という名言を残したのは、一生独身で過ごした哲学者のニーチェだ。
彼の場合、「自らのポリシーで生涯独身を貫いた」というよりは「意中の女性と結婚できなかった」理由の方が大きく、傷心深い一生だったのだけど、そんなニーチェが上記のような言葉を残しているのは興味深い。
実際、「夫婦とは、会話である」というのは、本当にその通りだと思う。
日本で夫婦と言えば、「風呂、メシ、寝る」この三言で事足り、言わなくても『あ、うん』の呼吸で分かり合うのが理想、という考えが(今も隠然と)存在し、実際、それで上手く暮らしが回っている家もあるのだろうけど、たいていの場合、会話のないカップルに未来はない。
デートしても、男は新聞を広げて女性の顔を見ようともしないし、女性はコーヒー飲みながら片手でケータイをピコピコ、それが心地よい距離感としても、「魂から幸福か」と問われたら、疑問符が並ぶことも多いのではないだろうか。
夫婦(カップル)にとっての会話。それは心の応酬である。良き夫婦になるために、いつもいつも経済や哲学のような高尚な話をする必要はないし、すべてにおいてお互いに同意しなければならないという法則もない。
ただ、同じ物を見て、同じ感想がふっともれる。
「夕焼けがきれいだね」「あ、ホントだ」。そんな一瞬の心の共有。
あるいは「私はこう思うけど」「僕はこう考える」といった主張の自由と意見の受容。
そういう積み重ねの上に、生活や人生の難しい問題が支えられる。
たとえちょっとした芸能人の話題にしても、「夫婦の会話がない」ということは、心の接点も、意見の擦り合わせもなく、「ひとり」と「ひとり」が席を並べて座っているようなものだ。「ふたりで生きる」というのとは、だいぶニュアンスが違う。
多くの場合、夫婦の会話がなくなる時、結婚自体も終わってしまうので、たとえ好条件にかなっても、会話が弾まない相手との結婚はいずれ仮面夫婦を生み出すことになるだろう。
そう考えると、結婚に必要な条件は、一に会話、二に会話、三、四がなくて、五に会話、といっても過言ではない。
デートする際、相手の気遣いや振る舞い、生活態度や人間関係をチェックするのは重要だけども、それ以上に結婚生活の幸不幸を決定づけるのが『会話の楽しさ』だ。
たとえ条件にいくつか難があっても、「話して楽しい」「良い刺激を受ける」「映画を見ても音楽を聴いても同じような感想が飛び出す(異論にしても意見の応酬が楽しい)」のであれば、そのカップルは生涯にわたって上手く行くだろう。
逆に、「何を言っても否定したがる」「相手の話に尊敬できる点がない」「あれこれ話したいと思わない」のであれば、表面上は穏やかでも、土台から確実に崩壊しはじめる。
それぐらい『夫婦の会話』というのは結婚生活の根幹をなすものだし、会話の弾まない相手と何十年も添い遂げるほどつまらないものはないのだ。
「ラブコメの女王」と呼ばれるメグ・ライアンの出世作であり、ノーラ・エフロンの脚本は今もハリウッド史上に残る名作として知られている。ハリー・コニックJrの挿入歌『It had be to you(それは君だったんだ)』も素晴らしかった。
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この映画は本当に二人がよく喋る。男女関係やセックスについてはもちろんのこと、本の読み方、理想の結婚、友人のこと、社会のこと、仕事のこと、etc。目に映ったもの、心に浮かんだこと、すべてを言葉にして相手に言わずにいられないという感じ。そして当然ケンカもするし、相手の頑固さや理屈っぽさに呆れることもしばしばだが、言い換えれば、それだけ自分をオープンに見せて、癖や欠点までいろいろ知られても、「嫌われる」という不安や恐れがないということ。
むしろ、そこまで知られても一緒に付き合ってくれるという安心感の方が大きい。
そしてまた、ここで重要なのは、どんな小さな事でも『相手と共有したい』という気持ちがあるかどうかだ。
ハリーとサリーは別々に暮らしているが、夜、ベッドの中で、同じTV番組を見て、電話で感想を話し合った後、受話器を置いて眠りに就く。
ようやく自分の気持ちに気付いたハリーがサリーにプロポーズする時、
「一日の最後におしゃべりりしたいと思う相手は君だ」
と言うけれど、これぞ結婚の本質ではなかろうか。
「話す」ということは「心を離す」──様々なこだわりや恐れから解き放たれて、自由になることである。
会話が生きる限り、関係も生き続ける。一見なんでもないことだけど、「一日の最後におしゃべりできる相手」がいることは、実は、生きていく上で、意外と大きな力になるものなのである。・・・」
*女性のエッセイですから、上に書かれてることが女性の心理/真理であり、女性がメロッとなる魔法の言葉が...
『一日の最後におしゃべりりしたいと思う相手は君だ』!! なんですね ^^
でも...この言葉には...
男からしたら...セックス織り込み済みの言葉と思ってしまうんだけど...^^;...
よい意味でお互いに誤解しなきゃ男女って結ばれないってのは真理じゃないかなぁ...^^;?
「人は判断力の欠如によって結婚し、
忍耐力の欠如によって離婚し、
記憶力の欠如によって再婚する」
(アルマン・サラクルー)
「原題: When Harry Met Sally
監督: ロブ・ライナー
出演: ビリー・クリスタル , メグ・ライアン , キャリー・フィッシャー , ブルーノ・カービイ
1989年に大ヒットした映画。主演はメグ・ライアンとビリー・クリスタル。メグ・ライアンが、ムチャクチャ可愛い!! 当時28歳、でも初々しい〜。これで「ラブコメの女王」に君臨しました。
「男と女はただの友達になれるのか?」という永遠のテーマに迫るラブコメ!!男のハリーは「セックスが邪魔して男と女は友達になれない」と主張。女のサリーは「セックスなしの男友達だってありえる」と。この永遠のテーマを二人が身を持って証明していく物語。英題は「When harry met sally」。邦題の「恋人たちの予感」に軍配! くっつきそうでくっつかない、“恋の予感”が散りばめられていて、たまらん〜。・・・」
観てみたい映画です♪
古今東西、結婚を夢み、結婚に破れ、裏切られ、...そんな毀誉褒貶の激しいもの...
しなきゃわからない...お互いに...
そこで学習するしかないとしたら...そこで学習できるとしたら...
結婚ってのは何回か繰り返した者同士の間でのみでしか...
完成態ってありえないのかもなぁ...^^;...?
以下にそんな気持ちを代弁する格言をば...^^;...
「夫婦が長続きする秘訣だって?それは、一緒にいる時間をなるべく少なくすることさ。
(ポール・ニューマン)
結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったんでしょう。
これまで見たものの中で最も美しかったものは、腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。
(グレタ・ガルボ)
女は二種類に分けられる。結婚だけを夢見ている独身の女性と、離婚だけを夢見ている既婚の女に。 (ジョルジュ・エルゴジィ)
三週間互いに研究しあい、三ヶ月間愛し合い、三年間喧嘩をし、三十年間我慢しあう。そして子供達が同じことをまた始める。 (テーヌ)
女が再婚する場合は先夫を嫌っていたからで、男が再婚する場合は先妻を熱愛していたからだ。女は運を試し、男は運を賭けるのだ。 (ワイルド)
もし人生をやり直すのだったら、私は結婚しないでしょう。 (チェーホフ)
男と女とが結婚したときには、彼らの小説は終わりを告げ、彼らの歴史が始まる。
(ロミュビルュス)
孤独が怖ければ結婚するな。 (チェーホフ)
現代では一回では上手く結婚できることは決してない。やり直す必要がある。
(アルフレッド・カピュ)
離婚の動機ですって?ありますとも、弁護士さん。それは、私が結婚してるということです。 (エミール・ポラック)
離婚は進んだ文明にとって必要である。 (モンテスキュー)
「結婚した人々の唯一の楽しみは、他人の結婚に立ち会うことである……悪魔的な楽しみだ」
(ラモン・ゴメス・ド・ラ・セルナ)
「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる」 (リヒテンベルグ)
「ウェディングケーキはこの世で最も危険な食べ物である」 (アメリカの諺) 」