|
シニカル=世を拗(す)ねた...の語源が↓だったとはつゆ知らず...^^;...
http://ja.wikipedia.org/wiki/キュニコス派 より
「「嘲笑する、皮肉屋な、人を信じない」という意味の「シニカル」という語は、キュニコス派を指す英語 cynic を形容詞化した cynical に由来する。
キュニコス派は、ソクラテスの弟子であるアンティステネスを祖とするヘレニズム期の古代ギリシアの哲学の一派である。シニシズム(シニスム)、キニク学派(キニク派)、犬儒学派(犬儒派)ともいう。 ヘレニズム期の他の学派同様、倫理哲学にその特色をもつ。禁欲を重視するところではストア派とも通じるが、より実践を重んじ認識論的展開を見せなかった。 無為自然を理想として、現実社会に対しては諦めた態度を取っており、古典期の社会(ポリス)参加を重視する倫理思想と大きく異なる。 シノペのディオゲネスが有名である。」
画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/アンティステネス より
「アンティステネス(Antisthenes、紀元前444年 - 紀元前365年)は、アテネに生まれ、トラキア人の母を持つ、哲学におけるキュニコス派の祖として知られる哲学者である。弟子にディオゲネスがいる。・・・
彼はソクラテスの言葉を聴きたい一心で、ピレウスからアテネへと毎日徒歩で通っており、また自身の友人たちにも共に来るように薦めていたといわれる。ソクラテスの言う善のイデアに対する熱意から、キュノサルゲスに自分の学派を設立した。彼の生き方の質素さや教え方から、彼のもとには多くの貧しい人々が集うようになった。彼は、世界を高貴であったり壮麗であったりするものではないと考え、袖なしの外套のみを纏い、哲学の象徴として杖一本とずだ袋一つだけを所持していた。彼の追随者はみなこの装いを真似るようになったが、あまりにもこれ見よがしであったため、ソクラテスは彼を次のように非難した。「おおアンティステネスよ、私には外套の隙間から君の自惚れが見える」。・・・
画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/ディオゲネス_(犬儒学派) より
「ディオゲネス(英: Diogenes、紀元前412年? - 紀元前323年)は古代ギリシアの哲学者。アンティステネスの弟子で、ソクラテスの孫弟子に当たる。シノペ生れ。犬儒派(キュニコス派)の思想を体現して犬のような生活を送り、「犬のディオゲネス」と言われた。また、大樽を住処にしていたので「樽のディオゲネス」とも言われた。
アテナイにやってくると、ソクラテスの弟子であったアンティステネスに弟子入りを願った。アンティステネスは弟子を取らないことにしていたので断ったが、ディオゲネスはしつこく頼み込んだ。怒って杖で頭を殴ろうとすると、ディオゲネスはこう言った。
ディオゲネスはアンティステネスの弟子になった。師の「徳」に対する思想を受け継ぎ、物質的快楽をまったく求めず、粗末な上着のみを着て、頭陀袋ひとつを持って乞食のような生活をした。・・・紀元前336年、アレクサンドロス大王がコリントスに将軍として訪れたとき、ディオゲネスが挨拶に来なかったので、大王の方から会いに行った。ディオゲネスは体育場の隅にいて日向ぼっこをしていた。大勢の供を連れたアレクサンドロス大王が挨拶をして、何か希望はないかと聞くと、「あなたにそこに立たれると日陰になるからどいてください」とだけ言った。帰途、大王は「私がもしアレクサンドロスでなかったらディオゲネスになりたい」と言った。
死が迫ってきたとき、「私が死んだら、その辺に投げ捨てておくれ」と言った。一説には「河に投げ込んでおくれ」と言った。
ディオゲネスは「徳」が人生の目的であり、欲望から解放されて自足すること、動じない心を持つことが重要だと考えた。そのため肉体的・精神的な鍛錬を重んじた。
知識や教養を無用のものとし、音楽・天文学・論理学をさげすんだ。プラトンのイデア論に反対し、「僕には『机そのもの』というのは見えないね」と言った。プラトンは「それは君に見る目がないからだ」と言い返した。プラトンは、ディオゲネスはどういう人かと聞かれて「狂ったソクラテスだ」と評した。運動の不可能(おそらくゼノンのパラドックス)を論じている哲学者の前で、歩き回ってその論のおかしいことを示した。また「人間とは二本足で身体に毛の無い動物である」と定義したプラトンに、ディオゲネスが羽根をむしった雄鶏をつきつけて「これがプラトンの言う人間だ」といった「プラトンの雄鶏」の故事でも知られる。
中央の階段付近でだらしなく腰掛けている。
ディオゲネスは現在、その思想よりも逸話によって知られる。
ギリシアの人たちは、ディオゲネスを笑う一方で彼を愛した。ある男によって彼が住居にしている甕が割られたとき、別の甕が与えられたという。
英国の作家アーサー・コナン・ドイルの作品「ギリシャ語通訳」の中では、シャーロック・ホームズの兄マイクロフト・ホームズは、他人との交流を嫌う人たちのためのロンドンで最も風変わりなクラブ、「ディオゲネス・クラブ」の創立者の一員でその会員という設定になっている。ただし作品が書かれた英語では、ダイオジェネス・クラブと表記したほうが原音により近い。」
↑ Ruriさんとこから勝手に拝借させていただいたワンちゃん♪ Orz〜
*「犬」のような生活...?...どう見ても...「猫」的な気がするんだけど...^^...?
ギリシャにゃネコはいなかった...?
ちなみにうちのにゃんこの昼寝...^^
↓
以下の you tube が面白い♪
↓
「ソクラテスと並ぶ、ギリシャ最高の哲学者と言われるディオゲネス。
有名なアレキサンダー大王とのやり取りを中心に、ディオゲネスの言葉を紹介・・・」
人は常に皮肉屋を生む...それが疑問を抱く/いまここだけで生きれない人の宿命...
そして...人は一回きりの生のゆえ...
皮肉にも...他人の芝生が青く見える...
ゆえ...足るを知ることなし...
人は不幸にしか生きられない...^^;...?
ってなこと言ってるわたしって...
やっぱり...犬儒的=シニカル...?...
平気で...エピキュリアンでもある...Orz...
ディオちゃんも...ある意味...エピキュリアンと言えなくもないよねぇ...?
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用


