アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

証明

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

正三角形と外心円...☆

目から鱗の証明☆


正三角形ABCの外接円Oの弧BC上のどんな点Pについても、
 
 AP=BP+CP が成り立つ。

イメージ 1













































(証明) 
イメージ 2

PCの延長上に、BP=CQ となる点Qをとる。 

△APQは正三角形となり、

AP=PQ=BP+CP が成り立つ。  (証終)

(別証) 

四角形ABPCは円Oに内接するので、プトレマイオスの定理より、

AP・BC=BP・AC+CP・AB

△ABCは正三角形なので、 BC=AC=AB より、

AP=BP+CP が成り立つ。  (別証終) 」


*後半は、味も素っ気もないけど...たしかにね♪
  前半の証明は見事ですねぇ☆

アーベルの総和公式☆

当たり前と言えば言える事実なのにも関わらず...
数式で表されると途端にピンと来にくくなることが多くなっちゃうのが不思議やら情けないやら...^^;


Abel の総和公式

イメージ 1

上式を見ても、その意味が掴みきれない方は、次の模式図でご理解ください。

*ハイハイなぁ〜♪

イメージ 2


左辺は、図の緑色の面積、右辺は、長方形の面積から水色の面積を引いたもの 」

*なるほどわかりやすい☆
b(k)-b(k+1) だから...実際はマイナスになってるわけね ^^
3次元版でもできそうな...?
ってことは...n次元に拡張できそうな...?
気がするだけかいなぁ...^^;...
少し前から...この証明を考えていたんだけど...わからず...調べたら素敵なの見つけた♪


定理(ウィルソン)  

有理素数 p に対して、 (p−1)!≡ −1 (mod p)

(証明) 

素数 p が 2 の場合は、明らかに成り立つ。

奇素数 p に対して、フェルマーの定理より、1≦k≦p−1となる任意の整数k に対して、 

p−1≡1 (mod p) が成り立つ。

したがって、多項式F(X)=Xp−1−1 において、

F(1)≡0 、 F(2)≡0 、・・・、 F(p−1)≡0  (modp)

よって、

F(X)≡(X−1)(X−2)・・・(X−p+1)  (modp) と因数分解される。

そこで、X=0 を代入すると、  

(−1)p−1・(p−1)!≡−1 (mod p)

 p は奇数なので、  (−1)p−1=1

よって、(p−1)!≡−1 (mod p) が成り立つ。 (証終)


(コメント) ウィルソンの定理は逆も成り立つ。 すなわち、

 (p−1)! ≡ −1  (mod p) ならば、 p は有理素数

(証明) 

p が有理素数でないとすると、2つの自然数 m 、n (2 ≦ m、n < p)を用いて、

p = mn と書ける。

このとき、m は(p−1)! の約数で、(p−1)!+1 の約数に

はなり得ないので、p は、(p−1)! +1 の約数になり得ない。

これは、条件に矛盾する。 よって、p は素数でなければならない。 (証終)

例 p=7 のとき、 (p−1)!=6!=720 =103×7−1 ≡ −1 (mod 7)


定理(ライプニッツ)
  
有理素数 p に対して、 (p−2)!≡ 1 (mod p)

(証明) 

ウィルソンの定理より、

(p−1)! ≡ (p−1)(p−2)!≡−(p−2)!≡−1  (mod p)

なので、 (p−2)!≡ 1  (mod p) が成り立つ。 (証終)」

*上の、フェルマーの小定理での証明がスマートね☆
自分で気づけなかったのが悔しい...^^;

http://ja.wikipedia.org/wiki/ウィルソンの定理 より Orz〜
この定理は、10世紀ペルシャの数学者イブン・アル・ハイサム(アルハゼン)によって最初に発見された。しかし、ヨーロッパでは長いこと知られず、イギリスエドワード・ウェアリングの弟子だったジョン・ウィルソンによって発見され、1770年にウェアリングによって公表され、「ウィルソンの定理」の名がついた。しかしウェアリングもウィルソンもこの定理の証明はできず、1773年ラグランジュが最初の証明をした。なお、ゴットフリート・ライプニッツがその一世紀前に結果に気がついていたという証拠があるが、ライプニッツはそれを公表しなかった

p = 2 の場合は成り立つので、以下pは奇素数とする。pは素数だから法pに関する原始根aが存在する。このとき、フェルマーの小定理より、
http://upload.wikimedia.org/math/2/8/3/283d39e1dc00b77676c23e1506717ec6.png
aは原始根だから、a1a2, … ,ap-1(≡1)はそれぞれpを法として還元すると、12, … ,p-1の並べ替えである。よって、
http://upload.wikimedia.org/math/d/7/b/d7be830093759450f2acd94e2b8bf8f7.png
となる。一方、
http://upload.wikimedia.org/math/8/7/f/87f90055bfa38a7276aa7bf14c456133.png
が成り立つ。b=ap(p-1)/2とおくと、b2 ≡ 1 (mod p) だからb ≡ ±1 (mod p) である。示したいのはb ≡ -1 (mod p) なのでb ≡ 1 (mod p) と仮定して矛盾を導く。aは原始根だから、フェルマーの小定理より、p(p-1)/2はp-1で割り切れる。ゆえにp/2は整数となるが、これはpが奇数であることに反する。Q.E.D. 」

*この原始根の性質を使ったものは簡潔だけど...消化不良...^^;;...Orz...

画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ より Orz〜
イメージ 1
「ジョゼフ=ルイ・ラグランジュJoseph-Louis Lagrange1736年1月25日 - 1813年4月10日)は、イタリアトリノで生まれフランスで活動した数学者天文学者である。オイラーと並んで18世紀最大の数学者といわれている。・・・ラヴォアジエの処刑について「彼の頭を切り落とすのは一瞬だが、彼と同じ頭脳を持つものが現れるには100年かかるだろう」と語ったと言う。またマリー・アントワネットの数学教師でもあり、「なぜ私が残されたのかわからない」と彼女やラヴォアジエの処刑を嘆き、一生苦しんだ。解析力学の研究では、ラグランジュはそれまでの幾何学的方法を排除して、ダランベールの原理、仮想速度の原理を基礎として、純粋な解析学の構築を行った。エネルギー保存則からは、最小作用の原理を導出した。また数論に関する業績もある。全ての自然数が高々四つの平方数の和によって表されるという定理はラグランジュの四平方定理と呼ばれる(1770年)。また、ウィルソンの定理(の逆?)を証明した(1771年?)のも彼である。さらに彼は、五次以上の方程式がベキ根によっては解けないことについても研究し、根の置換など群論の先駆けとなるような研究も行っている。この問題は後にアーベルによって証明された。(もっともラグランジュ自身は解けるための条件を示したのであり、可解という可能性は捨てていなかった)彼は、度量衡の標準化に尽力したことでも有名である。1788年、『解析力学』(Mécanique analytique)を出版した。・・・」

*オイラーの見逃していた、ラグランジュ点の三角解を彼が見つけられたのも凄い ☆
http://ja.wikipedia.org/wiki/ラグランジュ点 より Orz〜
イメージ 2

2つの物体が両者の共通重心の周りをそれぞれ円軌道を描いて回っている時に、この2体に比べて質量が無視できるほど小さな第三の物体をある速度を与えてこの軌道面内に置くと、最初の2体との相対位置を変えずに回り続けられるような位置が5つ存在する。2体の共通重心を中心としてこれらと同じ周期で回転する座標系から見ると、ラグランジュ点では2体が作る重力場遠心力と釣り合っている。このために第3の物体は2体に対して不動のままでいることができる。各点はL1〜L5と呼ばれる(図参照)。1760年頃、レオンハルト・オイラーが制限三体問題の解として、主星と従星を結ぶ直線上にあるL1からL3までの解(オイラーの直線解)を発見した。その後、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ1772年に "Essai sur le problème des trois corps" (『三体問題に関するエッセイ』)という論文を発表し、オイラーの解は一般の三体問題の場合にも成り立つこと、主星・従星を一辺とする正三角形の頂点 (L4, L5) も解(三角解)であることを示した。この業績によってラグランジュとオイラーはこの年のフランス科学アカデミー賞を共同受賞した。」

a≧b>0 、X≧Y>0 のとき、 aX+bY≧aY+bX が成り立つことを示せ。

 また、等号が成り立つのは、 a=b または X=Y のときに限ることを示せ。

 <図を用いた直感的説明>  
下図をじっと見つめていると、不等式の意味が鮮やかに理解できることでしょう。

イメージ 1

この図を用いた証明をみたら、次のような代数的な証明は、とても味気なく感じられる。

 (証明)  
(aX+bY)−(aY+bX)=a(X−Y)−b(X−Y)=(a−b)(X−Y)≧0

 等号成立は、a−b=0 または X−Y=0 のときに限る。


 なお、この不等式において、 a=X 、b=Y とおくと、

            2+b2≧2ab

が得られる。これは、相加平均と相乗平均の関係式で、このことから、 aX+bY≧aY+bXという不等式の、不等式の世界における位置づけが分かるのではないだろうか?

(参考文献: 西元教善 著 相加相乗平均の不等式を産み出す根源的不等式について(数研通信))」


これから...
次は即言えますね ^^

a(1)≧a(2)≧...≧a(n)>0, x(1)≧x(2)≧...≧x(n)>0 のとき、

Σa(k)*x(k)≧Σa(k)*x(n+1-k) が成り立つ。

nが奇数のときは真ん中は変わらず...
a(1)*x(1)+a(n)*x(n)≧a(1)*x(n)+a(n)*x(1)
a(2)*x(2)+a(n-1)*x(n-1)≧a(2)*x(n-1)+a(n-1)*x(2)
のように、両端同士で同じことが言えるので全体でも言える。
nが偶数のときは明らかなので、上のことは、2≦n の nで成立。

ベクトルの内積で考えると...
下の図のようになる...
絶対値で考えたとき...符号が変わる領域がありそうな気が...?
考えてたけど...よくわからず...^^;
イメージ 2

イメージ 1

「幼いころから神童といわれ,一生を通してあらゆる方面に才能を示したが,何にでも手をつけたために特定の分野では第一人者になることができなかった。彼は外交官・哲学者・政治家であり,また旧教と新教の調停者でもあった。・・・」

「グレゴリー・ライプニッツ級数
 πと関連をもつ無限級数として最初に発見されたものは,1671年に発見されたグレゴリー・ライプニッツ級数
 π/4=arctan1
    =1/1−1/3+1/5−1/7+1/9−1/11+・・・
=Σ(−1)^(n-1)・1/(2n+1)
があげられます.ライプニッツはπ/4がすべての奇数の逆数を交互に加えたり引いたりしてえられる無限級数の和に一致するという事実に対して「神は奇数で楽しむ」と書いていて,この式に自然の神秘の深遠さを感じ,外交官への道から数学の研究の道に転じたといわれています.

「ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646年7月1日グレゴリオ暦)/6月21日ユリウス暦) - 1716年11月14日)は、ドイツ哲学者数学者ライプツィヒ出身。」...wikiより

http://araischool.seesaa.net/category/8853037-2.html より 引用 Orz〜

「天才数学者はこう解いた、こう生きた」木村俊一
・・・
「ライプニッツが苦しんだx^4+1の因数分解」

x^4+1 の因数分解にあの天才ライプニッツが手こずったのねぇ...^^
すでに虚数ってのは知られてたはずなのに?

4x^4+1 なら...
4x^4+4x^2+1-4x^2
=(2x^2+1)^2-(2x)^2
=(2x^2+2x+1)(2x^2-2x+1)

だから...
4x^4=y^4 ってことで...4=2^2だから無理ね...?
無理矢理すると...
x=y/√2 で...
(y^2+√2y+1)(y^2-√2y+1)

あとは...
x=cosθ+i sinθ
(cosθ+i sinθ)^2=±i=cos(π/2)± isin(π/2)
x=±(cos(π/4)± isin(π/4)
  =±(√2/2± i*√2/2)
これらは...
和=√2, 積=1 と、和=-√2, 積=1
で、最初と同じ因数分解となることがわかりますけど...^^;...

画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/アブラーム・ド・モアブル より Orz〜
イメージ 2

「アブラーム・ド・モアブルAbraham de Moivre, 1667年5月26日 - 1754年11月27日)はフランス数学者である。
シャンパーニュ地方に生まれたがカルヴァン派の新教徒(ユグノー)であったため、1685年ナントの勅令が破棄されるとイングランドへと亡命した。したがって彼の業績はイングランドにおけるものであり、また生涯を通じて困窮していた。
主な業績としてド・モアブルの定理を証明したことが知られている。・・・」
ライプニッツが、ド・モアブルの定理を知っていたかどうかは怪しいけど...?
「レオンハルト・オイラー(Leonhard Euler, 1707年4月15日 - 1783年9月18日)は数学者物理学者であり、天文学者(天体物理学者)である。スイスバーゼルに生まれ、現在のロシアサンクトペテルブルクにて死去した。」...wikiより
オイラーはこれを知ってて...
イメージ 3
オイラー(17071783)が上の定理を考え出したのは174112月頃に出したゴールドバッハへの手紙からです。(この文は「数学セミナー20062月」に掲載された東工大教授黒川信重氏の記事から引用) それでは、下にあるドモアブルの定理から nを無限大にして極限をとって導いてください。
                                                」

・みかんさんのもの Orz〜

「オイラーがそれをド・モアブルの公式の極限(cos(θ/n)+isin(θ/n))^n → (1+(iθ/n)^n → e^(iθ)
から発想していたということは,今回はじめて知りました。天才の心眼は冴えていたのですね。」

イメージ 4

*感動ものね☆

.
スモークマン
スモークマン
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(1)
  • ヤドカリ
友だち一覧
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事