とある山の中に、一人の赤鬼が住んでいた。赤鬼はずっと人間と仲良くなりたいと思っていた。そこで、「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます」という立て札を書き、家の前に立てておいた。
しかし、人間たちは疑い、誰一人として赤鬼の家に遊びに来ることはなかった。赤鬼は非常に悲しみ、信用してもらえないことを悔しがり、終いには腹を立て、せっかく立てた立て札を引き抜いてしまった。
一人悲しみに暮れていた頃、友達の青鬼が赤鬼の元を訪れる。赤鬼の話を聞いた青鬼はあることを考えた。それは、「青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。そうすれば人間たちにも赤鬼がやさしい鬼だということがわかるだろう」という策であった。これでは青鬼に申し訳ないと思う赤鬼だったが、青鬼は強引に赤鬼を連れ、人間達が住む村へと向かうのだった。
そしてついに作戦は実行された。青鬼が村の子供達を襲い、赤鬼が懸命に防ぎ助ける。作戦は成功し、おかげで赤鬼は人間と仲良くなり、村人達は赤鬼の家に遊びに来るようになった。人間の友達が出来た赤鬼は毎日毎日遊び続け、充実した毎日を送る。
だが、赤鬼には一つ気になることがあった。それは、親友である青鬼があれから一度も遊びに来ないことであった。今村人と仲良く暮らせているのは青鬼のおかげであるので、赤鬼は近況報告もかねて青鬼の家を訪ねることにした。しかし、青鬼の家の戸は固く締まっており、戸の脇に貼り紙が貼ってあった。
それは「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ぼくはどこまでも君の友達です」という青鬼からの置手紙であった。
赤鬼は黙ってそれを2度も3度も読み上げ、涙を流した。」
青鬼はたしかに優しい…
赤鬼は...大切なものを失った…
青鬼の行為を「愛」、「友情」と呼ぶのだろうか知らん…
そもそも...赤鬼に偏見を持ち続けて、友好関係を築こうとしなかった村人達ってどうなんだろ…?
『アメリカは北朝鮮の敵じゃない!!』と呼びかけてる…
北朝鮮は強迫的にデタントに応じる姿勢を微塵も見せない…
今まで北朝鮮にとっては鬼としか対応して来なかったアメリカもアメリカだけど…
偏見に凝り固まって、耳を貸そうとしない北朝鮮も北朝鮮…
かように、両者が融和できる可能性は限りなく希薄…
でも、鬼はそこまでして仲良くならずともいいではないの?
いつも、敵を作り上げる事によって結束が、アイデンティティが生まれる…
必要悪的幻想の中で生きてる…
仲良くなったら...その担保されてたものの消滅と同時にアイデンティティも崩れ去っちゃう…?
仲良くなりたいためにもっと大事なものを失っちゃ...元も子もない…
but...当たり前なものほど...失ったときにしかその大事さに気づけないっていう不条理さは寓話でしか語れない…?…Orz…
窮鼠はネコも嚼んじゃう…
秀吉の城攻めのように...逃げ道を用意する事が肝要ね…
but…
北朝鮮教という一つのイデオロギーが...限界を迎えてるとしたら…
被害妄想を頭脳は紡ぐ事でしか...世界との関係を糊塗できなくなり...
ドイツがべらぼうな賠償金の支払いに疲弊し、それをちゃらにというヒットラーが生まれたように...日本が死活に関わる石油輸入を断たれたあげくパールハーバーから太平洋戦争に突入したように…オーム真理教が世俗(世間)の中にいる場所がなくなり...そんな世界を勝手に敵と見なして、勝手に反撃を始めたように…
そういうシナリオにならぬ事をただ祈るばかりじゃ…
二の舞になりそうな…
あのときどうすればよかったのかという反省がなされているなら…
予防的対策を講じるのに手を拱いてちゃ…
不作為の罪と言うもの…
スイスのような永世中立国的な特殊な存在として、世界中が認める調印式みたいな状況に展開できないのか知らん…?
あらぬ方向の話になってしまった…^^;…Orz…
ま、村人がわれわれだとすると...一方的な偏見で赤鬼との友好関係を拒否/拒絶しつづけたことにも...後の騒動の種を孕んでいたと思えたわけなもので…^^;
自分が赤鬼だったら...そんな村人は無視して孤高を保ちたいけどね!!
日本もアメリカも、北朝鮮を国家として認めてないのよねぇ...