アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

蘊蓄

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息子から昭和は何年まであったの?って聞かれたものだから…
たしか、64年までだったよなぁ…
で、自分の年齢から、平成28年を引いて、自分の生まれた昭和の年数を足せば出るはず…で…64と出せたんだけど…
たしか、天皇が崩御された年は元号が重なってるはずだから…+1年にしなきゃいけない?…
いやいや、0から始まらず元年=1年から即始まるからいいのだわ ^^;
計算の仕方がおかしいかなぁ?...自信なくなったので調べた ^^;

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1989年は昭和と平成をまたいでいる。
昭和最後の年、昭和64年(西暦1989年)は7日間しかない。(1月1日〜1月7日までの7日間)
そのため翌年の平成元年は358日間で7日間少ない。」

やっぱり計算の仕方は合ってた ^^v
で...大正と昭和のときもたしか短かったはずと調べてみたら... ^^

「Q: 大正天皇が崩御(亡くなる)されたのは大正15年12月25日。
この12月25日から昭和元年12月25日がスタートと資料にありました。
また昭和の場合は、昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御され、翌日の1月8日から平成になりました。
大正から昭和になる時、崩御された日(12月25日)から昭和扱いになったのに対し、
昭和から平成になる時、崩御された日(1月7日)ではなく翌日の8日からスタートになっているのはなぜですか?


A:insmacsさん からのもの Orz
昭和から平成になったときは1月7日に元号を決定し閣議を経て8日施行となりました。閣議〜施行という手順は現在の法律(元号法)に基づいたものです。

一方、昭和元年の時の元号施行は旧皇室典範によって行われ施行されています。この旧皇室典範は戦後の日本国憲法の施行によって廃止され元号そのものも一旦は法律から消えたのです。しかし、その後も公的文書などでは慣例的に元号表記が行われていたこと、昭和天皇の高齢化、日本人の90%近くの人が元号を使用していた現状から昭和54年に国会で元号法が成立しその年の12月に公布し即日施行されました。「平成」の元号決定〜施行はこの法律によって決定し施行されたものです。従って崩御後の元号決定〜施行に至る経緯は法律が異なっていたため1日違ったということです。」

大正15年=昭和元年で…
昭和元年は12/25〜12/31の7日間しかなかったのね!!
けっきょく…
昭和の始まりと終わりは…どちらも7日間しかなかったこと判明 ^^☆
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今さらですが…^^;...

≒ は…「ニアリーイコール」と打ち込めば…
≠ は…「ノットイコール」と打ち込めば出ることを知りましたわ ^^♪

but…
角度を表す上の記号の出し方がわからない…^^;
今日のはなんじゃラホイと思ってサーチ ^^
で…レーベンフックさん...そっか!!…ゴキブリみたいなのは…微生物で,そいつを顕微鏡でのぞいていらっしゃったのねぇ(どう見ても虫眼鏡にしか見えないけど…^^; Orz)

画像:https://ja.wikipedia.org/wiki/アントニ・ファン・レーウェンフック より Orz〜
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ヨハネス・フェルメール『天文学者』。レーウェンフックがモデルとされている。
アントーニ・ファン・レーウェンフックレーベンフック、Antonie van Leeuwenhoek 1632年10月24日 - 1723年8月26日)はオランダ商人科学者。歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物を観察し、「微生物学の父」とも称せられる。・・・
彼はその強い好奇心で様々なものを覗き、それによって新しいものを発見したが、それだけではなく、鋭く批判的な観察眼で、観察したものを分析したことも重要である。当時、微細な昆虫は植物種子などから自然発生するものと考えられていたが、レーウェンフックは観察によりこれらの生物も親の産むから孵化することを発見した。また、彼が発見した微生物についても、砂粒との類推からその大きさを計算したり、微生物にも誕生や死があることを確認したりしている。赤血球毛細血管を通ることを示した。・・・
レーウェンフックは生涯500もの顕微鏡を作ったとされ、現在彼の真作とされる顕微鏡はヨーロッパの博物館に9個残されている。1980年代にレンズ精度が調査され、分解能は1.35μmから4μmであった。8個の顕微鏡のうち5個が100倍以上、最高の倍率は266倍であった。観察記録から推察するなら実際には500倍に達していただろうという説もある。レーウェンフックはレンズの製造技術を秘密にしたが、当初のガラスを研磨してレンズを作る製法から、細いガラス管[疑問点 ] をバーナーで加熱して先端を溶かして小球状にする方法を用いるようになったと推測されている。・・・」
で…福岡博士の説(発見と思いますが ^^)…
レーベンフックと同じ町に同じ時代いたあの光の魔術師フェルメールさんが、
顕微鏡をのぞかせてもらって,精緻な昆虫の足などのスケッチをした(手伝った)のではないかというお話をされてましたが…さもありなんね♪

画像:https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨハネス・フェルメール より Orz〜
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取り持ち女』(1656年)の左端の人物。左端の人物をフェルメールの自画像とする説がある
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フェルメールは、描画の参考とするためカメラ・オブスクラを用いていたという説がある。
彼の用いた遠近法については、NHK制作のドキュメンタリーハイビジョンスペシャル)「フェルメール盗難事件」[1]にて別の研究成果が紹介されていた。まず、絵の一部に消失点となる点を決め、そこに小さな鋲のようなものを打つ。次に、その鋲にひもを結びつけてひっぱる。このとき、このひもにチョークを塗り、大工道具の墨壺のような原理で直線を引く。この線と実際の絵を比較すると、窓やテーブルの角のラインが一致している。フェルメールの17の作品において鋲を打っていたと思われる場所に小さな穴があいていることからもこの手法がとられていた可能性は高い。
少女の髪や耳飾りが窓から差し込む光を反射して輝くところを明るい絵具の点で表現している。この技法はポワンティエ (pointillé) と呼ばれ、フェルメールの作品における特徴の一つに挙げられる。
また、フェルメールの絵に見られる鮮やかな青は、「フェルメール・ブルー」とも呼ばれる。この青は、天然ではラピスラズリに含まれるウルトラマリンという顔料に由来している。」

*わたしは…この色香(エロス)に魅せられたのか...フェルメール・ブルーに魅せられたのか…???
maybee…both v^^v
https://ja.wikipedia.org/wiki/秋の歌_(詩) より Orz〜

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秋の歌フランス語: Chanson d'automneシャンソン・ドートンヌ)とは、フランスの詩人ポール・ヴェルレーヌである。1867年に出版されたヴェルレーヌ初の詩集「サテュルニアン詩集の「哀しき風景」(Paysages tristes)で発表された。日本では上田敏の詩集「海潮音」のなかで「落葉」(らくよう)として紹介され、「秋の日の ヰ゛オロン(ヴィオロン)の  ためいきの…」の訳で知られている。第二次世界大戦時にはノルマンディー上陸作戦の際、フランスのレジスタンスに送る暗号としてこの詩の冒頭が使用された。」

*これファジーに覚えてたけど^^;
センチメンタルになってるわけでもないのですが...ふと^^
で...も一つの有名な詩も思い出したものの
『山のあなたの空遠く 幸いすむと人の言う』
なんですが”山のあなた" の『あなた』に引っかかりまして^^;

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*なるほどね☆
調べて納得 ^^♪

画像:http://car-me.jp/articles/1086より 引用 Orz〜
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その名の通りと言えばそうなってしまいますが、メーテルリンクの童話「青い鳥」にちなんで名付けられました。
青い鳥=「幸せの鳥」として、ヨーロッパで幸福の象徴とされていた事が理由です。
当初、
「スノーバード(ユキホオジロ)」と命名されるはずでしたが、
実はアメリカでは「スノーバード」=「麻薬常習者」を意味していたため、「ブルーバード」と改名しました。」
*当時の日産の当時の川又克二社長によって命名された。…wikiより

*クラウン・アスリートの色は…
まさに
新たな『青い鳥=ブルーバード』あるね ^^

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現代の人間の健康はこんなわんちゃんの犠牲の上に成り立ってきたのですねぇ…^^;

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マージョリーとバンティング(右)、およびベスト(左)のスリーショット写真。マージョリーの実験からわずか1年後の1922年11月、製薬会社・イーライリリー社が非常に純粋なインスリンの生産に成功した。そして翌1923年からは早くも、北アメリカやヨーロッパにおいて「アイレチン」という商品名で流通するようになっている。現代の感覚で言うと恐ろしいスピード展開。

バンティングとベストはまず、犬を開腹し、膵臓に連なる「膵管」(すいかん)と呼ばれる管を結ぶ手術を施しました。その結果、全ての犬が死んでしまったといいます。

*膵炎になってしまったのだと推測…^^;;

この失敗を教訓とし、二人はその後様々な試行錯誤を繰り返しました。そしてとうとう、膵臓を摘出することで、糖尿病にかかった犬を人為的に作り出すことに成功します。「人工糖尿病」の犬を作り出したまではいいものの、このままでは犬が死んでしまいます。そこでバンティングとベストは、「糖尿病にかかった犬の血糖値をコントロールする謎の物質」の発見に急いで取り掛かりました。研究は苦しく、二人は睡眠時間を削り、実験室のブンセンバーナーで食事を作ったといいます。そんな二人の努力が報われたのは、1921年夏のある日のことでした。摘出した膵臓から様々な物質を抽出し、実験室にいる糖尿病犬たちに1つずつ注射していったところ、ある特定の物質を注射された犬の血糖値が下がり始めたのです。「ナンバー33」と呼ばれていたこの犬は、その後70日間生き続け、投与物質の有効性を証明しました。この記念すべき犬はその後「マージョリー」と名づけられ、世界で初めて血糖値を下げる物質「インスリン」を投与された糖尿病の犬として記録されることになります。またバンティングも、「インスリン抽出」という功績が評価され、1923年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

*人間の場合は…膵全摘しても...インスリンの補充40単位以下で十分だったと思う...それで大丈夫のはずですけど…?

さすがに...いまは...動物愛護の観点からこんな実験は御法度なんでっしゃろねぇ ^^;

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インスリンの発見の歴史
 1型糖尿病であろうと2型糖尿病であろうと、インスリンが関係している。治療のためのインスリンの注射には、最初ウシやブタのインスリンが使われた。1980年からは遺伝子操作によって、ヒトインスリンがつくられるようになった。このため副作用が大幅に抑えられるようになった。

*してみると…マージョリーはインスリン抗体が出来てきて効きが悪くなってきたから亡くなったんだろうか?
もう十分因果関係がわかったから,ようズムってなディスポーザブルでポイ捨てされたのではないと思いたいわたし…^^;;;

 ところで、インスリンはどうやって発見されたのだろうか?
 1869年にドイツベルリンの医学生パウル・ランゲルハンス (Paul Langerhans) は、顕微鏡で見た膵臓の構造を研究していた。後にランゲルハンス島として知られる「小さな枠の集合体」は当時まだ知られていなかったが、エドワール・ラゲス (Edouard Laguesse) は、それらが消化に関わる大きな役割を果たすものであり得ると主張した。
 1889年、リトアニア出身のドイツの内科医オスカル・ミンコフスキ (Oskar Minkowski) とヨーゼフ・フォン・メーリング (Joseph von Mehring) は健康な犬の膵臓を取り除く研究を行った。実験が始まって数日後、ミンコウスキーはハエがいつもこの犬の尿に群がっていることに気付いた。尿を調べてみると、糖分が含まれており、ここで初めて膵臓と糖尿病との関係が実証された。
 1901年、アメリカの病理学者ユージン・オピー(Eugene Opie)によりランゲルハンス島と糖尿病との関連が明らかにされたとき、この研究は新たな段階を迎えた。つまり、糖尿病はランゲルハンス島の部分的あるいは全体的な破壊によって引き起こされるということがわかったのである。しかしながら、ランゲルハンス島が果たす特定の役割については、ここではまだよくわかっていなかった。
 部屋を貸しただけでノーベル賞?
 1920年にカナダのトロント大学の教授だった、ジョン・ジェームズ・リチャード・マクラウドは、トロント大学の卒業生でウェスタン・オンタリオ大学の時間講師をしていたフレデリック・バンティングから、糖尿病を防ぐホルモンの抽出する実験をしたいという申しいれを受けた。
 マクラウドは結果に対しては懐疑的であったが、1921年にマクラウドが休暇でスコットランドに帰っている8週間の間、研究室と実験用の10匹の犬の使用と、学生チャールズ・ベストを助手として使用することを認めた。
 この間にバンティングらは血糖を下げる有効物の抽出に成功した。休暇から戻ったマクラウドは彼らの成果を見て、研究室の総力をあげてとりかかることとし、生化学に詳しいバートラム・コリップをチームに加えた。大量にインシュリンを抽出する方法を開発し、翌年には糖尿病で瀕死の少年にインシュリンを投与し、命を救い、インシュリンの発見から2年という異例の速さでマクラウドとバンティングはノーベル賞を受賞した。
 しかし、インシュリンの発見はバンティングによるものであり、バンティングはマクラウドとの共同受賞に激怒したといわれる。バンティングはベストと賞金を分け合い、マクラウドもインシュリンの精製に功績のあったコリップに賞金の半分を与えた。 このエピソードは「トリビアの泉」でも取り上げられ「部屋を貸しただけでノーベル賞を受賞した人がいる」と紹介された。(Wikipedia)」

*誰も,ノーベル賞を取りたいから研究をしているのではないと思うけど
ひょっとして...オリンピックと同じでその栄誉に浴したいという思いが研究の大きなモチベーションになってないとは誰も否定できないのも事実なのかもしれましぇん…?
最初に発見したものに対する名誉...金色のメダル以外はみな同じ...3次、4次方程式の解法の発見のいざこざ...ニュートンとライプニッツ論争…特許権...どうも人間ってのはNo1になりたいという他の動物にゃ見られない欲望に衝き動かされていますようで...ま,それがフロンティアを開拓,冒険する原動力の大きな要因の一つなんでしょうけど
医学部でも献体という制度で解剖の勉強をさせて頂けてるわけで…なにかしらの匿名者のおかげで花を咲かさせて頂いてるのですよねぇ...光に対する陰の功労者ってのが…1:1対応で…つきまとってる...ことを肝に銘じて忘るべからじ…Orz〜

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