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なんのこっちゃわからねど...^^;
ほとんど整数に近い物理常数の絡みで載ってたもので...☆
http://ja.wikipedia.org/wiki/ほとんど整数 より Orz〜
「微細構造定数は
で与えられるが、その逆数は137に近い。 ヴォルフガング・パウリは、この数がなぜ整数に近いのかを生涯にわたって考え続けていたと言われる。」
画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/ヴォルフガング・パウリ より Orz〜
「ヴォルフガング・エルンスト・パウリ(Wolfgang Ernst Pauli, 1900年4月25日 - 1958年12月15日)はオーストリア生まれのスイスの物理学者。スピンの理論や現代化学の基礎となっているパウリの排他律の発見などの業績で知られる。
アインシュタインの推薦により、1945年に「1925年に行われた排他律またはパウリの原理と呼ばれる新たな自然法則の発見を通じた重要な貢献」に対してノーベル物理学賞を受賞した。・・・パウリは物理学者として、特に量子力学の分野で数多くの重要な業績を残した。彼はほとんど論文を執筆せず、同僚(特に親しかったニールス・ボーアやヴェルナー・ハイゼンベルクなど)との間で長い手紙をやり取りするのを好んだ。彼のアイデアや成果の多くは論文としては発表されず書簡にのみ残され、手紙を受け取った人物によってコピーされたり回覧されたりすることが多かった。それゆえパウリは自分の研究成果が彼の名前で紹介されないことになっても気にしなかったようである。・・・ 1924年、パウリは分子線スペクトルの観測結果と当時発展しつつあった量子力学との間にあった矛盾を解決するために、新たな量子自由度のモデルを提案した。おそらく彼の仕事の中で最も重要なパウリの排他原理である。この原理は同じ量子状態には2個以上の電子が存在できないというものであった。・・・
1926年、ハイゼンベルクが現代的な量子力学の理論である行列力学を発表した後でパウリはこの理論を用いて水素原子のスペクトルを理論的に導いた。この成果はハイゼンベルクの理論の信頼性を保証した点で重要な結果だった。
1927年、パウリはスピン演算子の基底としてパウリ行列を導入し、これによってスピンの非相対論的理論に解を与えた。この成果はポール・ディラックに影響を与え、後にディラックは相対論的電子を記述するディラック方程式を発見した。
1930年、パウリは放射性同位元素の原子核崩壊の観測を行った。"Liebe radioaktive Damen und Herren"(親愛なる放射性紳士淑女の皆様)と題してリーゼ・マイトナー他宛に送られた12月4日の書簡で彼は、ベータ崩壊で放出される粒子のエネルギースペクトルの連続性を説明するために、それまで知られていない中性で質量の小さな(陽子質量の1%未満の)粒子の存在を提唱した。1934年にエンリコ・フェルミが、パウリの提唱した中性粒子にニュートリノと命名して自分の放射性壊変の理論に組み込んだ。ニュートリノは1959年になって初めて実験的に観測された。
1940年、パウリは量子場の理論にとって重要な成果となるスピン統計定理の証明を行ない、半整数のスピンを持つ粒子はフェルミオンであり、整数スピンを持つ粒子はボソンであることを示した。・・・1929年5月、パウリはローマ・カトリック教会を脱退し、12月にケーテ・マルガレーテ・デプナーと結婚した。この結婚は長く続かず、1930年に離婚している。
離婚後間もない1931年初め、ニュートリノの仮説を提唱する直前にパウリは深刻な精神的不調に悩まされた。彼は精神科医・心理学者でパウリと同じくチューリッヒ近郊に住んでいたカール・グスタフ・ユングの診察を受けた。パウリはすぐに自分の「元型夢」の解釈を始めるようになり、難解な心理学者ユングの最高の生徒となった。間もなく彼はユング理論の認識論について科学的な批評を行なうようになり、ユングの思想、特にシンクロニシティの概念についての説明を与えた。これらについて二人が行なった議論はパウリ=ユング書簡として記録されており、Atom and Archetype(『原子と元型』)というタイトルで出版されている。・・・
1934年に彼はフランカ・バートラムと再婚した。この結婚生活は生涯続いたが彼らの間には子供は生まれなかった。
1938年のドイツによるオーストリア併合によってパウリはドイツ市民となったが、このことは翌1939年の第二次世界大戦勃発とともにユダヤ系であった彼の身を危うくすることとなった。パウリは1940年にアメリカへ移住し、プリンストン大学の理論物理学の教授となった。戦争が終わった1946年に彼はアメリカ合衆国に帰化したが、その後チューリッヒに戻り、その後の生涯の大半をここで過ごした。
1958年、膵臓癌を発病した。パウリの最後の助手を務めたチャールズ・エンツがチューリッヒのロートクロイツ病院に入院していたパウリを見舞った時、パウリは彼に「部屋の番号を見たかね?」と尋ねた。彼の病室の番号は 137 だった。彼は生涯を通じて、微細構造定数が 1/137 に近い値を持つのは何故か、という疑問を考え続けていた。1958年12月15日、パウリはこの病室で没した。・・・」
*彼が死ぬまでこだわってた「137」って数字が彼の病室だったなんて!!...
これこそ...シンクロニシティじゃん !! ^^
http://ja.wikipedia.org/wiki/微細構造定数 より Orz〜
2010年のCODATAの推奨値は次のとおりである。
ここで、 http://upload.wikimedia.org/math/e/1/6/e1671797c52e15f763380b45e841ec32.png は素電荷、 http://upload.wikimedia.org/math/1/d/d/1dddc03e617f2f087ffb89a9b20b368f.png は真空の誘電率、http://upload.wikimedia.org/math/4/a/8/4a8a08f09d37b73795649038408b5f33.png は真空中の光速である。
と定義される。
電磁相互作用の強さを左右する http://upload.wikimedia.org/math/e/1/6/e1671797c52e15f763380b45e841ec32.png および http://upload.wikimedia.org/math/1/d/d/1dddc03e617f2f087ffb89a9b20b368f.png に対して量子論的な定数 http://upload.wikimedia.org/math/9/d/f/9dfd055ef1683b053f1b5bf9ed6dbbb4.png と相対論的な定数 http://upload.wikimedia.org/math/4/a/8/4a8a08f09d37b73795649038408b5f33.png を関連付けている値といえる。
のようにすっきりと表されており、より明確に理解できよう。
なお、微細構造定数の逆数
(測定値)もよく目にする値である。」
「実体はないのに、意味があると思えば意味を帯びてくる何か。不気味だとか、無意味だと思えば、簡単に捨ててしまうこともできる。たとえば13階という素数に意味を見いだす人もいるだろう。しかし137はもっと深遠な数である。微細構造定数αという、この物質世界を記述するもっとも基本的な無次元数の逆数の近似値だからである。もちろん、しょせんは近似値で、たんなる無理数にすぎない、ということもできる。それでも、これを数式で表せば、
画像:http://yeblog.cocolog-nifty.com/nouse/2009/05/index.html より 引用 Orz〜
「ディラックは電子のスピン角運動量については http://yeblog.cocolog-nifty.com/images/TermsAndEqs/g_equal_2_42by18.pngであると結論したのである。そして、これは実験と一致するように見えた。・・・しかし、詳しい実験の結果、電子の http://yeblog.cocolog-nifty.com/images/chrs/g_11by19.png 因子は 2 から僅かにズレいてることが判明した・・・このズレが、電子が光子を放出した後、それを吸収することよる効果だと見抜いたシュインガーは、ハミルトニアンに付加項を加えて、その補正値 http://yeblog.cocolog-nifty.com/images/TermsAndEqs/g_minus_2_over_2_55by39.png を、cgs 単位系で表わすと http://yeblog.cocolog-nifty.com/images/FeynmanWeinberg/e-2_over_2pihbarc_40by41.png となると導き、その値 0.001162 と算出して、実験結果を説明することに成功する (計算の際に現れる発散は「繰り込まれた」)。ディラックが産んだ量子電磁力学の卵を、シュインガーが孵した、と謂ったところか (量子電磁力学の成立には、ファインマンや朝永振一郎の功績があったことも忘れてはならないのは勿論だが...)。なお、この補正値 http://yeblog.cocolog-nifty.com/images/FeynmanWeinberg/e-2_over_2pihbarc_40by41.png は、cgs単位系で表わした微細構造定数 (fine-structure constant) http://yeblog.cocolog-nifty.com/images/FeynmanWeinberg/alpha_equal_e-2_over_hbarc_55by41.png (SI ではhttp://yeblog.cocolog-nifty.com/images/FeynmanWeinberg/alpha_equal_e-2_over_4piepsilon0hbarc_88by43.png) を使って書き直すと http://yeblog.cocolog-nifty.com/images/FeynmanWeinberg/alpha_over_2pi_23by35.png となる訣だが、シュインガーの墓碑 (マサチューセッツ州マウント・オーバーン墓地/Mount Auburn Cemetery) には、この記号が刻まれいてると云う。・・・」
となる。こんなに短い、四則演算と、せいぜい二乗までしか使っていない式に、この世界の、もっとも基礎的な物理定数が三つも含まれており、しかもそれ以外が含まれていないのだから、それだけでも充分に驚くに値する。
もちろん、この式は、SI単位系を使って表現すると、もっとややこしくなってしまうのだが、それは、電気と磁気の間の対称性が破れているからである。磁気単極子は未だ見いだされておらず、どうやら「この」宇宙には電気単極子しか存在しないらしい。しかも、電気には、一個、二個と数えることができる、それ以上分割できない「素量」が存在する。
おそらくこの対称性の破れが自然に説明され、そしてもっとも扱いの厄介な最後の基礎物理定数、Gが同じ式の中に組み込まれて、ある無次元数が見いだされたとき、ようやく我々はこの世界の本当の姿を目にすることになるのかもしれない。もしその数が、有理数、それも整数であったりしたなら、我々はピュタゴラス的神秘主義者にならざるをえないだろう。」
「原子番号がZの原子においては、原子核の最も内殻を運動する電子の速度は光速のZ/137倍になる(1/137は微細構造定数)という要請から、原子番号が最大の元素は137を超えないようである。」
*よくわからないけど面白そうね♪ |

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