかるけど...わたしなら...どうせ濡れちゃうんだから浜まで蓑なしで向かうかなぁ...^^;?
どうせ死ぬんだからと自覚できただけで...生き方の質が変わると思ってる...
どうせ死ぬんだからこそ...自分はどう生きるかと、自分と対峙して生き続けるしかない...
これは...自分は自分の欲望にままに生きるという選択をしようがどんな選択をする自由も権利も自分に存することに気付けたことと同じわけなのよ!!...いずれにせよ...
ひとは...覚醒してる限り...何かを求めずにはいられないし/すべてを諦めたら...心は崩壊/崩落するのだろうか...ニーチェは...娼婦からもらった梅毒のせいで最後は狂人になっちゃったんだろか...?...それとも...ルー・サロメに振られたから...?...
わたしには...それまでの価値観すべてに「No !!」と反旗の狼煙を上げたがゆえに...考えるよすがも同時に失ってしまった結末のような気がする...新世界を求めて波を切り分けて進む船の舳先に立って...あのタイタニック号の女神の姿のように...すべてに対する「No」は...すべてに対する「Yes!! I can !!」と変わらないことと同じ(メビウスの帯...裏なんてなかったって!!)だったことに...呆気にとられた/悟った瞬間、彼の頭脳は...思考停止に至ったんだと...
(サロメの「生への祈り」という詩も...ようは...快楽をさもなくば苦痛を...to be or not to be...ってことに思える...どちらもない凪のような世界じゃ息ができないってことでっしゃろ...?)
そこに...彼をこの世に繋ぎとどめてくれるミューズが(彼にとっては...ルー・サロメだったと思われる...)佇んでいてくれたなら/微笑んでいてくれたなら...戦う相手を失うこともなく、この世の住人で居続けることができたんじゃないのかなぁ...?
狂気は...精神の自殺/アポトーシスのような気がする...
自殺の年齢別分布を眺めたんだけど...最初は、人生を飛行に例えたら...離陸時と着陸時が一番危うい時間帯のはずだからと理解しようとしたんだけど...意外に...思春期の自殺は少ない...?
これは...少子高齢化が反映されてるだけじゃなさそうで...ひょっとして...精神の自殺である狂気も含めたら...私の予想は外れちゃいないようにも思えたり...^^;...?
「かって日本は自殺率の高い国として知られていた。戦後の高度経済成長期以前の時期のことである。その時期、高齢者と若者の自殺率が高かった。現代でも多くの国で高齢者の自殺率は高い。体が弱くなり自力で稼ぐことが困難であるための生活不安、及び高齢になるにつれて襲いかかる病苦、この2つが高齢者の自殺率を高くする要因である。終戦後の若者の自殺率の高さは、戦前の軍国主義、鬼畜米英の時代から、敗戦、占領、民主化という価値観の180度の転換に対して、まじめな若者は対応し得なかった点を要因としてあげることが多い。その後、高齢者や若者の自殺率は目立って低下し、日本の自殺率水準は中位となった。・・・
若者の自殺率の低下は価値観の転換が定着した点に求められよう。また、高齢者の自殺率の低下は、国民皆保険・皆年金といった社会保障や医療制度の発達によるところが大きいと考えられる。これ自体、経済の高度成長や所得増加と並んで、日本が世界に誇れる成果といえる。
ところが、長引く経済不況や失業率の急増、日本型経営システムの制度疲労などに伴って、1998年以降、各年齢で自殺率が上昇し、特に中高年の自殺率が他の年齢層と比べて非常に高いという構造が日本の特徴となった。日本の年齢別自殺率は50歳代後半の71.1人をピークに山形となっており、高齢に伴う自殺率上昇の減少は70歳代後半からみとめられるのみである。
・・・」