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こんにちは、ゲストさん
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問題348 日光東照宮の眠り猫って有名なんだ...^^; そんなことも知らないままのわたしだけど...日光には行ってみたいとず〜〜〜っと思ってます♪ さて、この猫にはいろんな隠喩があるようですがご存知? |
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問題347 「『 悪魔のように黒く 地獄のように熱く 天使のように優しく 恋のように甘く これが珈琲である 』 〜 by タレーラン 〜 」 この言葉は...フランス外交官タレーランの言葉としてつとに有名なんですが... 「地獄のように熱く」...ってフレーズなんだけど... 実際は向こうのコーヒーってぬるいそうですね...^^; その事実とこの言葉は矛盾しないとしたら...どう解釈したらいいのでしょうか? 「シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール伯爵(Charles-Maurice de Talleyrand-Périgord, 1754年2月13日(2月2日説も)- 1838年5月17日)は、フランスのフランス革命期・第一帝政期の政治家・外交官。ナポレオン・ボナパルトに仕え、なおかつ裏切り、ウィーン会議以後も首相、外相として活躍し、40年にわたってフランス政治の中心に君臨した。 「タレーランは、金儲けに精を出していないときは、陰謀を企んでいる」と酷評されたが、一方で敗戦国が戦勝国に要求を呑ませたことで敏腕政治家・外交家としての評価が高い。 有名な画家ウジェーヌ・ドラクロワは、その容貌、容姿の酷似やフランス政府の保護などから、息子ではないかといわれる。フランス第二帝政の政治家シャルル・ド・モルニーは孫。・・・ 評価 ナポレオンとタレーランは、互いの天才的な才能を認めあったが、必ずしも親しい関係ではなかった。タレーランの老獪な政治手法をナポレオンは「絹の靴下の中の糞」とこき下ろすこともあった。タレーランは、変節の政治家として嫌われることも多いが、名外交官としてオーストリアのメッテルニヒと並び称され、今も評価が高い。メッテルニヒとともに外交の天才と称されることもある。タレーランは、長年対立関係にあったイギリスとフランスの同盟関係を固め、19世紀と20世紀の200年続く両国の協調と同盟の基礎を作った。両国の同盟関係により後の第一次世界大戦と第二次世界大戦のフランスを勝利に導いたのはタレーランの外交の遺産であった。 タレーランが提案したメートル法が世界の多くの国で度量衡の基準として広く用いられている。 現在でも、欧米では交渉の場で卓越したものの代名詞として使われる。 エピソード 美食家として知られ、シェフとしてアントナン・カレームを雇い、重複のない、季節の食材のみを使用した1年間のメニューをつくる事を命じている。ウィーン会議の間もたびたび夕食会を主催し、そこで出された料理は出席者の評判をさらい、カレームの名をヨーロッパ中に広げるきっかけとなった。 あるとき、タレーランは2匹の大きなヒラメを入手した。これは、当時としては大富豪でもなければ不可能なことだった。さっそく客たちにふるまうことにするが、しかし2匹同時に食卓に出せば自慢と受け取られ、反発されることも予想される。そこで、1匹目のヒラメを客の目前でわざと皿から落として料理を台無しにしてしまった。残念がった客に2匹目のヒラメを持ってこさせたため、客はおおいに喜んだといわれる。 語録 1789年以前に生きたことのない人に、人生の甘美さはわからぬ。 カフェ、それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純で、まるで恋のように甘い 快楽さえなければ、人生はきっと耐えうるものだろう。 誹謗中傷よりも酷いことがひとつある。それは真実だ。 言葉が人間に与えられたのは、考えていることを隠すためである。 暗殺とは、ロシアでもっともよく用られる免職方法である。 私はナポレオンを裏切ったり、陰謀を企んでいたことはない。私自身が人生において策略を用いたとすれば、フランス人が共犯であった時に限られるのであり、私は救国を望んでいた……誓って言うが、ナポレオンより危険な陰謀家はいなかったのである。 ルイ18世はおよそこの世で知る限り、きわめつきの嘘つきである。1814年以来、私が王と初対面の折りに感じた失望は、とても口では言い表せない。……私がルイ18世に見たものは、いつもエゴイズム、鈍感、享楽家、恩知らず、といったところだ。 (ルイ18世は)何も学ばず、何も忘れず。 私は不徳義漢で権謀術数の徒であると見られているが、実は物に動じないで人間を見下していただけなのだ。 私がどんな人間だったか、何を考えていたのか、何を望んでいたのか。それを数世紀間にわたって論議してもらいたいのですよ。 あのような偉大な方がここまで育ちが悪いとは、残念ですな。(ナポレオンに面罵された直後の言葉) (ナポレオン死去の報を聞いて)それは事件じゃない。ニュースだ。」 *『快楽さえなければ、人生はきっと耐えうるものだろう。』...これ意味深だなぁ...^^;...
快楽がなければその裏腹の苦痛/苦悩も存在し得ないってことを言いたいんだろか...?
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