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2008.09.22.讀売 平成を歩く 1989〜2008 より Orz〜
誠意を欠けば.......火に油
「記者会見が始まると、おもむろに出席者が立ち上がり、「誠に申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げる。その姿を、カメラのフラッシュとテレビカメラがとらえる。不祥事やトラブルの謝罪会見は全国共通の儀式と言っていい。会見の映像は、テレビやインターネットの動画でも繰り返され、船場吉兆(大阪市)の食品偽装問題では「ささやき女将」のような " 時の人" さえ生まれた。こうした謝罪会見の記事を集めていると聞いて、パロディストのマッド・アマノさんをたずねた。きっかけは1996年、薬害エイズ問題で、ミドリ十字(当時)と原告団との和解場面。ミドリ十字幹部が原告に土下座した姿が印象に残った。それ以来、企業不祥事から、芸能人の謝罪まで、約300件の新聞記事を集め、分厚いファイルは6冊になった。マッドさんは「庶民が権力者に対して物を言うようになったのは、悪いことではない。政治家が『消費者がやかましい』という気持もわかる」と笑い飛ばす一方で、こうつけ加えた。「企業や政府だって突っ込まれないように対処方を勉強している。まだまだ謝ることにダマされているぞ、と言いたいね」
そういえば最近、危機管理やマスコミ対応をまとめた広報担当者向けの本が書店に並ぶ。どんなことを教えているのか、広報担当者向けのセミナーをたずねた。平日夜だというのに、会場では約100人のビジネスマンらが熱心に授業を聞いている。3年前から講座を開催する「宣伝会議」によると、受講者はこれまで延べ約460人。時にはキャンセル待ちが出るほどの人気だという。危機管理に関する講義では企業の不祥事対応について、実例を交えて解説する。「企業側の論理で説明しない」「会見は法廷ではない。『法的に問題ない』という応答は得策ではない」と会見での姿勢を確認する一方、「事件発生から、可能なら2時間以内に記者会見を」「スクープされる前に記者会見」といった " 実践的 " マスコミ対策も。やや戯画的にも思えるが、取材される側は記者をこう見ている、という勉強になる。講師を努めていた東京商工会議所危機管理アドバイザーの田中正博さんは、「マスメディアの報道は以前に比べて厳しくなっているし、社会もそれに賛同する。不祥事への批判が厳しくなるのは、時代の流れ」と話し、その要因として「コンプライアンス」(法令遵守)という言葉を挙げた。これは、アメリカでは以前からある概念だが、日本では90年代に金融不祥事に対する対策として使われ、注目を集めるようになった。「ルールを守れ、という言葉は日本人に理解されやすいから、企業の末端まであっという間に広がった。こうした意識があるから、不祥事に対して非難が厳しくなるし、内部告発も一般化した」と田中さんは語る。
それだけ対応が進んでいるにも関わらず、社会の批判を収めるどころか、火に油を注いでしまうような会見は後を絶たない。コンプライアンスの研究を行っている郷原信郎弁護士は、「企業が問題の本質を理解しないまま謝っているケースがある」と指摘しつつ、「企業に対する批判が臨界点を超えると、バッシングの抑えが利かなくなり、ますます問題の本質を見逃しがちになる」と、不祥事を追及するメディアにも課題があると語る。その一つの例が、07年1月に表面化し、社長が引責辞任した不二家問題だ。郷原弁護士が議長を務めた信頼回復対策会議の最終報告書には、衛生管理を客観的に示す体制の不備などと同時に、事実関係の調査が終わらないままあいまいな内容を公表するなど、危機管理対応の混乱がマスコミの不信を招き、バッシングが加熱していった経緯がまとめられている。謝る側も、追求する側も、何が問題かを見失うのでは、謝罪が形骸化するのはやむを得ないことかもしれない。謝罪する人にとって、まさに受難の時代といえる。では、この時代に有効な謝罪とは。「となりのクレーマー」(中公新書ラクレ)がベストセラーとなるなど、クレーム対応に詳しい関根眞一さんは「語彙が少なくても、自分が持っている限りの言葉で誠意を持って謝ること」と説明する。「持てる力以上を出そうとするからウソになる。それは個人でも企業でも、変わらないのでは」時代や世相が変わっても、結果的に功を奏するのは問題に正しく向き合って頭を下げる愚直なこと。基本に立ち返ることが、「おわびの作法」なのかもしれない。」(川村律文)
何かこれ読んでて、、、日本人ってかなり低脳になったんじゃないのかって思った...^^; Orz
自分の方が悪ければ謝るのが当たり前なんだ。それを情報を持ってる方はリークされることさえなければバレやしないって姑息な・卑怯な姿勢で、事態を糊塗しちゃう/臭いものにフタをする/立ち始めた煙をかき消す・・・マスコミ対策なんて問題はすでに別次元に向かってる。当事者と被害者との関係において【至誠】でもって対応しないなら、、、怨嗟・遺恨が残ることはあっても赦し・赦される状況に至るはずがない。そんな基本的なことをいまさらのように、『基本に立ち返ることが、「おわびの作法」なのかもしれない。』なんて書かなきゃいけないような時代・日本人なんて・・・腐熟の極み・・・なさけないけど、、、どうもそう思わざるを得ないなあ...^^;;
そんな風に思っちゃうわたしが時代錯誤者・アナクロニストってことなんだろか・・・?
画像:ch06401.kitaguni.tv/ c11844.html
過激すぎる発言・一方的な誤解がありましたら慎んででおわび申し上げます m(_ _)m
画像:sokosoko62.exblog.jp/ 3130798/ より Orz〜
おわびと申してはなんですが、、、彼女の顔に免じて何卒ご容赦のほど...Orz...γ
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