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いつもにぎわっているブログがある。 別の街へ引っ越していくブログがある。 誰かに傷つけられたブログがある。 廃墟と化した、物音ひとつしないブログがある。 プログとは、人の生き死ににどこか似ている。 人は弱い。 人は忘れられた時に死ぬ。 いいや「ブログこそ 人から忘れられた時に死ぬんだ」たそがれ いつか自分のブログも死ぬのかな、、、そんなことも考える。 ブログを始めて何ヶ月で、ブログが死ぬ日をイメージしている自分に気づく。 いいや、ブログが死ぬ日を恐いと思っている。 それは人が「死にたくない」と言っているのに似ている。 ただ、人と同じように死ぬ日までは分からない。 何か漠然とした圧力がかかっている。責任感のような、使命感のような。 今までも死んでいくブログを、たくさん目の当たりにした。 コメがないから、記事(ネタ)がないから、時間がないから、 管理人と呼ばれる人がいないから、 コメに傷つけられ、コメに追い込まれ、コメに助けられ、コメに救われる。 「休止」という言葉もある。一時停止、その考えもいい。 逃げているような気もするが、自分のブログだ。 また始めればいい。 ブログ世界の環境は刻々と変わっていくだろうが。 ネットの中でのブログ時間が止まってくれないから。 自分のブログは止まっても、ネット内のブログに住む人たちの時間は刻々と変化する。 再開したときは、浦島太郎のようになっているかもしれない。 しかし一度休んだパン屋さんに人は来なくなる。 人は別のパン屋さんへパンを買いに行くからだ。 お休み中にそのまま閉店になることだってある。 走りを止めたマラソンランナーに目を向ける人はいない。 そこで終わりだ。 自分で走るのをやめちゃったんだから。 ストップウォッチの針は止まらないから。 「ブログを続けていくことは才能である」たそがれ ただしブログは人生と違って、 「全くの別人」に生まれ変わることができる。 いつでも「新しい人生」を再スタートさせることができる。 (201010)
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