アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

コーヒー

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COFFEE ON THE ROCK / KEY COFFEE

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これまんずまんずで飲めた♪
わたしのようながぶ飲みに向いてる...かな...^^v
おいしい豆を濃いめにドリップしたのをアイスにぶっかけたら美味いはずだよね!!?
こんどやってみよっと ^^v
まずは...おいしい豆を入手しなきゃいけないぞぉ〜〜〜♪

三田屋...

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ここは、2号線を下ってると倉敷に入る手前で入り口が待ち構えてるって感じ ^^;v
少し前に行ったんだけど...そんとき濡れて...上り道でタイヤが滑ってたぁ...
昼と夜とは肉質が変わるとの由だけど...ふつうに美味しい♪
ピアノが奏でられる中で、飲むヒーコは贅沢ね ^^
トラジャコーヒーってなことです...☆☆☆
ぐずついてた空もいつのまにか晴れて来てた♪
たいてい、わたしは晴れ男なんだわさ!!

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今日も晴れて来た〜〜〜♪
夕方から...みんなが快気祝いしてくれるんです ^^v

ホンキートンク...^3

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息子がカフェオレに嵌ったようで...おいしいところに連れってくれ〜と言う...
ここは、いままでコーヒーのお替わりした4店舗のうちの一つ!!
台風の影響なんてどこ吹く風のピーカンの中...出かけた...
倒れず歩くのが難しいようなムンムンな熱気の大気から脱出して店内に潜入♪

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わたしは、アイスのハード所望...たっぷりのお願いって甘えるも...こんだけ...^^;...
息子とインドでラーメンのお店を開いたらとか、夏休み留学したいと言うから、どうせなら1年くらいホームステイした方が意味あるんじゃないのか?とか、宗教違ってたら、えらい目に会うことあるらしいぞとか、知ったかぶりな法螺話もどきをだべり...体内からもクールダウンちょっぴりできたところで帰宅...
贅沢な時間だぁ〜Orz...

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" カフェ " / 国吉 康雄

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国吉 康雄 " カフェ "

7/15から岡山県立美術館で彼の回顧展始まってる。行こうと思ってる♪
彼は岡山出身だって知らなかった...^^;...

画像:http://blog.oricon.co.jp/kinren/12 より Orz〜
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国吉は、17歳でアメリカに渡り、21歳のとき画家を目指してニューヨークに移る。10年後、初めての個展を開き、日本の伝統でもなくヨーロッパ絵画の伝統でもない独自の世界が高い評価を得た。」

*たしか...彼が描いた絵が向こうの学校の先生の目にとまり、画家の道を進められたのがきっかけのような話を読んだ記憶あり...♪...その先生は...名伯楽じゃん!!


国吉 康雄 (くによし やすお1889年9月1日 - 1953年5月14日)は、洋画家岡山県岡山市中出石町(現・岡山市北区出石町一丁目)出身。 20世紀前半にアメリカを拠点に活躍、国際的名声を博した。・・・1921年、ニューヨークのダニエル画廊で初個展。子供や牛を題材にした、プリミティブで幻想的な画風は、徐々にアメリカの画壇でも認められていく。
その後1925年28年と2度に渡ってヨーロッパを旅行するが、2度目の旅行を契機にして、従来の幻想的画風から写実的な表現へと大きく変化していく。この画風の変化は、パリで行動を共にすることが多かったパスキンらエコール・ド・パリの作家の影響が大きい。中でも、大恐慌後の暗い世相を背景にした、憂愁や倦怠、孤独感などを漂わせた女性像(「横たわる女」など)は、その後の彼の作品の中心的モチーフとなっていく。1929年ニューヨーク近代美術館の「19人の現存アメリカ画家」展に出品、1931年にはカーネギー・インスティテュート主催の国際美術展で佳作を受賞。アメリカでの評価が高まっていく中、同年日本に一時帰国、マスコミなどの熱烈な歓迎を受ける。1933年には母校のアート・ステューデンツ・リーグの教授に就任、以後没年まで20年間その職にあった。・・・1935年に発表した「デイリー・ニューズ」あたりを境に、彼の画風は従来の社会的な要素に加え、新たに心理的な側面も色濃くなってくる。これは、帰国時に体験した日米間の文化的ギャップや、身辺に起こった数々の不幸などによって余儀なくされた、祖国喪失者としての自覚や、それに対する苦悩や葛藤の表れとされる。さらに、1941年開戦に繋がる日米関係の急激な悪化が、その陰影をより深いものとした。
日米開戦後は、友人達の尽力などによって強制収容所入りは免れたものの、敵国人としての苦境は変わらず、日本向け短波放送で反戦を訴えたり、反日ポスターの製作などを行ったりしている。戦中に製作された「誰かが私のポスターを破った」「飛び上がろうとする頭のない馬」などは、戦争の悲劇や人間存在への虚無感を強く感じさせるが、同時に微妙な立場に置かれた彼の深い苦悩と、リベラリストとしての抵抗を物語っている作品とも言える。
戦後は、当時台頭しつつあった抽象表現主義シュルレアリスムも意識した、赤を主調とした重々しい雰囲気の画風に転じる。仮面をつけた一連の人物像などは、戦後の不安感を強く暗示していると言われる。1948年ホイットニー美術館で、現存作家としては初の回顧展を開催。1952年には第26回ヴェネツィア・ビエンナーレに、アメリカ代表として出品。同年の移民帰化法の成立により、ようやくアメリカ市民権を保有する資格が生じたものの、その手続きが完了する前に、翌年胃癌のため死去。死後間もなくニューヨークで追悼展、東京で遺作展がそれぞれ開催された。
現在では、ベン・シャーンエドワード・ホッパーらとともに、20世紀前半のアメリカを代表する画家の1人として評価され、その名声は世界的なものとなっている。代表作は前記の他に、「牛のいる風景」「夏の嵐」「私は疲れた」「二つの世界の間」「祭りは終わった」「舞踊会へ」など。
2004年には「カフェ」が日本郵政公社発行の『日米交流150周年記念』切手デザインとなった。」


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http://blog.oricon.co.jp/kinren/12 に素敵な絵が蒐集してあるぞ〜♪

カフェは彼にとって憧れのアメリカ文化の象徴であり、
疲れを癒す/韜晦できる場であり、
何かとの邂逅/発見/創造触発の場でもあったんだろなぁ ^^

珈琲舎...^2

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一応、タバコ激減したといってもスモーカーなもので...^^
とうぜん喫煙席で...スモーカー&ノンスモーカーの共生が図られなけりゃいけません!!
その点、このお店は未来の先取り♪...と思ってる...一周遅れは未来の先陣なのよ ^^v
ブラジルコーヒー所望...カップの色合いが舐め回したいようないい塩梅♪
しばし...いろんな余韻にしたる...時間が悠揚と流れてた...


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