アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

素敵な言葉

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画像:http://www.rakuten.co.jp/maedaseika/ より 拝借 Orz〜
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外来から朝の呼び出しがPHS(ピッチ)に入る...

「お茶いりますか?」〜m(_ _)m〜

「なはっ !! 当たり前田のクラッカァ〜」^^

「古っ !!!」...って...相手も知ってまんがな...^^;

「旧きを訪ねて新しきを知る...」...これは実際はなかった台詞なんだけどね...^^; Orz〜

こうやってわたしの一日が始まった

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最盛期には週に七本もの台本を書き、大阪のコメディー番組を一手に引き受けていた花登筐の後に登場したのが、香川登志緒と澤田隆治のコンビだった。高度経済成長期のモーレツ社員のアンチテーゼともいうべき『スチャラカ社員』をヒットさせ、翌年の1962年5月にはこの番組と並行して、『てなもんや三度笠』をスタートさせる。さらに、澤田隆治は、64年10月から『ごろんぼ波止場』を開始し、週に三本ものコメディー番組を演出するというスーパーディレクターぶりを発揮する。チンピラやくざのあんかけ時次郎と、小生意気な小坊主の珍念が繰り広げる『てなもんや三度笠』は、大阪64.8%、東京42.9%という驚異的な視聴率をマークした。全国的には当時無名だった藤田まことは、当初は主役というよりもゲスト・コメディアンのドタバタ芸をいかすための司会者的であったが、有名コメディアンにぶつかっていくことにより、やがて藤田まこと自身が人気コメディアンとなった。『てなもんや三度笠』の面白さは、時次郎・珍念のコンビが、単にノッポとチビというだけでなく、ボードビリアンとして一流の芸を持っていたことにある。 “〜スットン トロリコ スチャラカ チャンチャン……〜”と歌いながら登場するミュージカル風のノリや、ノッポの藤田まことがチビの白木みのるを抱いた瞬間から、会話が腹話術のようになるギャグなど、既存の漫才師にはないものだった。香川登志緒の台本と澤田隆治の演出に、ふたりが応えられるだけの技術を持っていたのだ。「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」のCMで『てなもんや三度笠』は始まる。...

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ピタゴラス教団のシンボルマーク。

5つの頂点につけた5つの文字を並べると「健康」という言葉になる。

心身ともに健康な人間の集まりを意味した。


40歳を過ぎた頃に南イタリアのクロトナに移り住み、真理を探究する弟子たちとともに小さな集団をつくった。これがピタゴラス教団の始まりである。
当時、ピタゴラスの魅力は絶大だったようで、彼の講演を聞いた聴衆600人がその場で家族を捨て、教団に走ったという記録もあるほどである。
ピタゴラスは言う。「私は人の心の弦を鳴らすことができるのだ。
・・・
プラトン以前の哲学者の中で、特にピタゴラスは西洋哲学の基礎となる考えを多く生み出していたが、プラトンの言葉だと思われていても、もともとはピタゴラスの考えであるものが多い。例えば、「人は前世で知っていた多くのことを現世でも覚えている」、「数学的な秩序は自然界を支配する」などである。

あるとき、小犬が叩かれている最中に通りかかったピタゴラスは、哀れを催して、次のような言葉を口にしたという。「よしたまえ、打ってはいけない。これは友人の魂なのだから。泣くのを聞いて、私はそれを知ったのだ」

クセノファネスが伝えるこうした逸話は、その魂説の最古の証言として知られている。
■■ピタゴラスの信条を詩の形で成文化した「黄金詩篇」の内容 ■■

まず不滅の神に対して汝の勤めを果たすべし

親御と近親者を敬い

徳において第一の者を友となし

彼の話に注意深く耳を傾けるべし

ささいな欠点で友を力に任せて捨てるな

怒り、怠惰、贅沢は避けよ

邪悪なものを慎め

しかし己を最も恐れるべし

肝に命じよ、人は皆死ぬべく定められている

富はそれを得た時と同じように速やかに失われる

苦しみは、神のおぼし召しによってもたらされるので、喜んで受けよ

だが、一切の気苦労を除くように努め

正しい者がいつも最高の利益を得るとは限らないことを思え

人の甘い言葉に惑わされるな

荒々しい脅迫に恐れをなして正しい覚悟を捨てるな

もし何かをしようとするなら、まずよく考えよ

後で悔やむようなことはしてはならぬ

まず自分に向いている事を学ぶようにせよ

運動と食事に節制を心掛け

平静な落ち着きの中に己を保つべし

虚栄心がもたらす浪費を戒め

浅ましくなってもいけない

何事も中庸が最善である

例の日記(自省の日記)を3回繰り返すまでは

夜、目を閉じて休んではならない

どんな過ちを犯したか、何をしたか、何をしていないか

このように初めから終わりまで総括を行ない

悪行のためには悲しみ、善行を喜べ

恐れることはない、人はもともと天上の種族である

神聖な自然により何を抱擁すべきかを教えられ、

それを追求すれば、魂を肉体の汚れから守ることになる

控えよ。理性を用いて心のたづなを引け

そうすれば天上へと昇り、肉体からは自由になる

そなたは死を免れた聖人であり、もはや滅びることはない
 ・・・
■■美人妻テアノと生き残った弟子たちの奮闘

ピタゴラスは60歳の時、世界最初の女流数学者といわれる教え子で美人のテアノと結婚し、7人の子供を残していたが、彼女は素晴らしく有能な女性で、ピタゴラスが暗殺されたのちも、教団を引き継いで布教に努めたという。・・・


*肉体(肉欲)から自由になってると言えるのか知らん...^^;...?


ヒュパティアさんって...テアノさんの末裔だったりする...^^...?...
いい加減です...Orz
画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒュパティア より Orz〜
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アレクサンドリアの哲学者ヒュパティア
(ラファエロアテネの学堂』、署名の間、ローマ、1509-1510 の一部)
 
ヒュパティア(Hypatia、Υπατία、370年?- 415年3月)は、古代エジプトの著名な女性の数学者天文学者新プラトン主義哲学者である。ハイパティアともヒパティアとも日本では呼ばれる。キリスト教徒により異教徒として惨殺された。

テオン(著名な数学者と哲学者であった)の娘であり、ヒュパティアは400年アレクサンドリアの新プラトン主義哲学校の校長になった。彼女はプラトンアリストテレスらについて講義を行ったという。そして、彼女の希に見る知的な才能と雄弁さや謙虚さと美しさは、多数の生徒を魅了した。
・・・
415年四旬節のある日、総司教キュリロスの部下である修道士たちは、馬車で学園に向かっていたヒュパティアを馬車から引きずりおろし、教会に連れ込んだあと、彼女を裸にして、カキの貝殻で、生きたまま彼女の肉を骨から削ぎ落として殺害した。
・・・ヒュパティアの無惨な死は多くの学者たちが亡命してしまうきっかけともなり、中長期的には古代の学問の中心地であったアレクサンドリアの凋落を招く一因になる。これらの事件により、ピタゴラスの誕生から続いてきたギリシャの数学・科学・哲学の歴史は終焉する。・・・」

*ピタゴラスの精神に比べ、何たる激越さ!! 
スモーカーに対する今の社会の状況にも似てる...^^;...
多様性を認める寛容さの欠如でっしょ...Orz...
画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/ボケ_(植物) より Orz〜
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ボケ(木瓜)は、バラ科の落葉低木。学名Chaenomeles speciosa(シノニムC. lagenaria
  • 実が瓜に似ており、木になる瓜で「木瓜(もけ)」とよばれたものが「ぼけ」に転訛(てんか)したとも、「木瓜(ぼっくわ)」から「ぼけ」に転訛したも言われる。帰化植物(平安時代)。学名のspeciosa は 美しい、華やか 、Chaenomelesは 「chaino(開ける)+ melon(リンゴ)」が語源。花言葉は「先駆者」「指導者」「妖精の輝き」「平凡」。

このあいだ、外来にお越しになられた患者さんから教えてもらった川柳 ^^
同僚の方の作品とのこと☆
みなさん、わたしも含めて...物忘れと戦われてるようね ^^;
でも...ちゃんと覚えておられるわけだから、全然大丈夫だぁ〜♪

入院中のおばあさんに、「最近は調子は如何?」ってお尋ねすると...
「頭の方がいけません...すぐ忘れてしまいます...」...って...
わたしゃ申し上げました...
「大丈夫!! 自分が忘れてることを忘れてない間は問題なかですたい!!」...ってね ^^

画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/ミョウガ より Orz〜
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ミョウガ(茗荷、学名:Zingiber mioga)はショウガ科ショウガ属多年草。食用として利用される。・・・俗に「食べると物忘れがひどくなる」と言われているが、学術的な根拠はなく、栄養学的にそのような成分は含まれていない。逆に近年、香り成分に集中力を増す効果があることが明らかになっている。無機成分では窒素カリウムが多く含まれ、食物繊維(粗繊維)が多い。
なぜ、上記のような俗信が生まれたかというと、釈迦の故事に由来する。釈迦の弟子である周利槃特(梵語:チューラパンタカの音写で、しゅりはんどく、スリバンドクなど)は記憶力に乏しい人物で、自分の名前すら忘れてしまう。そこで名荷(みょうが:名札の事)を首にかけさせたが、名荷をかけたことさえも忘れてしまった。そこで名荷と茗荷が同音である事から、このような俗信が生まれたとされる。大陸からショウガとともに持ち込まれた際、香りの強いほうを「兄香(せのか)」、弱いほうを「妹香(めのか)」と呼んだことから、これがのちにショウガ・ミョウガに転訛したとの説が有力である。・・・」

*わたしゃ...茗荷大好きある♪
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「いい夫婦川柳コンテスト2012」の大賞がこれなのね♪

たまたま知ったけど...上手いこと言いますね☆
「命の洗濯」って言葉はあったけど...
「愛」を確認する作業ってのは必要ってことなのよねぇ!!
「赤い糸」もときどきは洗濯しなきゃ...燻んでしまう...^^;
男は洗濯にゃ慣れてない...
赤い糸の洗濯のハウツーを教える時間を...設けて欲しいと想うのはわたしだけ...?
お父さんも川に洗濯をってな今様の話に作り替えてくれなきゃなぁ...?...
洗っても洗ってもわが糸は...赤くなかったりして...^^;
but...朱に交われば...たしか赤くなるはずだったっけ...^^;...?
その、朱との交わり方を知りたいものね♪...Orz〜
マザーテレサの言葉として人口に膾炙してるこの言葉のルーツは...実は別の方のものでしたのね☆


「sgi_515_2109_1さんより...

 エリ・ヴィーゼル(米国のユダヤ人作家、ルーマニア出身、ノーベル平和賞受賞者、1928〜)

「人々の無関心は常に攻撃者の利益になることを忘れてはいけない。」       

↑         
*これって、まさに投票/政治行動に言えることですよね!!       

                   (全文)

              今日我われは知っている。
              愛の反対は憎しみではない。
              無関心である。
              信頼の反対は傲慢ではない。
              無関心である。
              文化の反対は無知ではない。
              無関心である。
              芸術の反対は醜さではない。
              無関心である。
              平和の反対は、平和と戦争に対する無関心である。
              無関心が悪なのである。
              無関心は精神の牢獄であり、我われの魂の辱めなのだ



 A・S・ニイルの言葉

 「愛の反対は憎しみではない。愛の反対は無関心である」

 Mother Teresa の言葉

 『愛の反対は憎しみではない 無関心だ』

 無関心であること、苦しむ者に関わりを持たずに傍観者であることが、愛の対極にあるという。」


画像:http://nikkidoku.exblog.jp/17942489/ より 拝借 Orz〜
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http://ja.wikipedia.org/wiki/エリ・ヴィーゼル より Orz〜
「エリ・ヴィーゼルElie Wiesel1928年9月30日 - )は、ルーマニア出身のアメリカユダヤ人作家。自らのホロコースト体験を自伝的に記し、1986年ノーベル平和賞を受賞した。現在、ボストン大学教授。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/A・S・ニイル より Orz〜
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「A・S・ニイル(Alexander Sutherland Neill、1883年10月17日 - 1973年9月23日)は、イギリス新教育運動の教育家。エディンバラ大学に学び、1912年、修士号を取得。1914年スコットランドのグレトナ・グリーンスクールの校長になる。
ドイツ改革教育運動の影響を強く受け、1921年 ドイツ ドレスデン郊外のヘレナウで新しい学校を創立。この学校はのちに彼の妻になるノイシュタッターと共にオーストリアに移り、その後、1923年 南イングランドのライム・レギスに移り、そこで本格的に教育活動が始まる。サマーヒル・スクールという名でこの学校は、「世界で一番自由な学校」として知られている。ニイルの「子どもを学校に合わすのではなく、学校を子どもに合わせる」という言葉は有名。彼の著作集は邦訳がある。邦訳者の堀真一郎も、大阪市立大学の教授のポストを捨てて、自ら、きのくに子どもの村小学校(現在・きのくに子どもの村学園)を創立している。ニイルは、子供の幸福こそ、子供のしつけや養育の中で最も重要なものと見なされるべきであり、この幸福への最も主要な寄与は、子供にその個人的な自由を最大限認めてやることだと考えていた。コレは、当時としてはかなり議論の余地のあるところで、彼の見解はあまりにラディカルで、包括的過ぎるとして一般にはほとんど賛同を得られるものではなかった。
彼は、児童期のおけるこうした自由の感覚を奪い取ったり、抑圧された子供の徹底した不幸せ感が、すべてとまではいわないものの、成人の大多数の心理的な不調の原因とになっていると考えた。
ニイルは、そこでサマーヒル・スクールには、子供が授業に出るように一切強要することをしない、という原則を設けた。加えて、この学校は民主的で、すべてのものごとは生徒、教師の全員参加の会議で決められ、生徒も教師と同様の一票の権利を与えられている。
多くの人は、この学校がこれまで成功してきたことは、子供に試練や厳しい生き残りのチャンス、残忍さ、暴政、そして混乱を経験するための処方として自由を与えると言うウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』のやり方を断固として排除してきたからだ、と考えている。
ニイルの信念を持った彼のサマーヒルでの経験が教えてくれるのは、個人の自由から生まれる自己への信頼は、学業成績の遅れや自己中心性、わがままを(もたら)すというどころか、学習への動機付けや授業への出席率が、多くの場合、権威的な教育の場合の子供達の場合と悪くても同じくらいの高さになったということである。サマーヒルの生徒たちのほかの生徒や大人たちへの態度は、現実にはかなり大人びていて、個人個人の責任をよく自覚しているように見受けられる。彼らの権威に対する態度は、素朴に度外視しているというほどではないが、敬意を表しているというよりは、やや懐疑的である。 こうした傾向は、たぶんサマーヒルが受け容れている子供たちが、しばしば問題をはらんだ背景をもった子供達が多いということも考慮に入れなくてはならないだろう。たとえば、両親の不仲とか、ネグレクトとか、それがもとで心の中に殺伐としたものを抱えていたりするといった事情である。・・・」

*逆転の発想だけど...生徒に対して無関心じゃないことはたしかですね☆

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