アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

雑念

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でね、って...ちょっと間があいてしまったから…^^;...話の流れがシームレスになってない嫌いがあるのですが…Orz…
高速使った通勤が始まったわけです...新しい職場に慣れるには数ヶ月かかりましたが...通勤の方は、いつまでたっても慣れずというか、ちょっぴり後悔しながらも歯を食いしばって毎日を過ごしました…って、そうするしかないわけで、自分で決めたからにはすべては自己責任、泣き言行ってられやしない...なにせ、前の収入で家のローンを目一杯組んでたのが…収入ダウンで...その頃,二人の子どもの大学生活も重なり〜ので...将来設計なんてなんにも考えてない出たとこ勝負の生き方のわたしに...ボディーブローのように効いてました…^^;...そんな頃かなぁ...ますますかなえとの険悪モードはダダ上り、反抗期の子どもとの軋轢(1人はわたしの我が儘で、も1人は、そいつの我が儘から)で首根っこ掴まれる喧嘩と相成ったのであります...その経緯は記事にもアップしてるはず...子どもと喧嘩するときは、こちらが悪かったときは殴られることを観念しました...だって、野球で鍛えた腕力にゃ敵わない…逃れられなかったわ…^^;…でも、こちらが観念したからかどうか知れないけど、上の方との第一ラウンドのときは、急に解放された...でも、よほど悔しかったのか、バコンってな大音響が家中に響いた...壁に大穴が開いたわけ…「わたしが悪かった」と謝ったっけ...も1人との第二ラウンドのときゃ、向こうがあきらかにおかしいこと言うもので、わたしが吠えたわけ...向こうは自分の部屋に遁走…but...それじゃ駄目でっしょと、「ちゃんと謝れ!!」ってダメ出しの上、頭をぱちんとしたのが発火点...あいつの臨界点を越えた…で、またもや、野球で鍛えたその腕力の前庭他者なす術もなく、今度こそ殴られることを覚悟…but…またもや、その手を緩めてくれた彼...そのあと、再び怒りの鉄拳がわが家の壁にめり込んで二つ目のクレーターが作られた…^^;;...いまわが家の壁にはその上に絵が飾られてる…でも、いっぱいの絵があって、もはやその位置も朧げなんだけどね…^^;;…
その日から、わたしが家出したってな話もアップしてるはずだけど、それに対して大方は、反対じゃんって言われたことも、でもね、妻にも子どもにも理解されてない親父って行き場がないのよ!!...わかるかなぁ...?...子どもが出て行ったら行ったで困るじゃん…で、わたしが出て行ったわけ...わたしゃ行くところはあるのよ!! そう、病院の医局でのビバーグの始まりざんす。。。子どもからの詫びがない限りわたしゃ戻らんとやせ我慢でもなんでもいいけどそう決めてた...何日か経って、長男が病院を訪れた...初めて来た…電車で…こいつは、親が言うのもなんだけど出来がいい奴…「今回は話を聞いてみるに弟が悪い。謝らせるから戻って来てくれ」ってなことで、無事大団円を迎えることでけた…^^;v
ま、最悪の精神状態でもわたしゃ雑草のように生きてましたわ...酸欠の水槽のなかでぱくぱくしてる金魚のようでした…でも、新しい職場は、わたしには働きやすくって水を得た魚のように、学会にも症例がある限りエントリーしてました。学会では、〇〇病院の後輩(いまはそこの院長になってる☆)のアクティブさの薫陶を受け、学会発表も楽しめるようになりましたのよ ^^ そこで1年くらい経った頃、いつも検食簿に味が薄ぃ〜!!って記載してたんだけど…どうも、わたしの高血圧に配慮された〇〇院長の配慮の賜物だったようで...ちょい恥じ入りましたのですが…Orz…この〇〇院長は、わたしが東北大震災の2次災害で(この顛末もアップしてるはず…)hip fraxで9週間もの間の入院生活を〇〇病院で送る憂き目にあったときも、当然、敷地内禁煙なのですが、動けないうちは諦める如かなくても車いす移動可能になれば、すわ、敷地外へ遠征してスパスパしようとその1点でリハビリにも励んでましたのに、そこの病院は敷地外も「No smoking」だったのです…!!???...あとでしったのですが、これまた、〇〇院長からの計らいで、入院中は絶対喫煙はさせないように、止める契機にはもってこいだからってな話を通されてたのでありましたわけなのでした…^^;…Orz...あぁ、それなのにそれなのに、そういう温かい/優しい心遣いに報いることもなく…退院後1,2ヶ月で元の木阿弥のような状況に…^^;…でも、大袈裟だけど、これって大きなお世話、内政干渉みたいなもので...折伏・洗脳をしいてるのと同じ気がいまでもしてるなぁ…Orz...恩に感謝するどころか仇で返してますかいねぇ…^^;;; で、だいたい、歯に衣着せぬ物言いをしちゃう大人げないわたしはそのまんま突っ走ってました...〇〇院長にはさぞや多大なご迷惑をおかけしたこととここに慎んでお詫びいたします…たってなんにもならんじゃないかいって?...ご心配には及びません...ちゃんとこの口で謝りましたよ ^^…そうこうしてる間に...わたしも知らぬ間に定年を迎える年になってまして(一体お前はいくつなんだって野暮な質問はなしね…^^;)…因果応報っての…?...引き止められる気配がないことを察したわたしはそこから再び新たな就活に突入したのでありんす…でも、いまだにわたしのあとは誰も見つからないみたいですけどねぇ…?…ま、いようと思えば、入れたんですが...これまた、わたしのうちなる🔥がメラメラと新世界に向いたわけです...患者さんにいつも迷惑掛けちゃって、その方が申しわけなくって...遠方からの方は近くの方に紹介しましたし、ご免なさいねもう定年なんですという錦の御旗で…でも、通える患者さんはいまでも来てくださってるのはほんとうにあり難いことです〜m(_ _)m〜…

辞めるに至ったのは定年ってだけじゃなかったのです...それまでにどんどん戦友らが止めて行きなはってたってのも大きい理由だったのよね...そんな戦友らとの悲喜交々なる思い出もいっぱい詰まってますが...これまた書ききれましぇん...そこの医師会の囲碁大会での怒濤の連続優勝は忘れられないメモリアルです...みなから、どんな勉強したの?とか、どんな本読んでるの?とかよく尋ねられたものですばい…ま、元が弱すぎたってことにしかすぎないともいえるわけですけどね…^^;… 
いろんな意味でわたしの人生におけるルネッサンスの時期だったかな…☆

To be continued...
画像:http://aonorifx.com/blog/17614/ より 引用 Orz〜
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蛙を冷たい水の中に入れ、ゆっくりと下からあたため温度を上げていくと、カエルは冷水が徐々にぬるま湯となり心地良いので、飛び出そうとはしません。その心地良さにひたっていると、次第に温度が上がっても逃げ出せず、最後には“ゆでガエル(boiled frog)”になって死んでしまうものです。変温動物のカエルは、温度の上昇とともに体温が上がっていき、環境の変化に気づかぬまま、とうとう最後に熱湯のなかでゆであがって死んでしまったわけです。」

*ま、実際はそんなことはさすがにないようで...🐸の五右衛門風呂じゃあるまいしね^^

19世紀に行われた実験により、カエルはゆっくり煮ると温度変化に気付かずに茹であがってしまうというのが通説でした。文化人類学者のベイトソンは、その通説を基にした例え話として「茹でガエルの法則」を提唱します。 (ベイトソン自身がカエルの実験をした訳ではありません)茹でガエルの法則は軍事、経済、宗教、文化や風習など様々なシーンに当てはまる法則で、使い勝手の良さから世界中に広まっていきました。 そうして広まったところで「そのカエルの話は生物学的に間違っている」と生物学者から突っ込まれたのです。生物学者によると、カエルは熱湯に入れたら飛び出る間もなく死に、水に入れてじっくり煮ると温度が上がるほどに激しく逃れようとするのが正しい挙動のようです。法則のカエルとはまるで違いますね。そんな訳で不適切な例えであることが分かった茹でガエルの法則ですが、様々な分野で使われ定着してしまっており、今更変えるのも簡単ではありません。そんな訳で間違いであることを知りつつも今日も「茹でガエルの法則」として使われているのです。」

早朝回診を済ませて外来ない日は山に芝刈りに出掛けることもOKだったような素敵な?病院だったのですがわたしじゃないよ「あとは任した!!」ってな豪放磊落な先輩がいらしたのよほんまでっかいな?って俄にゃ信じてもらえないに決まってますが、昔はおおらかさがあったとも言えるかも知れませんそんな先輩にはいまなら「ええかげんにせぇよ!!」と平気で言えますが ^^その頃は「No!!」って言えなかったわたしでも、心の底ではある意味凄い!!と尊敬の念があったのだと思いますだって、無頼漢って大好きなわたしだもので ^^

so溢れんばかりにおもろい話が詰まってます(書いてたらいくらでも思い出しますから機会あればまたね ^^)そうこうしてる間に、前回触れましたが、高血圧性脳症のようなこととなり開業へベクトルが向いたのです土地は決まるも霊障があったり(霊能者みたいな方にみてもらったことが偶々あったわけ、そのとき、あの辺りに霊が見えるみたいなことをおっしゃったように覚えるんだけど、不動産の方に再調査依頼したら、なんと縊死されてた場所と判明したのよねぇso見える人には見えるのかなぁなんてちょっぴり思ったりもしたのです)何人かの先輩にみてもらったらみながみな「ここは止めとけ、どうせするならもっと違うところがいい」=その心ってのはそこで流行っても天井がある場所ってことで、流行れば天井知らずってなスポットってのがあるようなのね…店舗だって、道の上り下り、交差点の近くかどうかってので、あの場所はしょっちゅう店が変わってるけど、ここはそことそんなに離れちゃいないのに or 対面だっていうのにえらい人が入ってるってなことありますよね?そんな感じかなぁ?)ってなことでそれなりの地の利ってのがあるようなのよね(風水みたいなもので人の流れって左右されてる?)最後の最後で、銀行まで決まり、地主さんにご挨拶ってなところまで行ったところで、急に〇〇職を提示されるかなえは女性女性って保守的あるねOrz借金するより目の前の安定を第一としちゃうま、いま考えてみると、わたしの思いも不純なものがあったのよ流行ったら、クルーザー買って美女を侍らせ海原にクルージング〜〜〜ってな妄想みたいなのがあったなぁ ^^;vsoパラシュートなしじゃ清水の舞台から飛び降りられない高所恐怖症のわたし ^^;開業の意欲はシュルンペるなりかといって、知らぬ間の体力低下の体じゃ限界の生活が続き、パラメディカルからの常勤を増やしてあげなきゃっていう提言と、医局への参詣も効なく進むも地獄退くも地獄(前門の虎後門の狼?)進退窮まった日々を送ってたある日突然(といっても、某先輩から父親のあとを継ぐために辞めるDrがいてるそこが空くから医者を募集してるってなインフォいただいてたのもありんすけど)辞めよう!!と決断。でも...そのときは、自分の中ではいろんな思いが交錯してたはずで…「ぬるま湯からの脱出」ってな気分も多いにあったと思う…Orz

 

たけしさんがあまりに青い空を仰ぎ見てて、大学中退して浅草演芸場の方に身を投じたような、カミュの「異邦人」の主人公が「太陽が眩しかったから」ってな呟きのような、真理を求めて王城を出家(俗世を捨てる)したゴータマシッダルタのようなものに比肩するのも烏滸がましいけど…^^...お風呂に浸かってるとき Aha!! って気づいて裸のまま「ユーレカ!!」と叫んで走り出したというアルキメデス(益川先生にも同じような逸話があるんですね☆)でも、橋を渡ってるとき四元数が閃いたハミルトンでも、馬車を降りた途端に?難問の解決の糸口に辿り着いたポアンカレでも、ないけど…わたしの決断は...ふっと湧き出たものではありましたのです…^^

 

かなえには相談しましたが、かなえは肝っ玉が大きい!! 「あなたがそうと決めたのならそうすればいいじゃん」とま、かなえも、何度か倒れてたわたしを心配してたんだと思うあるね

画像:https://www.tobrains.com/検査/脳血管撮影-dsa/ より 引用 Orz〜

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完全主治医制の生活が、じわじわとわたしの体を蝕んでたようである日の夕方、左半身が痺れた何回か繰り返して首から上も下もほんとうに体の中心線の左半分だけが痺れてるすぐに、近くにいた後輩にヘルプの声かけて、血圧測定…200nnHg越えてるそんとき考えたことはこりゃ、脳梗塞あるなぁすぐにゃ家にゃ帰れんなぁ左手を動かしてみたら動いたま、仕事はできそうだわ!!...ってなことを思ったそして、かなえに電話入れてる状況を冷静に話したんだけど、電話の向こうで泣いてるのが分かった「大丈夫!!仕事はできそうだから!!」で、CT室に運ばれ、出血じゃないこと分かり、降圧剤の点滴と、わたしの希望で硬くろっとの点滴初めてもらう…CT検査中、しびれが回復が数回みられたので…TIA or 高血圧性脳症かいなぁと思ってた翌日、近くの脳外科に脳血管造影に後輩がいてた彼の上司がわたしより数週間前に脳卒中になりリハビリ中だと春は気温の上下が激しいからくも膜下出血やらも結構多い魔のシーズンあるね彼曰く、「日本で一番痛くない検査を心がけてますから」何でそんなことが分かるんじゃい..?…^^…but…痛みに超弱っちいわたしにゃカテーテルを腕の動脈から挿入されるとき痛かったわ…Orz…その血管造影なるものも顔が熱くなってどのくらいそいつをガンしとけばいいのか分からず辛かった反対側のときは、要領が分かってるから耐えられた人は、どのくらいの時間我慢すればいいのか分かってる方が耐えられやすいものなのよね「どこも詰まってません…but…結構動脈硬化来てます」と血管が屈曲蛇行してるってことあるね…^^;…その後、バイアスピリンは飲んだけどプラビックスがまだなかった頃で、パナルジンは拒否(患者さんにも出してなかったのよ副作用が気持ち悪かったからバイアスピリンも10人に1人くらいは無効な可能性があるらしいのだけどわたしゃ楽観派よりセーフティの方をチョイスするポリシーあるね…)…当然煙草は吸わしちゃもらえずわたしも倒れたとき、やっぱりタバコのツケがやって来たのかなぁと思ってたしその後、1週間くらいで退院したけど半年位は明るい電気荷電屋さんとかに入ると頭が苦楽らとふわふわする不快感を伴ってましたわま、仕方ないかとお諦めてましたけどね、そのうち治るわいとで、いつの間にか、周りもほとんどが吸ってたし、目の前で「美味いでぇ〜」って、ニンジンぶら下げられてたある日、再びそのニンジンにパクついちゃったわけ…^^;…「どんな?」って聞かれ、「美味い!! もっと早く吸えばよかった」ってな具合で、元の生活の戻って行ったわけそれ以前に、持病の腰のヘルニアが子どもの不意打ちの後ろからの抱きつきで、一気に悪化…NSAIDをバカスカ飲みながら、傘を杖代わりに腰が曲がったまま回診してましたら患者さんに「先生、車いすお貸ししましょうか?」なんて言われてたもう寝てても足が痙攣するようになり、夏場の夜は1階のフローリングで寝てましたが、喉が渇いたら冷蔵庫まで匍匐前進と言う状況となり、ついに救急隊員に担架で運ばれ、椎間板造影後随核摘出のOpe…手術室に運ばれるとき看護婦さんに、最近された方いらっしゃったの?って尋ねてる「ええ、この間も、わかい女性の方が「どのくらいで終わるんですの?」「こないだは、30分くらいでした」安心♪…but…肝っ玉がちっこいというか、ちょっと痛いと「うっ」っと声上げてるわたしその度に〇〇先生は手を止めてわたしの顔をのぞいてくださるその繰り返しで…1時間以上もかかったこの記録はまだ誰にも破られてないかもね ^^;v

いまはどうだか知らねどその頃の〇〇病院は10pmには冷房切れてて夏は朝から暑い動けぬわたしゃ背中に汗疹が痒いわけ何日かあとに全身のシャワーでのボディ洗いがなんと気持ちのいいことか☆何回かヘルニアで入院してるから話がごちゃごちゃになってるわ…^^;…Opeのときは、種々当日歩いちゃ駄目と言われてたけど、尿意を催して室内トイレを使っちゃったけど、黙ってた…^^…で、抜歯まで寝てるだけなら家で寝てますって退院させていただき、外来で抜糸したのよ…^^…もっと長めに入院してたこともあったとき、最初大部屋で、同じ部屋の七五三吉(しめきち)さんって方がよくしてくださったOrz…食事を頼んでもないのに運んで来てくださってたのよ彼は入院が長いようで、その理由も夜中に「痛い、痛い、腹が痛い」ってよく唸っておられた看護婦さんがそのナースコール(エリーゼのためにだったかなぁ耳に心地よいメロディが良くてお気に入りだった♪)がなって部屋に来られるまでが長く感じたものわたしが何ともしてあげられないのがもどかしかったせいもあるんだろうけどで、いま主事の先生に電話して尋ねてます絡まってね暫時して…「それでは痛み止めしましょう」とそれが効いてたようで朝まで安らかに寝付かれてた何かいっぱいお話をしてたと思うんだけどいまじゃ何にも思い出せない途中で、個室に移されたわたしは大部屋が懐かしくって寂しくってそんなときにも彼が部屋を尋ねて来てくださってたなぁ Orz…たしゃ元気になったら、その頃は喫煙室ってのがあって、そこに出入りしてたもの看護婦さんも何人かは一緒にタバコ吹かして世間話の一つもしてたはず病院にゃ、喫煙室(分煙で何が悪いってんだ!!)が必要よ!!...この世にゃ、合法的に吸ってるスモーカっていう患者だっていてるのを忘れてもらっちゃ困るのことよ!!...病院だろうがどこであろうが同じように生きる権利は平等あるね!!...臭いものに蓋っていうなら、分煙室でいいわけで、全面禁煙!!って...共存という優しさの欠如なんだのに悪者退治のどこが悪いってな一神教徒がそれ以外を邪教徒のように折伏し、改心を迫ってるこの世を一色にすることの危険性と他者を認める寛容さを忘れた所業あるね ^^;…

医者はいっぱい病気した方がいいと思うようになったのは、この頃からあるねだって、検査やOpeの痛さ、怖さ、長い点滴の辛さ、病院食の楽しみ、患者同士の優しさ(相身互いの行動が自然にできる人間愛?っての…)などなどに気づかされたからねぇ本来の人間ってとっても面白くってとっても素敵なんですよ ^^

 

話が脱線ばかりしてる気がしてきましたが…^^;…

 
To be continued…
画像:http://www.saningankya.com/item/B07/ より 引用 Orz〜
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紅ズワイに似てるけど味の落ちる松葉ガニがいてて、
茹でた蟹の腹側も赤いのが美味いのね ^^
そうじゃないのは白いのです…

その後、雪深い山陰の〇〇病院に出向…春3月に岡山までゴルフに泊まりがけで出掛けたその日によりによって雪でおじゃんになったこと、〇〇港の旅館でのズワイ蟹(松葉ガニ)やらふぐ尽くし...医局全員揃っての会食だったし、初めて食べたわたしにゃ珍しさで美味しかったはずだけどその記憶おぼろ…^^;;..長引く咳で夜も眠れず...なかなか治らないままのある日の夕方、宿舎に近くの工場の煙突からたなびいた煙が官舎全体を覆いたゆたってるのに気づき...こりゃ公害じゃん?って思ったけど…西洋薬の鎮咳剤飲んだら頭が冴えて困る体質だもんで…そんとき、漢方でも飲んでみるべかと飲んだのがたしか、小柴胡湯だったはず…これが一発で咳を退治!! それから...漢方の独学しちゃったもんね ^^…以来、わたしがお世話になった病院の漢方の種類が増えて行くことになりました…Orz 〜
山陰ならではの夏にも食べれる岩ガキに舌鼓…but...遊びに来てくれた友人にこれ美味いよって勧めた蟹味噌土産は夏はリスキーだったなぁ…^^;

そんなこんなをここまで書いてて...どうも記憶が改変してる(順序怪し…^^;)ことに気づきましたが…もはやスルー…^^

その山陰の〇〇病院にいらした大先輩から『わたしゃ、医局人事で来て早7年経ちました...子どもは地元の高校に通ってます』とのお言葉におののき…だって、岡山にゃローンで家買ってるし…第1子もいてたし...わたしゃ寒いの苦手だし…わたしの代わりに誰かが派遣されないと帰ろうにも帰れないという構造/状況に気づいたわけ...で、そのあと長きに渡りお世話になることとなる〇〇先生にご相談…わたしが無事晴れの国のその〇〇先生のお膝元にリターン/カムバックできたのもその〇〇先生のご忖度のおかげと感謝申し上げた次第です☆ 
その先生の元での修行でわたしの体に新たな血が注ぎ込まれましたのよ☆ 最初の頃は、回診についてて(シュライバーしてた)も…専門用語(ま、ジャーゴンあるね ^^)と出会うたびに「え??? ^^;」ってなところから始まってました…いまの〇〇専門医としての基本はここで涵養されたものと感謝感謝でありまっす〜m(_ _)m〜…とにかくハードで…同僚の〇〇先生と8月の盆前後は、完全主治医性故、受け持ち患者さんもん十人と多かったため、夜中の呼び出しで出掛けることも多く、しょっちゅう深夜に2人医局で遭遇してたなぁ...「嫁さんよりも逢ってるよなぁ」なんてお互い微苦笑してましたものです…^^;...わたしゃ、この頃から夏も🍺は自宅で飲まなくなってしまったのよね...飲んだあとにまさかの呼び出しは...苦しいというパブロフの犬にも似た学習効果ある…^^;;v... and...真夜中の呼び出しは眠い!!…so...運転中に覚醒のために煙草をばこばこ吸いながら向かったもので…ニコチンは身に染み付いてしまったわけあるね… 🚬 ^^
とはいっても...好きだった〇〇先生(そもそもこの先生のあとを追っかけるような病院勤務...わたしゃ…ストーカーだったのかも... ^^;)に引きつれられての仕事前の早朝ゴルフ、学会出張とは名ばかりの芝刈り三昧...ナースの皆さん方やMRさん方との飲み会では飲んではいましたけどね ^^…いつも、数名はマグロになってましたっけ...某中華料理店の紹興酒はついには暖めるまもなく冷めたままのものが出されたりってなくらいの若気の至りの乗りの飲み...…ナースも女医さんも、なべて女性陣は強かった記憶アリンスカヤ…仕事に遊びにと充実の時間をありがとうです☆ でも...2次会は決まってカラオケで選曲もお決まりコース…こんなことしてていいのかいなぁと...また…その頃…わたしゃ、仕事ファースト、日曜は昼まで寝てる…かなえは子育て...男ん子は二人とも野球してた…so...日曜は練習か試合で、わたしが目覚めたときには家はもぬけの殻...夕方遅くまでわたし一人...1人でトースト焼いてマーガリンてんこ盛りで…その頃はまだインスタントコーヒー派だったっていうか、まだヒーコの美味しさ知らない青の時代…で、夕方過ぎて腹減ってるわたし...子どもと一緒に疲れて帰宅するかなえ...互いに思いやる心なんてない…余裕なし…低血糖駄目あるね!! ...ほんとに些細な晩飯のことで文句言ってからボタンの掛け違いが始まったあるね...振り返って見たら…まっことしょうもないんだけど...これが,,,べらぼうに長きに及ぶ宗教戦争の始まりあったのよ…まさに不毛...わたしは愚かだったといまにして思うけど…依怙地なわたしにゃ...突っ張って貫いて生きるしかできなかった...人はこれを不器用と言うなり…^^;;;
かなえもわたしに似てるゆえ...互いの道を進み始めたわけね…でも、『わたしの青春を返して!!』って罵倒されてもいたなぁ…^^;...一番下の息子は小学校から帰ってくるとき、「うちのとぅちゃんとかぁちゃんは離婚する〜〜〜」(なはっ ^^;)って歌いながら帰ってたらしい…^^;...滅茶苦茶な時期...うちの家には活断層ありってな具合...子どもには申しわけなかったとつくづく思ってる…but...その頃のわたしゃ...親はなくても子は育つ!! 反面教師となってやるってやせ我慢じゃなく意地になってたのよ...その頃から笑いのない家(少なくともわたしには…)となりにけり…so…当然、仕事のモチベーションもダダ下がり、これじゃいかんと自分の頭で考えるようになったわけ…「愛ってなんだ?」,「仕事ってなんだ?」,「夫婦ってなんだ?」,「家庭って...一体何なんだろ?」,ってな問いとの格闘が始まった…同じ年代の方々にも問うてた...たいていは...「我慢、我慢、どこもそうです」って…^^;…?...でも、わたしゃそんなん無理ぃ〜〜〜だって、お互いの人生を冒涜してる!!って...のたうち回ってた...いま思うに...クライシス極まってた...危機管理なんて病院じゃ俎上に載ってても足下の危機管理なんて誰も考えもしてやしないものなのよね ?...でも...いつの間にか…囲碁は強くなってたあるね…^^;v

To be cotinued...
画像:http://jpninfo.com/6801 より 引用 Orz〜
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記憶では...こんなムーンサルトのようなループだったのよね…ブルブル…^^;;

医局に戻って、happyにも〇〇班に在籍させていただけたわけですが不肖なこのわたしめが◯代目Prof.の最初のウンテンであったことを誇らしく思っています。電顕の仕事告白しますがそんなに好きじゃなかったんだけどOrz必死で写真とってもそのquolity 評価は良くてBcみたいな感じだったっけなぜなのかよくわからないままなものだから進歩することもなく自分の鼻の嗅細胞が固定されてるに違いないと思いつつもホルマリンで標本を固定してましたわその匂いが香ばしかったようにも思い出されたり?...わたしゃ研究にゃ向いてなかったようでいつも遅くまで研究室にいてられた〇〇先生には畏敬の念を抱いておりました外見はいかつい〇〇先生はお話しするととってもソフトで,わたしと比べてもしょうがないんですが ^^;紳士だったりとマンガの何とか荘みたいな個性がピカピカ光ってました☆ ファンキーキャラの〇〇先生は存在そのものが破天荒Orzそんなおもろくも優しかったてんこ盛りの先輩方との研究生活は楽しい思い出ばっかりがいっぱい詰まってます♪ 今は亡き〇〇さんの夜中の飲み屋への呼び出しに、わたしゃ無理ぃ〜ってほろろにお断りしてたんだけどそのコールにお酒好きの〇〇先生はいつも付き合われてたその先輩も開業してどのくらいだったかなぁ年賀状の写真を見るたびに貫禄が(ご本人は太っ腹になったのよ ^^ なんて腹鼓をポンポンと叩かれてましたが)旅立たれましたその先輩とはネーベン先が同じだったとき、富士急ハイランドへのバスツアーの病院旅行で、ナースに無理やり乗せられてジェットコースターから死人のように青白い顔で降りて来られたのを見た瞬間、わたしゃ嘔気を催し尻尾巻いて姿を眩ませたこと、夜は、高校生のように看護婦さんらと浴衣の裾も露に ^^ 枕投げしたことが懐かしいわ ^^いつも気さくなイケメンの、飲み屋のママさんから大学病院の医局にお誘いの電話がかかって来ちゃうような、なんでも車までプレゼントされたという噂もほんとうに思えるくらい(医者にしてるのが勿体ない ^^ホストならNo1になれそうな?)男も惚れちゃう男気の漂う(フェロモン出てたんだと思うなぁ?)〇〇Bちゃんも挨拶もなく逝ってしまってたのをずいぶん経って知りましたネーベン先の〇〇先生の霊前へのご挨拶もできてないままだなぁm(_ _)m
とにかく、逃避指向の高いわたしはドン〇〇先生の目を盗んでは当直室で某〇〇先生と碁盤を囲んでましたっけでも、そうはいっても、大方はラットファーストとなる生活だったと思います麻酔かけたラットの尻尾からの静注がコンプリートになった頃、病棟の入院の方の点滴なんて朝まし前ってな(紋々入ってて血管がよく見えない御仁にだって快刀乱麻のように)くらいのテクはその頃,今風なら、神ってた!! …(鬼神が乗り移ってるよな)ゾーンに入ってたんではないかいなぁ^^人間国宝ものの技?...ま、それまでが、ラットの麻酔が覚めるまでに入らず何回も何十回も麻酔かけてて夜中になるわ、寒いわ麻酔かけてるこっちが麻酔にかかりそうになるわ^^;;の孤独な戦いの末に真剣白刃取りのように静脈に細い針がスパッと入る瞬間の感触をはたと掴んだのでしたわたしが、職人さんが好きな理由・ルーツはこんなところからかも知れんなぁ?...
 
To be continued

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