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本日、「クライマーズ・ハイ」二回目の鑑賞をしてきました。
いやぁ‥
またも引き込まれてしまいましたねぇ。
観るのにこんなにもパワーが必要な映画って、そうそう無いんじゃないのって思えるくらい、
自然と手に汗握って観てしまう映画です。
それは、たぶん 私が群馬県民だから、なのかな‥。
日航機墜落事故。
これは、群馬県民にとって、特別な出来事です。
私より少し先輩の年代の方々は、皆さん口をそろえて当時のことを語れる記憶を持ってらっしゃる。
そして、当時の記憶がない私たちも、そういった周りの方々のおかげで、
この出来事がただならぬものだったと、すでに痛感できています。
1985年 夏。
事故当時、私は3歳になったばかりでした。
もちろんそのときの記憶は皆無。
しかし、母はその日のことをしっかり覚えていました。
8月12日。
夏休み真っ只中ということで、我が家には、遠くに住む従兄弟家族が遊びに来ていたそうです。
そして、テレビの臨時ニュースで事故のことを知り、大人たちはパニック。
なぜなら、ジャンボが落ちた上野村のほど近くに、祖父母の家があったから。
母は祖母に電話。
もちろん祖父母に危険はありませんでしたが、祖母が電話口でひとこと。
「空が赤かった」
上野村も祖父母が住むところも、山奥の田舎。
信じがたくも、家のすぐそばで大事故が起きている。
怖かったでしょうねぇ‥
私が大きくなってから、その話を母から聴き、
この事故が他人事に見えなくなりました。
そして、十数後、私が最初に就職した会社の新人研修で、
当時、この事故を命がけで報道したカメラマンの方からお話を聴く機会に恵まれました。
真実を伝える大切さを学びました。
で、現在。
今回、群馬の報道機関のひとりとして、映画「クライマーズ・ハイ」の取材をさせていただきました。
5月に行われた完成披露記者会見と試写会の舞台挨拶―。
監督と主演の堤さんを目の前に、この映画に対するまっすぐな気持ちを痛いくらいに感じ、鳥肌が立ちました。
‥なんか、
この出来事とは不思議な縁で繋がっている気がして仕方ありません。
勝手な思い込みかもしれませんが。
この映画、真実をつたえる新聞記者のお話なんですよね。
私も似たような仕事をする者として、共感したり、刺激を受けたり、ある意味客観的に見られない映画でした。
心に染みました。
一緒に仕事している先輩と、少し前に話をしました。
「もし、こういった事故が群馬で起きたら、(私たちも)行くんですかね?」
「‥そうだろうね。」
突然目の前にこのような事故が起きたら、目をそらさないで まっすぐ前をみて 事実を受け止められるのだろうか。
真実を、きちんと視聴者に伝えられるのだろうか。
試写のときも、今日も、そんなことを思って 映画を観ました。
皆さんにもぜひ観てもらいたい映画です。
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