日吉大社の神様の使いが猿(神猿と書いて"まさる"と読むらしい...)だと知って…
何故なんだろうと調べてみた ^^
ひょっとしたら…お釈迦様の掌の上で飛んでいたという孫悟空も...頭に輪っかを着けられてからは…
いわば神の配下(使い/使者)になったと考えられたり…^^
ちなみに...あの頭の輪っかの名前は...緊箍児(きんこじ)って言うのねぇ…☆
その輪っかは全部で3個あってそれぞれ呼び名は同じだけど漢字が異なってる...
*この如意棒ってのは、竜宮城で購入したんじゃなくって奪ったものらしい ^^
ドコモのCMのメンバーにいずれ孫悟空が増えるかもよ♪
あと...伸縮自在の如意棒との組み合わせとなると…
以下の記事もまんざらでもないなぁ ^^♪
「孫悟空の頭の輪は避妊具だった
もともと猿である孫悟空は、 三蔵法師との旅の途中にメス猿を見つけては交尾を繰り返していた。 そのたびに先に進むことが出来なくなってしまう。 そこで三蔵法師はこの金の輪を孫悟空の性器に装着し、 たとえ勃起してもグイグイ締め付けられ激痛により萎縮するので発情を抑えていたのでは。」
脱線気味になったので佇まいを正しまして ^^;…
「孫悟空の頭の輪の名前は?
「緊箍児(きんこじ)」です。そして、あれを締めるお経は「緊箍呪」です。
なお、輪っかは緊箍児、禁箍児、金箍児の計3つ(略して緊、禁、金)で、
緊箍児は悟空に(14話)、
禁箍児は黒風洞の黒熊の妖怪に(17話)、
金箍児は紅孩児に(42話)はめられています。」
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000128702 より 引用 Orz〜「東土に赴こうとする観音菩薩に、如来が三つの箍(たが)を与える際に(『西遊記 1』 中野美代子訳 岩波書店 2005 <イ923/ゴ/1A> ( 21793401 )第8回 p296)、「これは、緊箍児という宝である。三つとも、見た目には同じだが、使い道はちがうぞ。わたしには《金・緊・禁》という三種の呪文がある。(略)弟子になってから取経人たる師匠の言うことをきかぬようなら、この箍をそやつのあたまにのっけてやるがよい。さすれば肉に食いこんで、根が生えるであろう。そこで、使い道に応じた呪文をとなえると、目がはれあがり、あたまが痛くなり(略)」と述べています。
そして老婆に化身した観音菩薩は三蔵法師にこの箍のついた頭巾と『緊箍児呪』(またの名『定心真言』)を授け、三蔵が孫悟空にこの箍をはめます。(『西遊記2』中野美代子訳 岩波書店 2005 <イ923/ゴ/2A> ( 21798798 ) 第14回 p155〜168)
残りの二つの箍については観音菩薩が 「この宝はな、如来さまより賜わったもの。わたしが取経僧を探しに東土へ行くときに、金と緊と禁の三つの箍をくだされたのだ。このうち緊箍は、とっくにそなたのあたまに嵌めてある。禁箍は、守山大神をとり押さえたときに嵌めた。(第17回)この金箍だけは、まだだれにもやっていなかったのだが、この妖怪め、無礼千万なるゆえ、こいつにやるとしよう」(中略) 「この呪文はね、そなたのための『緊箍児呪』じゃないよ。『金箍児呪』といって、この童子のためじゃ」(『西遊記5』 中野美代子訳 岩波書店 2005 <イ923/ゴ/5A> ( 21817309 ) 第42回 p89〜90)と述べています。
物語の最後、第百回において、孫悟空は三蔵法師に 「お師匠さま、いまじゃおれさまも、あなたと同じように、仏になった身なんですぜ。もうあたまに金箍を嵌めておくこともないでしょうが?それともまだ、『緊箍呪』とやらをとなえて、おれさまを無理やり、しめつけるつもりですかい?(略)」(『西遊記 10』 中野美代子訳 岩波書店 2005 <イ923/ゴ/10A> (21831573) p404)と言いますが、三蔵に言われて頭をさわってみると、いつのまにか金箍はなくなっているのでした。」
毒は薬になれるのと同じく妖怪は神にもなれる ^^ま、その逆もあるのよね?…堕天使ってのもあるじゃん ^^
比叡山延暦寺の僧の著書とされる神道理論書『耀天記(ようてんき)』によれば、漢字の発明者とされる古代中国の伝説上の人物・蒼頡が神の出現前に、釈迦が日本の日吉に神として現れ、サルの形を借りて吉凶を示すと知り、「申(さる)に示す」と意味で漢字の「神」を発明したことや、蒼頡は実は釈迦の前世であり、釈迦が日吉に祀られてまもなく、サルたちが日吉大社に集まったことが記述されている。この話は創作だが、仏教が日本に伝来するにあたり、それ以前から日本で信仰されていた日吉神など日本古来の神の信仰を繋ぎ合わせるものとして興味深いものと見る向きもあり、サルが日吉神の使者とされた由来の一つと考えられている。
また日本最古の説話集『日本現報善悪霊異記』には、近江国野洲郡(現・滋賀県野洲市) で三上山の僧のもとにサルが現れて、「自分はインドの王だったが生前の罪でサルに生まれ変わり、この神社の神となった」と語る話があり、野洲郡が琵琶湖を挟んで日吉大社の反対岸にあることから、8世紀から9世紀頃には琵琶湖南岸一体でサルの信仰が広まっており、中世に入ってサルを神の使いと見なす考えに繋がったものと見られる。
猿神には太陽神としての側面もあるが、「日吉」の表記が太陽に通じ、サルが日の出とともに騒ぎ出す性質があるために、サルと太陽が関連づけられたとする説が唱えられ、サルに太陽を抑える役目が与えられたものといわれる。しかし人々の多くが農耕生活から離れ、日の出と日の入りを生活基盤とする習慣も少なくなるにつれ、太陽神としての猿神の性格は薄れていったようである。
中世から近世にかけて流行した山王信仰においてもサルは神の使いとしての役割を担っており、山の神としても尊ばれた。このように天界と地上を媒介する猿神の性質は、外部からの侵入を排除して村内を守る村落の神仏の信仰、特に庚申信仰、塞の神、地蔵信仰とも結びついた。中でも庚申信仰では庚申待の習俗が始まって以降、「申」がサルに通じることから、庚申塔に「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿が掘られることが広く行われるようになった。
また『絵本太閤記』によれば、豊臣秀吉の母が男子を授かるよう日吉神に願ったところ、懐中に太陽が入る夢を見て秀吉を身ごもったとあり、秀吉がサルとあだ名されたことは近江の日吉信仰や猿神信仰に関係しているとの説もある。
*日吉丸って呼ばれてたのは…そういう諸々の意味があったのね ^^
・・・
*犬猿の仲って言うけど…
桃太郎はキジと犬と猿を連れて鬼退治に行くのですよねぇ…?
これも解決ぅ〜〜〜♪
↓
人々が目に見えない災いから身を守るために桃太郎さんとお爺さん、お婆さん、鬼を借りて物語風に話を作りました。
鬼は陰陽道では、鬼が出入りすると言って万事に忌み嫌う方角で、艮(うしとら)すなはち「東北の方角」。
鬼の頭はうしですから、角が二本あります。パンツ、シャツはトラですから虎のパンツ、シャツを着ています。 さて、鬼門の東北を封じるには反対の相対する方角で封じます。その方角が申、酉、戌(家来)の方角なのです。申と戌の間に酉が入っているのは、申と戌は犬猿の仲なので間に酉(きじ)が入り喧嘩を防いでいます。」
お気に入り♪
散漫だらだら文になっちゃいました…^^;;...
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