犬山祭り

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犬山祭りその五

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そのどんでん館の中に、尾張型山車の形式という図がありました。

それを見て、西条だんじりのように前後対称形をしているのは
犬山型と久田見型だけなんだと解りました。

久田見というのは知らないので、ちょっと調べてみようと思ってます。
車輪は2輪みたいなのでどちらかと言うと下部は西条のみこしに近いのかもしれません。

犬山祭りその四

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こちらの車山について。

外町 梅梢戯(ばいしょうぎ)

延宝 2年(1674年)より車山を奉納
明治10年(1877年) 車輪車軸以外を新調

こちらの車山蔵ではないかと思いますが、かなり立派な蔵があり、
どんでん館という資料館も兼ねているようでした。
(祭り期間中は入場無料だったので観てきました。)

中には精巧な模型もありました。
蔵と資料館を兼ねるというのは新しい発想だなと思いました。
西条にもあれば面白いだろうなぁ〜(^^)

犬山城

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針綱神社のすぐ上には、国宝犬山城があります。
せっかくなので観てきました。

国宝は他に姫路城、彦根城、松本城がありますが、全国で四城しかないんですね。

ここで犬山城の紹介を。

文明元年(1469年)に織田広近が砦を築く。
天文6年(1537年)に織田信康が城郭を造る。(この時の城郭が今も部分的に残っているそうです。)
その後、信康の子の信清が城主となるが、
永禄7年(1564年)に織田信長に攻め取られる。
その後、池田恒興や織田勝長などが城主となった。

本能寺の変後は、織田信雄、その配下中川定成や、三好吉房などが城主となる。

豊臣時代には石川備前守が城主となったが関ヶ原の戦い後没落した。
慶長 6年(1601年)に小笠原吉次が、
慶長12年(1607年)に平岩親吉が城主となる。その没後
元和 3年(1617年)に成瀬正成が城主になり、以後成瀬家9代の居城となる。

明治の廃藩置県で廃城となったが、
明治28年(1895年)に旧犬山藩主成瀬正肥に地震での破損部分補修を条件に無償で譲渡され、
日本で唯一の個人所有の城となる。

平成16年(2004年)財団法人「犬山城白帝文庫」に移管される。

これだけの歴史があれば、国宝となるのもうなずけますね。

三国志の劉備が最期を迎えた白帝城が長江沿いにあるように、犬山城も木曽川沿にある為、
別名を白帝城と言うようです。

横にある交通安全祈願で有名な成田山からも犬山城を撮ってみました。

犬山祭りその参

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更新が遅くなりましたが、犬山祭りより車山紹介です。

本町 咸英(かんえい)

延享2年(1745年)より車山を奉納
文化2年(1805年) 再造
慶応元年(1865年) 再造し、現在に至る。

2枚目の写真にある、下山(西条で言うと土台でしょうか)の水引幕は鯉で、
下絵は岸駒(がんく)という江戸後期に京都を中心に活躍した絵師のもののようです。

西条の乳隠しにあたる部分は構造的に支輪に似てます。
逆に西条の支輪にあたる部分は斗きょうの構造になってます。
この辺が西条の絵巻型三階だんじり(松之巷、旧中之段等)に似ていて面白いですね。

3枚目の写真は、本町の車山蔵です。立派で風情がありますね(^^)

犬山祭りその弐

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針綱神社を出て、犬山駅に向かう車山です。

神社出口には桜並木があって、
そこを通る車山がとても良く似合っいて風情がありました(^^)

秋祭りも良いけど、春祭りは桜があって華やかですね。

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