アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

スクラップ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

イメージ 2

http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2007/01/post_ad07.html#more より Orz〜

2007/01/06
自分もどこかで誰かの顧客(1)4つのKの循環
「”個人””家庭””会社”の三つの「3K」があります。我々老中や今年から大量退職する団塊の世代、この年代は「”個人(自分)”を犠牲にして”家族”のために、”家族”を犠牲にして”会社”のために、と頑張ってきた世代です。十年、二十年と単身赴任で過ごした方も多かったようです。その頑張りがジャパンアズナンバーワンと讃えられる?ほど、日本経済は、産業社会で大発展しました。
80年代後半から徐々に顧客満足(CS)が喧伝されるようになり、90年代はCS,CSの大合唱でした。Kは四つになりましたが、昨年末の日興證券の不祥事、パロマガス、耐震偽装などなど、未だに真の顧客満足経営(CS)が定着したとは言いがたいものがあります。「会社のために顧客を犠牲に」してきたのです。 

”個人”<”家族”<”会社”>”顧客”の不等号が成り立っていました。この世の原理は”お役立ち」、必ず自分も”いつか、どこかで誰かの顧客”になるわけですから、個人は会社を通じて顧客を蔑ろにしていくと、回りまわって庶民の全員が犠牲になってしまうわけです。
これでは「お金」は企業に集まり循環しなくなります。短期的には企業にとって、いいことでしょうが、長期的には循環が途切れ、先細りになってしまいます。これが今の企業業績は好調だが、「消費が盛り上がらない」「格差が拡大する」という日本経済の現状です。
図1.4つのKの循環 
21世紀こそ「”個人(自分)”が大切だからこそ”家族”が大切」「”家族”が大切だからこそ”会社が大切」「”会社が大切だからこそ”顧客”が大切」と方向転換すれば日本経済は順調に回転するようになるのではないでしょうか。
不等号は「個人>家族>会社>顧客」と方向転換すると、図1のように4つのKが循環するようになります。しかしその回転の始動は個人である自分自身なのです。
まだ「会社のため」と思っている人は、是非方向転換をしましょう。それがひいては会社のためになることを信じて。」

2007/01/08
自分もどこかで誰かの顧客(2)5つのKへ
「図2のように4つのKを重ねてみるとよくわかります。4つのKの中心に個人(自分)がいます。
図2.4つのK 
自分を犠牲にした家族は、家族ではあっても自分の家族ではないでしょう。仕事も、家族も個人の人生の一部、に過ぎません。人生の一部に過ぎない仕事のために、自分や家族を犠牲にしたとすれば、人生そのものにも意味がなくなってしまいます。自己責任が叫ばれる中で、自己責任と国家から押し付けられないうちに、軸足をしっかり、個人の真ん中に定めることが4Kの循環を円滑にすることになります。
日本人は戦後50年、国家という枠組みを意識することなく、平和の配当を享受してきました。しかし21世紀はこの国家という第五のKを意識しなければならなくなりました。4Kの循環を守る枠組みが国家のKなのですが、昨年教育基本法の改正、防衛庁の省への昇格が矢継ぎ早に決まりました。今年はその国家の枠組みもしっかり意識する(させられる)年になりそうです。
日本が産業社会の成功を謳歌していた、25年前未来学者のアルビン・トフラーは、背後から迫り来る情報化の大波を、予見して第三の波と命名しました。グローバル化、フラット化、国境線は限りなく薄く、限りなく脆くなっていきます。株式交換、三角合併、M&Aなど企業も国境を意識しないまま拡大していく時代がきています。
国境線が薄く脆くなるほど、庶民も日常的に第五のKを意識した行動が必要になってきます。3K→4K→5Kの時代です。しかし、その中心は相変わらず個人です。
ここでいう第五のKは一般庶民を含めず、国家の枠組みを造っていく、「政、官、財」に限定して定義しています。小泉政権になってこの第五のKは「自己責任」を強調するようになりました。
4Kの循環を始動するのは個人(自分)ですから、個人がどんな局面に立とうと「家族のせい、会社のせい、顧客のせい、国家のせい」にしないということでもあります。「XXXのせい」にしても、局面を打開するのは個人(自分)です。「自己責任」ですからね。だからこそ庶民も第五のKの枠組みの構造改革なるものを、しっかり監視していく必要があると思うのです。無関心でいても、第五のKは助けてくれません。答えは「自己責任」ですから。」

生きてくインフラが国家であり、幸せを家族を通じて感じるために仕事して稼いでる、、、
家族が働くモチベーションとなってる、、、その仕事はどんなものであれ、社会のため・人類のために役立ってる・必須のものだと信じて仕事してる、、、その仕事をしたくても・稼ぎたくてもなければ稼げない、、、家族を養えない、、、幸せになれない...仕事を提供するのは国家の基本的役目...
いつの時代でもそうなんだと思う...自己責任だというなら、、、義務教育の段階でしっかりそのことを教えるべきなんだ...国家なんてそんなに当てにしてもらっても困るってことを...^^;
あるいは、、、幸せが家族を築きあげることだけに存するものではないってこともあわせて感得させなきゃ、、、自殺者は減らないんじゃないんだろうか...?
幸せであることが生きてることのすべてじゃないはずなんだ...^^;
不幸せでも生きる意味を見出せることだ必要なんだ...
生きる意味を見出せなくっても生きててもいいんだし...
意味なんてなくってもかまやしないし...如何様にも生きる自由はあるんだって...
でも,,,はたしてこの世がつまらなくって,,,誰からも無関心だったら,,,はたしてわたしは生きていけるのか...? すくなくとも,,,まだ、おもしろいし,,,自分から関心を向けたい対象はあるし...そのときになってみないとわからないな...^^; Orz...

イメージ 1

そのまんまです ^^; Orz〜

http://www.i-ise.com/jp/column/column_200507.htm より Orz〜
「能力とは素質×教育である 2005年7月31日 国際社会経済研究所 理事長 関本忠弘
「経営は人なり」と良く言われる。私から言わしむれば、経営は無論のこと人間の諸々の行動の成否は、それを構成する人間の質によって大きく左右されることは言を俊たぬ。特にその目指す成果目標のレベルが高くなればなる程、人々の能力に支配される。という事は、基本的には、中心的役割を果すリーダーほか主要人物の能力のレベルが決定的な要素となる。人は言う、「為せばなる為さぬばならぬ何事も為さぬは人の為さぬなりけり」と。
しかしながら、私の八十年に近い経験のおしえる所によると、為さんとして如何に努力してもその人たちの能力如何によっては必ず しも物事が成功するものでは無いことは明々白々の事実なのである。目標のレベルが高くなればなるほど、大変高い相関をもって上記の原理が当てはまるのである。
すなわち、別の言葉で言えば、対象とする問題を解決するに適した能力を保有しているや否やがKeyポイントなのではあるまいか。
しからば「能力」とは如何なるものか。私の経験によれば、能力=素質×教育(努力)である。超一流の棋士の出現の歴史を紐解く時、その多くは小学生の下級年度から碁石を握り、駒を差した人が多いのである。逆に言えば、成長後、超一流の棋士になった人の多くは小学生の下級生の頃からその素質の優秀さを認められ、勉学に励む機会があった人たちなのである。所謂、名伯楽の目に止まり、厳しく鍛えられる機会を持ち、努力をした人たちなのである。戦後のあの食糧事業の厳しかった頃に、全国を行脚して碁の素質のある子供を見出し、膝元で教育された木谷実九段は正に今日の碁界を育て上げられた功労者であり、最大の敬意を受けるに価する偉大なる人物である。私は今、碁界の例をあげて素質の重要性に触れた。しかし、これは単に碁界だけの問題だけではない。ピアニストの世界、さらには、先端技術創造の世界、さらには経営の世界においても、その素質の優秀さが芽を出し始めている年頃と内容はそれぞれ異にするといえども、当該分野における素質の持つ重要性は何等変わることはない。
その為には如何にして超一流の素質を持った人物をそれぞれの分野で見出すかという問題に帰着する。そのための第一の不可欠条件は、それぞれの分野において如何ほどの名伯楽が存在するか、第二の点はその目がねにかなう素質を持った人物がそれぞれの分野においていか程多数存在するかにある。この事実は今後の日本の将来にとって最重要問題なのである。この観点からしても素質をもった政治家を如何に見出し、その人材を如何に厳しく鍛えてゆけるかこそ22世紀の我が国の発展のために必要不可欠なポイントである。そのためには選挙民自身が痴呆であってはならず、透徹した目で能力をもった政治家を選択せねばならぬのである。これこそが我が愛する日本の将来のために国民一人一人が目差さなければならぬ務めなのである。以上                             」

その通りだと思う...
わたしがよく思うのは、、、仕事・職業の選択の自由はある・・・
だけど、悲しいかな、、、それに向き不向きもある・・・
だから、、、それぞれの仕事に向いてるかどうか・適性があるのかどうか教えてくれる伯楽がいてくれたなら・・・この世はどんなに適材適所という、もっと各人のとって相応しい・正当な社会になるような気がする...んだけど,,,いっぽうで、、、
努力してみなくちゃ、自分の才能がいかほどのもかも自分じゃわからないからこそ...
夢を持って各自奮励努力するわけだ...
さいしょから、先が見えたんじゃ夢も希望もなくなるし...
その意味からすると、、、伯楽役は地獄の閻魔大王にも似てるかな・・・?Orz...

http://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo69.htm より Orz〜
「伯楽の一顧
人物を見抜くことで有名な人の知遇を得て、登用の道がひらけることをいいます。伯楽は馬を鑑定する名人であり、売れない馬でも、彼が道で一寸振り返って見ただけで、価格が10倍になったと伝えられています。
伯楽は、性は孫、名は陽、「列子」や「准南子」のような老荘系の書物に登場していろいろ逸話を残しています。「世に伯楽あって、しかるが後に千里の馬あり」のように伯楽に見いだされないと、名馬も名馬となれない、というようなものもあります。
秦の穆公は、自分の部下で馬の鑑定の名人である伯楽を大いに尊重していたのですが、彼も老齢となったため、秘訣を子供に伝えておくように命じました。ところが伯楽は、「私の子供は凡人でその素質はないと思います。馬を外見からみるだけなら、形や筋骨などで分かるのですが、千里の馬という名馬となれば、外見上の顔・姿・格好からでは判別できないのです」として、その能力を備えた人物として九方皐という人を紹介しました。穆公は、喜んで、彼に名馬を堆薦するよう依頼したところ牝の黄色の馬を指定してきました。早速それを取りにやらせると案に相異してその馬は牡の黒毛の馬でした。公は怒って伯楽を詰問すると「馬を観ず、天機を観る」と返事したとのことです。はたして、この馬は千里の名馬だったと言います。
人物を見極めるのに、外貌にとらわれたり、表面だけから判断する人が多いようです。
丁寧な物腰の人や、明敏な反応をする相手と面接すると、「たいへん立派な人物です」などとすぐに気に入って登用する経営者が多いのですが、そのような判定では才能ある大人材を獲得することはできないでしょう。
人を見抜くコツは、伯楽の言ったように、顔・姿・格好というような外見だけではなく、よく話を聞き、その志を知らなければならないでしょう。また、それぞれ人間は、運、不運の星を持っており、天機という言葉であらわされるように、「ツキ」を呼ぶことができるかどうかも大きな要因です。
人材を見いだすのは、持っている知識や学歴、キャリアだけを見ないで、ヒラメキのような潜在的な資質や、可能性、将来性も読み取らなければならないでしょう。しかし、そのうえに、天機を読むということになれば、特に人物評価眼を持った人でなければ不可能です。
しかし、そのような人を見極める能力を持つ人はめったにないといってもよく、伯楽が子孫によくそのコツを教えてほしいと依頼されたとき断ったのはそのためです。
さらに注目したいのは、特別の能力のある人物を信頼し、穆公に推薦した事実です。「牝・黄色の馬」と「牡・黒毛の馬」との相異は、九万睾にとっては問題ではなく、その馬の持つ天賦の運を読み切って、自信を持って指定したのです。この事情を伯楽はよくよく見抜いていたと考えます。」

画像:『南米の忘れ雪』とも言える名馬ペパーミント(ピッペルミント)
umineko-world.jugem.jp/ ?page=1&cid=13 より Orz〜

イメージ 1

イメージ 2

テレビで、、、「キャズム」理論ってフレーズを耳にしたもので・・・^^
ハイブリッドカープリウスが本田に対抗して価格を下げてきたってコンテキストの中で出てきた...

http://www.jmrlsi.co.jp/mdb/yougo/my02/my0219.html より Orz〜
「1.イノベーター理論とは
イノベーター理論とは1962年に米・スタンフォード大学の社会学者、エベレット・M・ロジャース教授(Everett M. Rogers)が提唱したイノベーション普及に関する理論で、商品購入の態度を新商品購入の早い順に五つに分類したものです。
イノベーター(Innovators:革新者):
冒険心にあふれ、新しいものを進んで採用する人。市場全体の2.5%。
アーリーアダプター(Early Adopters:初期採用者):
流行に敏感で、情報収集を自ら行い、判断する人。他の消費層への影響力が大きく、オピニオンリーダーとも呼ばれる。市場全体の13.5%。
アーリーマジョリティ(Early Majority:前期追随者):
比較的慎重派な人。平均より早くに新しいものを取り入れる。ブリッジピープルとも呼ばれる。市場全体の34.0%。
レイトマジョリティ(Late Majority:後期追随者):
比較的懐疑的な人。周囲の大多数が試している場面を見てから同じ選択をする。フォロワーズとも呼ばれる。市場全体の34.0%。
ラガード(Laggards:遅滞者):
最も保守的な人。流行や世の中の動きに関心が薄い。イノベーションが伝統になるまで採用しない。伝統主義者とも訳される。市場全体の16.0%。
 
2.普及率16%の論理
イノベーター理論の分類の中で、イノベーターは少人数であり、重視するポイントが商品の新しさそのもので、商品のベネフィットにあまり注目していません。一方、アーリーアダプターは新しいベネフィットに注目していて、他の消費者への影響力が大きいことから、新しいベネ フィットを自らのネットワークを通じて伝えてくれます。イノベーターとアーリーアダプターは合わせても市場全体の16%しかありませんが、この2者まで普及するかどうかが次のアーリーマジョリティ、レイトマジョリティに広がるかどうかの分岐点になります。このことから、ロジャース教授はアーリーアダプターを重視し、「普及率16%の論理」として提唱しています。
「普及率16%の論理」に対して、米・マーケティングコンサルタントのジェフリー・A・ムーア(Geoffrey A. Moore)は、ハイテク産業の分析から、アーリーアダプターとアーリーマジョリティとの間には容易に超えられない大きな溝(Chasm:キャズム)があることを示しています。この溝を超えないと小規模のまま市場から消えていくため、アーリーアダプターを捉えるマーケティングだけでなく、アーリーマジョリティに対するマーケティングも必要という「キャズム理論」を説いています。」

http://research.mki.co.jp/eco/proposal/Rogers.htm より Orz〜
画像:ロジャーズの普及理論によるベルカーブ
画像:キャズム理論のベルカーブ

コマーシャルってここへの先行投資だと考えられなくはないね・・・^^
「シェア競争に勝つにはキャズムを落とせ!彼らがキャスティングボードを握ってる」・・・
ってな使い方をすればいいのかな・・・?

以下も参照〜
『キャズム』の理論的欠陥
http://hidetox.com/blog/2008/09/10/chasm-2/

ライフハック

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

初めて遭遇した言葉だったもので・・・^^v
http://ja.wikipedia.org/wiki/Lifehack より
「LifeHack(ライフハック)は、情報処理業界を中心とした「仕事術」のことで、いかに作業を簡便かつ効率よく行うかを主眼とした技術(テクニック)群である。

概要
この言葉は、2004年ごろから使われだしたもので、米国のテクニカルライターであるダニー・オブライエンの考案による。
これはいい意味でのハッカーやギーク(技術に対してマニアまたはおたくないしフェチな傾向にある者)でもトップクラスのもの(いわゆるウィザードやグルと尊称を贈られる者たち)の過剰ともいえる生産性の高さの秘訣として、様々な手法が紹介され、日本では2005年春頃から技術者筋や技術愛好者筋を中心に関心を集めるようになった。
方法論としては自身の生活や仕事のスタイルにおいて「気の利いた手段で、もっと快適に、もっと楽して、もっと効率良く」という方法を追求して行くことに他ならないが、これをコンピュータやシステムを解析し追求するように体系化していったものがいわゆるLifeHackである。この中にはコンピュータを使いやすいように工夫するというものから、ガジェット(気の効いた小物・小道具)を使いこなす、更には人間の生理機能上で効率良く作業するための方法論(→人間工学)など多岐に渡る。
例えば、「繰り返し作業になりやすいExcelでの打ち込み作業をVBAやマクロを使用することで作業を最小化」「UNIX系OSの環境構築や設定をシェルやスクリプトなどでオートメーション」など実作業における作業時間短縮の工夫から、「昼休み中などに、如何に上手に机に突っ伏して寝るか」といった、作業者の生理的観点における工夫もLifeHackの範疇である。15?20分程度の昼寝が午後の仕事の効率を上げることが示されている。このシエスタ的習慣は、2000年代に入って集中力や認識力・気力の回復に効果があるという報道も増え、首都圏のオフィス街を中心に「昼寝スポット」を提供するサービス業態も増加傾向が見られる。
ただし長過ぎる昼寝は不眠症の原因になるなど問題もあるほか、日中極度の眠気を催す場合は、睡眠時無呼吸症候群の疑いがある。近年の日本では簡便なコンビニなどで申し込める在宅健康診断のサービスもあるが、余りに睡眠の満足感が得られない場合は、専門医への相談が勧められる。

GTD
LifeHackには付随する形でGTD(Getting Things Done)と呼ばれる概念が存在する。GTDは「ナレッジワーカー(知識労働者ないし頭脳労働)の仕事術」と呼ばれ、「次に何をやるか」という予定やスケジュールの管理、作業する上での意欲を損なわないための体制作りなどが含まれる。
何よりGTDで求められるのは、「仕事」(ビジネスと置き換えても良い)を遂行する上で行わなければならない作業を明確化し、それを逐次処理で貫徹することにある。例えば途中経過で失敗した場合、その後のスケジュールが総崩れを起こすのは良くない傾向である。これを予防する上で、先回りしてリカバリーポイント(失地回復の場)を要所要所に設け、スケジュール管理するなどが挙げられる。
手順は具体的に、以下の5ステップに分類され、これを1週間など一区切りごとに繰り返す。

1.収集
頭の中にある「気になっていること(問題)」を紙などに書き出す。作業中のメモ書きなども参照して、問題点を出して行く。
2.処理
書き出した内容を、手順に添って、リスト化する。
3.整理
リストを自身がスケジュール管理に使っているツール(PDAやシステム手帳など)に入れ込む。
4.レビュー
自分の状況や状態でそれらが可能かどうか見直し、検討する。
5.実行
リストアップした「出来ること」を順次片付ける。

こういった作業を行うための手順の見直しをステップを追って行うことで、「あれもしなくちゃいけないし、これもやらなきゃいけないし…」といった混乱した状況から脱して、着実に作業を進めて行くのがGTDである。こういった手法は、一見仕事が連続した作業の繰り返しで中々「ここからここまでが1単位」という見通しの立て難い状況で役立つとされている。
1の「収集」では、まず頭の中にあったり、その瞬間瞬間に気になって走り書きしたものなどを紙に書き出す。多少時間を掛けても、まずは一通り書き出す。
2の「処理」に関しては、1で挙げた「気になっていること」を一つ一つ、ふるいに掛けるような形で処理方法を決定する。篩い分けの段階としては「それは処理すべき問題か?」を判断、処理すべきなら次のふるいへ・処理の必要ではない事項であれば忘れてしまうか、または「いつかその内」ないし「とりあえず保存」しておく。次にその問題を片付けなければならないが、その手順が複雑な場合には、一つの大項目としてリストの見出しとし、その各々の手順を再び「処理」の項目として扱う。次に「数分で片がつく」ような問題は処理作業を中断してさっさと済ます。また「自分が片付けるべき問題か?」というふるいでは、他人に回すべきかどうかを検討する。後回しに出来るなら長期スケジュールに移し、次回の「収集」をする際の課題にする。次回の「収集」前に片付けるべき仕事・作業は、「整理」に回すリストに移す。
3の「整理」では、2の「処理」で出た項目を、自分の普段使っているツールに移す。スケジュール管理を日めくりカレンダーに書き込んでいるならそれに、携帯情報端末(PDA)や携帯電話のスケジューラー機能ならそれらに、愛用の手帳やシステム手帳のページなどなど、普段使い慣れているツールなら何でも構わない。逆に使い慣れていないツールを無理に使うと失敗の元(入力漏れや普段見ないなど)である。
4の「レビュー」では、実際にそれらの予定で問題が無いかをチェックする。特に何度も繰り返して行っている場合は、前回・前々回の整理で問題を起こしたような予定の立て方などを、どうすればそういった問題が出ないか見直したりもする。また以前の「処理」で先送りした項目があったら、それを予定に組み込むなどもする。
5の「実行」では、逐次実行して行くだけである。すでに「やるべきこと」がリスト化されているため、何が終わっていて何が終わっていないかが一目瞭然である。」

How to、秘伝奥義、、、みたいな感じで使うのかな・・・^^;?
GTD みたいなことは普通にしてんじゃないの・・・^^?
システム手帳ならぬ、、壁掛けカレンダーにメモってます...でもよく忘れちゃうんだけどね...^^;
そういえば、、、患者さんからの宿題があったのを思い出した... ま、ファジーに生きてます ^^;v

画像:yoshikazuasada.biz/ books/591 より Orz〜
「自分に合ったライフハック探し
ハック系大好きです(笑)。まず前書きから。
「自分が「鮮やかだ」と感じた物を実行するべき」との事が書かれています。仕事術や整理術、いろんなものがありますが、それらを取捨選択する一番のキモは、「自分に合うかどうか」です。この背景には、「万人向けのライフハックが存在しない」という事もあります。多くの人が指示する手法というのはありますが、誰にでも役に立つと言い切れる手法はありません。(少なくとも今のところは無いだろうし、たぶんこれからも出てこないかと。)
何かを得るためには何かを犠牲にしなければ、とかよく言われますが、人によって「得たい物」が変わってくれば、それだけ「犠牲になる物」も変わってくるわけですし。結局はそれを扱う本人が使いこなせるか否か、にかかっているんでしょうね。
有名人の手帳術、なんてものをまとめた本もありますが、それを見て単純に「あの人が使っているから真似しよう」的な発想だと痛い目を見ます(笑)。そうではなく、ちょっとした試行錯誤を加えながら、自分にとって一番いい使い方を見出すのが効果的でしょう。・・・

近未来ライフハック
上記のようなスタンスで書かれているため、ライフハック手法についてダイジェスト的に書かれている部分も多いので、その辺はあまり詳しく書きません。一応、マップには軽くまとめたので、そちらをどうぞ。・・・」

なんだか、、、南方熊楠翁の曼荼羅みたいだなあ...♪
画像:南方マンダラ
www.news.janjan.jp/ editor/0805/0805110842/1.php より Orz〜

ぜんぜんちゃうかな・・・^^;... フィーリングだよおっかさん♪

変容する労働観

イメージ 1

イメージ 2

WEIGE March 2009 より(こないだ乗ったのぞみのグリーン車に置かれてる雑誌)^^
変容する労働観
働くことのあるべき姿を取り戻す
インターネットイニシアティブ 鈴木幸一社長
甲南大学経済学部 杉村芳美教授
「内閣府が行っている『国民生活に関する世論調査』は、1997年から「働く目的とはなにか」という問いを設けている。97年と2008年を比べると、「お金のために働く」が34%から50.1%に増加したほかは「社会の一員として務めを果たすために働く」など全ての項目が減っている。
続けるから得られる仕事の面白さ
たしかに一面として、働くことは稼ぐことだ。しかし、本当にそれだけなのだろうか。そもそも働くこととは何なのかー。最近「個人のキャリアさえ伸ばせればいい」、「面白さが見つかるまでの忍耐を避ける」、そんな人が増えてきたように感じるという、インターネットイニシアティブ(IIJ)社長・鈴木幸一氏に聞いた。自身の労働観を問うと、コンサルタントとして町工場で改善活動などを指導していた20代の頃の話をしてくれた。入社後しばらくは辞表をポケットに入れたままの状況が続いた。だが、指導していた女性工員が工場長表彰をされたときに流した涙を見て気付かされたという。「仕事は面白くできる」と。小さな仕事でも自分の役割について創意工夫して責任を果たせば、達成感や周りから認められたという感覚を得られる。それこそが「仕事からしか得られない面白さ」だと知った。また、鈴木氏は、面白さを発見するまでの時間を「プライド形成期間」ともいう。苦しさに耐えて得た面白さこそが、生きるうえでのプライドになるということだ。こうした労働観は、なぜ変わってしまったのだろうか。昨年末、『職業を生きる精神』(ミネルヴァ書房)を著した、甲南大学前学長で経済学部教授の杉村芳美氏に解説してもらった。日本的雇用慣行が育んだ労働観が変化した要因は、企業と個人の双方にある。企業はバブル崩壊以降、構造改革路線に後押しされグローバル化と雇用コストの圧力下で長期雇用部分を極力スリム化し、雇用調整の柔軟化を進めた。他方、個人主義的価値観の拡大により、「会社に囚われない」働き方が若者を中心に支持されるようになった。働き方も労働意識も多様化した。会社と個人の間の心の溝も広がった。「自分が頑張れば家族、会社、そして社会もより良くなる」というかつての会社と個人の幸せな関係は決定的に終わってしまった。その帰結が非正規雇用3割社会であり、派遣切りという扱いだ。
世代間でつなげていく労働観という襷(たすき)
労働観は共同社会の「心の習慣」でもあると杉村教授はいう。時代や個人で価値観の差はあるように見えても、簡単に変わることのない歴史的土壌というものが存在する。日本人の心性に根付いてきた勤労意識は、潜在的であれ生きているはずだ。こうした意識は、仕事から面白さを得られた経験を持つ人が、次の世代に共有していくことで取り戻すことができる。鈴木氏は、仕事の面白さに気付くまでの間、待ってくれた信頼できる上司の存在や、若い指導員だった鈴木氏を見守る工場長の支えもあったと振り返る。だからこしま経営者として「(社員が)面白さを見つけるまでの手助け」をしなければならないと考えている。これは教育の場面でも同じだ。新入社員の3割が3年で辞めるといわれて久しい。本紙連載『子どもは変わる大人も変わる』筆者の比嘉昇氏は「大人がロマンを語るべきだ」という。組織で働く厳しさや辛さを語る一方で、その先にある喜びや面白さを先輩(大人)が伝えれば、後輩(子ども)は納得するのではないか、ということだ。杉村教授は、年末からの派遣切りなど労働問題への社会意識が高まるなかで、「働く意識の変化のきっかけになれば」と話す。労働は(会社にとっても個人にとっても)売買されるモノではなく、人生を生きる人間の活動そのものであるという認識が、今回の派遣切りに対する「どこかおかしい」という社会の反応の背景にある。正規であれ非正規であれ、企業は人生の意味を生み出し、働く意欲を引き出す安定した制度をつくる。働く側は、役割と責任を引き受け、社会や組織にコミットしつつ働くことを意識する。今回の雇用危機が、時代の課題に応える雇用制度と職業意識を生み出す契機になれば、介護、農業で見られるような雇用のミスマッチも解決の方向に向かうかもしれない。」

その前の記事のヘッドラインは・・・
「介護、農業をバカにするな 雇用創出の嘘
雇用環境の急変に、珍しく政治の対応も早かった。「介護、農業を雇用の受け皿に・・・」。
一石二鳥とばかりに政治家は自画自賛するが、自らの失政のつけを忘れたとはいわせない。
長時間労働、低賃金で資格をもつ人でも仕事に就かない介護。
「バラマキ」を続けた結果、稼げない産業となった農業。
「働くことは稼ぐこと」と、労働観を歪めてしまった国民。
こうした構造的な問題に目を向けなければ、雇用創出は画餅に帰す。」

そうだよな・・・でもしか先生って揶揄されるような扱いじゃないですか...
* http://ja.wikipedia.org/wiki/でもしか先生 より
「でもしか先生(でもしかせんせい)とは、1970年代頃、第二次ベビーブームにより、教師の採用枠が激増した結果、「先生にでもなる」「先生にしかなれない」といった動機から教職についた無気力な教員にたいする蔑称である。
1950~60年代頃に、勤評闘争や安保闘争など授業そっちのけで組合活動に従事する教師を「デモしかしない先生」として皮肉った「デモしか先生」が元々の用法であり、時代の変化とともに言葉の意味が変化した。ただ、いずれにしろ不真面目な教師に対する皮肉、蔑称であることには変わりない。」

高齢者に対する無礼な感覚と同じだと思うなあ...
必要なところにはきちんと出すべきものは出す、そうじゃないと激増する高齢者の介護(これって完全に公共サービスじゃないですか!?)も絵に描いた餅...公務員の給料を下げてでも現場の介護職の賃金を補填すべきだと思うけど...
公務員になってる・してるのはたまさかであって、、、それで自分らだけは一生食べていけることに危機感を感じないっていうシステムこそが、、、弱者を思いやることを阻害してるんだと想うから...
公務員だけが生き残ったって仕方ない...いまは...公務員はまるで「獅子身中の虫」じゃないですか...
公務員を養ってる国民のことをないがしろにするような公務員なんて無用の長物でしかない...
もう一度この国は応仁の乱のような、それまでのシステムをチャラにしてルネッサンスしなけりゃ立ち直れないような予感がする...
過激な物言いだけど、、、自分が公務員だったら、、、自分じゃどうしようもないのもわかる...^^;
これに大鉈を振るえるのはやはり国民にあるわけで・・・つまりは国民の代表である国会議員が国会でリストラ案を出さなきゃならないわけだよね...? すでに法案出されてるように記憶してるけど,,,その後の姿が見えない...^^;

以下の資料は2000年の論文ですが,,,同じような話だと思ったもので...^^;?
画像:http://www.gpc-gifu.or.jp/chousa/infomag/gifu/106/ronbun5.htm より Orz〜
「若年層における価値観の多様化とそれに対応した雇用システム
 谷 内  篤 博(文教女子大学 経営学部)
・・・
こうした会社選びの変化から、 若年層の就職に対する意識は、 自分の能力や個性が生かせ、 面白い仕事ができるよう、 「就社」 から 「就職」 へと大きく変化しており、 タスク・オリエンティッドになっている傾向が読み取れる。 セゾングループの職種を限定した 「オーダーエントリーシステム (OES)」 やソニーにおける法律や簿記会計などの5職種に限定した 「スキルエントリー」 といった職種別採用などはこうした若年層の就職に対する意識の変化をうまく捉えた採用システムと言えよう。

(2) 帰属意識の変化
若年層の価値観の変化は帰属意識においても顕著に現れている。 50歳以上のいわゆる会社人間と呼ばれている層は、 「帰属意識」 に裏打ちされた典型的な単属型人間で、 「一つの組織に所属し、 そこから人生に必要なものすべてをまかなっていく」 といった点に大きな特徴がある。 その中心的価値は、 会社への忠誠心や職場への貢献、 さらには上司への貢献といったものを重視する 「自己犠牲」 にある。 こうした会社人間は、 滅私奉公型人間で、 まさに名刺 (会社) ―自分=0と言える世代である。
それに対し30歳未満の若年層は、 「所属意識」 に裏打ちされた複属型人間で、 「いくつかの組織に所属して、 それぞれのところから必要なものを手に入れる」 といった点に大きな特徴がある。 その中心的価値は、 会社への忠誠心よりも仕事への忠誠心、 会社への貢献よりも自己の業績、 上司への貢献よりも自己の損得を重視する 「自己利益」 にある。 つまり、 いくつかの組織に所属する複属型人間である若年層は、 自己利益を優先する滅公奉私型人間で、 名刺 (会社) ―自分≠0となる脱・会社型人間と定義することができよう。
このように、 若年層を中心に、 会社や企業に対する意識が 「帰属意識」 から自己の利益を重視する 「所属意識」 へと大きく転換しており、 こうした傾向は前述した垂直的価値観の普及とともに、 今後益々強まることが予想される。 関本昌秀、 花田光世の両氏による長年にわたる帰属意識に関する先駆的な調査・研究においても、 自己の権利・考えを押し出す 「自己実現型」、 功利のみを追求する 「功利型」 のようなタイプの帰属意識が若年層の主流になっていくことが指摘されている。

(3) 人材群の多様化
これまで述べてきた若年層の労働観・勤労観の変化と帰属意識の変化とから、 企業における人材群を類型化すると以下のようになる。 ゼネラリストとスペシャリストは準拠集団における違いはあるものの、 帰属意識に裏打ちされており、 継続勤務を志向するストック型人材である。 伝統的な雇用システムは主にゼネラリストを対象に構築されてきた。 一方、 テンポラリーワーカーとプロフェッショナルは所属意識に裏打ちされており、 状況応じて勤務先を選択するフロー型人材である。 若年層の仕事志向の高まりにより、 今後はスペシャリストやプロフェッショナルが増加する事が予想され、 企業も雇用システム面での対応を強く求められるとなろう。 ・・・」

成果主義の話もいずれまた...^^

開く トラックバック(1)


.
スモークマン
スモークマン
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(1)
  • ヤドカリ
友だち一覧
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事