偏愛極私的感傷遺話

お気に入りの音楽が纏う極私的来歴に暫しお付き合い下さい

JAZZ

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Cleopatra’s Dream Kenny Drew

“クレオパトラの夢”といえば、“Bud Powell”の名曲。
優美なピアノが奏でる導入部が、ひとしきり物語りのはじまりを告げると、続くメインテーマはベース。ピアノの名曲でペデルセンのベースがメロディラインを弾くというのが、当方のツボにはまる。そんなアレンジゆえ、“Bud Powell”のアルバム“Scene Changes”で聴かれる“クレオパトラの夢”はアップテンポで、希代の美女の激情を想わせるのに対して、こちらはエキゾチックな・・・アルバムジャケットの黒いチャドルでイメージされる、女性のミステリアスな魅力を想わせる。

複雑になってゆくばかりの世界の中で、疲弊するこころはわかりやすい関係を求めて、単純化してゆこうとするのか・・・それはそれで一面よいことなのかもしれないけれど・・・
「恋は謎解き」と考えるとき、ミステリアスな部分を軽々に削ぎ落としてしまってはいけない、などとも思う。
謎は謎のまま たおやかな起伏に隠して・・・ね

アルバムのトップ“Moonlit Desert・・・月の砂漠”はもちろん日本の歌曲・・・イントロのドラミングに続いてテーマメロディを弾くのは、やっぱりペデルセンのベース。続くピアノは、「ジャズってどんな音楽」ってな教科書に載せられそうなアレンジ。しみじみと「ええ曲やなぁ」と思ってしまう。

Moonlit Desert・・・月の砂漠というと
♪月のぉ砂漠を〜 はぁるばるとぉ〜
http://www.town.onjuku.chiba.jp/shisetsu/kinenkan/sakuhin.html
歌詞のまま・・・月明かりの砂漠を駱駝がゆく光景がすぐに目に浮かぶ。

月明かりの砂漠はいのちを感じさせない冥界。鞍を並べた駱駝、そして王子様とお姫様、鞍上のふたりの道行きは死出の旅のようでもあり・・・でも、世俗まみれのおっちゃんには金銀の鞍、金銀の甕という言葉に生きる方途しか思いつかない・・・

ツヴァイゼムクァイト・・・とは堀辰雄の言葉だったか
勝手訳すれば「二人静」というような意味合い。

満天の静寂の中で、月明かりと駱駝の歩み、そしてふたりの沈黙があってこそ深みを増す静けさ。そこにいます静けさこそは、こころの平安なのか。ふたりの間で、ともにその沈黙が持ちきれないのであれば、そこに安らぎは生まれない。

さて・・・
ケニー・ドリューとニールス・ヘニング・ウルステッド・ペデルセン。活躍の舞台がヨーロッパということもあるのだろうが、一緒に多くのアルバムを成している。それらのアルバムからは、ふたりの信頼の様子が窺える。その信頼関係は、鞍上のふたりの道行きのごとくに・・・男同士だけど・・・
あ、ドラムス(Alvin Queen)がいるか・・・
じゃぁ、ドラムスは駱駝だな^^

http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1936704

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Live In Japan  New York Jazz Quartet

“Roland Hanna”のピアノに“Ron Carter”のベース。ジャズライブというと、苦行のようなフリージャズが真っ先に思い浮かんだ当時、とってもおしゃれな演奏だなぁと感じ入ったもの。
ボレロを想わせるM4“Mediterranean Seascape”が好きだった。

演奏そのままのシンプルでおしゃれなジャケットが、またいい。
瑞々しく果液を滴らせるリンゴはビッグアップル(ニューヨーク)の象徴か。

おしゃれなジャケット写真を見ていると、思い出すのはシルクのスカーフ。
・・・といって、艶っぽいお話ではなくて・・・

このアルバムを聴いていたころは、まだクルマを持っていない冬だった。クルマに乗るようになってからは、あまり人目を気にすることもなくなって、夏はツナギやサッカーパンツに雪駄、冬は革ジャンだの着ぶくれたセーターだの・・・とても褒められた格好とは言えなかったが・・・どこへ行くにも公共交通機関を利用しなければいけなかったその頃は、曲りなりにも人の目を気にして、貧乏学生なりにおしゃれの真似事をしようとしていたのだった。でも、ニュートラッドというアメリカンな流れを追うほどの金も気力もないゆえに、我流ヨーロピアンと称して、なかなかにケッタイな格好であったことだろう^^

そのころのお気に入りが、艶やかなゴールドベージュ(なんて色があるのか知らないが・・・)のYSLのロングスカーフ。四条川原町の高島屋の1階で買い求めたそれは、アルバイト2日分の日当を超える値段だった・・・レコードなら4枚分、文庫本なら20冊ほど、下宿近くの定食屋の晩飯なら2週間分か・・・。イブサンは、今でこそ表舞台から降りた感があるが当時はメインストリーム。(名古屋の山手通りに同じ名前のカフェテラスがあって、結構おしゃれで気に入っていたんだけど、あれは何だったんだろう。・・・余談)

黒のタートルネック、黒のパンタロンパンツにブーツ、黒い皮の縁取りがあった濃紺のコート。頭はパーマが伸びたもじゃもじゃ。そんな格好にスカーフを巻いて・・・恥ずかしげもなく河原町辺りを歩いていたっけ・・・
でも、どうしてそんなモノを買おうという気になったのか、全く記憶にないんだなぁ。

黒はファッションとしてとても難しい色だという。また、色合いで高い安いがはっきりと分かるゆえにある程度年齢がいくと難度はさらに増す。しかし、若い体は黒を着るに怯まない。それは、身に纏うものの真価が値段の多寡とは別のところにあることを、衒いなく体現出来る季節だからか・・・

今、アルバムジャケットのリンゴを見るに・・・
そろそろリンゴの安くなる季節。傷リンゴをたくさん買ってきてジューサーにかける。齧り付くにはすっぱいぐらいのものの方が、味がしっかりしていておいしいなぁ・・・と。
ん?いつから色気より食い気になったんのだろうなぁ・・・^^;

http://www.hmv.co.jp/product/detail/877073

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Round About Midnight  Miles Davis

ミュートトランペットといえばマイルス。私にとって、マイルスといえばこの音・・・
かの畢竟の名盤と称される“Kind of Blue”に先立つこと2年、評論家の中ではさほど評価が高くないようだけど、このアルバムは、「マイルスらしさ」の原点のような気がして・・・
同時期のヌーベルバーグ映画「死刑台のエレベーター」で手がけたサウンドトラックの雰囲気そのまま、“Round Midnight”の慄えるほどのクールさ、そして繊細さこそがマイルスの本質であるかの・・・

マイルスの“音”の原点は、少年のころ父親に言われた
“モッキングバードにはなるな”
という言葉にあったという。

“モッキングバード”・・・「マネシツグミ」と言われてもピンとこないけれど、北米の野鳥だそうだから当然か。この鳥は多才な歌い手で、何でも真似をしてしまうのだという。その才能を称賛する言辞は多い。その真似のレパートリーは、他の鳥の囀りにとどまらず、カエルだの虫だの、果てはそこらの人工的な器械音まで真似てしまうというからなんと酔狂な芸達者かと思えば、雄は物まねのレパートリーによって雌に求婚を受け入れられるそうだから、それは真剣な生きる方途。ま、酔狂は人だけの性だからね。

で、父の言葉は続く
“モッキングバードには自分の鳴き声がない”・・・と。
以来、マイルスは人真似にならないよう、そして真似のできない自分の音をひたすら追い求めていった。それゆえの、彼の軌跡。
なかなかにええ話やなぁ・・・と思う。

ふと・・・そんな逸話に
それを頑なに守ったかのマイルスは、わがままの権化の意を含まれていた帝王という称号の鎧の下に、繊細で「よい子」だった本質を密やかに住まわせていたことを思う・・・なんてのは穿ち過ぎか・・・

余談ながら
CDジャケットのマイルス、サングラスに目が描いてあるの?
ん?言われてみれば・・・いくら何でもこれはひでぇなぁ・・・

http://www.hmv.co.jp/product/detail/864690

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Night Lights Gerry Mulligan

ジェリー・マリガンのバリトンサックスに、スッチャンスチャチャン・・・ボッサのようなリズムを刻むドラム。やがてアートファーマーのフリューゲルホルン、そしてトランペット・・・しっとりとした“Prelude in E minor ”が聞こえてくると、頭の中でジャズ評論家「由井正一」の声が重なる。この曲はFM番組「アスペクト・イン・ジャズ」のテーマソングとして長く使われていたっけ。

この番組をFMラジオで聴いていた頃・・・といっても当時はロック大好き少年だったゆえ、頭の中にあるジャズのキーワードは、“Bitches Brew”のマイルスに、“至上の愛”のコルトレーンぐらい。
番組で語られる・・・ソニー・ロリンズ、チャリー・パーカー、ビル・エヴァンス、アート・ブレイキー、セロニアス・モンク、キャノンボール・アダレイ、ロン・カーター、バド・パウエル、エリック・ドルフィー・・・モダンジャズのキラ星たちの名前は、使いようの分からない魔法の呪文のように、ただ徒に呟かれるばかり、して、その調べは、遠い異国の言葉さながらに入った片耳から、すぐさまもう一方の耳へと漏れ出していってしまうのだった。

初めて“ジャズ喫茶”なるものに入ったのは、昭和区杁中にあった“JAZZ GO”。
高校3年の時、同級生だったS君の行きつけの店ということで連れて行かれた店だった。当時の昭和区杁中あたりは、あまり遅くまでやっている店はなく、夜の10時も越えれば隼人池を覆ういっそう深い闇から這い出したような夜が、あたり一面を流れていた。
ひとむかし前のこと、よほどの繁華街以外は、街灯の連なる明るいメイン道路を一歩裏道に入れば総じて、ぽつりぽつりと灯る街灯の間合いに溜まる闇から人影が浮かんでは消える程度・・・そこは暗かった。

その後、会社人間になって杁中あたりでウロウロしていた時には、夜闇は痩せて、メイン道路からの明るみが静やかな戸口戸口にまで繋がっていた。
すでに“ジャズ喫茶”はなく・・・しかし喫茶店としては店名が変わって営業しており、よくランチや夕方の休憩に使っていたが、なかなかに偏屈そうなマスターは一緒だった。

Night Lights・・・
甘く切ないメロディーは、いまを彷徨う耳の内にやさしく流れるけれど、記憶の中で、密やかに営業を続ける数多の“ジャズ喫茶”のイメージには程遠く・・・
やっぱり“お茶”と“おちゃけ”の違いかなぁ・・・

http://www.hmv.co.jp/product/detail/7387

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Blowing Session Johnny Griffin

河原町の中古レコードの店で買ったレコード。
若きコルトレーンの名前をクレジットに見つけて買ったが、まぁ安さに釣られてといったところ。
もう長いこと聴いていない。
メンバーはそうそうたるもので・・・Johnny Griffin(ts) Hank Mobley(ts) John Coltrane(ts) Lee Morgan(tp) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Art Blakey(ds)・・・
印象的なジャケットは、暗色の空を飛び交う鳥たち。渡り鳥のように隊列を組むでもなく、小鳥のような直線的な飛び方でもない・・・そのイメージは、ブローイングセッションってぐらいだから、ざわめかしさを想起させるためなのかと思ったが、バード(チャーリーパーカー)へのオマージュらしい。

これを買った当時、中古レコードは主に古本屋で買ったように思う。あとは、デパートでのイベントか。今のように何でもネットで検索して手に入れる方途がなかったころ、モノとの“出会い”は、縁のものでもありまた労苦の賜物でもあったように・・・さらに“中古”の品にはリサイクルが当たり前の時代とは違って、それぞれに“物語”が染み付いていた様に思う・・・これはセンチメントに過ぎるのか^^・・・仕事を始めてからは、リサイクルショップを含め古本屋の類には足を踏み入れたことがないけれど。まぁ、ネットでCDを手間ヒマ掛けず手に入れているような輩には、言う資格はないか^^

名古屋、京都、神田・・・古本屋はよく覘いた。そんな古本屋の中で一番記憶に残っているのが、アルバイト先の旅館の裏手、銭湯の前にあった小さな古本屋。店の実効面積は3〜4坪ほどだったろうか・・・民家の玄関先の土間を書棚で埋めた、というような店構え。老境の店主は日がなTVの前で座っているばかりで、代金を手渡すときぐらいしかこちらを見ない。夏の盛りには、シャツ一枚で扇風機にあたりながら、やっぱり小さなTVの画面と対峙している。厳めしい表情で手元の本に目を落としているといった、その頃の古書店主のイメージとはずいぶんと違う、商売っ気なんて微塵もない・・・まぁ、立地といい規模といい、さらに昔はともかくも、端から商売っ気など出しようもないのだろうけど・・・。

それでも・・・旅館の風呂に入るのが面倒で出かけた銭湯の帰りに、よく覘いた覚えがあるから夜の11時ごろまで店を開けていたのだろうか。風呂上りに軒先の戸板の上に並べられた、マンガ雑誌やら黄ばんでボロボロの文庫やらを50円か100円で買って、くそ暑いタコ部屋での暇つぶしにする。たまに店内に足を踏み入れ(まさに足を踏み入れるというのがぴったり、2歩も歩けばもう店の奥にぶち当たる^^)、すっかり枯れきったように自己主張することのない書棚から買い求めたのは、やっぱり二束三文の古い「別冊太陽」だったり、ボッシュ、ブリューゲルなどの画集だったり・・・。そうそう、図版だけしか見ないようなアントニオガウディの建築物を解説した洋書も買ったなぁ。まぁ、何れもミーハーの域を出ない買い物。
そんな中で、きっとその枯れた書棚でしか出会わなかったろうものがある。何点かその棚から買い求めた「シェストフ選集」・・・。

京都の出版社「雄渾社」のものになる「レフ・シェストフ選集」は、場所柄、京大の哲学科か同志社の神学科学生が手放したものなのか、などと想像してしまうけれど・・・。
素っ気無い白い表紙にビニールのかかった、それはそれは質素なつくり。棚に並んだ表題を眺めていると、いかがわしい新興宗教の本のようだ・・・曰く「死の哲学」「善の哲学」「悪の哲学」「魂をたずねて」、そして「ソラ・フィデの哲学」。
「ソラ・フィデ」とは「信仰のみ」といった意味か。

ドストエフスキーに傾倒していたその頃ゆえ、手に取ることとなった「シェストフ選集」の一節に忘れられない記述があった。それはシェストフの言葉ではなく、訳者の植野修司の言になる前書きの類だったが・・・肝心の「シェストフ」の方の中味は、あんまり覚えていない。

「無意味さと暗黒さと偶然性の集積とが輪舞する、得体の知れない霧の海を愛しよう。
・・・<Amor Fati>・・・」     植野修司「シェストフと運命への愛」

“Amor Fati”・・・「運命愛」とはニーチェの言になる、その哲学の根幹。
その言葉に惹かれるままに、こころに刻むこととなった“物語”は・・・また、いつか

“Blowing Session”とは、全然関わりのないお話でした・・・^^;

http://www.hmv.co.jp/product/detail/843735

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