アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

素敵な言葉

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「女の名セリフ/セックスシンボルズ」http://www3.ocn.ne.jp/~sitemm/onnasexsymbol.html より (引用) Orz〜
時代と寝る女たち
かつて「時代と寝る女」と評されたのは山口百恵であった(「時代と寝る」というこの卓抜な比喩は、芸能記者のオリジナルではなく、三島由紀夫がエッセイの中で使ったものだ。)が、「時代と寝た」ヒロインはもちろん百恵ばかりではない。...ひときわ派手に「時代と寝た」女性たちを集めてみた。
 スキャンダルを食い、時代と寝て大きくなるそのしたたかさに、息を飲んでいただきたい。

1.セックス・シンボルズ
セクハラ質問のさばき方
アメリカ人はディケードごとの「セックス・シンボル」を持っている。たとえば、1930年代ならジーン・ハーロー、50年代ならマリリン・モンロー、80年代ならマドンナ、というふうに・・・・。では、ディケードではなく、20世紀という時代のセックス・シンボルを1人だけ選ぶとしたら、誰になるだろう?  『タイム』誌あたりがアンケート調査を行なったとしたら、やはりマリリン・モンローが選ばれるのではないだろうか。そして、モンローの名セリフといえば、誰もがまず思い出すのはこれだろう。
「シャネルの5番を着て寝るの」
「夜、何を着て寝ますか?」という質問に答えて言ったという、あまりに有名な名セリフ。香水を「つける」ことも英語では「wear」という動詞で表現される。だからこそ成り立つウイットであり、日本語ではその微妙なニュアンスが伝わりにくい。
じつはこの名セリフ、ゴーストライターが考えたものらしい。つまり、記者に何を聞かれてもよいように、あらかじめ気の利いた答えを用意しておく専属スタッフが、モンローにはついていたというのである。が、そうであったとしても、このセリフはモンローにのみ似つかわしい。
ちなみにモンローには、「シャネルの5番〜」とちょうど対になったような名セリフもある。「一人で部屋にいるとき、どんなドレスを身につけていますか?」という質問に対して答えた、「つけているのはラジオだけよ」というのがそれだ。これもやはり日本語ではニュアンスが伝わりにくい。ドレスを「着る」とラジオを「つける」に共通する前置詞「on」にひっかけた言葉遊びである。・・・
モンローとマドンナ
マリリン・モンローには、「シャネルの5番〜」以外にも数多くの名セリフがある。そのすべてがゴーストライターの手になるものとは考えられないから、何割かは彼女自身の言葉だろう。そして、それらの言葉のきらめきは、彼女がけっして頭のからっぽな「チーズケーキ」(セクシーさだけが取り柄の女優をからかうスラング)ではなく、聡明で繊細な感受性の持ち主だったことを証明している。たとえば、ハリウッドで行なわれていた性的表現の検閲(当然、いまよりはるかに厳しかった)を皮肉った、こんな名セリフ−−。
「検閲官って困った人たちね。女性に割れ目があるといって気をもむんですから。本当は割れ目がなかった場合に気をもむべきなのに・・・・」
日本のヘアヌード規制にもそのまま適用可能な、痛烈なアイロニーである。セックス・シンボルの面目躍如だ。もっとも、モンロー自身にとっては、自分がセックス・シンボルであるという事実は重荷でしかなかった。彼女はこう言っている。
「私は、自分のしっかりした乳房を誇らしく思うだけじゃなく、自分のしっかりした人格も誇れるようになりたいと思っているわ」
だが、ハリウッドの人間もファンの多くも、モンローには知性も「しっかりした人格」も求めなかった。彼女はセクシーでさえあればよかった。
モンローは成功してから、UCLAの文学の聴講生になったり、リー・ストラスバーグの「アクターズ・スタジオ」に入って演技のレッスンを受けたりしている。『カラマーゾフの兄弟』のヒロイン、グルシェンカを演じることが、女優としてのモンローの夢だったという。彼女はただのセクシー女優では終わりたくなかった。必死で、本格女優へと脱皮しようとしていたのだ。
モンローが晩年に精神のバランスを崩していったのも、一つにはそのギャップが原因であったのかもしれない。
マドンナが登場して「モンローの再来」と呼ばれたころ、モンロー世代のオジサンたちはこぞって反発したものだ。いわくーー。
「モンローにはあった儚さの魅力が、マドンナには微塵もないじゃないか。あんなのがモンローの再来なもんか!」
いや、ごもっとも。ダンス・トレーニングでシェイプ・アップされた鋼のような身体で「アイム・マテリアル・ガール!」と誇らかに歌うマドンナは、30年経ってもけっしてモンローのようにノスタルジーの対象にはなるまい。
だが、その時代の性意識を反映してこそセックス・シンボルなのであって、儚さの代わりに強さを身にまとったマドンナは、だからこそ、女性が強くなった80年代に「モンローの再来」と呼ばれるにふさわしかったのだ。マドンナ自身はやはりモンローをこよなく尊敬しているようである。「マドンナの部屋にはモンローを祀った祠がある」というゴシップが流れたこともある。
性的に開放された「いまどきの強い女」の象徴、マドンナは、たとえばこんな風に言う。
「セックス・シンボルって呼ばれるのは当然よ。だって、私セクシーなんだもの」
かつて、モンローはこう言ったものだ。
「シンボルといったらなんだか『もの』みたいでしょう? 私は『もの』にはなりたくないわ。でも、何かほかのもののシンボルになるよりは、セックス・シンボルになるほうがまだましね」
「私は、グラマーでセクシーであるという重荷を負わされることは苦にしないわ」
モンローには「重荷」であったことが、マドンナには「当然」のことでしかない。30年という時代の隔たりはかくも大きいのだ。
数ある「マドンナ語録」の中で私が一番好きなのは、彼女が田舎からニューヨークに出てきたとき、イエロー・キャブの運転手に向かって言ったという、このセリフ。
「この街の真ん中で降ろしてちょうだい!」
そして彼女はタイムズ・スクェアで降ろされ、80年代屈指のサクセス・ストーリーの幕が開く。このときマドンナは18歳。ポケットにはたった35ドルしか持っていなかったという。...

時代と寝た女...いまは...寝ない女の時代...^^;...?


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「小町の美しさに魂を奪われた深草の少将は、小町の愛を強要するが、小町は百夜通って満願の日、晴れての契りをむすぶことを約した。少将は99日まで通い、最後の晩、大雪のため途中で凍死してしまうのであった。・・・
 
深草の少将の住まいは墨染欣浄寺(ごんじょうじ)
当地は昔深草の少将の屋敷があったところと伝えられ、池の東の藪陰の道は「少将の通い道」と呼ばれ、訴訟のある者はこの道を通ると願いが叶うといわれている。・・・
 
謡曲「卒塔婆小町(そとばこまち)
四番目物 特殊物 観阿弥原作 世阿弥改作
あらすじ 高野山の僧が仏教に出会った喜びを述懐しつつ都へ上る途中、鳥羽の辺りで老醜を恥じ、都を逃れた乞食の老女に出会う。朽木と思い倒れた卒塔婆に腰掛けている老女を教化しようと卒塔婆の功徳を説く僧。ところが老女は僧の言葉に反論し、迷悟は心の問題であり、本来無一物と気づけば仏も衆生も隔たりはないと論破する。教化するつもりが逆に言い負かされた僧は三拝する。僧に名を問われた老女は小野小町と答える。突然、小町は狂乱し「小町の許へ通おう」と叫び「人恋しい」と訴える。四位少将の霊が憑いたのだ。そして少将の怨霊は百夜通いのさまを繰り返す。やがて憑いた霊も去り、小町は後生安穏を願う。・・・

深草少将について
この深草の少将という人物は、正史にその名をとどめていないと言います。それで、後の僧正遍昭(右近衛少将、従五位上 良岑朝臣宗貞)が深草の少将に一番近い人物といえる・・・

僧正遍昭(816〜890)のこと

天つかぜ 雲の通い路 ふきとじよ
をとめの姿 しばしとどめむ

『小倉百人一首』に有名なこの歌の作者が僧正遍昭です。この歌の意味は「天女を迎えに来る雲の道を閉ざせ。天女のように美しいこの未通女(をとめ)をいましばし私の元に留めさせよ」という意味で・・・「五節の舞」は11月大嘗祭新嘗祭の辰の日に奏せられる少女の舞で、舞姫は5人でした。小町はこの五節舞姫であったと伝えられており、この歌の「をとめ」は小町ではないかと言うのです。この宗貞がなぜ僧になったかというと、自分が使えていた「仁明天皇」が崩御した時に少将宗貞は姿を消し比叡山に隠れ、出家したそうです。そのくらい君に忠心を抱いていたということになるようです。そしてこれが墨染桜の話につながります。その話を細川幽斎から聞き感動した豊臣秀吉は墨染桜寺を保護するわけです。欣浄寺と墨染桜寺はすぐ近くです。」


いい話ですねぇ

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伏見区・墨染にある墨染寺(ぼくせんじ)の墨染桜です。墨染寺は通称「桜寺」とも呼ばれていますが、その名前の由来はこの「墨染桜(すみぞめさくら)」で、地名もここから付けられました。・・・純白の花びらがほんのり薄墨色に染まっているかのように見えます。ソメイヨシノなどの桃色がかったサクラと比べると違いが良く分かります。」

「墨染め桜」:平安時代、上野岑雄(かむつけのみねお)が友人の死を悼み、「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」と歌ったところ彼の悲しみに感じ入ったが喪に服すように灰色がかった色に咲いたという伝説から。実際に淡墨桜と呼ばれる桜が岐阜県本巣市に現存する。」

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桓武天皇の孫という高貴な生まれであるにもかかわらず、出家して天台宗となって僧正の位に昇ったこと、また、歌僧の先駆の一人であることなど、遍昭は説話の主人公として恰好の性格を備えた人物であった。在俗時代の色好みの逸話や、出家に際しその意志を妻にも告げなかった話は『大和物語』をはじめ、『今昔物語集』、『宝物集』、『十訓抄』などに見え、霊験あらたかな僧であった話も『今昔物語集』や『続本朝往生伝』に記されている。」
 
画像:葛飾北斎、「小野小町像」
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わたしは歌は詠めないけど...^^;
いつも思ってるのは...天女さまがピンポイントでわたしのところに舞い降りて下さるように願ってる...精度悪いんじゃないって...^^;...Orz...

無憂為福...

うちの外来にこの言葉が掲げられてる♪
笑門来福』=「笑う門には福来る」と同じ意味でっしょ?
「憂い」は産まれたときから生まれる...ゆえ...生まれた言葉なのよね ^^?
だって...赤ん坊の微笑みは「エンジェル スマイル」(「3ヶ月微笑(生理的微笑)」)って呼ばれてる...
この微笑みを見たものは誰だってかわいいと思いヘルプの手を差しのべる...
人間の脳には微笑みに反応するオートマティクな機構が組み込まれてる...
君子の心構えとして...「先憂後楽」ってのもあるんだけど...
小人は...「先楽後憂」...?...^^;
だからこそ...「無憂為福」、「笑門来福」で生きようよ!! ってな開き直り...?...生きる知恵...?

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ムユウジュ(無憂樹・無憂華、無憂花)

三大聖樹
釈尊の物語として、三つの樹木が登場いたします。その場面は、誕生、成道、そして涅槃です。この三大聖樹、無憂樹、菩提樹、沙羅双樹を考えて気づいたことがありました。 釈尊誕生は、摩耶夫人がルンビニ園にて、緑葉高木の鮮やかな赤い色の花ををつけた、無憂樹(むゆうじゅ)の下でのことでした。無憂樹は、別名、阿輪迦樹(あしゅかじゅ)ともいい、アシュカの意味は、憂いのないこと、恐れがないことです。
釈尊が誕生したことが、憂いのないことなのか、すべての赤ちゃん誕生のことだったのか。やはりこれは母親から赤ちゃん誕生の物語の、満ち足りた母と子の絆を語っているもののように思えます。・・・この無憂樹の木の下で生まれた釈尊の、七歩歩いて「天上天下、唯我独尊」と天を指し、地を指したという故事は、天を指し地を指し示すことで、六歩の歩みの困難さを形容しているように思えます。恐れなく進めの指針こそ、「オギャー」という叫びに、誕生するものすべての宣言として、仏教は、人の歩みのすべてに、「天上天下唯我為尊」と表現したのだと思います。・・・
そして釈尊の歩いた七歩のうち、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天が六歩であり、七歩目ばかりが際だって問題とされています。しかし、「天上天下唯我為尊」は、あまねく六歩それぞれの歩みに、かぶさっていることを気づくということを、今はただ願うばかりです。

釈尊の、最初の一歩から数えて三十五年にわたる遍歴の六歩こそ、無憂樹に導かれた歩みだったと考えてみました。憂いのない、恐れなくして進んだ道として……。これは釈尊誕生、四月八日のことでした。・・・」

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誕生仏


お釈迦さまの御父は、釈迦族の王・浄飯王、御母は、摩耶夫人。
仏典には、摩耶夫人は六本の牙を持つ白い像が胎内に入る夢を見て釈迦を懐妊したとされています。出産のために、郷里に帰る途中に立ち寄ったルンビニーの園で、摩耶夫人が無憂樹の枝に右手をかけられました。その時、右の脇から誕生されたと伝わります。
釈尊は、そのまま四方に七歩進まれ、右手で天を指し、左手で地をさして「天上天下唯我独尊」といったと伝わります。誕生仏が右手を上に、左手を下にされているのは、このことが由来しています。旧暦の4月8日に誕生されたとされることより、各寺院では、4月8日に「降誕会」、「潅仏会」、「花祭り」などと言われる法要が営まれます。その際、甘茶を誕生仏に注いだりしますが、釈尊誕生後、竜王が天より現われ、冷たい雨と温かい雨でお釈迦さまの身を清めたといわれることによるそうです。・・・
生誕の地・ルンビニーは、ネパールにあります。 

画像:釈尊出城像
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お釈迦様は、長じて
結婚します。そして一子をもうけます。その後、四門四遊を経て、出家を決意します。29歳のときに、お城を出たそうです。そのときのお釈迦さまを表わしているようです。」

彼は...憂いの原因を詳らかにしたかったのと...それを払拭するために修行の旅に出かけなきゃいけなかったんですよね...妻子を捨ててまで...人類を代表してフィクションの世界から脱出して外界から眺めるというメタレベルに自らを真理の究明/冒険に賭したんですよね !!
このフレーズはご存知ですか...?...^^
そう...アルベール・カミュの小説「異邦人」の主人公のムルソーが友人に遺恨を抱いているという以外になんのつながりもないアラビア人を銃で殺した動機を問われた法廷で答えた台詞...

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     http://d.hatena.ne.jp/sunchan2004/20070729 より(勝手に引用 Orz〜)
「・・・ムルソーは本気でそう答えたのだが、それが本当であるか嘘であるかに関係なく、あらゆる物事に「合理的な意味」を要求する聴衆にとっては、それは失笑の対象でしかなかった。
しかし、ムルソーが(つまりカミュが)最も強く拒絶したのは、「人間の存在になんらかの意味を付与しようとすること」であり、同時に「意味にしがみつく人間」であった。
           カミュはこう書いている。
「母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告されるおそれがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮す社会では、異邦人として扱われるよりほかはないということである。ムルソーはなぜ演技をしなかったか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ。嘘をつくという意味は、無いことをいうだけでなく、あること以上のことをいったり、感じること以上のことをいったりすることだ。しかし、生活を混乱させないために、われわれは毎日、嘘をつく。
大多数の人間は、自分がやっていることになんらかの意味を見出さないと生きていけない。意味を見出し、なければ自分で勝手に作り出すのが人間だと言える。ところが、カミュはそうした意味すべてを全否定する。それが不条理というものだ。
ムルソーは、サルトルが巧みに指摘するように、たとえば「愛」と呼ばれるような一般的感情とは無縁の存在である。人は、つねに相手のことを考えているわけではなくとも、きれぎれの感情に抽象的統一を与えて、それを「愛」と呼ぶ。ムルソーは、このような意味づけをいっさい認めない。彼にとって重要なのは、現在のものであり、具体的なものだけだ。(文庫解説より)
これだけ読めば、虚無的で無力感を漂わせているような印象を与える。ところが真実は逆であった。
ムルソーは、否定的で虚無的な人間に見える。しかし彼はひとつの真理のために死ぬことを承諾したのだ。人間とは無意味な存在であり、すべてが無償である、という命題は、到達点ではなくて出発点であることを知らなければならない。ムルソーはまさに、ある積極性を内に秘めた人間なのだ。(文庫解説より)
...ちなみに『異邦人』の主人公ムルソーの名前は、フランス語の「死」(mort)と「太陽」(soleil)の合成語だそうである。・・・」
     http://ja.wikipedia.org/wiki/アルベール・カミュ より
アルベール・カミュ(Albert Camus, 1913年11月7日 アルジェリア - 1960年1月4日パリ)は、フランスの小説家劇作家
・・・異邦人]や『シーシュポスの神話』、『ペスト』などの著作で、人間存在の不条理さに光を当て、1957年にはノーベル文学賞を受賞した(『この時代における人類の道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要な文学的創作活動に対して』; "for his important literary production, which with clear-sighted earnestness illuminates the problems of the human conscience in our times.")。これは、第二次世界大戦後としては最年少での受賞であった(史上最年少はラドヤード・キップリング)。
哲学者、文学者ジャン=ポール・サルトルと共同で文学活動を行ったが、1951年に刊行した評論『反抗的人間』における共産主義批判を契機として雑誌『現代』においてサルトルらと論争になったことで決裂した。かつて実存主義者とみなされることが多かったが、実際には実存主義提唱者サルトルなどと文学的内容は異なっており、本人も実存主義者とみなされることを強く否定していた。ソ連崩壊によりカミュの主張が正しかったと証明されたが、「あまりにも情緒的」「プラトンカント、サルトルと同列に語るべきでない。単なる作家」といった左派による批判は現代でも多い。
1960年、友人(ガリマール出版社社長ガストン・ガリマールの甥)が運転する自動車(ファセル・ヴェガ)に乗っていたところ、ヨンヌ県ヴィルブルヴァンにおいてタイヤがパンクし、立ち木に衝突して事故死した(友人も数日後に死亡。なお、後部座席に同乗していた友人の妻と娘は一命を取り留めた)。遺作は『最初の人間』。
女優マリア・カザレスとの愛人関係の噂が絶えなかった。
      (画像:http://mamdarin.blog87.fc2.com/blog-entry-278.html より Orz〜)
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  2010年1月に没50年を記念してフランスでは大々的なイベントが行われた。・・・」

最期は...不条理な死?...彼らしい死だって呼ぶ...?...
そうじゃなくって...死とはそういう不条理なもの...
イコール...生が不条理だって証明でもあるわけなんだ...
彼はきっとそんなものはとっくに気づいていたから...当然降って沸いたような死にも驚くことなく...淡々とこの世界から消えて行ったのよね...
それだけの覚悟を持って生きてたはずなんだ...!!
        画像:写真日和 http://sqswq844.hida-ch.com/e90392.html より Orz〜
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ラテン語格言集 (7) http://www.kitashirakawa.jp/taro/latin24.html より Orz〜
「Audendo virtus crescit, tardando timor.
=「勇気は敢えて行うことによって成長し、恐怖は躊躇することによって成長する。」

「アウデンドー・ウィルトゥース・クレスキト・タルダンドー・ティモル」と読みます。
前半の主語は virtus(勇気)、動詞は crescit。cresco (成長する)の現在・3人称・単数の形です。
audendo は audeo (敢えて行う)の動名詞・単数・奪格の形で、「敢えて行うことによって」と訳します。tardando は「躊躇する」を意味する動詞 tardo の動名詞・単数・奪格の形で、「躊躇することによって」となります。timor は後半の文の主語で、「恐怖」という意味を持ちます。・・・」


経験上たしかにそう思うなぁ...^^♪
わたしの右手は...わたしの躊躇する心を振り切って挙手してやがる...^^;...
おかげで...平気で質問できるようになった...これって勇気があるってことなんだろか...?
単なる心身離脱(自分を捨てる ^^;?)っていう病気とも思えちゃうんだけど...^^;...

同じく...
「Dum fata sinunt vivite laeti.
=「運命が許す間、喜々として生きよ。」

「ドゥム・ファータ・シヌント・ウィーウィテ・ラエティー」と読みます。
dum は接続詞で「・・・する間」、fata は「運命」を意味する第二変化の中性名詞 fatum の複数・主格。sinunt は「許す」を意味する動詞 sino の複数・三人称。vivite は「生きる」を意味する動詞 vivo の命令法・複数・二人称。laeti は「喜ばしい、楽しい」を意味する形容詞 laetus の複数・主格。vivite で想定される二人称・複数(あなたがた)を修飾します。・・・
セネカの悲劇に見られる言葉です。
<補足>運命は fortuna とも fata (ないしは単数の fatum)ともいいます。前者は女性形なので、運命の女神と訳されることもあります。fata は中性・複数形で女神にはなりません。英語の fate の語源です。ルーツは「言う」という動詞と関連していて、「言われたこと」、すなわち「ユピテルの言ったこと」というニュアンスがあります。laeti は形容詞ですが、副詞的に使われています。ラテン語ではよくあることです。人間が生きているのは、自分の意志によるのではなく、運命がそれを許しているからだ、という考えが前提になっています。」...♪

「Miserum est arbitrio alterius vivere.
=「他人の判断に従って生きることはみじめである。」

「ミセルム・エスト・アルビトリオー・アルテリーウス・ウィーウェレ」と読みます。
miserum は「哀れな」を意味する第一・第二変化型形容詞 miser の中性・単数・主格です。
arbitrio は「判断、思惑」を意味する第二変化・中性・名詞 arbitrium の単数・奪格です。「・・・によって」という意味を奪格は表します。alterius は「他の」を意味する代名詞的形容詞 alter の男性・単数・属格・・・vivere は「生きる」を意味する第三変化動詞 vivo の不定法です。・・・
<補足>このラテン語の意味は説明も要らないほど、当たり前の話だと思いますが、誰の言葉だったのかなと思ったりします。喜劇のせりふ?それともセネカ?この表現で miserum (惨めな)という言葉が主語に対する補語になっていますが、よく考えてみると、実際の人生では、その生き方は「惨め」というよりも、その方が「facile 楽(らく)」と言う暗黙のコンセンサスがあるのかもしれません。言われたとおりにする方が、自分流に判断して生きるより、無難に生きていけるという意味で。学校生活は特にその傾向が顕著ではないですか?でも、いつも自分流に生きるという人生態度が、現実に可能か、不可能か、という話とは別に、やはり上の言葉にあるとおり、arbitrio alterius vivere という生き方は facile でなく miserum なのだという認識がいつの世にも必要なのだと思います。」...♪

「Amor magister est optimus.
=「愛は最良の教師である」

「アモル・マギステル・エスト・オプティムス」と読みます。
主語は「愛」を意味する第三変化男性名詞の amor です。
optimus (bonus の最上級)は、補語である magister (教師)を修飾する語になります。
小プリーニウスの言葉です。」

So do I !!♪
わたしがいつも言ってることだよね ^^v
「愛」なきところには...不毛/カオスしかないかもね...^^;...
それでもなお...走り続けてる男がここに一匹いるわけだけど...摩訶不思議...
たぶん自己愛が駆動力になってるんだ...?

こんな言葉もあるんだ...↓...^^;...頭が痛い...Orz~

「Medice, cura te ipsum.
=「医者よ、汝自身を治せ。」

「メディケ・クーラー・テー・イプスム」と発音します。
medicus (医者)の単数・呼格が medice です。cura は、「治す」を意味する動詞 curo の命令法です。te は人称代名詞二人称・単数・対格。ipsum は強意代名詞 ipse の男性・単数・対格で、te を修飾しています。聖書の言葉です。
教師の場合、「教師よ、みずからを教育せよ。」となるわけでしょう。」

わたしゃ...医者の言うことを全て信じちゃいけないよ〜わたしも含めて...^^;...っていつも言ってる...
医者としての役割をたまさかこの時空で与えられてるだけ...感謝されても...当たり前のことしてるだけ...
どの仕事も同じ...同じように感謝の心忘れまじ!!
ギブアンドテイク...患者さんからもいろんな情報/教え/気づきを頂いてる...Orz~♪
信頼されてる限り...最善を尽くす義務がある!!...
当然ながら...自分の力量以上なら上院へ転送すべき!!...ってことも含んでるわけですが...
信頼されてなければ...尽くそうにも目の前から消え去られるわけだものなぁ...^^;...
信頼というコアなくしては協調は築けず...紆余曲折でもいんだけど...同じゴールを目指せない...
信頼というひもで結ばれた二人三脚で走るには協調なければ一歩たりとも前には進めないでっしょ...?
^^v

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