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「女の名セリフ/セックスシンボルズ」http://www3.ocn.ne.jp/~sitemm/onnasexsymbol.html より (引用) Orz〜
「時代と寝る女たち
かつて「時代と寝る女」と評されたのは山口百恵であった(「時代と寝る」というこの卓抜な比喩は、芸能記者のオリジナルではなく、三島由紀夫がエッセイの中で使ったものだ。)が、「時代と寝た」ヒロインはもちろん百恵ばかりではない。...ひときわ派手に「時代と寝た」女性たちを集めてみた。
スキャンダルを食い、時代と寝て大きくなるそのしたたかさに、息を飲んでいただきたい。
1.セックス・シンボルズ
セクハラ質問のさばき方
アメリカ人はディケードごとの「セックス・シンボル」を持っている。たとえば、1930年代ならジーン・ハーロー、50年代ならマリリン・モンロー、80年代ならマドンナ、というふうに・・・・。では、ディケードではなく、20世紀という時代のセックス・シンボルを1人だけ選ぶとしたら、誰になるだろう? 『タイム』誌あたりがアンケート調査を行なったとしたら、やはりマリリン・モンローが選ばれるのではないだろうか。そして、モンローの名セリフといえば、誰もがまず思い出すのはこれだろう。
「シャネルの5番を着て寝るの」
「夜、何を着て寝ますか?」という質問に答えて言ったという、あまりに有名な名セリフ。香水を「つける」ことも英語では「wear」という動詞で表現される。だからこそ成り立つウイットであり、日本語ではその微妙なニュアンスが伝わりにくい。
じつはこの名セリフ、ゴーストライターが考えたものらしい。つまり、記者に何を聞かれてもよいように、あらかじめ気の利いた答えを用意しておく専属スタッフが、モンローにはついていたというのである。が、そうであったとしても、このセリフはモンローにのみ似つかわしい。
ちなみにモンローには、「シャネルの5番〜」とちょうど対になったような名セリフもある。「一人で部屋にいるとき、どんなドレスを身につけていますか?」という質問に対して答えた、「つけているのはラジオだけよ」というのがそれだ。これもやはり日本語ではニュアンスが伝わりにくい。ドレスを「着る」とラジオを「つける」に共通する前置詞「on」にひっかけた言葉遊びである。・・・
モンローとマドンナ
マリリン・モンローには、「シャネルの5番〜」以外にも数多くの名セリフがある。そのすべてがゴーストライターの手になるものとは考えられないから、何割かは彼女自身の言葉だろう。そして、それらの言葉のきらめきは、彼女がけっして頭のからっぽな「チーズケーキ」(セクシーさだけが取り柄の女優をからかうスラング)ではなく、聡明で繊細な感受性の持ち主だったことを証明している。たとえば、ハリウッドで行なわれていた性的表現の検閲(当然、いまよりはるかに厳しかった)を皮肉った、こんな名セリフ−−。 「検閲官って困った人たちね。女性に割れ目があるといって気をもむんですから。本当は割れ目がなかった場合に気をもむべきなのに・・・・」
日本のヘアヌード規制にもそのまま適用可能な、痛烈なアイロニーである。セックス・シンボルの面目躍如だ。もっとも、モンロー自身にとっては、自分がセックス・シンボルであるという事実は重荷でしかなかった。彼女はこう言っている。
「私は、自分のしっかりした乳房を誇らしく思うだけじゃなく、自分のしっかりした人格も誇れるようになりたいと思っているわ」
だが、ハリウッドの人間もファンの多くも、モンローには知性も「しっかりした人格」も求めなかった。彼女はセクシーでさえあればよかった。
モンローは成功してから、UCLAの文学の聴講生になったり、リー・ストラスバーグの「アクターズ・スタジオ」に入って演技のレッスンを受けたりしている。『カラマーゾフの兄弟』のヒロイン、グルシェンカを演じることが、女優としてのモンローの夢だったという。彼女はただのセクシー女優では終わりたくなかった。必死で、本格女優へと脱皮しようとしていたのだ。
モンローが晩年に精神のバランスを崩していったのも、一つにはそのギャップが原因であったのかもしれない。
マドンナが登場して「モンローの再来」と呼ばれたころ、モンロー世代のオジサンたちはこぞって反発したものだ。いわくーー。
「モンローにはあった儚さの魅力が、マドンナには微塵もないじゃないか。あんなのがモンローの再来なもんか!」
いや、ごもっとも。ダンス・トレーニングでシェイプ・アップされた鋼のような身体で「アイム・マテリアル・ガール!」と誇らかに歌うマドンナは、30年経ってもけっしてモンローのようにノスタルジーの対象にはなるまい。
だが、その時代の性意識を反映してこそセックス・シンボルなのであって、儚さの代わりに強さを身にまとったマドンナは、だからこそ、女性が強くなった80年代に「モンローの再来」と呼ばれるにふさわしかったのだ。マドンナ自身はやはりモンローをこよなく尊敬しているようである。「マドンナの部屋にはモンローを祀った祠がある」というゴシップが流れたこともある。
性的に開放された「いまどきの強い女」の象徴、マドンナは、たとえばこんな風に言う。
「セックス・シンボルって呼ばれるのは当然よ。だって、私セクシーなんだもの」
かつて、モンローはこう言ったものだ。
「シンボルといったらなんだか『もの』みたいでしょう? 私は『もの』にはなりたくないわ。でも、何かほかのもののシンボルになるよりは、セックス・シンボルになるほうがまだましね」
「私は、グラマーでセクシーであるという重荷を負わされることは苦にしないわ」
モンローには「重荷」であったことが、マドンナには「当然」のことでしかない。30年という時代の隔たりはかくも大きいのだ。
数ある「マドンナ語録」の中で私が一番好きなのは、彼女が田舎からニューヨークに出てきたとき、イエロー・キャブの運転手に向かって言ったという、このセリフ。
「この街の真ん中で降ろしてちょうだい!」
そして彼女はタイムズ・スクェアで降ろされ、80年代屈指のサクセス・ストーリーの幕が開く。このときマドンナは18歳。ポケットにはたった35ドルしか持っていなかったという。...」
時代と寝た女...いまは...寝ない女の時代...^^;...?
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