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あまりあらば
わかちてつめよ
松の枝の
雪の白きも
つかの間の夢
千葉潔
(高橋和巳「邪宗門」)
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無題
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健へ
春宵一献
色に酔う
散華の宴
うるわしく
生きていることは素晴らしい
雷光一閃
空を裂く
驟雨が洗う
汗もまたよし
生きていることは素晴らしい
青夜一通
愁声を愛でる
やがて寂しさの夜に
月照普遍
枯葉が舞う
生きていることは素晴らしい
なのに
生きていくことはつらい
鈍色一破
舞い降りる先兵
忘却の白絹に抱かれて
未生の母を待つ
囲炉裏火が燃える
生きていることはなんと素晴らしいことだろう
なのに なにゆえ
生きていくことはつらいのか
*
世界は 生きていることはすばらしいというつぶやきにみちている
なのに
なぜに世界は こんなにも殺意に満ちているのか
なぜに呪詛の言葉であふれているのか
なぜに数知れない子らが 飢えに苦しまねばならないのか
生きていることの素晴らしさ
それをつないで つないで
なぜに 生きていくことのつらさとむすぶのか
恨み 辛み
妬み 嫉み
哀しき餓鬼
恨みに纏わりつく 殺意
妬みに憑りつく 呪詛
飽食が孕む 飢餓
渦巻く坩堝の その底にみえるのは
分かつことを知らぬ 欲と欲と欲
なぜに
分かてないのか
なぜに
分かちて生きられないのか
健よ 君こそは
両の手に余るものを欲してはいけない
身の丈を超える名を欲してはいけない
して清廉なる者を罵る者こそ
強欲と認りなさい
*
春の宴から 枯葉の舞
緑の草原から 冬の街路へ
健よ
生きていることの素晴らしさは
君だけのものとおもうかもしれない
だが それを伝えること ともに分かつことで
はじめて君のものとなることを覚えていきなさい
して
生きていくことのつらさは
分かつことのできぬもの
それぞれが担いつつ歩み行くのだけれど
足るを認り よろこびを分かつことで
君の傍らを歩むものの つらさが軽くなるのだということ
そして 君のつらさもまた
数多のよろこびを分かたれていることを忘れてはいけない
斯様
君の生は君だけのものではなく
他者を生かすことこそが君の生
だから君は
つらくとも 生きよ
*
晩夏 一炊
吾うるわしき諧調となさん
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「もしもだよ、もしも私が先にいったら、君は泣くのかな」
「そうねぇ。やっぱり泣く、のかな」
「そうか、泣いてくれるか」
「どうして?」
「おんなに泣かされることはあっても、泣かしたことはない、ってのが数少ない私の自慢だったからね。」
「なにそれ・・・変なの」
「だから、君は私が泣かした最初で最後のおんな、ということになるんだな」
「い〜っぱい、泣いたげる」
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審美社が出していた審美文庫というのがあった。(一部今でも在庫アリ)
文庫とはいっても四六サイズで中身は大体が百頁ほど。装丁が全部グレーのハードカバー。なかなか持ち歩きに見栄えのする(?)そのシリーズが気に入って、浪人時代、河合塾の帰りに、今池の小さな本屋でぽつりぽつりと買い求めていた。
「シュルレアリスムとカフカ」
「カフカの審判」
「カミュ 絶望者たちの希望」
そんなに薄い本だけど、中身は・・・さ〜っぱり覚えていない。
ただ、その中で<ポー ボードレール リルケ エリオット>という副題が付いた、ジョルジュ・ブーレの「詩と円環」が印象深い。詩論そのものはどうでもいいんだけど・・・「円環」という言葉に強く惹かれたのだった。
虚空に浮かぶ円環こそが、孤なる生のイメージそのものとして・・・
で・・・環奈
さて
過ぐる光陰 その寂滅の果てより
冥い宙に自発せし光輪
たおやかにめぐるいのちの環
奈辺に在りや
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“Beside You”
さて
どれほど先のこととなるのだろうか
京の街をひとり歩く君が見える
しゃんと伸ばした背筋
揺れるジョーゼットの下で
シックなダイアナのハイヒールを美しく踊らせながら
いま
その姿を見ることができるのは
そこにいない私だけ
高島屋を出て新京極へ向かう道すがら
人波を分けながらゆっくりと歩く
行きかう人の誰ひとり知らない京都の街を
歩く君は
過日、山のような買物袋をぶら下げ
透徹の眼差しで、そして輝く笑顔で娘たちを従え歩く
その姿を見ることが出来るのは、そこにいない私だけ
身を縮ませ、それでもまっすぐに前を見つめて
君はどこへ向かって歩くのか
待ち合わせの場所は もうどこにもないけれど
お気に入りのホテルの部屋に もう私はいないけれど
その、私のいない
京の街を君が歩いているのが見える
でもね
♪You turn around turn around
♪I’m beside you beside you
♪Could you find me?
♪Would you kiss-a my eyes?
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