アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

蘊蓄

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画像: seria.at.webry.info/ theme/e4cdd906bc.html より Orz〜

朧月夜って黄砂が反映されてるなんて知らなかった...^^;

http://ja.wikipedia.org/wiki/朧月夜 より
「朧月夜(おぼろづきよ、おぼろづくよ) 春の夜に月がほのかに霞んでいる情景を指す言葉。春の季語。朧月夜の発生は黄砂の影響によるものであり、また天体観望、観測には不適とされる。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/黄砂 より
画像:2001年4月の全地球的な黄砂の移動状況のアニメ
「黄砂(こうさ、おうさ)とは、特に中国を中心とした東アジア内陸部の砂漠または乾燥地域の砂塵が、強風を伴う砂嵐(砂塵嵐)などによって上空に巻き上げられ、春を中心に東アジアなどの広範囲に飛来し、地上に降り注ぐ気象現象。あるいは、この現象を起こす砂自体のことである。・・・
代表的な発生地としては、西からタクラマカン砂漠(中国西部)、ゴビ砂漠(中国北部・モンゴル南部)、黄土高原(中国中央部)の3か所が挙げられる。・・・
類似の現象
類似の現象としては、アフリカ・サハラ砂漠からの乾燥した高温風(リビア名ギブリ、イタリア名シロッコ)、ギニア湾岸からベルデ岬付近の地域で吹く乾燥した冷涼風ハルマッタン、スーダンの砂嵐ハブーブ、エジプトの乾燥した高温風ハムシンなどがあり、砂嵐を伴うことが多く、黄砂によく似ている[38]。シロッコは砂塵の混じった赤い雨を降らせたり、地中海に広く分布する赤土テラロッサの起源になっていると考えられており、黄砂との類似性がある[4]。これらは、砂に対して名称が付けられている黄砂と違って、風や砂嵐に対して付けられている名称である。
また、黄砂のような砂塵の大規模な発生地帯には、中央アジア(黄砂など)、アフリカ(ギブリ・シロッコなど)のほかに、北アメリカ、オーストラリアなどがある[39]。
形状
日本など発生地から遠くに飛来する黄砂の粒の大きさは0.5µm(マイクロメートル) - 5µm(=0.0005mm - 0.005mm)くらいで、タバコの煙の粒子の直径 (0.2 - 0.5µm) よりやや大きく、人間の赤血球の直径 (6 - 8µm) よりやや小さいくらい。この大きさの粒は、地質学での砕屑物の分類においては、砂というよりも「泥」(シルト・粘土)にあたり、非常に小さい部類に入る。・・・」

http://waokyoyo.seesaa.net/article/140894354.html より Orz〜
「毎年、春先になると、おもに九州地方北部で、黄砂が飛んできて春かすみのような光景がテレビで報じられます。中緯度の砂漠地方から飛んできて、大気汚染物質を含んでいたり、花粉症と同じようなワルサをする微粒子と思い込んでいて、困ったもんだと考えはするケド、黄砂がどのようにしてでき、どのように飛んでくるのかを正確に知ろうとはせず、ほとんどのことは知らないまま、というのがフツーじゃないでしょうか・・・。・・・来週公開予定の『黄砂は旅人』−越境物質「黄砂」が運ぶもの−をご講義いただいた福岡大学理学部の林政彦先生のお話を先取りすると、タクラマカン砂漠やゴビ砂漠付近の砂漠砂に付着している、1000分の1ミリほどの、かろうじて目に見えるかどうかくらいの、固形の土壌微粒子が、風などで弾き飛ばされて後、再び地面にぶつかったり、地面を転がったりしてはがれたのが「黄砂」。春先、温度が上がって、乾燥するのと、雪がなく、また植物もまだ生育していないので、地面をおおうものがないため、日本にも飛んで来るのだそうです。朧月夜という日本語がありますが、まさに昔から「黄砂」に、日本人はなじんでいたんですね〜。

黄砂は、はるばる、アラスカやグリーンランドにも及ぶと言うからフシギ(つまり、オリンピックが開催されるバンクーバーあたりにも)。専門的には、黄砂が飛ぶことをサルテーションと言うそう。

わたしたちは、黄砂が、大気汚染物質をも運んでくると勝手に信じているケド、汚染物質は、偏西風が運ぶもので、黄砂が来る・来ないとは関係がないのですよ、と林先生。また黄砂は、炭酸塩(アルカリ質)をふくむので、大気中の酸性物質(酸性雨の原因)を中和する働きもする(善者!)のだそうデス〜。

さらに、海洋に落ちた場合(当然、実際に起こっています)、
黄砂が含む鉄分は、微量必須元素として、海の植物プランクトンの生産にも貢献しているのだとか・・・。
水産国日本にはアリガタイ!

まだまだあって、黄砂は吸水性を高めるので、雲の寿命を長くして、地球温暖化の防止的効果も果たしているらしいのデス(ただ、黄砂には温暖化につながる作用もあって、この点は、まだまだ未解明な部分も多いそうです)。」


へ〜...知らなかった...^^;v

デコルテ / 第2の顔

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さっきテレビで・・・好印象をあたえる6つの条件の一つに挙げられてた言葉♪
美容・ファッション業界用語らしい...医学用語でないことだけは確か...?
相手と話す時はデコルテをきちんと向ける・・・そうすれば相手の脳内にドーパミンが溢れて印象がよくなるって...^^
サルとは目を合わせちゃいけないって言われてることと反するわけは...?
人の顔は表情筋が発達してるから...笑顔で相手を威嚇してないことは伝えられるわけだけど...サルにはそんな笑顔のメッセージは伝わらないんだろうね...サル自信ができないものはその意味は0に等しいわけで...あくまで目しか見てないんだよ...おそらく...あれども見えず...^^;...

画像: www.machikuru.jp/ mc0288/item/135773/ より Orz〜

http://ja.wikipedia.org/wiki/胸の谷間 より
「胸の谷間とは、女性の両乳房の間にできる谷間のことである。

ファッション
ファッションの分野においては、特に襟ぐりが深い衣服による女性の乳房、および、その間の溝の部分的な露出のことである。・・・今日知られるような胸の谷間は、15 世紀後半のヨーロッパに、乳房の下部をへこませて上部を持ち上げるボディス(bodice)やコルセットとともに初めて登場した。16 世紀までの女性は、胸の谷間やバストの見た目の大きさを強調するために、ボディスにハンカチやウサギの毛皮を詰めていた。このような技術は、1820 年代の「機械的」コルセットの発明により飛躍的に進歩し、女性は、召使いの手助けがなくても、コルセットを締めつけることができるようになった。
1920年代のフラッパー(flapper)ルックのころには、胸の谷間は流行遅れになっていた。しかし、1940 年代の女優ラナ・ターナーの影響による「セーター・ガール」ルックの流行や、1950 年代のマリリン・モンロー、ジェーン・ラッセル、マミー・ヴァン・ドーレン(Mamie Van Doren)の 3 人組により、胸の谷間は再び復活した。

デコルテ
エステティックサロン・ファッションなどの各業界においては、胸の谷間を含む首筋から胸元にかけての部分を指してフランス語でデコルテ (d?collet?(e)) と呼ぶ。デコルテを露出・強調する事で女性の美しさを最大限に引き出せるとして注目されている。また、女性の礼服として知られるローブ・デコルテもローブ・ドレス類の中でもデコルテを強調する形状をしており、イブニング・ドレスの代表的なスタイルとなっている。このため、ローブ・デコルテのことを単に「デコルテ」と呼称する場合もある。

人体解剖学
人体解剖学においては、胸の谷間のことを乳房間溝(にゅうぼうかんこう、intermammary sulcus)という。この用語は、1997年8月27日の国際解剖学会議(International Congress of IFAA)で、人体解剖学用語として正式に採用された。」

画像:黒色のローブ・デコルテを身につけているダイアナ妃
http://ja.wikipedia.org/wiki/ローブ・デコルテ より
「ローブ・デコルテ(仏:robe d?collet?e)は、ネックラインが深く大きくカットされ、首筋や胸元を露わにしたスタイル(デコルテ)のドレスのこと。イブニングドレスの代表的なスタイルの1つである。単に「デコルテ」といった場合に、この衣装を指す場合もある。
18世紀のフランスが発祥とされ、女性の正装・礼服として用いられることが多かった。胸や肩を大きく露出させることで着装者の肉体的な美しさを誇示する役目を果たした。
日本では、1886年(明治19年)に女性の中礼服として採用され、以後社交界などで着用されるようになった。第2次世界大戦後に、本来の女性用大礼服であったマント・ド・クールが用いられなくなると、ローブ・デコルテが大礼服に替わる公式な場における女性用の正装・礼服として用いられるようになった。
皇太子ご成婚の際、雅子妃のローブ・デコルテを手がけたファッションデザイナーの森英恵は「ローブ・デコルテは勲章をつけるためのドレスであり、肌を出し、皮の長い手袋を合わせる正装」と述べている。」

http://diamond6openheart.blog115.fc2.com/ より Orz〜
「女性の第2の顔とも言われるデコルテ。
胸元には視線が集まりやすく、気を抜くことができません。
某誌アンケートでも「男性が気になる小物ランキング」でネックレス・ペンダントが1位になるなど、胸元のオシャレに対する関心が今まで以上に高まってきています。
ネックレスやペンダントが全体に与える影響はとても大きく、その人のイメージを左右してしまう程。
髪型を変えても気づいてくれない彼も、ペンダントのイメージをガラリと変えれば、「いつもと違うね」と気づいてくれることでしょう。
セクシーで上品な、人を惹きつける、演じる胸元であなたの魅力を大胆アピール!・・・」

ついつい...男の視線はそのデコルテに向きますものね♪

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今日は冬至...イコール明日から昼の方が伸びてくる♪
太陽の復活祭/再生/ルネッサンス・・・
リセットする時季でもあるわけだ...^^
わたしは...結果は吉じゃなかったけど...ある意味リセットできたかな...^^;v
精神的に...リセットってのは心機一転/維新であると...
今日ラジオで仕入れたんだけど...知らなかったもので...
縁起を担いで...この日に「ん」(運)のつく食べ物をたべる習慣/文化があるんですね♪
受験生は特に今日食べてるのかな・・・?
南京(なんきん/かぼちゃ)、れんこん、ポンカン、みかん、ぎんなん、きんかん、・・・
むかし...高松にいたとき...栗林公園の中にゴリラ(リッキー:96年没・・・フォト見つけられない...^^;?))がいて...そいつは見物客に「うん○」を浴びせかけてたらしい...でも...そこは受験生の願掛けスポットとして有名だったらしい...「うん」(運)がつくって・・・^^...いまは...そのゴリラ君も天からウンを投げてくれてるようです...Orz...
ちなみに...冬至に柚子湯に入るってわけは...

http://www.yunokuni.com/bath12/0412.html より Orz〜
「冬至にゆず湯の風呂に入ると、『1年中風邪をひかない』という言い伝えがあります。
なぜ冬至にゆず湯なのかというと、「冬至」に「湯治(とうじ)」が、かけられており、また、「柚子(ゆず)」だけに「融通(ゆうずう)が利く(きく)ように」という願いがこめられていると言われています。もちろん、柚子(ゆず)がこの時期に旬を迎えることにもよります。
柚子の精油成分には、蜜柑の皮と同じく血行を促進させる働きがあり、風呂に入れると身体を芯から温めます。新陳代謝も活発になるので、疲れや痛みもとれ、冷え性にも効果があります。
ゆず湯は、日ごとに厳しくなっていく寒さに備えるための冬の風呂です。」

画像: morimoto.cms.drecom.jp/ 20061222/ より Orz〜
画像:tanto.sunnyday.jp/yasai/ ka/kabocha/kabocha.htm より Orz〜
「カボチャ(南瓜)ウリ科 別名:ナンキン(南京)、トウナス(唐茄子)
カロチンを豊富に含み、栄養価が高い。煮物、テンプラ、汁の実、ポタージュなど、煮て焼いて蒸してOKの緑黄野菜の代表選手。
『冬至南瓜』という表現は、保存していたカボチャを冬至に食べる風習『冬至に南瓜を食べると長生きする』に起因するもの。
カボチャの名は16世紀頃「カンボジア」から伝来したため。別名の他の国名からして、日本伝来の経路を示しているようだ。」

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前回「パレートの法則 / ロングテールの法則」( http://blogs.yahoo.co.jp/crazy_tombo/41909591.html) 
『「マーケティングの基本・パレートの法則」
イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレート氏が19世紀のイギリスにおける所得と資産分布を調査し発見した法則で、80対20の法則としても知られています。特にビジネスにおいては長年「企業の利益の80%は、20%のヒット商品が生み出す」といわれ常識とされてきました。・・・』
をアップしましたが...これを逆に適用すれば・・・2 : 6 : 2の法則になりますよね?

blogs.yahoo.co.jp/ rasapusou/28758934.html より Orz〜
「人間が集団を構成すると、 『優秀な人が2割、普通の人が6割、パッとしない人が2割』 という構成になりやすいという法則なんだって。
この法則によると世の中には、お金持ちは全体の2割、6割が中流で、あとの2割があまりお金のない人たちなんだって。世の中には、美人と呼ばれる人は、やはり2割、あとの人達は、普通の人かやや不美人と呼ばれる人たちです。そして、美人と言われる2割の女性たちだけを抜き出して見ると、その人たちにも、2-6-2の法則を当てはめることができます。2割の超美人、6割の普通の美人、それ以外の2割の美人となってしまうそうだ。職場では、一生懸命仕事をしている人が多くいますが、有能だと言われる人は2割ぐらいしかいません。気になる人も2割くらいいます。どの職種でも同じです。
健康面でも同じです。2割の人が、病気ひとつせず欠勤という言葉に縁遠い人です。年に1、2度風邪などで休む人が6割、そして、なにかあると、すぐ体調が悪くなる人が2割弱います。
世の中は、お金持ちと呼ばれる2割の人がリードしています。組織も同じで、優秀と言われている2割の人が組織を動かしています。最後の2割の人達をいかに少なくするかが世の中をよくすることになります。それと同時に、6割の普通の人を、最初の2割グループに引き上げることも人々をよくする重要なことです。・・・」

このブログ主はわたしと同じ演繹をしてる♪

続き...Orz...
「・・・優秀な上位2割が居なくなってしまったとすると、残った8割のうちの上位2割が優秀なランクに向上し、結局は残った8割がまた2:6:2の割合に分かれてしまうんだ。これが、優秀な人が辞めて行っても大きくは困らない理由の一つなんだね。逆に、下位2割を取り除けば、残った上位8割でよくなるのかと思えば、やはりそうにならなくて、残った8割のうちの下位2割は駄目になり、やはり結局は2:6:2に分かれてしまうんだね。
結局のところ、人間の集団構成は2-6-2の法則 は変わらず、企業には高度で働きがいのある仕事もある一方で、ある程度は退屈でやる気の出ない仕事をこなす人も必要であり、優秀な人ばかりを集めても生産性はあまり上がらない一方、優秀な人が不足していてもポストがそれなりに人をつくることになると思うよ。・・・」

チームワークとして組織が動くときは...だれかがどこかの部分を担わなきゃならない限りにおいて...
つまり...船頭多くして船山に登ることがないためにも...そういう役割にならざるを得ないんだと...
上の2割はその分責任重いわけで...たまたまリーダー/フロンティアを任されてるだけなんだから...
巧く舵をとってもらわなきゃ困る/みなが路頭に迷う...^^;

http://www.president.co.jp/pre/backnumber/2007/20070514/100044/ より Orz〜
「・・・顧客には「2・6・2の法則」が当てはまるといわれている。
最初の2(2割)は「高くても有名なところから買いたい」「シェア1番のところから買いたい」という顧客層。極論すれば、この人たちが買いたいのは「安心」である。だから、自社の商品がトップシェアであれば間違いなく買ってくれる。逆に、そうでなければ売り込みようがない。
次の6(6割)は、価格とサービスの質を比べてから買うタイプ。ここはマーケティングとは一切関係なく、営業マンの力で市場を開拓していかなければいけない。最も営業力が問われるセグメントだ。
残りの2(2割)は、価格だけで商品を選ぶ顧客である。
すると、当然ながら、どのセグメントの顧客を持っているかで営業マンの利益率は変わってくる。また、同じ「6」の顧客を相手にしていても、「おたくのサービスいいね」と「質」を評価して買ってもらう営業マンと、同じ商品を売っていても値引きして「価格」で勝負する営業マンとでは利益率が違う。
結論を急ぐと、絶対的な商品力と営業マンの「自信」には、ほとんど関連性がない。商品力が強いはずのトップメーカーにも「自信なし」の営業マンはいるし、三番手企業にも「自信あり」の凄腕営業マンがいる。つまり、どんな会社の営業マンでも「自信なし」から「自信あり」に変身させることはできるのである。」

画像:2:6:2の法則
www.pressure-point.info/ marketing/262.html より Orz〜
「2:6:2の法則とは、会社などの組織の中で、上位の2割が高い収益や実績・生産性を上げる優秀な人やグループ、中位の6割は上位とも下位ともいえない平均的な母集団、そして下位の2割の生産性が低いという法則をいいます。
同様にマーケティングやセールスでもこの法則が働くといわれており、2割の見込み度のお客、6割が日和見のお客、下位の2割が見込み度の低い客と分けられます。売り手側としては、上位の2割の上客に力を入れて、6割の日和見の集団とは商品やサービスの成長期から衰退期の購買率が上がる時までなるべく関係を切らさずに繋いでおく、という戦略になります。
面白いことに、組織から上位の2割がいなくなってしまった場合、残りの8割の中でこの法則が働くことになるといわれています。その8割の中の上位2割が生産性を向上させる活動を始め、同様の割合になるそうです。」

やっぱりね...集団に普遍的に現れる(維持するために)法則/原理なんだろうなあ・・・^^
患者さんにも言えてるかな...2割はブランド志向、6割が常識的な行動(自分の判断)、残り2割はコンビニ感覚(薬だけとか...)...^^;?...でも...人間の原理だってんなら...どうしようもないわけだ...^^;

こういう原理と税の徴収の仕方とが不整合だと思えることはまたいずれ...^^v

植民地...

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歴史は好きなのに...なぜっていう思いが出てこないレベルなんですよね...^^;
昨日テレビでたまたま流れてたもので・・・調べてみた♪
20世紀初頭欧米各国は植民地争奪戦を繰り広げてたんだけど・・・(なぜそんなことをしなけりゃならなかったのか・・・?また調べるとして...Orz...) アジアで植民地可から免れたのは、日本とタイだったのは知ってたけど...アフリカでも免れてた国が2国あったんですね!!ご存知でしたか?
その国とは・・・エチオピアとリベリア・・・息子に聞いてみたら知ってた ^^;
学校じゃ、、、現代史まで教科書終わらなかったものなあ・・・

画像:1914年頃のアフリカ:※リベリアとエチオピア以外は、アフリカのすべての地域が植民地
www.peko-peko.jp/ww1.html より Orz〜

画像:江戸時代末期におけるアジアの植民地地図
http://homepage3.nifty.com/abashiri-mimizuku/tossland-jh/doutoku/ii-101a.htm より Orz〜
「これは、この時代のアジアの状況です。黒いところが植民地です。清には斜線が引いてあります。清は独立国ではありましたが、実質的にはイギリスやフランスに攻められ、半植民地の状態でした。この地図、見てのとおり、真っ黒です。ほとんどがヨーロッパ諸国の植民地ですよ。でも、白いところが少しだけあります。どこですか? ……。そう、日本ですよね。もう一つ、タイがあります。」

画像:http://web.thu.edu.tw/mike/www/class/2006/tainichi2006/06kiroku/05-01-07.html より Orz〜
「・・・フィリピンの場合、スペイン時代には〈権力構造をすべて変えてしまう〉方策がとられたと思います。・・・抵抗を封殺したのは、スペインの巨大な軍事力であり、住民が抵抗を組織できなかったのはそれ以前の富の蓄積も社会組織(支配体制)も薄弱であったためなのでしょう。このスペイン人たちは400年近い植民地支配の過程で、地元民と混血化していきます(メスティーソの誕生)。そして、スペイン時代の終わりには、彼らを中心とした「強い支配の構造」が出来上がります。次にフィリピンを領有した(1899〜)アメリカ合衆国の植民地戦略は、この「出来上がった支配構造」を継承、利用しながら、自分の利益を得るという戦略だった。つまり、スペインとアメリカ合衆国では、支配構造の作り方に大きな違いがあった。・・・」

http://specific-asian-flash.web.infoseek.co.jp/oubeishokuminchi.htm より Orz〜
「ヨーロッパ列強のアフリカ完全分割
18世紀後半にイギリスで産業革命が進み、そして19世紀のはじめには、イギリスは「世界の工場」と言われるまでの経済の黄金時代(ビクトリア時代)を迎えた。これに刺激されてフランスもアメリカも、1830年代から、ドイツは1840年代から、ロシアは1860年代から、それぞれ産業革命が起こり始めた。このため19世紀末期から20世紀初期になると、ヨーロッパ列強では産業に必要な物産資源の獲得と市場拡大のため、より以上の植民地の必要性が急激に高まってきた。・・・ヨーロッパ人にとってアフリカは、北部の地中海沿岸地域が知られていたのみで、広大なサハラ砂漠が横たわる背後の地域は、魅力のある土地ではなかった。ただ黒人を奴隷狩りして、つかまえ、新大陸に売り飛ばす点にのみ、関心が集中していた。しかし19世紀の半ばになり、さしもの奴隷貿易が下火になる一方、リヴィングストンやスタンレーら、白人によるアフリカ内部の探検が盛んになるにつれて、ヨーロッパ列強は目の色を変えてこの大陸に突進してゆくことになった。1870年代、アフリカにおける白人の支配地は、沿岸部を中心とする10パーセントぐらいだった。ところが、1900年代には、エチオピア、リビア、南アを除く全ての土地が、白人のむしり取る格好の場となった。まるで無人の野を行くが如く、早いもの勝ちのすさまじい分捕り合戦が始まった。一番たくさん分捕ったのがフランスで、イギリスが二番目、以下ドイツ、ベルギーと続き、最後がスペイン、イタリアである。しかし、フランス領には広大なサハラ砂漠が含まれるので、実質一位はイギリスと言ってよい。フランスはアジアとアメリカ大陸でイギリスとの植民地争奪戦争に敗北したので、その分をアフリカで取り戻そうとして広大な土地を手に入れたが、その大部分は砂漠であった。ところが、イギリスは、エジプト、東アフリカといった主要部分を、実に計画的、地政学的に取得してきた。さすがにイギリスは七つの海を支配するだけの、第一級の植民地大泥棒国であることを実証した。・・・」

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1030863865 より Orz〜
ヨーロッパの国々がエチオピア・リベリアを侵略しなかったのは何故?
「<エチオピア>
国じたいが高地にあり、占領・維持するのが難しかったのです。それで20世紀にイタリアが侵攻するまで、独立を維持できたのです。
<リベリア>
この国は、アメリカがアフリカへの復帰を望む黒人のためにつくった国でした。そういうわけで、アメリカの影響力がひじょうに強かったのです。
<日本>
当時の列強、特にイギリスはインドにおけるセポイの反乱や清における太平天国の乱を通じて、植民地支配のリスクを悟ったのです。そこで新たにアジア各国の政府は温存しながら経済的利益を収奪する半植民地状態にしていく方法をとることにしたのです。ですから、日本も不平等条約を押しつけられたものの、植民地にはならなかったわけです。
<タイ>
タイの東にあるヴェトナム・カンボジア・ラオスはフランスが、西にあるミャンマーはイギリスが支配していました。それで両国ともタイに野心がなかったわけではありません。しかしながら、植民地獲得競争でナンバーワンを争う両国がひとたび戦争を始めると、とんでもないことに発展する可能性があります。それこそどんなリスクを負うことになるか…。それで両国が交渉して、タイを不緩衝地帯に定めたのです。もちろんタイの周囲は、イギリスとフランスによって囲まれていたので、これで他の国が入ってくることもなくなったのです。

エチオピアには、イタリア軍が侵攻しました。
エチオピアの場合、スーダンからケニアへと結ぶイギリスの勢力圏と、ジブチからサハラへと結ぶフランスの勢力圏がぶつかる地区にあたり(ファショダ事件)、タイと同じように、イギリスとフランスの緩衝地帯の役目をしていました。またエチオピアの地が、アビシニア高原にあり、土地が貧しく攻めにくく、補給がしにくい地域であったことも、理由のひとつです。リベリアは、実質アメリカの植民地であり、リベリアに侵攻するということは、アメリカに戦争をしかけることと同じことです。リベリアは、アメリカが開放した黒人奴隷をアフリカに送り込んで建国した国です。」

なるほど...なんとも自由勝手な弱肉強食な破廉恥極まる所業ですが...市場経済なんてのも...姿を変えた植民地化(弱者から金/富を吸い上げる)のような気がしたり...植民地化したくなる原理が潜在的にあるとしたらば(無意識に衝き動かされてるようなもの)...それって人間につきまとう普遍的な欲動なんだろか・・・?

画像:20世紀前半のアジアにおける列強諸国の植民地および勢力範囲
画像:アジアにおけるコンセントの形状分布図
画像:アジアにおける電圧分布図
kiriusa.cool.ne.jp/ living/diary/f040910.html より Orz〜
「この2枚の地図を見比べたご感想はいかがでしょうか。
マレーシアやシンガポールなど、イギリス領だったところは英国タイプ、 オランダ領だったインドネシアや、フランス領だったベトナムにはヨーロッパタイプが入り込んでいますね。 アメリカがスペインから買い取ったフィリピンはアメリカタイプとヨーロッパタイプが入り混じっています。
様々な列強諸国の進出を許した中国にありとあらゆるコンセントタイプが混在するという事情も、 これを見ると歴史の必然なのかもしれません。 もともと列強諸国は自国製品を売る市場を求めてアジアに進出したのだし、 旧植民地と旧宗主国の経済的関係はいまだに深い。 コンセントの形状が宗主国に右へ倣えするのはしごく自然なことで、 様々な国の都合に振り回された中国に様々なコンセントが存在するのもなるほどなあ、と思えてきました。
ところで、コンセントに関しては、日本は統一のとれている珍しい国ですが、 周波数に関しては、統一のとれていない珍しい国です。 世界の周波数は50Hzもしくは60Hzのいずれかですが、 日本は電力供給会社の区分によって、西日本が60Hz、東日本が50Hzと分かれています。 そのおかげで、昔は関東から関西に引っ越すときには冷蔵庫の買い換えが転勤族の頭痛のタネでした。この両方を併用している国は、世界広しといえども、 日本と、中米にあるオランダ領のアンティルという地域だけのようです 。 一体どうしてこんなことになっちゃったんでしょうね。その答えは、こういうことのようです。 明治時代、東京電灯(東京電力の前身)が購入したのがドイツ製の50Hzの発電機で、 大阪電灯(関西電力の前身)が購入したのはアメリカ製の60Hzの発電機であったから。 面白いですね。国内に50Hzと60Hzが混在するおかげで、今の日本の電化製品は50Hzにも60Hzにも対応できるようになっています。 なので、海外へ行っても、周波数のことは気にする必要がない。 怪我の功名ですね。
実は、日本は世界一、電圧の低い国です。100V。 こんなに電圧の低い国は他にはない。 なので、外国で日本製の電化製品を使う際には、どこへ行くにも変圧器が必要と思っておいたほうが無難です。 なぜこんなに低いのでしょうね。・・・ アメリカタイプ(120V前後)、ヨーロッパタイプ(220V)、英国タイプ(230〜240V)の3つに大別し、 地図を描いてみました。 コンセントタイプの分布となんとなく似ていますね。 ・・・日本がアメリカに倣って110Vにしなかったのは、当時普及していた電球との絡みのようです。 ・・・ 日本には周波数が二つある、世界で唯一の国です。 そして世界で最も電圧の低い国。 そういう環境にあって、いまや日本人は、周波数の違いを技術で乗り越えてしまいました。 "統一"する以前に、"乗り越えて"しまった。 電圧の違いも、自動変圧機能で乗り越えようとしている。 世界中のコンセントに対応しようとするマルチ変換プラグもあります。・・・」

おもしろいなあ♪ きっと...アフリカでもそうなってるんでしょうね・・・?
オリジナルな商品が生まれたときにも、それまでの歴史・文化に合わせなきゃいけないわけで...
歴史の桎梏からは自由になれない・・・過去は変えられない・・・でも...人間の知恵で/技術で載り越える手もあるけど...インフラっぽい部分は統一できればいいですよね・・・グローバルになってくると世界規格が必要になってくる必然性/必要性ってのがわかりますね ^^
でも...自然淘汰が正当にされれば幸いだけど...多様性も失いたくないし...フェイルセーフ(Fail safe)の観点からも異種なものの存在は必要なような気もする...Mac と Windows の併存みたいな感じかな...民主党と自民党ってな感じかな...^^;?


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