アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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1月5日「囲碁の日」を一文字で

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この画像から碁盤の目を表してるような「囲」って漢字のルーツ調べてて以下のサイト見つけた♪
http://www.igosoft.co.jp/kyoiku/tetsugaku/kodai_chiryoku.htm より 引用 Orz〜

囲碁に見る古代の知力

「羽衣国際大学教授 足立敏夫
“碁”の語源を尋ねて漢和辞典を紐解いて見ると、紀元前500年頃の諸子百家の時代に“棊”と言う字が当てられ、“棋”とも画く。音(聲)を意味する“其”の下(または左横)に“木”を配してい る。つまり、木盤上で木の駒を使ったゲームで、木と木の打ち合う響きを表していると思われる。それが時代と共に駒の材質が“木”から“石”に代わり、聲の変化と共に文字も“棊”から“碁”へと変わって行ったようだ。そして、木陰でその聲を楽しみつつもゲームに夢中になっている人々の光景が眼に浮かぶ。少々余談であるが、棊(碁)は古くは、弈(エキ)と言うらしい。この“弈”は、“碁を打つ遊び”、または“碁を囲む”の意以外に、“美しい姿態”或いは“帳(とばり)”を意味する。さらに、囲碁の“囲”の語源を追って見ると、それはもともと、両手を広げて抱える大きさ(約1.5メートル)で、物の太さを測るのに用いられていた。先の“弈”が暗示するように、“美しい姿態を帳で囲う“と言う艶かしささえ感じさせる言葉である。ゲームの上では、2人のプレーヤーが碁盤上で白・黒の石を以って互いに勢力の張り合いをすることで、色気の無い意味となってしまう。その“囲碁”と言うゲームの生まれる以前(紀元前1000〜2000年以前)、“格子模様(古制では17道×17道であったが、唐代以降19道×19道の361交点)”を描いた木盤上を小宇宙に見立てて陰陽道などの占いが行われ、それが次第にゲームや賭博などの遊戯に変化して行ったのではとの推測は広く知られている。その占いの時代をさらに遡って見ると、紀元前5000年頃(新石器時代)中国、トルコなどで行われていた狩猟法に、占いとは別の次元で、囲碁の起源のヒントが見える。当時、狩猟を行う際、捕獲ネットを張り巡らし、動物を追い込み、囲い込み、そして動きを制約した上、猟犬に威嚇させて脅えるところをヤリで仕留めると言う知恵を用いていたようだが、この“囲いの狩猟”こそが囲碁の“囲いの戦略(敵陣を囲う)”の概念の原点に通ずる。さらに興味深いのは、食料確保の手段が狩猟から農耕に移行したこの時代、人類が歴史上初めて“時間”と“空間”の概念を理解したとも言われる。それまでは、取りあえず当座の食料を確保するための狩猟によって生を繋いでいたが、食料を計画的に調達することによって刹那的な生活行動から脱却して、生活に安定とゆとりを持つことを知った時代である。これは、当時としては革命的な変化であり、このことが人類の戦略的思考形成の礎になった。
さて、先の占いから変化したゲームや囲いの狩猟と言う戦略の原形から、さらに数100年から1,000年以上の歳月を掛けて、中国・春秋時代には、技術論はともかく、戦略的思考に関する限り、“現代囲碁”に通ずるレベルにまで完成度を高め、“哲学”として確立されたと考えても不思議ではない。
このように大きく進化した“囲碁”は、この時代の戦国武将たちの興味を惹きつけ、戦の合間の余興として彼らを夢中にさせたであろうことは想像に難くない。彼らはその遊びの中にも、武将らしい関心を持ち、囲碁の持つ高度な“戦略性”を、兵法・兵術に置き換え、血生臭い戦にまで応用して行ったのであろう。
孫子や呉氏が兵法書として成書に仕上げたのがこの時代である。それは、技術進歩と連動しつつ脈々と今日まで発達し続けて来たことになる。さらに、現代の世界の兵法学者はもとより経営学者、企業家などあらゆる分野の専門家によって研究され続けている“囲碁哲学”が、数千年の歳月をかけて進化したとは言え、不朽で普遍性のある根本思想として今日でも生き続けていることは驚きである。
孫子は言う、“啓発された支配者は、遥か将来を見据えた計略に長け、優れた将軍は、その計略を忠実に実行する。”これを企業に当て嵌めて言えば、“戦略的経営とは、先ず長期計画を練り上げ、それを実行に移すプロセスを管理することによって、持続的発展を保証することである。”・・・」

面白いぃ〜〜〜☆☆☆

1月5日=囲碁の日 ^^

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ニュースで知りましたぁ♪
語呂合わせで日本棋院が作ったらしい ^^
去年知ったのは...3月14日=「π」の日でした♪
このアナロジーで行くと...明日(1月6日)はさしづめ...色の日だわぃ ^^ ♡

「1月5日=囲碁の日:語呂合わせで「い=1」「ご=5」と言うことから1月5日が囲碁の日と制定されました。
1月15日=いい碁の日:鹿児島市が制定。「い(1)い(1)ご(5)」の語呂合わせ。

*11月14日=いい石の日ってのもあるらしい...
  11月15日=いい囲碁の日ってのはないらしい...^^;

アマチュア囲碁。一番上は7段、一番下は30級まである。
  • 現在、囲碁をするとき、強い方がを持ち、弱い方がい石を持つと決まっている。
    ※実力がほぼ同じ場合は、年齢などで上下関係を決めたりする。

  • しかし、このルールはもともと6世紀頃、中国から囲碁が伝えられた当時は逆だった。
    古代中国では、と言う色は高貴な色と考えられていたので、上に立つ物は「黒」となっていた為に、そのルールを日本でも最初の頃は真似していたのです。
    それが、鎌倉時代になると突然逆になってしまいました。

  • 理由は、鎌倉幕府を納めていた源氏の武士たちのシンボルカラーが「」だった為に、「上に立つ物は白であるべきだ」と言うことで、強い方が白い石を持つようになったのです。

  • この「源氏が白」と言うのは別の所にも残っていて、運動会などで組を分ける時の「紅白」と言うのも、実は、平家のシンボルカラーが「」と言うところから来ています。
    それが証拠にお隣の韓国などでは対抗戦の場合の色分けは「白・青」になっていたりします。」


アブストラクトゲームボードゲームの一種で、ゲーム理論の言葉で言えば二人零和有限確定完全情報ゲームである[1]。勝敗は、より大きな地(定義の詳細は、ルールの項参照)を確保することで決定される。ゲームの終了は、将棋やチェスと同じように、一方の意思もしくは双方の合意で行われることもある。他のボードゲームと比較した場合の特異な特徴は、ルール上の制約が極めて少ないこと、パスがルール上認められていることがある。
発祥は中国と考えられ、少なくとも2000年以上前から東アジアを中心に親しまれてきた。そうした文化・歴史のなかで爛柯(らんか)をはじめとした様々な別称を持つ。日本でも平安時代から広く親しまれ、枕草子源氏物語といった古典作品にも数多く登場する。戦国期には武将のたしなみでもあり、庶民にも広く普及した。江戸時代には家元四家を中心としたプロ組織もでき、興隆の時期を迎えた。明治以降も引き続き広く親しまれ、近年ではインターネットを経由して対戦するネット碁も盛んである。
西洋的な価値観からはチェスなどと同様マインドスポーツ(つまり競技)でもあり、国際囲碁連盟国際オリンピック委員会が承認する国際スポーツ団体総連合に加盟し、五輪競技としての採用を目指している。中国広州で開催される2010年アジア競技大会では競技種目として採用された。
日本では古くから親しまれ、駄目布石捨て石定石など、数多くの囲碁用語は、そのまま日本語の慣用句としても定着している。・・・
碁石碁盤は中国が起源であるが、現在の日本の囲碁ルールは日本独自の日本式ルールである。
その後5世紀には朝鮮へ、7世紀ごろに日本に伝わったとされる。その頃から日本の貴族を中心に広く遊ばれ正倉院には碁盤と碁石が収められている。清少納言紫式部も碁をよく打ったとされ、枕草子源氏物語中にも囲碁と思われるものが登場する。
室町時代末期からは碁打ちが公家や武将に招かれるなどの専業化も進むとともに、それまでの事前置石制から自由布石への移行も起こった。戦国時代には戦国武将たちに大いに好まれ、織田信長日海(本因坊算砂)が名人の称号を許されたと言われる[2]江戸時代には幕府から家禄を受ける家元制度が成立し、囲碁の技術が飛躍的に向上するとともに、将軍御目見えによる御城碁が行われたり、碁会所が生まれるなど庶民の娯楽としても定着した。

「日本では平安時代には将棋・双六と並んで三盤と言われ貴族のたしなみだったそうです。江戸時代には、徳川家康が将棋と囲碁を好んだので将棋・囲碁の家元が定められて、お城囲碁・お城将棋が開かれました。各家元は優秀な弟子を発掘して血筋と無関係に最も優秀な弟子に跡目を嗣がせる方式で、技術を磨いていたようです。」

1998年ごろには漫画ヒカルの碁』の影響で若年層にも囲碁ブームが生まれた。
囲碁は日本のみならず韓国北朝鮮中華人民共和国台湾などでも盛んに行われ、その他にも北アメリカ南アメリカヨーロッパなどでも競技人口が増え続けている。今日、囲碁は世界80ヶ国以上で打たれており、世界選手権も行われている。
日本の囲碁愛好家数は、レジャー白書によると、囲碁人口は2007年末時点で推計200万人である。2007年の年齢別構成は男+女合計で10歳代9.6%、60歳以上8.4%であった。・・・
現代日本式碁は中国古代碁のルールと大きく異なり「最終的に地が多い方が勝ち」となっている。(中国古代碁では碁盤により多くの石を置いた方が勝ちとなっていた)。目先の利益に飛びついたがために、働きの少ない石が生まれて局面を悪化させてそれが勝負に直結することもまれにある。碁において最も重要なことが、この石の働きと言える。 石の働きの一例として、生きを確保することによる厚みがある。その影響力の強さにより他所での力関係まで変わってくることがあり、有利に戦いを進めることが出来る。この場合の「生き」とは必ずしも二眼を確保した完全な生きを指すわけではない。たった一子の石でも十分な働きを持つことが出来る。
対局中存在する石のなかでも特に働きのない集団になった石を俗に団子石と呼ぶ。団子石は相手に取り込まれる(モチコミ)と損をするが、助けるには多少の犠牲を払わなければいけなくなることもある。またこういった石を助けようとする手も働きの無い石となるので団子石は百害あって一利無しであり、団子石を作らないように心がけるのもまた大切なことである。 逆に、むやみに手数をかけて相手の団子石を取りに行くのも働きの少ない石となるので、結局のところは働きの少ない石には互いに近づかないほうが良い場合が多い。
石の効率の評価方法に「手割り計算」がある。局所において白黒双方の形が定まった時点で互いの働きのない石(不要な石)を除外していき、どちらの方が除外した数が多いか、または白黒同じ数だけ取り除き、その時に残った石の働きにより形勢を判断する方法である。手割り計算の概念を最初に編み出したのは本因坊道策とされており、これによって局所戦に終始する旧来の碁の時代が終わり、石の効率を追求するという近代碁の概念が確立された。・・・
囲碁には様々な別称・雅称があるが、それらの中には中国の故事に由来するものも多い。
そのような故事由来の異称の代表である爛柯(らんか)は中国の神話・伝説を記した『述異記』の次のような話に由来する。の時代、木こりの王質が信安郡の石室山に入ったところ童子たちが碁を打っているのを見つけた。碁を眺めていた王質は童子からを貰い、飢えを感じることはなかった。しばらくして童子から言われて斧を見るとその柄()が朽()ちていることに気付いた。王質が山をおり村に帰ると知っている人は誰一人いなくなっていた。
この爛柯の故事は、囲碁に没入したときの時間感覚の喪失を斧の柄が腐るという非日常な事象で象徴的にあらわしている。また山中の童子などの神仙に通じる存在から、こうした時間を忘れての没入を神秘的なものとして捉えていることも窺うことができる。この例と同様に、碁を打つことを神秘的に捉えた異称として坐隠(ざいん)がある。これは碁にのめりこむ様を坐って隠者にも通じるとしたもので、手談(しゅだん)と同じく『世説新語』の「巧芸」に囲碁の別称として記されている。手談は字の通り、互いに碁を打つことを話をすることと結び付けたものである。
囲碁の用具に着目した異称として烏鷺(うろ)がある。碁石の黒白をに例えている。方円(ほうえん)は碁石と碁盤の形からつけられたもので、本来は天円地方で古代中国の世界観を示していた。のちに円形の碁石と正方形の碁盤から囲碁の別称となった。「烏鷺の争い」とも言う。
太平広記』巻四十「巴功人」の話も別称の由来となっている。巴功に住むある男がの庭園を持っていたが、あるとき霜がおりた後で橘の実を収穫した。しかし3、4も入りそうな甕のように大きな実が二つ残り、それらを摘んで割ってみると中には老人が二人ずつ入っていた。この老人達は橘の実の中で碁を打っていた。この話から囲碁は橘中の楽(きっちゅうのらく、―たのしみ)とも呼ばれる。」

縁起づくし/福づくし♪

こんな吉兆づくしを見つけた♪
画像:http://pulari.jp/SHOP/Y-1263.html より Orz〜
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   笑顔の招き猫を筆頭に、恵比寿様、大黒様、お多福、福助、宝船に松竹梅と、
              めでたいづくしの飾り物です。

今日往診に行った先でお目見えできた千両&万両♪
おばあさんの頬っぺもいい血色で安堵安堵 ^^
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右が千両...左のたわわに実ってるのが万両♪

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庭先の万両!! 赤はめでたい気持ちになれていいものね♪

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病院に届いてた飲めないお酒 ^^;
部屋にこの1年飾っとこうっと ^^v
きっといいことに出逢えることを祈念して♡
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問題4789・・・やどかりさんのブログ  
http://blogs.yahoo.co.jp/oka_yadokary/28744873.html  より Orz〜

 自然数nに対して、その正の約数の総和を S(n) で表すことにします。
例えば、S(6)=1+2+3+6=12 です。

では、5桁の自然数nのうち、S(n) が奇数になるnは何個?



































































解答

上記サイト  http://blogs.yahoo.co.jp/oka_yadokary/28842430.html  より Orz〜

[解答1] 

n=paqbrc…… と、素因数分解すると、 S(n)=S(pa)S(qb)S(rc)…… になります。
従って、S(n) が奇数になるのは、S(pa),S(qb),S(rc),…… が全て奇数になるときです。

S(pa)=1+p+p2+……+pa だから、
p=2 のとき、S(2a) は必ず奇数になり、
p≠2 のとき pは奇数だから、S(pa) はaが偶数のときだけ奇数になります。

従って、S(n) が奇数になるnは、2以外の素因数の指数がすべて偶数であるときです。
言い換えれば、nが平方数 か nが 2・平方数(n/2 が平方数) と表されるときになります。

nが平方数になるのは、[√99999]−[√9999]=316−99=217 個、
n/2 が平方数になるのは、[√49999]−[√4999]=223−70=153 個で、
合計 217+153=370 個になります。


[解答2] 

結局、nの奇数の約数が奇数個あればよいから、
nを2で割れるだけ割って得られる奇数の約数が奇数個であればよいことになります。

約数が奇数個になるのは平方数だから、
nが平方数 か nが 2・平方数(n/2 が平方数) と表されるときになり、
以下、[解答1]と同様、370 個になります。


*同じでしたが...平方数と2*平方数だけになることに最初気づけず...^^;

S(2^a)=1+2+2^2+...+2^a=つねに奇数
S(p^a)=1+p+p^2+...+p^a...a=偶数
ようは...2^a*平方数なら満たす!!
2^奇数乗=2*2^偶数乗だから...
√100000=316.2...>m0 ≧√10000=100
317-100=217個
√(100000/2)=223.6...>m1≧√(10000/2)=70.7...
223-70=153 までだけでよかったんですね!!
217+153=370
面白い問題でしたぁ ^^v

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