アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

蘊蓄

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画像:http://www.seibutsushi.net/blog/2012/05/1299.html より 引用 Orz〜

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太陽でもスーパーフレアが起こる 2012年5月17日
京大附属天文台の柴田一成教授らは、惑星探査衛星ケプラー衛星の観測データ約83000個を解析することにより、太陽型恒星でスーパーフレア(最大級の太陽フレアの100倍〜1000倍の超巨大フレア)を365例(148天体)発見したとネイチャーに発表した。太陽と似た表面温度と自転周期をもつ10の天体では14回確認。また、これまでスーパーフレアは星の近傍に巨大惑星がある場合に起こり得るとされていたが、そのような例は稀だった。つまり、これまで太陽では起きないとされていたスーパーフレアが、太陽でも起こりえることがわかった。太陽でスーパーフレアが起きれば強烈な電磁波や粒子が地球を襲い、電子機器等が故障し都市機能が混乱する可能性がある。

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フレアってなに?
一般に「フレア」とは、太陽の表面で起こっている爆発現象のことです。磁場の通り道である黒点の近傍で起こることから、磁場の変化に伴うエネルギーが引き起こすと考えられています。その威力は水素爆弾10万〜1億個と同等。これが日常的に起こっています。フレアが起こると衝撃波やプラズマ噴出が発生し、地球では磁気嵐を起こします。詳しい発生の仕組みはわかっていません。最近では1989年にカナダで大規模な停電が起こっています。また、過去500年で最大規模(1989年の10倍以上)のフレアが1859年に起こっていて、世界中のテレグラフ網が破壊されました。そのような過去最大級フレアの100〜1000倍のエネルギーで爆発すると考えられているのがスーパーフレアです。
巨大フレアで大量絶滅?
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これまでも、スーパーフレアが1億年に一度ぐらいは起きていただろうと考える研究者もいて、生物の大量絶滅もそれが原因ではないかと唱える学者もいます。
今回の研究で、柴田教授らは、太陽型星において、過去最大規模のフレアの1000倍(10の35乗erg)の巨大フレアの発生頻度は
5000年に1回と導き出しました。
これは、生物史35億年のスパンで見たら極日常的な出来事です。また、人類史においても珍しいことではありません。生物界にとっては、そう心配することではないということです。あとは、人間社会への影響です。フレアの観測から地球に影響が出るまで数日の猶予があるので、電気や電子機器等の対応については考えておく必要があります。米国では、大停電が起こり復旧に数年を要し、被害額は
数百兆円との試算もあります。
フレアの規模と影響が確定すればシステムの見直しが必要でしょう。更には、エネルギーや電子機器に過剰に頼る社会構造・生活様式を見直す必要もありそうです。」

2012年のこの日、ある日本人大学院生の論文が科学雑誌「Nature」に掲載され、世界の科学者に衝撃を与えた。西暦774年から775年にかけての1年間、自然界にはほとんど存在しないという「放射性炭素14」の濃度が、その1年に限って過去3,000年間で最大級の急激な上昇をしていたというのだ。これはその年、大量な宇宙線が地球に降り注いだことを意味しているという。

しかもその年をさかのぼると、ヨーロッパの古文書に「空に日没後、赤い十字架が現れた」といった記述が見つかるなど、確かに何らかの天空の異変があったらしいことが明らかになってきたという。

こうして今から1200年以上前の西暦775年は、世界の天文学者の注目を集める年となった。
はたして「西暦775年のミステリー」とは?宇宙でそのとき、何が起こっていたのか?
「炭素14」は、宇宙からやって来る高エネルギーの宇宙線が、大気分子と衝突して作られるという。
宇宙線はいつも降り注いでいるが、私達には感じ取ることができない。
しかし、この宇宙から飛んで来た、高エネルギーの粒子(宇宙線)は大気を通り抜け、地球にたしかに降り注いでいる。この「炭素14」は、大木の年輪に含まれる量を調べる事で、1年ごとの地球に降り注いだ宇宙線の量がわかるという。

そこに着目した名古屋大学の大学院生が、博士論文のために、屋久杉の年輪に含まれる炭素14の濃度を分析していたところ「ある年に他に例を見ないほど(通年の20倍)の濃度の急上昇」が認められたのだ。
それが「西暦774年から775年」にかけてだった。炭素14の濃度が短期間にこのような急上昇したということは、宇宙線が地球に大量にもたらされるような「謎の事件」があったことを意味している。こうして、この論文が発表されると、世界中でこの「西暦775年のミステリー」について、検証・推理がなされるようになった。」

https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2012/06/20120605_01.html より 引用 Orz〜

西暦775年に宇宙環境の大変動が起きていた2012年6月5日

日本の奈良時代にあたる西暦775年ごろに、大気中の放射性炭素14の濃度が急激に増加したことが、名古屋大学の太陽地球環境研究所の増田公明准教授、年代測定総合研究センターの中村俊夫教授らによる屋久杉の年輪を用いた同位体測定で分かった。炭素14の急増量は通常の太陽活動による変動よりも20倍も大きく、過去3,000年間で最大規模の宇宙線の地球飛来があったと考えられるが、775年に対応する天文現象は歴史記録には見つかっておらず、原因は特定されていない。
大気中の放射性炭素14は、地球外から飛来する宇宙線が大気と反応して生じた中性子によって窒素原子が変化して作られる。大気中の炭素は循環によって一様に混合し、光合成によって樹木に取り込まれるため、年輪中の炭素14の濃度を測定することで、その年代の宇宙線の量が分かる。さらに炭素14の半減期(5,730年)との関係から年代測定にも用いられ、過去1万2,000年間の10年ごとの炭素14の濃度測定データによる、世界共通の年代測定のための「較正曲線」(IntCal)も作られている。
このIntCalデータによると、過去3,000年間に地球上の炭素14の濃度が10年間で3パーミル(‰:千分率)以上も急増した時期は紀元前600年ごろと西暦780年ごろ、西暦1800年ごろの3回ある。名古屋大学の研究チームは、この3回のうち、1年ごとの炭素14濃度の測定がまだ行われていない西暦780年ごろに焦点を当て、樹齢1,900年の屋久杉の単年輪の炭素14を測定した。その結果、西暦774年から775年の1年間だけで12パーミルも急増していることが分かった。
この結果に基づく10年平均のデータは、IntCalの10年値と一致し、南極のアイスコア資料から得られた宇宙線生成核種のベリリウム10の30年値でも同様な増加がみられることから、屋久杉で得られた現象は地球外の宇宙線によって全地球で起きていたと考えられる。さらに今回の炭素14の濃度の急増とその後の減衰の様子から、西暦774年から775年にかけて宇宙線が急増して大気中に炭素14を生成し、その後の炭素循環によって減衰していったとみられるが、なぜかこの変化は、1960年ごろに行われた大気圏内での核爆発実験による大気中炭素14の変化と同様な形をしているという。
研究チームによると、西暦774-775年の炭素14濃度の急増は、通常の太陽活動の11年変動による銀河宇宙線の変化に比べて20倍も大きな変化率だという。その原因として、地球から近傍での超新星爆発によるガンマ線の大量放出や、太陽表面の大爆発(スーパーフレア)による高エネルギー陽子の放出も考えられるが、地球までの距離と放出エネルギーの関係や、スーパーフレアの現実的な発生の可能性などから、現在のところは不明だ。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/775年の宇宙線飛来 より Orz〜
宇宙線は肉眼では観測できないので、宇宙線を直接観測したという記録は当然、存在しない。しかし、世界中の文献に宇宙線をもたらすきっかけとなった現象が記されている。その中で、イギリスアングロサクソン年代記には「西暦774年に、空に赤い十字架と見事な大蛇が現れた」という記述がある
また、ドイツにある修道書を調べた結果、「西暦776年に、教会の上を燃え盛る2枚の楯が動いていくのを目撃した」という記述があり、さらに、当時の中国)の天体観測を記録した新唐書には「西暦767年の7月頃に、太陽の脇に青色と赤色をした気が現れた」と記されている。

考えられる原因

超新星爆発説

地球のすぐ近傍で、超新星爆発が発生し、それによって誕生した宇宙線が原因であるという説である。この場合、アングロサクソン年代記に記された「赤い十字架」は超新星爆発が肉眼で観測されたものではという指摘がなされている。実際、十字架が出現した日、天気は曇り空で超新星爆発の光が十字架のように見えた可能性がある。しかし、仮にこの説が正しい場合、超新星残骸が見つからないという疑問点が残る

太陽フレア説

775年頃に巨大な太陽フレアが発生し、そのときに放出された宇宙線が原因であるという説。先述のドイツの修道書に記述されていた「燃え盛る2枚の楯」とアングロサクソン年代記に記されていた「見事な大蛇」、新唐書に記されていた「気」は太陽フレアによって発生したオーロラである可能性がある。しかし、そのためにはこれまで観測された最大の太陽フレアキャリントンフレアの10倍という規模の太陽フレアが発生しなければいけない

ガンマ線バースト説

宇宙で最も大きな爆発現象のひとつ、ガンマ線バースト銀河系で発生し、それによって発生した宇宙線が原因であるという説。ガンマ線バーストなら、短期間に大量に発生した宇宙線を説明できる。しかし、そのためには地球から3000から12000光年離れた位置でガンマ線バーストが発生しなければいけない。ガンマ線バーストは1つの銀河では数万年から数千万年に1度しか発生しない非常に珍しい現象であり、それが775年頃に我々の銀河系内で起きたとは考えにくい。」



*775年の宇宙線シャワーは...太陽のスーパーフレア説に合致するように思いますけどねぇ…?

宇宙開発の時代に入ってから過去最悪の磁気嵐は、ケベック州で全戸停電をもたらした1989年3月の磁気嵐。Dst = -600 nTでした。この磁気嵐も吹っ飛ぶスーパーストームが、156年前に地球を襲ったキャリントン・イベントです。ただ、この時は電気がほとんど普及していなかったので、アメリカで真夜中に新聞が読めるぐらいオーロラが照りまくって終わりました。今あれ規模のものが起こったらブログなんて真っ先読めなくなりそうだけど…。

モンスターストーム - Monster Storms
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1859年9月のキャリントン・イベントは、リチャード・キャリントンというイギリス人天文学者の名に因みます。太陽フレアをその目で観測した人ですね。このキャリントンさんが目撃して数日後、強力なCMEが数度に渡って地球を襲いました。キューバでもオーロラが見えたって言うんだから、その威力たるや想像を絶するものがあります。電流が電報網を伝わって技師が感電、電報用紙が発火し、広い範囲で通信網が遮断されました。今の見積もりでは、Dst = -800 nT から -1750 nTとされます。」

画像:https://ja.wikipedia.org/wiki/太陽黒点 より Orz〜イメージ 5
通常の機材で撮られた写真だが、夕日の中央に肉眼黒点が確認できる。
太陽黒点sunspot)とは、太陽表面を観測した時に黒い点のように見える部分のこと。単に黒点とも呼ぶ。実際には完全な黒ではなく、この部分も光を放っているが、周囲よりも弱い光なので黒く見える。太陽黒点は、約9.5年から12年ほどの周期で増減を繰り返している。黒点が暗いのは、その温度が約4,000°Cと普通の太陽表面(光球)温度(約6,000°C)に比べて低いためである。発生原因は太陽の磁場であると考えられている。黒点は太陽の自転とともに東から西へ移動する。大きな黒点群の中には太陽の裏側を回って再び地球から見える側に出てきても消えていない、1ヶ月ほど存在する寿命の長いものがある。(太陽の東西という言葉は地球から観測した場合の地球上での方位を指す。その天体に立った場合の方位ではない)黒点は太陽磁場によって生み出されていると考えられている。

太陽磁場

太陽の回転に伴って太陽内部には数十億アンペアの電流が発生している。これによって1ガウス程度の強力な磁力線が南北方向に発生する。太陽の回転は32日で1周する高緯度地帯より27日で1周する低緯度地帯の方が速く、赤道部の動きに引きずられて南北方向の磁力線も東西赤道部に巻き付くようにズレていく。緯度によってことなる回転から生じたズレは半年後には赤道部で1周し、3年後には磁力線も6周ほど巻き付いてしまう。こうして何年もの間に東西赤道部を中心に引き伸ばされ狭い範囲に平行して走り密度を増した磁力線は互いに反発しあい、部分的に光球面から浮き上がり、コリオリの力を受けてねじられる。黒点の磁場は数千ガウスにもなる。

黒点発生

東西方向に並んで現れる黒点対は太陽磁場が光球面から飛び出た後で戻ってゆく経路に発生していると考えられている。強い磁力線によってプラズマガスの対流が妨げられるため表面温度が下がると考えられている。・・・

古代の中国では、太陽に「カラス」が住んでいるとした。これは肉眼黒点と呼ばれる、肉眼で見ることができる面積数千キロメートルの太陽表面の黒点を観察したものと思われる。肉眼黒点は、日食や日没など太陽光が減光された際に稀に見られる現象であり、大きな黒点であれば肉眼で観測できる。この黒点が観測する度に移動していることから、カラスなどの動物が住んでいると思われていた。なお、この太陽に住むカラスの話は、日本の「八咫烏 やたがらす」伝説の基にもなっている。

*でね…2016.6.6.〜黒点0が続いてるらしいのよ !!
To be continued…maybe…^^
金星が夜中に見えない理由ってわかりますか?
ちょい考えたらわかりますね ^^
夜中に見えるということは…
太陽ー地球ー金星の並びになってるわけだけど…
水金地火木土・・・ってのが惑星の並び…
so…
あり得ない並びなわけですね ^^
水星も同じ…
so…
火星に移住したら...火星上からは夜中に地球は見えないわけあるね…^^

詳しくは…

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日が沈んでまもなく、三日月のそばをよく見ると…

太陽と月を除けば、金星より明るい天体は存在しません。・・・かつてその明るさと美しさは、ローマ神話に登場する美の女神ビーナス(Venus)に例えられました。現在も金星は英語でVenusと呼ばれています。
太陽系の惑星で一番地球に似ている星、というと火星を挙げる方が多いのではないでしょうか。かつて液体の水が豊富に存在した強い証拠がありますし、生命の痕跡があるとする研究者もいます。北極や南極は氷で覆われていて、その面積は季節と共に変動します。しかし、火星の半径は地球の半分、質量は10%しかありません。それに対し、金星の半径は95%、質量は80%と、地球にとても近い数字です。距離の上でも近い両者は、「兄弟星」と呼ばれることもありました。にもかかわらず現在、金星よりも火星の方が地球に似ているという方が多いのは、探査機などの活躍で金星の過酷な環境が明らかになったからでしょう。・・・金星が地球どころか、ほかのすべての惑星と異なるのは、逆向きに自転している点です。しかも、自転周期は243日(以下、「日」は地球における1日のこと)と、225日の公転周期よりも長いため奇妙なことになります。金星では日の出から日の出までの時間、つまり「1日の長さ」は、自転周期よりはるかに短い117日間。しかも日は西から昇ります。とても想像できない世界ですね。もっとも、分厚い雲のおかげで、そもそも太陽を見ることができないと思いますが…」

自転していなくても...太陽の周りを1周したら…1回転していることになるから…「1日の長さ」=243/((243/225)+1)=116.8…日になるわけね ^^…?
むかし、「生命の木」の記事をアップしてますが…
http://blogs.yahoo.co.jp/crazy_tombo/46913048.html
もっとシンプルなというか始原的な話の追加です…^^

https://ja.wikipedia.org/wiki/生命の樹 より Orz〜
生命の樹(せいめいのき、英語: Tree of Life)は、旧約聖書創世記(2章9節以降)にエデンの園の中央に植えられた木。命の木とも訳される。生命の樹の実を食べると、神に等しき永遠の命を得るとされる。
カバラではセフィロトの木(英語Sephirothic tree)という。
ヤハウェ・エロヒム(エールの複数形、日本語では主なる神と訳されている)がアダムとエヴァをエデンの園から追放した理由は、知恵の樹の実を食べた人間が、生命の樹の実までも食べて永遠の生命を得、唯一絶対の神である自身の地位が脅かされる(ユダヤ伝承では知恵の樹の実と生命の樹の実をともに食べると、神に等しき存在になるとされているので)事を恐れたためである。

*生命の木ってのは…不老不死の妙薬!!...秦の始皇帝が求めてたものが…メソポタミアにあったかもしれないのね
彼が知ったら...さぞや切歯扼腕したことでしょう…?…^^

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この相輪の形自体にも諸説あり、最近では聖書やカバラに登場する「生命の樹」を象徴しているのではないかという説が唱えられています。この「生命の樹」は聖書が初出であると考えられがちですが、実は文明の発祥地と言われる古代シュメールのレリーフの中にも登場します。つまり「生命の樹」という概念は聖書が著される前から既にあったということです。この「生命の樹」と「相輪」のコンセプトが酷似しており、その意味合いも「生命の樹」から読み取れるとのことです。この説は はやし浩司氏の説であるため、詳しくは下記のビデオを参照してください。」
法隆寺の世界最古のクリスマス・ツリーbyはやし浩司Hiroshi Hayashi

聖徳太子の最後の(4人目 !! ^^ の妃)が橘大郎女(タチバナノオオイラツメ)ということのようですが

最後は橘大郎女(タチバナノオオイラツメ)です。彼女は推古天皇の孫にあたります。菟道貝蛸皇女が子を成しませんでしたから、推古天皇は孫娘まで差し出しました。つまりは叔母の孫。
聖徳太子と橘大郎女は20歳以上の年の差婚だと思われます。推古天皇念願の聖徳太子の子は2人授かりましたが、橘大郎女はきっと面白くなかったでしょう。身分的には申し分なく、正妻クラスでありながら、寵愛を受けるのは菩岐岐美郎女ばかり。しかも死後も同じ墓に埋葬され、生前も死後も太子の最も側にいるのは菩岐岐美郎女。そこで橘大郎女は聖徳太子の死後、祖母である推古天皇に頼み、太子が死後に行かれる天国の様子を刺繍にしたいと申し出ました。それがかの有名な日本最古の刺繍「天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)」です。国宝に指定されています。(現在は大部分が焼失してしまいましたが、中宮寺でレプリカが見られます!)天寿国繍帳を残し、橘大郎女は聖徳太子の妻として後世に大きな印象を残しました。」

画像:https://ja.wikipedia.org/wiki/天寿国繍帳 より Orz〜
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天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)は、奈良県斑鳩町中宮寺が所蔵する、飛鳥時代7世紀)の染織工芸品。天寿国曼荼羅繍帳(てんじゅこくまんだらしゅうちょう)とも呼ばれる。
銘文によれば、聖徳太子の死去を悼んで妃の橘大郎女が作らせたという。「天寿国繍帳」とは「聖徳太子が往生した天寿国のありさまを刺繍で表した帳(とばり)」の意であり、「天寿国」とは、阿弥陀如来の住する西方極楽浄土を指すものと考証されている。古記録に基づく考証によれば、制作当初は縦2メートル、横4メートルほどの帳2枚を横につなげたものであったと推定されるが、現存するのは全体のごく一部にすぎず、さまざまな断片をつなぎ合わせ、縦88.8センチメートル、横82.7センチメートルの額装仕立てとなっている。このほかに断片2点が別途保存されている。断片のみの現存であるが、飛鳥時代の染織工芸、絵画、服装、仏教信仰などを知るうえで貴重な遺品であり、国宝に指定されている。」

*はやし浩司氏の説では…右下の図は...
聖徳太子がUFOに乗って、橘大郎女(タチバナノオオイラツメ)姫の元を去って行く時を刺繍に残したものと推測されてます☆
竹取物語のかぐや姫の男性バージョンを彷彿とさせます
(時代的には,竹取物語が後ですけど…)
で...橘大郎女(タチバナノオオイラツメ)姫がその別れの嘆き悲しみを少しでも慰撫するため
に...自分の姿を模写した形見を残した
それが…弥勒菩薩=聖徳太子の姿!!...だって…☆

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中宮寺の菩薩半跏像(国宝)です。
スフィンクスとモナリザと共に世界三大微笑像と呼ばれています。」
このフレーズを友人の賀状に見つけたもので ^^
(わたしと同じく...鳥はトリでも…鶏(キジ科だから...せめて…雉までの「酉年」でしたのよね)…)...それは措くとして...
聞いたことはあったものの...調べた…^^;v

画像:http://luludia.ocnk.net/product/919 より 引用 Orz〜
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「ギリシアの1ユーロ硬貨で、日本円すると約150円。」
今(2017.01.09)…
1ユーロ(EUR)=123円(JPY)
1ドル(USD)=117円(JPY)

ミネルヴァのフクロウ
ローマ神話における知恵や英知、洞察力の女神ミネルヴァは、ギリシア神話ではアテナエに相当する。ミネルヴァの肩には知性や英知の象徴としてフクロウが止まっている。フクロウは夜行性で、通常人が活動する昼間は眼を閉じて眠っている。夜闇が近づく夕暮れになると、フクロウは眼を開けて羽ばたき始める。そして、夜の闇に飛び立っていく。それは、知性とか知恵、英知、洞察力や思考力を意味するものだという。つまり最盛期を過ぎて衰えが目立つようなときになって、人はようやく知恵や洞察力を獲得するものだということらしい。ドイツの哲学者、ヘーゲルは「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに羽ばたく」と述べている。この言葉は、歴史主義的で総体主義的な認識論の方法論を示すものだという。認識の対象となる存在を総体的=体系的に認識できるようになるのは、その存在が十分に成長・発展して、むしろ衰滅へと向かい始める(晩期の)局面だというのだ。・・・それと並行して、認識する人間の側も知的に成長し成熟し、肉体的には下り坂に向かう頃だという皮肉も込められているようにも思える。」

「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走り出す。そしてスペイン人は、走ってしまった後で考える。」

「アメリカ人はまず歩いてから考える。ドイツ人は歩きながら考える。日本人は考えてから歩く。」

*スペインやイタリア人みたいなラテン系とアメリカ人は兎も角,フランス人もそうかと思ったけど思索/哲学者の国だから歩く前に考えるのね^^ドイツ人も哲学資質と思うんですけどね?

信長「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」
秀吉「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」
家康「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」
これらは彼らの人柄をわかりやすく例えるために後世に詠まれた…」

にも通じるような話です ^^
世界を理解しようとするための方法論
若い時は...踊る阿呆がいい ^^
but
肉体的に衰えてしまったら
頭で遊ぶのがいい
イソップのキツネ(負け惜しみ)のような話でもあるね ^^;
わたしゃまだ、朝まで討論的な喧噪は好きだけど
沈思黙考ってのは...どうも性に合わなくってOrz
秀吉的かなぁ^^
わたしが雉だったとしても
撃たれるのわかってても鳴いちゃう雉だろなぁ ^^;v
梟にゃなれましぇん...ま,なりたくもないですけどねOrz〜
わたしが...イソップのキツネじゃんかって?^^;;

干支に🐱のある国 ^^

今年の干支は「酉」だけど、この意味を調べてみた ^^

ichikawaseijiさんのもの Orz〜
は動物の鳥ですが、酉を「とり」と関連つけたのは、古代中国の戦国時代(紀元前404〜紀元前221)の頃だろうと言われています。文献としては、後漢時代の書籍「論衡」が最古とされています。
「酉」に当てはめた「とり」は「鳥」ではなく「鶏」です。古代中国では満月から満月の間を一つの単位として暦の「月」としました。これを12月(個)集めると約1年の期間に相当します。(太陰暦)この12の月に自然の季節の移り変わりをあらわす文字をあてはめました。「酉」はもともとは酒をいれる壺からうまれた文字です。しぼるという意味があります。
秋になって熟した果実を壺にいれてしぼる時節であるということからこの文字をあてはめました。「10番目をあらわす文字」です。
冬至はご存知の通り一年で一番日照時間が少ない日ですが、気温は現在の二月初旬が最も低くなります。古代の中国の人たちは、経験的に最も低い日を立春と定め一年の始めとしました。これは農作業を基準とした生活経験に基づくものです。
この決め方は二十四節季と呼ばれ、現在でも立春の他に、啓蟄、春分、夏至、立秋、秋分、大寒、等と季節を表す言葉として使われています。年賀状に立春とか初春と書くのはこのことに由来しています。

*11月が「子」なら…10月は「亥」になると思うんだけど…?
so…旧暦で「酉」は8月ですよね…?

Tasuke22さんのもの Orz〜
10月に米を収穫して酒を作るから十二支の10番目に酉を当てたようです。
その後、酉に鳥ではなく鶏(トリ)を言わばダジャレ的に当てたのだと思います。
ですので十二支ではニワトリですね。」


*「酉」の鳥は…「ニワトリ」でしたのねぇ ^^;
賀状の画像に「鳳凰」をアップしてしまったけど…ミスマッチでしたか…^^;;

干支に,🐱がいないのは寂しい限りですが…
その理由と言われる面白い話は以前アップしましたけど…^^
干支が伝わってるベトナムでは🐱が入ってるらしいのね♪

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*他にも...チベット、タイ、ベラルーシ、ブルガリアでも猫らしい ^^
*日本も🐰でも🐱でもいいようにしたらいいのにニャァ〜 ^^v

「"鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪
いわゆる「ね、うし、とら、う、たつ、み…」パターンですね。
日本以外にも中国、韓国、台湾、ロシアで採用されていますが、
中国や韓国では「猪」という漢字は「ブタ」のことを指します。"

意外にもアジア圏のみではなく、ヨーロッパ、ロシア圏にもある十二支。
この原因は、まずなにより十二支を使い始めた中国が、
シルクロードを通じて多くの国と交易があった事。
それから「モンゴル帝国」の範疇に入っていた国の影響が大きいと考えられています。」

*なんと!!...干支って世界標準でしたのねぇ☆

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