アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

好きな絵

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前と同じサイトで紹介されてたものの中でわたしも気に入ったものです。

画像:上:アレクサンドル・カバネル『ヴィーナスの誕生』 1863年

http://blog.so-net.ne.jp/lapis/2007-04-21-1

「この作品は、最も甘美なヴィーナスの一つであろう。カバネルは、19世紀フランス・アカデミーで最も成功した画家であるが、現在の日本では知名度が低い。彼の名前が残っているのは、この絵が出品されたサロンで、マネの『草上の昼食』が落選したためである。しかも、皮肉なことに、この二つの作品は、ともオルセー美術館に展示されている。『草上の昼食』よりもこのヴィーナスの方が遙かに僕好みの作品である。」

わたしもお気に入りですね♪
艶めかしくそそられるのがいい。^^

http://www.h6.dion.ne.jp/~em-em/page211.html

「 ウィリアム・ブーグローと並び称されたフランス官展派の画家、アレクサンドル・カバネルの代表作です。
  泡立つ波の上に扇情的なポーズで横たわり、乳白色に輝く肌を誇示する美と愛の女神。麗しく整った理想的な肢体や長く豊かに流れる金髪といった尊貴な神性にふさわしい特徴を持ちながら、露骨に開放的な姿で鑑賞者を誘う官能性はまさしく現世の女のものです。
  天の存在と地の存在、どちらとも取れるこの曖昧さは賞賛と批判の両方を受けました。時のフランス皇帝ナポレオン3世に買い上げられ、1867年のパリ万博にも出品されるという栄誉に浴する一方で、文学者にしてサロンの批評家でもあったエミール・ゾラからは次のような非難を浴びせられています。
「ミルクの河で溺死しているこの女神はまるで美味そうな娼婦だな。ただしこの娼婦は卑しい肉と骨から出来ているのではなく、ピンクや白のマジパン製だが」
  マジパンとはアーモンドと砂糖を練り混ぜた粘土状のお菓子で、よくケーキを飾る花や人形の細工物などに使われるものです。なるほど、このヴィーナスの泡雪のようになめらかで甘美な肢体にはいかにも似つかわしい例えですね。」

そうか扇情的っていうんだ。♪
奇麗なものに扇情することのどこが悪いんでしょうね?
美しいものの方が罪ってことじゃないですか。。。^^;

「カバネルの扇情

 アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel,1823-89)はアカデミックなスタイルの肖像画や神話などを題材とした絵を描き続けた19世紀フランスの画家です。その絵はウィリアム・ブーグローと並び称されました。

 官能的な美しさをもった『ビーナスの誕生』(La Naissance de Venus,1863)がナポレオン3世に買いあげられるなどして一躍注目を集め、当時最も人気のあった肖像画家です。いまもなおそのエロティシズムが零れ落ちてくるような絵はコレクターを刺激しています。
 エコール・デ・ボザールの評価は最近見直されているとはいえ、長く印象派によって隅に追いやられていた感じがあります。しかし、その技巧はもちろんのこと、絵の妖しさもなかなかのものを秘めているようです。

 カバネルが描く女性たちは、現世的な美しさ、柔らかさ、豊かさを充分に備え、扇情的ですらあるのに、同時に天上的あるいは彼岸的な印象を受けます。あまりにも理想化された官能が、現実から乖離しているのでしょう。
 それは上述したブーグローも同じですが、比喩的な表現をするならばカバネルには闇の魅力があります。『ケレール伯爵婦人の肖像画』(Portrait of Countess de Koller,1873)などは、その絵を焼きつけた陶器板をそっと鞄に忍ばせておきたい気もします。

 突き抜けてゆくような凄みではありませんが、美しいグラスになみなみとついだ透明な水に血の一滴をたらしてそれを見つめるような楽しみがあります。
 なお、サロン展に入賞した『ビーナスの誕生』の陰で、これに落選したのがマネの『草上の昼食』であることはよく知られます。」

「ケレール伯爵夫人の肖像画」はアップできませんでした。Orz〜

アモリー・デュヴァル

この絵も初めてです。。。^^v

アモリー・デュヴァル『ヴィーナスの誕生』1862
どうも画像がアップできません。Orz〜
以下のサイト参照願います。

http://blog.so-net.ne.jp/lapis/2007-04-21-1
「アモリー・デュヴァル(Amaury-Duval)はアングルの弟子で、『アングルのアトリエ』(1878年)という回想録を残している。アングルは、デュヴァルに絵筆を握らせる前に徹底的にデッサンの訓練をさせたという。この端正なヴィーナスの顔には、どこかアングルの影響が残っているような気がする。」

http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2001Hazama/04/4400.html
真贋のはざま
「はじめに――アングルの素描教育

 アモリー=デュヴァル(Amaury-Duval)の回想録『アングルのアトリエ』(1878年)は、19世紀当時のフランスにおける絵画教育の実態について教えてくれる貴重な歴史的資料でもある。晴れて弟子入りを許されたアモリー=デュヴァルに対して、厳格な師アングルが絵筆を握らせる前に課したのは、長期間にわたる素描(デッサン)の訓練であったが、それには3つの段階があった。最初の訪問の日に、「貴方に版画を数枚あげますから、それを模写するように。できたものを私に見せにいらっしゃい」と申しわたしたアングルは、まず紙挟みからラファエッロの原作に基づくマルカントニオ=ライモンディの複製版画を2点(キリストと使徒を表したもの)取り出した[1]。版画をもらったアモリー=デュヴァルが、喜び勇んで模写の修練に励んだのは言うまでもない。

 さて、かなり長い間、版画に基づく素描(le dessin d'apr峻 des gravures)の訓練を積んだアモリー=デュヴァルは、次の段階としてラ・ボッスに基づく素描(le dessinn d'apr峻 la bosse)、すなわち古代彫刻の石膏レプリカ(les moulages en pl液re de sculptures antiques)に基づく素描へと進むことを許された。この段階にいたってアモリー=デュヴァルの耳に頻繁に入ってきたのが、半濃淡(demi-teinte)という言葉である。「石膏像は私の眼には、光の中では白く、影の中では黒いものであった。そしてかなり興味深いことに、実際のところ訓練されていない眼は、私たちが肉付け(model氏jと呼んでいるもの、すなわち半濃淡による光から影への移行を識別しないのである」[2]。石膏レプリカの素描は、半濃淡を用いた的確な陰影表現を習得することを目標としていたのである。そして第三段階が、生きたモデル(mod粛e vivant)を使った、自然に基づく素描(le dessin d'apr峻 nature) であり、その後でいよいよ絵筆を握ることになる。「モデルに基づいて素描し、そして色を塗ること! まさしくそれが私の野心であった。私の最初の欲望は満足した。しかし、なんと多くの新たな困難があることか!」、と自らの体験を振り返ってアモリー=デュヴァルは嘆息する[3]。

 このように、絵画教育カリキュラムの中核を占める素描の段階的訓練において、複製版画と石膏レプリカを「コピーする(copier)」ことは、必須のプロセスであった。それでは、油彩による模写の方はどうだったのか。「アトリエでの授業は昼頃には終わった。私たちは暇になると、残りの時間は、巨匠たちに倣ってクロッキーしたり模写したりするためにルーヴル美術館に行くか、それとも美術学校の講義に出るかであった」[4]。事実、素描の全段階を終えると、油彩による頭部の模写をさせるのが通例であり、その場合、巨匠の作品もしくは教師自身の作品が手本となっていた。ただし、ルーヴル美術館に行く場合、アングルはラファエッロの部屋に直行せよとアドヴァイスはするものの、油彩模写に関しては積極的には勧めなかった。「巨匠たちに基づいて簡単なクロッキーをしなさい、と彼[アングル]は私たちによく言いました。それが巨匠の作品を注意深く見て、よく研究する手段です。でも、絵を[油彩で]再現するために時間を失うのは無駄なこと。忍耐力があればできることなのだから。そのやり方を探している間に、あなたたちは大事なこと、一言でいえば傑作を成すものを見失ってしまうのです」[5]。

 名画を油彩で模写する教育的効果に対して、アングルの不信感はなかなか根深い。クロッキーせよとは、あくまでもデッサンせよと言うに等しく、線描による本質の把握こそが肝要であるという古典主義的な信念がかいま見える。このことは、石膏レプリカと模写画の性格の違いという本稿のテーマにも関わってくる問題で、両者ともに「複製」と言っても同列には論じられない。早い話、教育の場では、石膏レプリカをデッサンしても、模写画をデッサンすることはない。絵画を模写するなら、その技法が素描であるにせよ油彩であるにせよ、原作か複製版画からということになろう。そのことがまた、本稿で扱うふたつの美術館、国立美術学校に付設された「研究美術館」と、シャルル・ブランが創設した「模写美術館」の差異という問題にもつながってくるのである。・・・」

どの世界でもそうですよね。たとえ天才だって、、、最初は、倣う、盗む、習うことからじゃないと。新しいものはまず、いままでの古いものをよく知らないことには、何が古くて何が新しいことなのかさえ分からないはず。伝統の延長線上に破壊、想像はあるわけですから。フィジカルな分野でも、習うより慣れろってのは、いってみれば模写ですよね。^^v

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この絵は初めてみました。^^v

画像:上:アーニョロ・ブロンツィーノ『愛と時のアレゴリー』 = 「愛の寓意」 1545年
ロンドン、ナショナル・ギャラリー

http://blog.so-net.ne.jp/lapis/2007-04-21-1
「ブロンツィーノ『愛と時のアレゴリー』は、マニエリスムを話題にするときは必ず言及される有名な作品で、パノフスキーは、『イコノロージー研究』のなかで、この絵を詳しく分析している。澁澤龍彦の要約によれば、画面左側、クピドの後ろで髪をかきむしっている老婆は「嫉妬」、右側の笑いながら薔薇を投げようとしている子供は「快楽」を表している。その後ろの猛獣の足と蛇の尾をもつ少女は「欺瞞」。画面上部で布を剥ぎ取ろうとしている老人が「時」であり、左側でそれを手伝っているのが「時の娘である真理」である。
要するに、この絵の中のいちばん重要な人物は「時」の老人であってね、この老人がヴェールを剥いで「愛」というものの種々相をあらわにしているというわけさ。「快楽」に目がくらんでいる恋人たちには分からないが、この「愛」という悪徳には、じつは「嫉妬」もあり「欺瞞」もあり、もろもろの危険がひそんでいるということを警告しているわけさ。「時」がヴェールをぱっと剥いでしまったから、すべては白日のもとに暴露されてしまったのだね。
                  (澁澤龍彦「臈たけた女」『裸婦の中の裸婦』)」

たしかに、色んなことを考えさせる絵ですね。。。
昔から、エロスの愛は不可解この上ないものなんだよね。。。^^;
まさか、「色即是空」を表してるわきゃないよねえ。
人間はエロスという欲望に振り回される存在なんだ。たとえ、この絵が示唆するような結末が待っていようとも、翻弄されるのがエロスってものなんでしょうから、冷めてちゃ、エロスの熱く荒々しい風を肌で感じることなんてできやしないしさ。。。^^v

http://www.geocities.jp/riped_sin/bronzino.art.html
「本名はアーニョロ・ディ・コジモ・アローリ(Agnolo di Cosimo Allori )ポントルモの弟子としてスタートしてメディチ家お抱えの肖像画家となる。不自然に引き伸ばされた硬質な人体表現であり、マニエリスムの代表的画家。本作品はメディチ家の依頼でフランソワ王に贈るために描いたもの。様々な寓意に満ちた内容であり、そのイコノグラフィー(図像解釈)はパノフスキー著『イコノロジー研究』で特に有名。タイトル邦訳は《悦楽の暴露》、《愛欲のアレゴリー》など数パターンある。

文学部で美術史を専攻した。
パノフスキーの『イコノロジー研究』でこの絵を知り、一気に好きになった。
卒論はブロンツィーノにしようと決めた。
・・・
教授は静かに、まずはじめになんでこの絵がいいのかい、と訊ねてきた。
えっその、好きだからです、とおもわぬ質問に面食らって答えると、
どこが好きなんだいと重ねて訊ねてきた。
背景の色合いとか、人体の歪みとか、寓意がたくさんあるところとか・・・と答えると、
じゃあそれはなんで?と訊ねてきた。
私が詰まってしまった。

美術がおもしろいってのは人間にとっての普遍的な意味があるからなんだ。
ただ好き、なだけじゃ論文で人に絵のおもしろさを伝えられない。
その「なぜ?」を考えなさい。
そしてそれを知ること、つまり人間を知っていくことで、
深く豊かになることだけが文学部にいる意味なんだ。
まずなぜ自分はそれがいいのか考えて見なさい。
そしてそれから卒論をがんばりなさい。

この言葉はひどく響いた。
そして自分なりに考えた。
なぜ自分は、この絵の色合いや歪み、静けさと華やかさ、不安定さが好きなのか、
ブロンツィーノの絵や、マニエリスム、象徴主義、デカダンスが好きなのか考えた。

それは自分の内面構造の露骨な反映であると気づき、
さらにその構造の元になる原体験やこれまでの環境を考えた。

単純な自己分析に過ぎないだろう。
教授がおっしゃったような、歴史と人間の意味と普遍性にまではとても辿りつかない。
しかしこの絵は500年前のものであり、描かれた当時から何世代もの人々がこの絵に惹かれてきたことを考えると変わらない人間の一面、マニエリスムの時代の人々の姿が漠然とわかる。

私は美術史をやりたくてこの研究室に入った。
しかし大学院に進学せず一般就職をした。
美術史をかじったとも言えないようなものだ。
でも、専門知識は身につかずとも、このような美術の目を知れたのは本当にプラスだったと思う。」

画像:下:《 ラウラ・バッティフェルリの肖像 》 (1555-1560)
アーニョロ・ブロンツィーノ Agnolo Bronzino / 1503-1572
油彩・キャンバス 83 × 60 cm パラッツォ・ヴェッキオ

「本作品は肖像画家ブロンツィーノの作品中でも、異色の一枚。爛熟したマニエリスムの表れである。
引き伸ばされた首と、ねじれた体勢。マニエリスムの特徴を強く現している以上に、
この作品は華やかさとは異なる独特の空気を放っている。

長い間この肖像は詩の象徴であり、実在の人物ではないと思われていた。
しかし、このモデルの人物は実在していた。
当時では非常に珍しい存在である女流詩人であるラウラ・バッティフェルリを描いたものである。
ブロンツィーノはペトラルカ派の詩人としても活動しており、彼女は同じペトラルカ派の詩人として交流があった。彼女が鑑賞者に指で示すのはペトラルカのソネットの一節。
結い上げた髪を覆い紗をまとい、黒と白の質のよい服に金のシンプルなアクセサリーを身につけ、
その表情には人間らしさは薄く、犯しがたい神秘性がただよっている。
彼女を詩の才の象徴として描いているのが伺える。

彼の詩人としての活動は、芸術家としてのアイデンティティの問題も読み取れるのではないだろうか。
彼は詩人としての活動も行い、その才はありふれたペトラルカ派の詩人としては凡庸なものではあったが詩集の出版も行うなど、画家とは違う側面を持っていた。しかしそれは画家であることが彼のアイデンティティを確立し得なかったことの裏返しと考える視点も可能ではないか。」

ふ〜ん、、、才能の弾けてる人って、いろんな方面に興味あるから、、、というか、一つの方法だけでは自分を表せないと思えば、新たな手段を次々と模索していったっていいんじゃないでしょうかね。^^v

クラナッハ

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クラナッハの裸婦は独特の雰囲気がありますね。明らかにデフォルメされた想像のヴィーナスですよね。その絵をみれば作者は彼だって分かるような。^^
好きというより気になる画家です。^^v

http://www.asahi-net.or.jp/~mh4k-sri/art/cranacha.htm
「ルーカス・クラナッハ。1472年ドイツ生まれ。宗教改革で有名なマルティン・ルターと同郷、同時代の人である。実際、ルターとは親交もあって、肖像画も何枚か描いている。絵画に興味のある人以外で、彼の名を知っている人は多くはないかもしれないが、その裸婦像と、彼の手になるルターの肖像画はおそらくどこかで目にしたことがあるのではないだろうか。
闇の中にたたずむ裸婦は、題材によって、ルクレチアだったり、美の女神ヴィーナスだったりするが、共通するのは、痩身で胸が小さく、腹部がポッコリと出て長めの胴を微妙にくねらせた肢体と、はにかんだたような、それでいて蠱惑するかのような口元の笑みだ。裸婦の肌のきめは硬質でほの白く、暗闇との対比がひときわ際立つ。
細身で胸の小さなプロポーションはデューラーなど同時代の北方の画家にも見られるが、クラナッハのものはそれが徹底していて、独特だ。
時代は異なるが、豊満で、絹のような肌のキメを持つルノワールの裸婦像とは、まさに対照的な姿。そして、陽光の中であっけらかんと自らの体を誇示するルノワールの裸婦に比べて、クラナッハの裸婦像は圧倒的にエロチックだ。
・・・
クラナッハは非常に速筆、多作な画家であった。1502年にウイーンに赴き、この地で修行を重ねるうち、1505年にザクセン選定候フリードリッヒIII世の宮廷画家に任命され、その都ヴィッテンベルクに赴任。以降、そこに工房を構えて、息子のハンスやルーカス(同じ名前だ)をはじめ、多くの弟子や作業者を使って、注文主の要望に応じて多くの絵画を生み出すようになる。
彼に限ったことではないが、当時は、このように工房を構えて「生産」することが普通だった。
そのせいか、彼の描く肖像画は、服装や装飾具には凝っている反面、人物の表情が思いのほか単調だと感じるのは私だけだろうか。たとえば、傑作といわれる「ザクセンの3王女」や「ユディト」などを見ても、女性の表情はワンパターンとさえいいたくなる。きっと彼自身の理想の女性像なのかもしれない。
むしろ、ヴィッテンベルクに工房を構える前、ウイーンで活動していた頃のクラナッハの絵には当時の「ドナウ派」の流れを受け継ぐ個性と豊かなインスピレーションがあって、美術史的にはこちらの方が高く評価されているらしい。聖書や神話的な主題が美しく微細な自然描写の中に描かれていて、人物の表情もこちらの方が生き生きとしている。・・・
彼の十八番である裸婦像にも、シンプルに暗闇の中に裸婦が立っているもの以外に、キューピッドが寄り添っていたり、帽子をかぶっていたり、訓話のようなものが書かれていたりとバリエーション違いのものが数多く残されている。これらの作品が工房の中で、注文主に対して、「一丁上がり」的に「生産」されていたのかもしれないと思うと、ちょっと拍子抜けの部分もある。
・・・」

画像1:ルクレチア

「ルクレチア」という名の小さな裸婦像がウイーン美術アカデミー附属絵画館に飾られている。
ルクレチアは紀元前6世紀、タルクィニウス王がローマを支配していた時代の女性である。コラティヌスという貴族の妻であった彼女は、夫の留守中に、彼女に横恋慕した王の息子セクトゥスに陵辱を受け、夫に復讐をたくす手紙を残して短剣で自らを突いて果てた。そしてそのことが、後に暴君の一族をローマから追放し共和制ローマが誕生するきっかけとなった。それ故、彼女は「貞淑な夫人の象徴」として絵画の主題によく登場する。

よく見ると、この絵の中の女性も右手に短剣を携えている。しかし、それ以前に私たちの目は、黒い背景に浮き立つ、少女か大人かもわからないような独特な肢体にくぎ付けにされてしまう。裸婦の視線は鑑賞者に挑発的に向けられ、口元には笑みすらうかべている。そして、そのポーズは今にも踊りだしそうなくらい軽やかだ。

画像2:ルクレチア

「同じ作者による「ルクレチア」の絵がある。右の比較的早い時期の作品には、これから死に臨もうとする悲壮な決意のようなものが感じられる。下の作品はもっと直接的に絶望と悲嘆をあらわにしている。本来の主題からすれば、これらの絵の表情の方がふさわしいのだろうけれども、絵の完成度も含めて、この3作の中では、不思議なぐらい最初の一枚に惹きつけられる。 」

わたしはこっちの方が好きだな。。。^^

画像3:ヴィーナス

「フランクフルトのシュテーデル美術館にある「ヴィーナス」像はおよそ37cm×25cmの小品ながら名作の誉れたかい。飛躍するようだけど、この絵を見ると私は興福寺にある「阿修羅像」を連想する。
暗い静謐な空間に浮き立つ、年齢不詳の細身のプロポーション、虚空に伸びた腕、思いつめたような眉間と口元に浮かぶ微妙な笑み、大人に脱皮するまさにその瞬間を封じ込めたような刹那的な美しさ、それでいて我々を惑わす一種背徳的な妖しさ。
さすがに阿修羅像の持つ神秘的な、抑制の効いた美しさに比べると、クラナッハの描く美の女神はもっと世俗的で表層的であからさまに蠱惑的だけれども。 」

ルクレチアとほとんど同じにみえるのは気のせい。。。^^;

画像4:風景の中のヴィーナス

「この「風景の中のヴィーナス」が描かれたのは、1529年、前述の「ヴィーナス」が1532年、そして、冒頭の「ルクレチア」は1533年と、いずれも画家が60歳前後になってから描いた作品であることに注目したい。この頃になると、彼の二人の息子も一人前に工房を運営できるようになっていたであろう。そして、クラナッハ本人は、工房の仕事に手がかからなくなる一方で、自分の興味にまかせて小品を自ら仕上げる時間も手に入れたのではあるまいか。小品であれば、わざわざ工房で製作しなくても、画家自らが筆をふるえる。クラナッハの晩年の小品に傑作が多いのには実はそんな理由もあるようだ。
不敵に笑うルクレチアが描かれたのは、画家が61歳のときだ。実は最初、私は、3枚の絵を並べて、画家が年をとるに従って、この題材に対する思いに変化がみられたのではないかと疑ってみた。自らも(当時としては)老年に達し、クラナッハは、自らの貞操を昇華すべく短剣を胸につきたてた女性に究極の官能の姿を見出したのだろうか、と。
しかし、おそらく実情はそれほど深いものではないだろう。
案外、注文主より、「貞節の象徴ルクレチアを描いてほしい、しかし、表情はあまり暗くしないでほしい」というような要望があったというようなところかもしれない。

そう、重要なのは、題材よりも、クラナッハの確立した官能的な裸婦像の様式なのだ。そして、彼の描く装飾的で蠱惑的なエロスの世界は、400年の歳月を生き長らえて、19世紀末のクリムトへと受け継がれることになる。」

画像5:ルーカス・クラナッハ『 ウェヌスとアモル』 1531

http://blog.so-net.ne.jp/lapis/2007-04-21-1
「クラナッハの描くスタイリッシュな裸婦像には独特の魅力がある。完全なる裸体ではなく、透明な布・帽子・首飾りという装身具を身につけていることが官能的な雰囲気を高めている。このような絵を描いたクラナッハと宗教改革の立役者ルターとが友人であったという事実は興味深い。澁澤龍彦は、この作品について以下のように述べている。
ルーベンスやレンブラントどころか、イタリア・ルネサンスの裸体ともちがうね。彼らのように、色彩の交響のなかに裸体を解き放つのではなく、線と形体のなかに裸体を冷たく凝固させる。裸体をして、われわれの視線に撫でまわされるための、一個の陶器のごときオブジェと化せしめる。これがクラナッハ特有のヌードだな。十六世紀の画家とは思えないほど、おそろしくモダーンな感覚の持ち主だよ。
                  (澁澤龍彦「エレガントな女」『裸婦の中の裸婦』)」

そうか、蠱惑的、官能的を結晶化した絵なんだね。^^v

エッシャー^2

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見つけました。。。余りいい画像じゃないけど。。。

画像:上:婚姻の絆(和合の帯)
   下:昼と夜

   その下:鏡と静物
   その下^2:三つの世界
   その下^3:反射する球を持つ手
その下^4:重力
   その下^5:自由

いずれもおもしろ〜いって感じの絵ですが、、、心を揺らすオーラ度には欠けるきらいがあるかな。。。
この中では「自由」が好きかな (^^)

(ART TOUCH 美術展評 M.C. Escher http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/blog-entry-92.html

「エッシャーは、だまし絵(トロンプ=ルイユ)ではないと、谷川渥が『だまし絵』(河出書房新社)の巻頭で書いている。
 初期のころの作品には、木版画とは思えない大胆な空間表現もあるのだが、イタリアの風景を描く頃からおかしくなり、「平面の正則分割」の時期になると、アイデアだけの凡庸なイラストレーターになってしまう。
 錯視を利用したり、自然法則を歪めた図像は人を驚かせはするのだが、見ることの本来の楽しみとは違うような気がする。 だまし絵的な絵もあるにはある。たとえば、『球面鏡のある静物』は、ガラス瓶がブロンズ、新聞紙、書物という触覚的質感の異なるものと一緒に置かれている。瓶に映った室内の歪みが、瓶の球面のイルージョンを強め、その下に敷かれた新聞紙がだまし絵のようなリアリティーを獲得している。
 また、『三つの世界』は池の空間が三つに分かれている。一つは、落ち葉が浮かぶ池の水面、二つは、枯れ木が映っている池の鏡面、そして三つは、鯉が泳いでいる半透明な水の中。この鏡面と水面と水中の三つが重なって描かれている。これも、谷川渥がいう、空間的トリックを使った「だまし絵」とは言えないまでも、もともと存在しない空気と水の境界を現出(erscheinen)させて面白い。
 注:空間的トリックとは、絵画のイルージョン平面と絵画の物理的平面の二重性を利用したトリックのことである。たとえば、絵の中に額縁を描き、その額縁に実物大の蠅と影を描けば、蠅は絵画のイルージョン空間ではなく、もう一つ手前のより実在的な空間に描かれたように見えるというトリックのことだ。エッシャーの絵は、絵画の物理的空間への言及がないので、あくまでも、イラストの域をでることがない。 」

ちょっと辛辣過ぎない? (^^;

最下画像:自画像 エッチング


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