この絵は最近飾られてた...
フェルメールの絵だということはすぐわかった...
わたしはそんなに好みじゃなかったんだけど...
空気をふくよかにしてくれると言うか...日本のおっ母さんみたいな安心感...
子どもの頃、朝ご飯を作ってくれてた母親のまな板の音...みたいな郷愁...かなぁ...^^
母体回帰できる...そこがたしかに揺りかごだった時代だったのよねぇ...?
かなえに尋ねると...どうも知人に頂いたものらしい...Orz〜
大人の落ち着いた部屋に相応しいかな...
絵だけでも...少しは...大人びたものにしなきゃ...
子どもらが、戸惑うかも知んないからなぁ...^^;...
うちのお父さんはおかしい!! って...たぶんかなえともども思ってそうなのよ...^^;
だからといって、わたしが変わるわきゃないのよね...
人は...変わりたくて変わるのではない...
変わるべくして変わることしかできない...どこかで聞いたような台詞...?...
相対的なことだとしたらば...
自分が変わったのか、周りが変わったのか、...それとも両方変わったのか、...
どちらにもわかんねぇ...ってのが真実のような気がする...
トラック競技で...先頭を走ってるのか...
ビリっけつだった者が、知らぬ間に...先頭の位置に来てるってことかもしれないわけで...^^;...
自分じゃ...生まれるのが遅きに失したよな気がしたり...^^;...
だって...むかしの方が面白そうじゃん...?...
夜這 ^^...下克上の戦国時代... 坂の上の雲..."風雲の志"なんて...死語でなかった時代が好きなのよ...^^;v
でも、上の理屈で行くなら...時代遅れがアバンギャルドと言えるかもしれんかったり...?...
「異色のバロック絵画?
巷間、フェルメールは「静謐の画家」といわれます。・・・フェルメールが生きた17世紀は、美術史的には一般にバロックの時代といわれます。バロックとは、もともと「歪んだ真珠」という意味のポルトガル語で、その語義が示す通り、バロック絵画の特徴はまさに真珠がねじれるが如き人物の大げさな身振りや劇的な表現にあります。つまり、仰々しく主張の強い様式なわけです。それは、ルネサンスの秩序だった美のかたちに飽き足らなくなった結果生まれた、いわば“時代の必然”がもたらした様式です。また、バロック時代には、まだまだ絵の価値には厳然とした序列があり、もっとも尊いのは宗教画、神話画、歴史画で、それらに続いて肖像画、風俗画、風景画とされました。したがって、フェルメールがよく描いた日常の風景すなわち風俗画は、伝統的な絵画の序列からすると、どちらかといえば価値の劣る部類だったことになります。構図的にもフェルメール作品は劇的なものとは無縁の静けさです。したがって、フェルメールの絵は、いわば異色のバロック絵画ともいえそうなのです(ただし、この傾向は17世紀オランダ絵画全般にいえることですが)。
・・・絵画は何らかの思想や意味を伝える手段でもありました(たとえば、文字の読めない人にキリスト教の教えを説く、とか)。むしろ、ルネサンス以降、印象派ぐらいまではそれがふつうで、見たまま感じたままだけでは決して作品の真の意味を理解することができないのでした。見抜く鍵はイコノグラフィー(伝統的図像)やイコノロジー(図像解釈学)と言われる一種の約束事にあります。たとえば赤い服に青色の上着を着た女性は聖母マリアであるとか、果物は性的な歓びや誘惑を表わすとかいったものです。つまり、ルールにしたがって絵の中に“仕掛け”が潜ませてあり、その仕掛けを発見し、読み解きながら鑑賞するのです。仕掛けを見抜くためには、当然ながら約束事についての知識が求められます。そこで、鑑賞者がどれだけ知識をもっているかが、かつて王侯貴族たちの社交の場で競われました。・・・」
*日本の歌作りにも似た遊びだったみたいなのねぇ ^^... 詳しくは上記サイトへ Go~♪