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(C)2011「さや侍」製作委員会
もし...30日の業(ぎょう...だったよね...?)でなく...たとえば...1001日 ^^;...の業だったら...?
より...業らしくなったってんだろか...?...
30日とは...象徴であって...何日だって同じかもしれない...なんてことをふと...^^;
わたしは...その倍の日数...入院生活送ってた...
ある種の業(ぎょう)=修業の...?...業(ごう)=罪業の...?...
そのどちらにも解釈可能なのよね...^^;...
罪滅ぼしとして修業せよ!!...自業自得...
敷衍するなら...死ぬまで業(ぎょう)してるわけなんだ...
善業<悪業の業深い人間の生き様...
業(ごう)とはその意味では...「悪行」の代名詞かなぁ...
それゆえ...一生修業せよってことなのかな...?
わたしに課せられたのは...
禁煙せよ!!...?...
憤怒退散!!...?...
醜い自分を知れ!!...?...
自然に触れろ!!...?...
あと...なんだろ...^^;...?
で...60日余りでその禁は解かれた...?...
罪はあがなわれた/贖罪はすんだ...?
無罪放免/免許皆伝...?
ただ...忘れただけ...かもしれないってのに...?
タバコは美味いと思う感覚は体が覚えてた...夢にまで見た!!...
欲しいときだけ気ままに吸おう!!...^^;v
憤怒は身を滅ぼす...人を呪わば穴二つ...墓穴を掘る...?...
but...怒りと呪いは別物でっしゃろ...?
でも...娑婆に帰っても...この(修)業だけは続けることを「さや」に懸けて誓おう!!...かな...^^
醜い自分はよく知った...そいつとも戦い続けようぞ!!...
矛盾なんだけどなぁ...^^;...
自然に触れよう...島に行こう!!...海に行こう!!...山も風も月も、花も鳥も虫も、犬も猫も愛でよう!! ...
but...人も女体も自然なるものなんだけどなぁ...^^;...?...
わたしの業をわたしは再び始める...第何幕目かの...あと何幕あるのかわたしは知らない...Orz...
そうそう...「知って行わざるは知らざるに同じ」(貝原益軒)...からすると...
わたしは何らたいした業(ぎょう)はできちゃいない...この先が/も思いやられる...ってか...^^;;;
「業(ごう)」に入っては「業(ごう)」に従えってじゃなかったっけ...?...
どこまでも逃げおおせたら...?...
but...それって...無理なのよ...
だって...誰も...自分からは逃げられやしないんだもの...
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2011年06月20日
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画像:http://roosters.blog.so-net.ne.jp/2011-06-15 より Orz〜
泣けました...
そのわけは書きません...
松ちゃんって呼んだこともないわたしだけど...彼がいたら...思わず抱きしめて彼のおでこにチューしたくなってる...^^
年端もいかない娘の凛とした天の声/天使の声で彼は男にされた/男になれたんだ...
この子、いい !!! (熊田 聖亜(くまだ せあ、2001年7月18日 - ))
男なんてちょろいもの...
天が娘を通じて彼を男にした...
自分の殼を簡単に捨てさせて瀬に浮かべるんだから...
かれは、別次元/異次元の住人...
そこでの彼は必死で生きてる/もがいてる...
でも...その本気度は伝わるんだよね...
だから...最初は「彼を笑ってた/笑えてた」のに...「彼に共感し」...「彼に自分の姿を見る」ようになって...いつのまにか...「彼を応援」してる...
まるで...自分の尻尾を咬んでいって...
ついには...自分自身が消えてしまいそうに思えるれいのウロボロスの世界みたい...
松ちゃんがテレビで言ってたけど...「自分は有名人監督」ではあるけど...たけしのような「有名監督」じゃないって...でも...彼の映画はこれしか見てないわたしが言うのもなんだけど...
これ1本で...「有名監督」の仲間入り果たしたんじゃないかいなぁ...^^?
画像:http://www21.tok2.com より Orz〜
ウロボロスの蛇とは以下のもの(左、中)。
己の尾を噛んで環となったヘビもしくは竜を図案化したもの、という。
今日の無限大の記号「∞」のモデルとなった(中)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ウロボロス より
「ヘビは、脱皮して大きく成長するさまや、長期の飢餓状態にも耐える強い生命力などから、「死と再生」「不老不死」などの象徴とされる。そのヘビがみずからの尾を食べることで、始まりも終わりも無い完全なものとしての象徴的意味が備わった。
他にも、循環性(悪循環・永劫回帰)、永続性(永遠・円運動・死と再生・破壊と創造)、始原性(宇宙の根源)、無限性(不老不死)、完全性(全知全能)など、意味するものは広く、多くの文化・宗教において用いられてきた。」
主演の野見隆明さんのような人...大〜大〜好き♪
さいしょ...彼は...松ちゃんかと思ったりしてたわたし...^^;...
松ちゃんは、ヒッチコックのようにどこかに出演してるらしい...
たぶんあそこだと思ったんだけど...
最後にその想定は覆ってしまうけど...^^;...?
あと...途中で頭に無性に浮かんで来た言葉が...
「無明」...
この言葉の意味すらろくに知らないわたしなのに...^^;...?...
早速調べた...
↓
「 「無明」の発見
仏教に無明(むみょう)という言葉がある。無明とは、人間が根本的に持っている無知のことである。人生における人間の苦しみは、すべてこの無明から始まることをブッダは、瞑想の中から発見した。人は、その無明というものを取り払うことで、心安らかに生きていける。何だ、人生の秘密とは、こんなことだったのか。ブッダは、余りに簡単な人生の秘密を知って、興奮し、感激し、どきどきしながら、世界の誰もが知っていないはずの、この純粋で微妙な感覚の余韻にしばらく浸っていたのである。
次にブッダは悩んだ。この自分が知ったことを、世の中に伝えたいのだが、この内容が余りに簡単で単純であるのに、実に微妙で、奥深い意味をはらんでいることなので、とても理解してはもらえないだろう。と思ってしまったのである。
しばらく考えたブッダは、ついに意を決して、以前一緒に修業をしていた仲間に、初めてその人生の秘密を伝えたのである。やはり最初、その仲間達は、ブッダの発見を聞いて、「無明が人間の苦の根元である。だからこの無明さえ取り払って、真の智慧を獲得すれば、全ては解決する」というその余りの簡単な答を馬鹿にして、取り合わなかった。
それでもブッダは真剣に、持論に誠意を持って説いたのである。「人生というものは、人が思っているほど、複雑ではない。ごく単純な法則が、根底にあり、それが絡み合って見えるから、複雑に見えているだけなのである。」と熱弁をふるった。やがて一人が、ブッダのその考えを理解した。すると次々と無明の意味を理解し始めた。これが仏教の始まりである。・・・」
なんんとなく...当たらずとも遠からずの感覚じゃない...?
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問題4339・・・算数にチャレンジ!!過去問 http://www.sansu.org/kakomon/toi043.html より Orz〜
今、太郎君はA地点にいます。これからB地点に向かうところですが、その行き方は何通りあるでしょうか。
ただし、同じ道を2度通ることはできません。 また、黒い道はどちらの方向にも進むことができますが、赤い道は右方向にしか進むことができません。 解答
勘違いしてた...^^;
最短なら...356になると思うけど...
黒は...上下に移動できるってことでしたのね...^^;
赤は逆戻りできないので、図のアルファベットから、Aを1つ、Bを1つ、・・・Fを1つ選んで、あとはそれらを通るように縦の道を通るようにすればいいので、
2×3×4×5×6×7= 5040(通り) * そりゃそうだ♪
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