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「0^0」って…顔文字じゃなくって…^^
「0の0乗」…です。
以前にもアップしてると思いますが…Orz
こいつは数学的には不定形の代表というか、定義されないらしい…^^;
http://ja.wikipedia.org/wiki/0の0乗 より Orz〜
「定義されないことの説明
0の0乗が通常定義されないのは、2変数関数 xy が、原点 (0, 0) において値をどのように定義しても連続にならないことが理由の一つである。もっとも、0の0乗に対して特定の実数値を定義する場合もある。ただし、それは数学的必然性によるものでなく、あくまで便宜的なものである。
冪乗(累乗)は次のように帰納的に定められる。
0乗を定義する際は、関係 xn+1 = xn × x1 が n = 0 でも成り立つように定めるのが自然である。
よって、x0+1 = x0 × x1 より、x が 0 でなければ x0 =x/x = 1 となる。
しかし、x = 0 の場合は 0/0 が定義されないため、この考え方で0の0乗の値を定めることはできない。
x ≠ 0 のとき x0 = 1 であるから、0の0乗を 1 と定めることが自然であると考えられる一方、n が正の整数のとき 0n = 0 であるから、0の0乗を 0 と定めることも自然であると考えられる。このように、こちらを立てればあちらが立たず、という状況であり、全てに都合の良い定め方はない。
このことを関数の考え方を用いて説明するならば、次のようになる。関数 x0 の x → 0 に対する極限をとるならば 1 となり、関数 0x の x → +0 に対する極限をとるならば 0 となる。このふたつの極限値が異なるため、通常は0の0乗を定めないのである。
*ここまで...話としては理解できるけど…
0^0=lim[x→0] x^x と、どちらも0になることを考えるべきだと思うんだけど…?
*このグラフでも…0^0=1 になってる…
っていうか、そうなるのが自然…^^
1と定義する考え方
しばしば、0の0乗は 1 と定義される。例えば、計算機科学者のドナルド・クヌースは、1 と定義するのが妥当だという考えを表明している。彼によると「0x という関数は数学的意義に乏しいのに対し、x0 は様々な公式に頻繁に現れるため、こちらを基準に取る方が形式的に便利な局面が多い」という。例えば、二項定理の公式
は、00 = 1 としたときのみ x = 0 に対して適用可能になる。
同様の例として、指数関数の定義式
が x = 0 でも妥当であるためには 00 = 1 である必要がある。
00 を定義しない文脈においては
と定義しなければならない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/階乗 より Orz〜
「0! = 1 と約束する。これは、(n − 1)! = n! / n であるから、0! = 1!/1 = 1 と考えられるため、あるいは、n! が異なる n 個のものを並べる順列の総数nPn に一致し、0 個のものを並べる順列は「何も並べない」という一通りがあると考えられるため、などと解釈できる。」
*0^0は…この0! と同じように思えるわたし…^^
数学的意義を多少持っている説明としては、「非負の整数 x, y に対し『x の y 乗』は、y 個の要素を持つ集合 A から x 個の要素を持つ集合 B への写像 f: A→ B が何通りあるかを数えたもの」とする考え方がある。数学基礎論や集合論をバックグラウンドに持つ者が好む説明である。例として A = { a, b, c }, B = { α, β } を考えると、A から B への写像は8通りあることから、この定義が通常の「x の y 乗」の定義と一致することが了解されよう。この考え方では、空集合から空集合への写像はまさに「空集合から空集合への写像」(空写像)という一通りしかないことから、0の0乗は 1 という値を持つ。」
*集合論的な解釈からも0^0=1 と考えざるを得ないような…?
そうでないと...集合論的な説明は瑕疵を含むことになっちゃうのでは?... |

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