現代の人間の健康はこんなわんちゃんの犠牲の上に成り立ってきたのですねぇ…^^;
「マージョリーとバンティング(右)、およびベスト(左)のスリーショット写真。マージョリーの実験からわずか1年後の1922年11月、製薬会社・イーライリリー社が非常に純粋なインスリンの生産に成功した。そして翌1923年からは早くも、北アメリカやヨーロッパにおいて「アイレチン」という商品名で流通するようになっている。現代の感覚で言うと恐ろしいスピード展開。
バンティングとベストはまず、犬を開腹し、膵臓に連なる「膵管」(すいかん)と呼ばれる管を結ぶ手術を施しました。その結果、全ての犬が死んでしまったといいます。
*膵炎になってしまったのだと推測…^^;;
この失敗を教訓とし、二人はその後様々な試行錯誤を繰り返しました。そしてとうとう、膵臓を摘出することで、糖尿病にかかった犬を人為的に作り出すことに成功します。「人工糖尿病」の犬を作り出したまではいいものの、このままでは犬が死んでしまいます。そこでバンティングとベストは、「糖尿病にかかった犬の血糖値をコントロールする謎の物質」の発見に急いで取り掛かりました。研究は苦しく、二人は睡眠時間を削り、実験室のブンセンバーナーで食事を作ったといいます。そんな二人の努力が報われたのは、1921年夏のある日のことでした。摘出した膵臓から様々な物質を抽出し、実験室にいる糖尿病犬たちに1つずつ注射していったところ、ある特定の物質を注射された犬の血糖値が下がり始めたのです。「ナンバー33」と呼ばれていたこの犬は、その後70日間生き続け、投与物質の有効性を証明しました。この記念すべき犬はその後「マージョリー」と名づけられ、世界で初めて血糖値を下げる物質「インスリン」を投与された糖尿病の犬として記録されることになります。またバンティングも、「インスリン抽出」という功績が評価され、1923年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。」
*人間の場合は…膵全摘しても...インスリンの補充40単位以下で十分だったと思う...それで大丈夫のはずですけど…?
さすがに...いまは...動物愛護の観点からこんな実験は御法度なんでっしゃろねぇ ^^;…
「インスリンの発見の歴史
1型糖尿病であろうと2型糖尿病であろうと、インスリンが関係している。治療のためのインスリンの注射には、最初ウシやブタのインスリンが使われた。1980年からは遺伝子操作によって、ヒトインスリンがつくられるようになった。このため副作用が大幅に抑えられるようになった。
*してみると…マージョリーはインスリン抗体が出来てきて効きが悪くなってきたから亡くなったんだろうか?
もう十分因果関係がわかったから,ようズムってなディスポーザブルでポイ捨てされたのではないと思いたいわたし…^^;;;
ところで、インスリンはどうやって発見されたのだろうか?
1869年にドイツベルリンの医学生パウル・ランゲルハンス (Paul Langerhans) は、顕微鏡で見た膵臓の構造を研究していた。後にランゲルハンス島として知られる「小さな枠の集合体」は当時まだ知られていなかったが、エドワール・ラゲス (Edouard Laguesse) は、それらが消化に関わる大きな役割を果たすものであり得ると主張した。
1889年、リトアニア出身のドイツの内科医オスカル・ミンコフスキ (Oskar Minkowski) とヨーゼフ・フォン・メーリング (Joseph von Mehring) は健康な犬の膵臓を取り除く研究を行った。実験が始まって数日後、ミンコウスキーはハエがいつもこの犬の尿に群がっていることに気付いた。尿を調べてみると、糖分が含まれており、ここで初めて膵臓と糖尿病との関係が実証された。
1901年、アメリカの病理学者ユージン・オピー(Eugene Opie)によりランゲルハンス島と糖尿病との関連が明らかにされたとき、この研究は新たな段階を迎えた。つまり、糖尿病はランゲルハンス島の部分的あるいは全体的な破壊によって引き起こされるということがわかったのである。しかしながら、ランゲルハンス島が果たす特定の役割については、ここではまだよくわかっていなかった。
部屋を貸しただけでノーベル賞?
1920年にカナダのトロント大学の教授だった、ジョン・ジェームズ・リチャード・マクラウドは、トロント大学の卒業生でウェスタン・オンタリオ大学の時間講師をしていたフレデリック・バンティングから、糖尿病を防ぐホルモンの抽出する実験をしたいという申しいれを受けた。
マクラウドは結果に対しては懐疑的であったが、1921年にマクラウドが休暇でスコットランドに帰っている8週間の間、研究室と実験用の10匹の犬の使用と、学生チャールズ・ベストを助手として使用することを認めた。
この間にバンティングらは血糖を下げる有効物の抽出に成功した。休暇から戻ったマクラウドは彼らの成果を見て、研究室の総力をあげてとりかかることとし、生化学に詳しいバートラム・コリップをチームに加えた。大量にインシュリンを抽出する方法を開発し、翌年には糖尿病で瀕死の少年にインシュリンを投与し、命を救い、インシュリンの発見から2年という異例の速さでマクラウドとバンティングはノーベル賞を受賞した。
しかし、インシュリンの発見はバンティングによるものであり、バンティングはマクラウドとの共同受賞に激怒したといわれる。バンティングはベストと賞金を分け合い、マクラウドもインシュリンの精製に功績のあったコリップに賞金の半分を与えた。 このエピソードは「トリビアの泉」でも取り上げられ「部屋を貸しただけでノーベル賞を受賞した人がいる」と紹介された。(Wikipedia)」
*誰も,ノーベル賞を取りたいから研究をしているのではないと思うけど…
ひょっとして...オリンピックと同じでその栄誉に浴したいという思いが研究の大きなモチベーションになってないとは誰も否定できないのも事実なのかもしれましぇん…?
最初に発見したものに対する名誉...金色のメダル以外はみな同じ...3次、4次方程式の解法の発見のいざこざ...ニュートンとライプニッツ論争…特許権...どうも人間ってのはNo1になりたいという他の動物にゃ見られない欲望に衝き動かされていますようで...ま,それがフロンティアを開拓,冒険する原動力の大きな要因の一つなんでしょうけど…
医学部でも献体という制度で解剖の勉強をさせて頂けてるわけで…なにかしらの匿名者のおかげで花を咲かさせて頂いてるのですよねぇ...光に対する陰の功労者ってのが…1:1対応で…つきまとってる...ことを肝に銘じて忘るべからじ…Orz〜