アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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人生の黒船...

ひとは順風満帆の人生だけじゃ、裸の王様で終わってしまうかも知れないのよね...^^;
泰平の世を破る黒船の咆哮/砲口に遭遇したとき...初めて世界のなかの自分のポジションを知れる...
独りよがりに過ぎなかったことを、世界に開かれてなかったことを知る千載一遇のチャンスになるのよね...誰かに、「王様は裸だ!!」って言われるまで、それに気づけないってのは...
取り巻きの側近の策略 and/or 怯懦のなせる共同謀議...?...いずこかのどなたかのような...^^...?
そのときの気づきの有無、対応の有無で...君子 or 凡愚だったのかが知れるとも言える...?
無知の知からしか始まらないと、かのソクラテスは説き続けたのよね...
ソクラテスは...王様は裸だよ!! って叫んだ子どもの役目をしてたのよ...^^
分かったような話を黙って聞いてるだけなのも同じ穴の狢...Orz...
実はなんにもわかっちゃいない...^^;
その話は裸同然じゃん?...って指摘しちゃうわたしも子どもと同じ...
わかっていないことを棚上げにしたまま話は延々と続く...
そんなのに意味ない...
でも...たいていは...羊のように従順に?/脳みそなんて使っちゃいないとしか思えないまま...
傾聴してる...洗脳されてると言うか...考えないような脳に馴化されてるとしか思えない...^^;
考えない脳なんて...脳じゃない!! Oh No!!
わたし一人の人生においても...棚上げされたままのアジェンダが積もってる...
まるで歯石のように...鍾乳石のように...^^;...
国も...領土問題ってのを腫れ物のように当たらず触らず...
三猿のように避けて避けてきたわけよね...but...そのツケっていうか...
いつかは=いずれはそいつと対峙せざるをえない時は来る...
今がそんな状況だろうかなぁ?...
定期的に歯石の掃除をせにゃならぬのと同じく...人も国も棚卸しをせにゃならぬのよ...
だって...人も国も一人で生きてるわけじゃなく、鎖国して生きられるわけもない...
他者が他国がいるわけで...いつかは向こうから黒船がやってくる...否が応でもね...
それって、運命って言うのよね...?...
日本は鎖国してた江戸から開国して明治という文明開化を選んだ...君子だったってことかな...?...君子は豹変する...^^;...
和魂洋才と言ってるけど...それは詭弁だってことは...その後の歴史が証明してる...
そうじゃなかっただろって気づいてる子どもはわたしだけじゃないと思うけど...
どうせなら...魂を売り渡す覚悟でいればいいものを...中途半端な言葉で...
そうじゃないから仏造って魂入れず...の迷走/ダッチロール...
そんな風船のような状況はいやだと思っていても...
魂は消えてしまったんだから...神は死んだんだから...彷徨い続けるしかない運命...?

黒船は、魂を、残ってるならその魂を蘇らせてくれる契機!!
伸びきってるゴムひもが、自らがゴムだったことを思い出させてくれる...?
いつのまにか忘れ去られたしまった初心を思い起こさせてくれる...?
歌を忘れたカナリヤに、再び美しい声で鳴けるようにしてくれる奇跡...?
記憶喪失状態から、覚醒させてくれる...?
知らぬ間にかけられてた催眠術を解いてくれる...?
・・・
ひとも...その人生において黒船に遭遇したなら...それを僥倖/恩寵だとありがたく迎えられるなら...
心底から転向できるのかなぁ...^^;...?
わけわからんこと書き連ねたけど...^^;...
以下のノーベル賞創設を遺言したノーベルさんの話に触れたとき妄念が湧いたもので...Orz〜...

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画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/アルフレッド・ノーベル より 
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「アルフレッド・ベルンハルド・ノーベルAlfred Bernhard Nobel1833年10月21日 - 1896年12月10日)は、ダイナマイト発明で知られる化学者実業家ノーベル賞の提唱者。スウェーデンストックホルム生まれ。ダイナマイトの開発で巨万の富を築いたことから、「ダイナマイト王」とも呼ばれた。・・・知人の化学者アスカニオ・ソブレロ が発明した爆薬、ニトログリセリンを、初めて実用化することに成功。さらにこれを改良し、安全に使えるようにしたダイナマイトを発明した。ダイナマイトは工事現場での岩盤の破壊など、作業の効率化を進めるものとして広く普及したが、同時に戦争にも爆薬として使用された。・・・ 1871年珪藻土を活用しより安全となった爆薬をダイナマイト(ギリシア語で「力」)と名づけ生産を開始。50カ国で特許を得て100近い工場を持ち、一躍世界の富豪の仲間入りをする。
1876年には結婚相手を見つけようと考え、女性秘書を募集する広告を5ヶ国語で出し、5ヶ国語で応募してきたベルタ・キンスキーという女性を候補とする。しかしベルタには既にアートゥル・フォン・ズットナードイツ語版という婚約者がおり、ノーベルの元を去ってフォン・ズットナーと結婚した。この2人の関係はノーベルの一方的なものに終わったが、キンスキーが「武器をすてよ」などを著し平和主義者だったことが、のちのノーベル平和賞創設に関連していると考えられている。そして1905年に女性初のノーベル平和賞を受賞。

(ベルタの夫であるアーサー・フォン・ズットナーは著名な数学者であった。そのためノーベルは「数学賞」を設置しなかったという俗説がある。)...http://ameblo.jp/kibounotomosibi12/entry-10561317000.html より Orz〜

また同年、当時20歳のゾフィー・ヘスと出会い、交流が始まる。ゾフィーには218通の手紙を残した。しかし1891年に、ゾフィーが他の男の子供を宿していることが分かり2人の関係は急速に冷えた。ノーベルの死後、ゾフィーはこれらの手紙をノーベル財団に高額で買い取らせることに成功したためすべてが残っており、またノーベル財団により公開もされている。・・・
1888年兄ルードヴィが死去。この時、ノーベルと取り違えて死亡記事を載せた新聞があり、見出しには「死の商人、死す」とあった。さらに本文には「アルフレド・ノーベル博士: 可能な限りの最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法を発見し、富を築いた人物が昨日、死亡した」と書かれており、このことからノーベルは死後の評価を気にするようになったという。・・・
1895年、持病の心臓病が悪化しノーベル賞設立に関する記述のある有名な遺言状を書く。病気治療に医師はニトロを勧めたが、彼はそれを拒んだ。
1896年12月7日、サンレモにて脳溢血で倒れる。倒れる1時間前までは普通に生活し、知人に手紙を書いていた。倒れた直後に意味不明の言葉を叫び、かろうじて「電報」という単語だけが聞き取れたという。これが最後の言葉となった。急ぎ親類が呼び寄せられるが、3日後に死亡した。生涯独身であり、子供はいなかった。死の床にも召使がいただけで、駆けつけた親類は間に合わず誰もいなかった。・・・最終的に有効とされた遺言状には、遺産を使って賞を作り、科学技術、文学、平和など合計5部門に貢献した人物に賞を贈るように記載されていた。ノーベル本人はこの賞に名はつけていないが、現在この賞は「ノーベル賞」と呼ばれている。・・・」

誤報とはいえ自分の世界での評価を読むことができた彼は...
自分が裸の王様だったことを知ったのよね...^^;
で...本人はおそらく明確な自覚はなかったんだろうけど...はたと気づかされた自分の罪滅ぼし?として考えついたのが...人類への正の貢献をした人々を顕彰することに自分の(負の?)遺産を相続して欲しいと思ったんだろうねぇ...?...自分は地獄に堕ちることも受け入れたはず...
ひとは...自分が裸だったことを知ったときはじめて...
高貴なる存在になれる/昇華したいと願望する...のかも知れない...^^;...Orz...

2012.09.29.追記...
その後...どうもそうじゃなくって...彼の思惑(ダイナマイトが今でいう核の抑止力のようなものになるはずだという信念)と世間=他者からの思われ方との違いに愕然としたに違いなかったんだろうけど...実際に、そういわれても仕方ない様相を呈してしまった彼の罪滅ぼしの意味と...心底彼の願望は平和だった証左としての遺言だと思えたけど...?...作品は作者の手を離れちゃうってのと同じで...一度生まれたものは...一度パンドラの箱から解き放たれたものは...生んだもの、そのドアを開いたものの思惑とはもはや関係なくなるわけで...それを生んだ、解き放ったものの責任は不問にすべきじゃないのかいなぁ...?...それを悪意を持って使用したものの責任こそが問われるべきで...ノーベルを「死の商人」と貶めるのははなはだ軽薄であり、しかも死人に鞭打つ仕打ちってのは...卑怯な行為!!...誹られるべきは...ノーベルの生前に「裸の王様!!」って叫ばなかったジャーナリスト達じゃないのかって...
この記事は以前別のところにアップしていたものですが...独立させることにしましたぁ ^^;...Orz〜

びまん性汎細気管支炎(DPB)や慢性服鼻腔炎、慢性気管支炎に対する14員環マクロライド(エリスロシン)少量投与法を発見・普及されたのは日本の開業医さんだったのですが...そもそもはそこに通院されていらっしゃった患者さん(おばあさん)の症状が劇的によくなってることに注目して見つけられたんですよ〜彼は、これを世間に公表、広める必要性を強く感じられたわけですよね!! 個人の宝は人類の共有財産に!! ^^v
特許なんてものも取得されてないはず...

http://ja.wikipedia.org/wiki/びまん性汎細気管支炎 より
副鼻腔気管支症候群のひとつで、慢性の咳嗽息切れといった呼吸器症状、および膿性鼻汁などの副鼻腔炎症状を呈し、胸部X線またはCTにて両肺にびまん性の小粒状影を認める疾患である。病理学的には呼吸細気管支を中心とした細気管支および細気管支周囲に原因不明の炎症を認める。細気管支の炎症のために咳嗽、痰をきたし、気道に細菌感染をきたす。また細気管支炎により細気管支が閉塞・狭窄し、閉塞性換気障害をきたす。慢性下気道感染により、進行すると気管支拡張症、慢性呼吸不全をきたす。発症には遺伝的素因が示唆されており、また東アジアに多い疾患である。以前は予後不良であったが、エリスロマイシン少量長期療法が報告[1]されてからは死亡率は急速に低下し、治癒しうる疾患となった。
[1] 工藤翔二「びまん性汎細気管支炎にたいするマクロライド系抗生剤の少量長期間投与の臨床効果(会議録)」『日本胸部疾患学会雑誌』22巻増刊、254頁、1984年。

wiki の精神も似てますよね!! 知識はみんなの共有物としてオープンにってことですよね♪

工藤先生って...都立駒込病院の先生だったらしい ^^
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財団法人結核予防会 複十字病院 院長 工藤翔二先生
「日本医科大学名誉教授。呼吸器学会前理事長。呼吸ケア・リハビリテーション学会前総務担当常務理事。東大医学部卒。東大第三内科、都立駒込病院を経て日本医科大学教授。定年後、現職。著書に「血液ガステキスト」(文光堂)、「在宅酸素療法の実際」(文光堂)など。」

ノーベル医学賞差し上げたいくらいの発見だと思うけどなぁ...?
セレンディピィティにしても ^^v

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