アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

深いい話

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たまたま見つけたお話 ^^

画像:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55173 より 引用 Orz〜
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6月28日は日本では「パフェの日」とされていることはご存じですか?
「パフェ」とは、そもそもフランスの料理人が、「完全なデザート」をめざしてつくったものでした。そのためフランス語で「完全な」という意味の 「parfait」(フランス語の発音では「パルフェ」)と名づけられ、その英語読みの「パフェ」が一般に広まりました。・・・さて、日本のスイーツ業界が「パフェの日」を定めるにあたり、「完全」に関係のある日にしようということになりました。そこで選ばれたのが、巨人軍の藤本英雄投手が1950年に日本で初めて完全試合を達成した6月28日だったのです。・・・ブルーバックス編集部のYはある日、テレビでこのことを知っていたく感心し、翌日、さっそく編集部でこの話をドヤ顔で語りました。ところが、そのとたん、聞いていた部員Zが、「えーっ! 信じられない!」と、驚きの声をあげたのです。これには逆に、Yのほうがびっくりしました。
ここからが本当の問題です。「パフェの日」の由来を聞いた編集部員Zは、なぜ驚いたのでしょうか? 少しのあいだ、考えてみてください。
Zがなぜそれほど驚いたか? それは、6と28がどちらも「完全数」だからです。完全数(英語ではperfect number)とは、その数の約数から、その数自身を除いたものの和が、その数自身と等しくなる自然数のことです。なんと、「6月28日」とは、完全数だけでできている日、まさに完全無欠の「パフェな」日なのです! つまり、史上初の完全試合達成にちなんで選ばれた「パフェの日」が、よりによって、そのような日だったのです! 数学オタクのZはYの話を聞いて瞬時にそれに気づき、驚いたというわけでした。いちおう調べてみると、28の次に大きい完全数は496……。もちろん、カレンダーには存在しません。というより、そもそもカレンダーに登場する完全数は6と28だけ。つまり6月28日は、1年で唯一の「オンリー完全数」の日なのです! ・・・ちなみに、当時の日本球界には、この大記録を表現する用語がまだありませんでした。アメリカでは「パーフェクト・ゲーム」ということがわかり、ならばと「完全試合」と直訳されたのだそうです。「パフェの日」に隠された驚きの事実、いかがでしたか? いやー、こんな偶然があるものなんですね。「藤本英雄が日本初の完全試合を達成した日は、暦の上で唯一、完全数だけでできた日だった」・・・
*ほんまに偶然にしてはできすぎてる話ですよねぇ☆
事実は小説よりも奇なりを地で行ってますわね!!!
パフェの日にこんな蘊蓄話をしても喜んでくれるお相手はなし...^^;

不思議なお話...

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患者Aさんから不思議なお話を聞きました...
Aさんのお父さんが脳梗塞で施設に入所されている間に、お母さんが亡くなられ、そのことはお父さんには内緒にしておかれた...その後、お父さんが肺炎だったかで、人工呼吸器に繋がれて治療されるも状態は思わしくなくなり危篤状態になったらしい...家族が病室に揃ってお父さんを見守ってるとき、Aさんのお姉さんが、「お母さんがそこに来てる」と...Aさんも言われて気づき、Aさんの旦那さんにも見えたらしい...お母さんは元気な時の姿で、口は動いてたかどうか覚えてないそうですが、頭の上の方から、「もうお父さんを連れて行くからね」という声が聞こえて来たらしい...みんなビックリされたんだけど(そりゃ当然だわねぇ)...そのすぐ後に、心電図モニターがフラットになって、医者からの「臨終の宣告」となったって...
わたしが、昔、当直に向かう西の空に浮かんでたオレンジ色に半透明に輝くひし形のUFOらしきものを見つけた時、携帯で病院に電話して、何人かの事務の方々にも確認してもらったようなもので...
複数の人々に視認されてるこの話は信憑性あるなぁと思った次第...
わたしゃ、そもそも霊なんてものは信じちゃいなかったんだけど...と言っても、昔開業用の土地探しをしてる時に、霊視ができるっていう方にその土地をどういう経緯だったか忘れちゃったけど見てもらったとき、霊が見えるからやめておいたほうがいいと言われたのよね...その時は、その場所にしては土地の値段が安かったんだけど...どうも、そこに住んでた方が経営難だったかどう忘れたけど縊死されたことを知らされたという体験があるのですよ...その時は...たまたまその霊視ができるってお方がその事実をご存知だったという可能性は否定できないと思ってはいましたけど...

霊としての世界が存在するのやもしれないと思うしかないような今回のお話でした...
ご先祖の霊は、常にわたしらを見守ってくださってるのかと思ったりしますが、山の遭難、新幹線で犠牲になった方の事例など、枚挙にいとまないくらい、霊が守ってくださってるとはとても思えないし...
霊は助けたいけどその声を聞くセンサー?が曇ってるってことなんだろうか...?
死期が近づいてきてる高齢者の方が、よく、そこに誰それがきてるとかって言われることは何度も経験してるけど...未だ、わたし自身は霊を見たことがないのよねぇ...
ただ、もう7年にもなりますが、東北大震災時に暗闇の中、自転車事故で空中に舞い上げられて右側からコンクリート地面に叩きつけられ、右上腕、右大腿頚部骨折したときに、何かにふわっと支えられたような気がしたんですよね...で、頭部打撲は免がれたような気がしてはいるんですけどね...
結局...例ってあるような気がしてるわたしがいてる...
まだまだ遊び足りなかっただろうに、先に旅立った友に、わたしゃ、遊びに行くとき、「遊びに行くよぉ〜!! 一緒に遊ぼうぜ!!」って声かけてたこと思い出しましたよ ^^;...
これからも、そうするようにしましょっと ^^v

招き猫のご仁 ^^

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むかし…縁日で香具師さんが夜店を出されてたとき並べてあった大きな招き猫の白と黒のペアがあったらしい…

それを今は亡き某患者さんが気に入られ、この黒い方を売ってくれって ^^
(衝動買いはわたしそっくり…^^;v)

「こいつは売り物じゃござんせい」...って言われたそう…

but…その方は、
「売り物でもないものを並べてちゃぁいかんぜよ。並べてるってこたぁ売り物じゃぁないかなもし!!」...って口上を垂れたもうたらしい…^^

香具師さんの方、しばし黙考されたあと…
「わかり申した。」
と...商売の交渉に応じてくださったらしい♪

そんな、丁々発止な男同士の粋な縁起の招き猫のご仁☆
大きな立派な黒々とした招き猫でごわす☆

恐れ多かったけど...肩の方をありがたく擦らせて頂いた…^^ Orz〜

囲碁とピタゴラス...☆

囲碁は小さな宇宙とも言われてる ^^
人生だとも...?
19路盤であること、19^2=(20-1)^2=361 、...
手談、烏鷺の戦い、...くらいは知ってたんだけど...

画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/囲碁 より Orz〜
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「囲碁には様々な別称・雅称があるが、それらの中には中国の故事に由来するものも多い。
そのような故事由来の異称の代表である爛柯(らんか)は中国の神話・伝説を記した『述異記』の次のような話に由来する。の時代、木こりの王質が信安郡の石室山に入ったところ童子たちが碁を打っているのを見つけた。碁を眺めていた王質は童子からを貰い、飢えを感じることはなかった。しばらくして童子から言われて斧を見るとその柄()が朽()ちていることに気付いた。王質が山をおり村に帰ると知っている人は誰一人いなくなっていた。

*浦島太郎の話にも似てますねぇ♪...囲碁は竜宮城で遊んでるくらい楽しく時間を忘れてる/時間は止まっちゃうのかもしれません...^^

この爛柯の故事は、囲碁に没入したときの時間感覚の喪失を斧の柄が腐るという非日常な事象で象徴的にあらわしている。また山中の童子などの神仙に通じる存在から、こうした時間を忘れての没入を神秘的なものとして捉えていることも窺うことができる。この例と同様に、碁を打つことを神秘的に捉えた異称として坐隠(ざいん)がある。これは碁にのめりこむ様を坐って隠者にも通じるとしたもので、手談(しゅだん)と同じく『世説新語』の「巧芸」に囲碁の別称として記されている。手談は字の通り、互いに碁を打つことを話をすることと結び付けたものである。
囲碁の用具に着目した異称として烏鷺(うろ)がある。碁石の黒白をに例えている。方円(ほうえん)は碁石と碁盤の形からつけられたもので、本来は天円地方で古代中国の世界観を示していた。のちに円形の碁石と正方形の碁盤から囲碁の別称となった。「烏鷺の争い」とも言う。

*これって...前方後円墳の「方」と「円」の由来に関わってるかもしれん...^^...?

太平広記』巻四十「巴功人」の話も別称の由来となっている。巴功に住むある男がの庭園を持っていたが、あるとき霜がおりた後で橘の実を収穫した。しかし3、4も入りそうな甕のように大きな実が二つ残り、それらを摘んで割ってみると中には老人が二人ずつ入っていた。この老人達は橘の実の中で碁を打っていた。この話から囲碁は橘中の楽(きっちゅうのらく、―たのしみ)とも呼ばれる。
碁盤には、「天元→北極星」、「星→星」、「19路×19路=361 → 1年365日」、「四隅→春夏秋冬」など、自然界、宇宙を抽象的に意味づけているとの主張もあるが、361日と365日は10年で40日(一ヶ月以上)も差がありこじつけという見方もある。」

ちなみに...「碁打ちは親の死に目に会えない」とよく言い合いながら打ってるけど...それほど夢中になってしまうと言う意味かと思ってたらば...どうも由来はお城碁からのようね ^^;

江戸城中奥の黒書院にて行われるのが慣例であったが、白書院や帝鑑の間が使われることもあった。出席棋士には銀十枚と、時服、朝夕の食事と茶菓が支給された。
対局は段位に基づく手合割で行われる。碁所は家元四家をまとめる取仕切り役となり、お止め碁として対局は行わないという慣例も後にはできた。徳川吉宗の時代の享保元年(1716年)からは、大坂冬の陣の吉例にちなんで、11月17日に行われるように定められた。また対局が1日で終わらないことが多いため、事前に対局を行い、当日御前ではその棋譜を対局者が並べるのみとする下打ちという方式が、本因坊道策の時代の寛文9年(1669年)に始められた。「御好み」として当日将軍の御声掛かりでその場で行われる対局もあった。
出仕する対局者は本因坊家井上家安井家林家の家元四家の当主、跡目、七段以上の棋士だが、その他に、外家と言われる他の家人で認められた者もあった。下打ちの行われる間はそれがたとえ数日におよんでも、対局者は外出を禁じられたことから、「碁打ちは親の死に目に会えない」という言葉が生まれた。この言葉は後には、道楽としての囲碁への過度な傾倒をたしなめる方便にも転用された。」

いよいよ今まで気づきもしなかったピタゴラスとの関わりを...☆
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「直角3角形の挟辺の2乗の和は斜辺の2乗に等しい。ピュタゴラスの定理である。この3角形の辺の3つ組をピュタゴラス数という。数学的に言えばx+y=zを満たす自然数x,y,zのことだ。19×19の碁盤上で用いる碁石の数は白180、黒181だった。この<19‐180‐181>もピュタゴラス数である。 
・・・
この19にプラスマイナス1を施した数同士を掛け合わせれば、円周の角度を表す360度という数になる。(19+1)(19−1)=360。」

*180+181=361個あれば...絶対足りるわけで...黒番から打ち始めるから1個多いってわけね...^^
19にまつわる話をここで見つけたのでまた紹介させていただきますぅ〜m(_ _)m〜

現代のレジェンド☆

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南部陽一郎氏

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科学者としていちばん大事なこと 
『素粒子の宴』より)

12月10日(*2008年)にノーベル賞授賞式を控え、各受賞者の記念講演が話題となっている。授賞式を欠席される南部陽一郎博士の言葉が聞けないのは残念。しかし、対談およびインタビューで構成された『素粒子の宴』は、「対称性の自発的破れ」発見の過程、物理学のおもしろさ、科学者としての姿勢などが語られる。また、対談の気楽さゆえに、アインシュタインやハイゼンベルクを筆頭とする科学者へのコメントも興味深く、博士の人となりがうかがえる貴重な書。本書からの一節を紹介したい。
科学者としていちばん大事なことは、どの実験、どのデータを信じるか、その判断力をもつことだと思います。つまり、何ものも金科玉条としないこと。ある実験が行われて、みんなはそれを信用する。しばらくするとあの実験は間違っていたとわかって、やっぱり初めの単純な理論のほうがよかったということになる。こういう事情を私はなどはそれこそいやというほど体験しているわけです。( 「素粒子物理学者の飛跡:南部陽一郎インタビュー」より)
・・・30年間埋もれていた名作だけに、多くの読者に出合ってほしい。」

佐藤克彦氏の「相対性理論から100年でわかったこと」(PHPサイエンスワールド新書)読んでて遭遇した逸話 ^^

p166 より引用...Orz〜
「M理論を唱えたウィッテンは南部先生のことを「彼は先見の明がありすぎるので、ほかの人には彼の考えを理解できない」と語っています。別の物理学者はこうも言っているそうです。
「私はあるとき、ナンブがいま何を考えているのかがわかれば、ほかの人より十年先んずることができると思いついた。そこで、彼と長い時間話し合ったが、彼が何を言わんとしているのかを理解するのに十年かかった」と。・・・
南部先生の偉大さは現代の伝説です。」


*面白いぃ〜♪
「この宇宙が生まれたのはなぜ137億年前なのか?」...ってなクェスチョンに対するアンサーにも似てる...
つまり...「それを理解できる知的生命体が生まれるまでに137億年かかったってこと...」...^^;
これは人間原理と呼ばれてる代物だけど...まさにそういう答えになりますよね ^^

「人間原理(Anthropic principle)とは、物理学、特に宇宙論において、宇宙の構造の理由を人間の存在に求める考え方。「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから」という論理を用いる。これをどの範囲まで適用するかによって、幾つかの種類がある。・・・
大数仮説が成立する時に人間が存在している不思議さを、人間の存在による必然と考えたのがロバート・H・ディッケである。ディッケは宇宙の年齢が偶然ではなく、人間の存在によって縛られていることを示した。それによれば、宇宙の年齢は現在のようなある範囲になければならないという。なぜなら、宇宙が若すぎれば、恒星内での核融合によって生成される炭素などの重元素は星間に十分な量存在することができないし、逆に年をとりすぎていれば、主系列星による安定した惑星系はなくなってしまっているからである。このように宇宙の構造を考える時、人間の存在という偏った条件を考慮しなければならないという考え方を弱い人間原理と呼ぶ。・・・」

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