偏愛極私的感傷遺話

お気に入りの音楽が纏う極私的来歴に暫しお付き合い下さい

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「永遠と一日」

ずいぶん前にTVで観たギリシャ映画・・・
夜中のザッピングでふと止めた画面は、ひたすら陰鬱。エーゲ海の青い空は描かれず、背中にのしかかるかの曇り空ばかりの映像と、訥々とした演技に・・・腰が浮きかけるけど・・・ 「永遠と一日」という、この題だけで観る価値はあり。
 
で「永遠と一日」・・・1998年パルムドール受賞作品。
死期を目前にした詩人が、余所者として生きる少年と過ごした一日 。悔恨を抱えたままに歩く詩人のに、回想が重なる・・・しかし 、少年の行く末に想いを馳せるとき、詩人は絶望を突きつけられる 。少年の歩いていく先・・・老いた詩人はいない
 
でも と、詩人は最後に気づく(いや、先立たれた妻の幻影に気づかされる)・・・
人生は、永遠と一日にすぎないのだ、と。
どんなに過去を積み重ねても、どれほど未来を抱えていても
生きるのは、この一日だけ
 
エタニティ+1day
或いはインフィニティ∞+1
 
「永遠」というと、何やら手の届かない「彼方」のイメージだけれど・・・たとえば、数直線の0から1、その間を1/2を刻みながら進むとして、つまり残りの目盛りの半分づつを進むとすると、1/2+1/2×1/2+1/2×1/21×1/2+1/2×1/2×1/2×1/2+・・・
数学的には永遠にこのひとこまは到達できない、ということになる
斯様、数学の極限値を考えるとき・・・数直線の目盛り0から1の間、或いは、親指と人差し指でつくる小さな間隙にも「永遠」を見つけられる
 
閑話休題
 
このところ年に幾度か訪れる京都での常宿のホテルは、街の賑いに程近い場所にありながら落ち着いた客層、便利な立地にくわえて、鴨川越しの東山の景観とシャワーブースがお気に入り。先斗町で羽目をはずしてもたどり着けるし・・・なんて色っぽいお話には縁がなくとも、ネオン街からすぐに気持ちのいいベッドに直行できるのは、歳を重ねれば重ねるほどに有難く、また、何にもまして、大きめの窓から眺める京都の東山の景観は、マンション群もネオンもないからつつましやかで、朝に夕に、いつまでも見飽きることがなかった。
 
そんな、たかだか十数階からの景観は、二十歳のころに連夜、京見峠から厭きもせず眺めた夜景と、比べるべくもないのだが、年をとり見るからに鈍重な車で、すでに他者のテリトリーとなって久しいヘアピンを攻めるのも、迷惑な話だろうと憚られるし、また十数階の景観が、半端な旅行者としては却って似つかわしく思えてくるわけで。
 
さて
いつからだろう、夜中にふと目覚めると、その大きな窓の前に座り一服するのがひそやかな楽しみとなった。ルームライトをつけることなく、真っ暗な部屋の窓辺に、灰皿とルームサービスのポットコーヒーの残りを注ぎ置き、家人を起こさぬよう、静かに一服する。
 
いつでもどこでも瞬間入眠可能という、不眠とは縁がないオヤジは、ただただ眠るのがもったいないという風情。京見峠の夜景と違うのは、飽きればその場で気持ちのいいベッドに倒れこんで眠りに就けること。ま、いよいよ怠惰なオヤジの風情だな。
 
温くなったコーヒー、或いは気の抜けたコーラを飲みながらの一服。
何を見るでもない。午前3時半ともなれば、歩く人影など皆無。タクシーや夜の人々の仕舞い時を過ぎて、なお朝のお仕事、新聞配達、出勤にはまだ早く、その狭間の刻限、鴨川の向こう岸、川端通りを行きかう車はまばらで・・・信号の加減もあり、眼前の街路に動くものが何もない時間がある。まるで窓枠の中で時が止まっているよう。ゆるやかな流れに目を凝らして、ようやく川面の微かな揺らぎを視とめて時の流れを感じる。
 
さらに風が凪ぎ、川面に揺らめく街路灯の光までも凍りつくときがある。
厚いガラスを隔てて、空気の流れが感じられないゆえ、窓外の全ての動きが消えると全くもって時が止まっているようにしか思えない。
 
そんなとき、ふと・・・窓外から
「永遠」に覗き込まれているような気がするのだった。
 
部屋の内を振り返れば
家人の安らかな寝息が満ちる、その空間こそは
「永遠」と対峙しうる私の「刹那」やもしれない。
 

鮎川信夫詩集

思潮社  現代詩文庫
 
鮎川信夫の詩集も、友人に「田村隆一詩集」とともに強く勧められて買ったもの。「荒地」の同人として現代詩の源流ともいえるふたりの詩は、田村隆一の“硬”に対して、鮎川信夫は“柔”、か。同人仲間の戦死という戦争体験がリアリスティックな感傷に厭世を滲ませる。その“やさしいことば”が好きだった。
 
*
たとえば霧や
あらゆる階段の足音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
---これがすべての始まりである。
          (死んだ男・・・橋上の人)
*
恐ろしいひと、あなたは
あさましい祈りのことばを口にし、
水死した処女の乳房をさぐりつづける。
          (夜の終わり・・・イシュメル)
 
*
イシュメルよ
惨劇のおわりにはうず潮がひとつ
にんげんの運命をすいこむもの
きみが見た大きな虚無はふかくぼくらをひきつける
          (イシュメル・・・イシュメル)
 
*
じめじめした屋根裏では、
生パンでさえ死の匂いがする
---生きましょうよ、ねえ。
---おれはおまえをいれる立棺だよ。
           (裏町にて・・・世界は誰のものか)
 
 
終戦時、予備錬から海軍士官となった田村22歳。
近衛歩兵としてスマトラ島出征後傷病帰国した鮎川24歳。
田村隆一と鮎川信夫の対比に、旧く海軍と陸軍を想う。
 
海軍は艦船を介して海で戦い、陸に上がる、その陸は概念としてニュートラルな非戦場。
対する陸軍、一般将兵は地を這い、肉弾もくらう、海は安全地帯とは成り得ず、須らく陸こそは戦いの場。そこに異なった厭世の所以を見る。
 
ダンディな海軍士官のイメージと、もっさりとした歩兵と。
ふたりの詩人の容貌そのままに・・・きっと独り身だと思っていた鮎川の死後に妻がいたと初めて知って詩の仲間たちも驚いたという。
 
ま、何れ戯れの比較ゆえ、お許しあれ。
 
 
*
愛を求め
出発するひと
あたらしい世界をたずね
遠くへ行くひと
お別れの言葉はいらない
夜明けの道はまっすぐで長いが
立止まってはならない
ぼくらのこころに
まだ燃えている彗星の
一千年の別離もさびしくはない
ひたすら求め たずねて行き
またいつか めぐりあおう
春は来たらず
喜びなき代の美しきひと
          (別離のうた・・・落葉樹の思考)
 
**
ついでに空は?ヒコーキ乗りといえば・・・
星のサンテクジュペリに紅のポルコロッソ(^^)
キーワードは“孤独”といったところか
 
 
 

田村隆一詩集

田村隆一詩集
思潮社  現代詩文庫1
 
外文しか興味のなかった高校生にとって、詩集といえば“ボードレール”だの“リルケ”だの“ヴェルレーヌ”に“ランボー”・・・朔太郎、犀星、順三郎なんぞは風呂屋の書割、芭蕉、家持は手水場の短冊。ましてや日本の現代詩なんぞ現代音楽と同じでちんぷんかんなもの、と。
でも、外文といったって原文で読めるわけでなし。結局、日本人訳者の感性で訳と韻を付されたものをありがたがっていたわけで。
 
友人に強く薦められて小さな小さな本屋で取り寄せた「詩集」は、現代詩文庫のシリーズ。白から薄いグレーに変わったけれど、むかしから変わらない装丁。おしゃれとは言い難いのは、ど真ん中にある「性歯」という漢字のせいか。
ページを捲ると小さなポイントで漢字だらけ。ものの影ではない硬質な言葉がならぶ。
 
*
空から小鳥が墜ちてくる
誰もいない所で射殺された一羽の小鳥のために
野はある     (幻を見る人・・・四千の日と夜)
 
*
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
          (帰途・・・言葉のない世界)
 
*
鳥の目は邪悪そのもの
彼は観察し批評しない
鳥の舌は邪悪そのもの
彼は嚥下し批評しない  (言葉のない世界)
 
 “私”の中の“私”ではない視点から発せられる
言の葉とメタファー
アジテーションと沈思
 
**
人生の折り返しを越えて、ふと田村隆一に会いたいと思った。
当時、鎌倉に住むという詩人に、一升瓶を提げて行けば、会えると本気で思った。「青いライオンと金色のウィスキー」に因んでウィスキーの方がいいかも、などとも。それでも、話をしたいだの、サインだ握手だ、なんて気はさらさらない。そりゃぁ、一升瓶を差し出すにあたって「こんにちは」ぐらい・・・いや、生身の詩人の手ぐらいは触れて・・・
ま、いずれミーハーの域を出ないか。
 
仕事柄、伝手に頼ればその時の住まいぐらいは容易く知れるだろう。もっぱら詩人のエッセイのファンだった家人は、きっとふたつ返事で付いてくる。さして費用のかかるものでもなし、あとは鎌倉行きの休日を工面するだけだった。
 
詩人が、朝から近所の酒屋で酒びたりの、ただの呑んだくれだったとして、眼前に立ち、酩酊の中で一瞬でもいい見開かれたその眼に見つめられることで、やがて朽ちてゆく体躯の中に取り込まれ、共に朽ちてゆきたい・・・とは、後で取ってつけた感慨。
 
ともあれ実行に移せぬまま、ほどなくその死の報にふれて・・・
取り返しのつかない(というと大袈裟だが)思いが残された。
ひとつの時代が終わったという思いと、それをついに傍観者として見送ったという忸怩たる思い、なんてぇとさらに大仰だけれど・・・
 
*
ひとつの声がおわった 夜明けの
鳥かごのなかでそれをきいたとき
その声がなにを求めているものか
わたしには分からなかった
 
ひとつのイメージが消えた 夕闇の
救命ボートのなかでそれをみたとき
その影がなにから生まれたものか
わたしには分からなかった
 
鳥籠から飛びさって その声が
われらの空をつくるとき
救命ボートをうち砕いて その影が
われらの地平線をつくるとき
 
わたしの渇きは正午のなかにある
         (幻を見る人・・・四千の日と夜)
 
 
 

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『偉大なる道−朱徳の生涯とその時代』アグネス・スメドレー

貧農に生まれ、国民党の将校を経て共産党へ入党後、軍務経験を生かして紅軍(八路軍)を指揮した朱徳将軍に密着取材したドキュメンタリー本・・・といったところ。人間的魅力にあふれた朱徳将軍が描かれている。
その朴訥とした農夫のような風貌からは、彼の軍歴の苛烈さを俄には想像しがたい。しかし、ベトナム戦争に於けるベトコンに通じる、日中戦争および国共内戦でのゲリラ戦術に象徴される粘り強さこそは、まさに農夫の血脈というものであるのか。

中国共産党の長征のルポルタージュというと、エドガー・スノーの「中国の赤い星」が有名で、こちらの主人公は毛沢東。今にしてみるとこちらはプロパガンダ色を強く感じて、読み返す気にはなれない。
それでも十代で読んだ・・・毛沢東、彭徳懐、周恩来、劉少奇・・・革命第一世代が輝いていた時代について書かれた書物には、確かな未来への躍動があった。たとえくたびれきった靴をして見るのが際限なく続く荒地であっても、一歩また一歩と、踏みしめるその先にはきっと豊饒の大地を想っていたことだろう。それがどれほど遠くても・・・。

しかし・・・
歴史は残酷な血路を用意していた、というべきか。
“「革命」は学ばせるものではなく、自ら成し遂げるもの”という毛沢東の信念のもと、紅衛兵として若き原理主義者を扇動した文化大革命という名の階級闘争が、国土を荒廃させた。そこでヒステリックに叫ばれた「造反有理」と「革命無罪」・・・

だが・・・そもそも「革命」とは何であるのか
ひとを殺してまで学ばねばならない「革命」とは、そして
ひとを貶め、ひとを辱め、ひとを奪う、その道義とは何か・・・

“若さによる無知”によって突き動かされる原理主義の狂気を目の当たりにするとき、不図ひとが生まれ変わってゆくことの功罪を想う。

ひとは生まれ死んで行く。
際限なく生まれ、尽く死んで行く。
産み落とされて死んで行く世界・・・百年足らずであらかた入れ替わってしまう世界。
そのような際限なく再生産を続ける世界の、「いま」がひと総体の進歩の先鋒なのだとして、先人の叡智を象徴する揺るぎなきピラミッドの、頂点に立っていると思えばこそ誇らしく、際限なき生死の連なり、その魁たらん・・・と。
それを“若さによる無知”は竿頭にて盲いているのであれば・・・

さて・・・
現在の中国人のイメージは、国家の頸城を離れれば徹底的な個人主義と拝金主義がすぐに思い浮かんでしまうのだが・・・先日、日本のITで成功した中国籍の起業家がインタビュー記事で“格差”について話していた中の「お金はフェアだ」という言葉が印象に残っている。「ほら、やっぱり拝金主義じゃないか」というわけじゃなくて・・・その言に「権力が生み出す格差ほどアンフェアなものはない」と続く。
お金の格差は、それでも努力と才覚で僅かずつでも穿つことができる障壁だけれど、「権力が生み出す格差」は、自身のまっとうな努力ではとうてい乗り越えられないものゆえ、と。

文化大革命という嵐が去った後も、なくならない・・・あからさまに振りかざされる権力と、障壁の前で挫折れる権力を持たざる人びとの構図。為に盲目的に衆塊する愚。
共産主義革命のその後・・・壮大な実験の結末。
いったいどこがいけなかったのか・・・

“問う 蒼茫たる大地よ
誰か よの浮き沈みを主(つかさ)どる”
 毛沢東「長沙」より

ふと・・・
革命がなされた後、政治には口を出すことがなかったという朱徳・・・その風貌に、わずかな希望を見る。あるいは、これこそが農夫の血脈であるのか。

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000018920639&Action_id=121&Sza_id=F3

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「ねぇアリョーシャ、これでも人間が愛せるだろうか」
ずっと、この台詞は、カラマーゾフの長兄ドミートリーか次兄イワンの言葉だと思っていた。しかし、いつか思い立って本書に探してみたが見つからなかった。

十代の終わりがけに読んだ「カラマーゾフの兄弟」は、ドストエフスキー文学の集大成。
未完でありながら彼の最高傑作と評される。

「やっぱりロシア人は喰ったり呑んだりする量が違うんだろうなぁ。お茶漬けサラサラとは違うんだよなぁ・・・」
友人がドストエフスキーの文章を評して、こう言っていたのを思い出す。
極寒の地で耐えて生き抜くには、喰える物はとにかく喰い、強い酒を呑むは必須。そこからくるパワーに持久力の違いを見せ付けられるのだ、と。
旺盛な生命力に裏打ちされ極限まで浮揚を許さない彼の文章は、お茶漬けサラサラ民族にとって、難解さのハードルを上げているのかも知れない。(最近の新訳では、そのあたりにも配慮して難解さを和らげているのかも知れないな)
同じように「破滅」へと歩みを止める事がなかった我が私小説の作家たちと比すると、確然としたその歩みには、力強い胆力をうかがわせる気がしたのだった。

カラマーゾフ家の三兄弟の物語は・・・
直情系の長兄ドミートリーが情(パトス)の象徴、冷静な次兄イワンは知(ロゴス)を、そして心優しいアリョーシャは愛(アガペー)・・・情(パトス)と知(ロゴス)の鬩ぎ合いをつなぐ愛(アガペー)・・・なのか。

同じ血を分け持つそれぞれのキャラクターが象徴的に表わされた、印象に残る場面が三つある。暁光に向かって馬車を走らせるドミートリーの高揚、イワンがアリョーシャに語る有名な大審問官の場面。そして、長老ゾシマの死に際してアリョーシャが抱く想い。
中でも私にとって物語の白眉は、聖なるものが腐敗していくという現実に直面してアリョーシャの揺れる想い。

ロシア正教は聖なるものの永遠性を尊ぶという・・・レーニンの遺体が冷凍保存されているのも、その影響らしい。それゆえに、敬愛してやまなかった長老ゾシマの死に接して、永遠なる聖性が目の前で失われて行く・・・それどころかおぞましい腐臭を発するという事実。耐え難い「世界の不条理」を突きつけられて、アリョーシャの中で起こった浮揚・・・それは愛(アガペー)が宗教という頸木を外れてなされた覚醒・・・のような気がしてならない。
骸は、ただの腐敗性物質・・・元をただせば、ひとはみな腐敗性物質にすぎない。しかし、そこにこそ宿るいのちは・・・

ふと・・・
「人間不信」という言葉に足をすくませた季節を想う。

十代の甘やかなこころが軽々しく口にした「人間不信」・・・
他者との齟齬に毛羽立つこころは、それでも、「騙された」とか、「裏切られた」とか・・・たとえどんなに酷い仕打ちであったとして、さらに幾重に苛もうが、それがA君B君という固有名を付与されたときには、そういう人間なのだから・・・で済ますことができる小事に過ぎないのだと思った。
絶望とは、そんな固有名を付すことができない「人間不信」なのだろう・・・とも。
それはどこからやってくるのか、といえば・・・

ドストエフスキーは、知人に宛てた手紙の中で
『アリョーシャがリーザとの愛に疲れ、やがてテロリストとなり、断頭台へのぼる』
といった続編の構想を示唆したという。(By Wikipedia)
しかし13年後の物語はついに書かれることなく、作家は死んだ。

さて・・・
「ねぇアリョーシャ、これでも人間が愛せるだろうか」
・・・これは、開高健の著作中の言葉だった。
その言は、13年後の物語を思い描いてのことだったのだろうか。

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031329584&Action_id=121&Sza_id=G1

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