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Eテレで放送され、録画したのに長く観ていなかった「TVシンポジム『司馬遼太郎が描いた”新撰組”』」。
最近、その録画を観ました。
コメンテータには、磯田道史さんや浅田次郎さん、他2名が出ていました。
浅田次郎さんとの思い出:
この番組の主題は、司馬遼太郎によって書かれた「燃えよ剣」と「新撰組血風録」に基づいて新撰組を語る番組(実際には、公開トークショー)です。ですが、CF-Bioは、「燃えよ剣」も「新撰組血風録」も読んでません。なぜか? CF-Bioは結構、司馬遼太郎の小説は読んでいるのですが、そもそもCF-Bioは勤王党のために、新撰組の内容には触れたくない、というのがあったからです。
ですが、この番組を観て、少し気持ちが変わりました。
まず、その時代を生きた人たちに正義も悪もない、ということ。最近、その感覚はわかるようになってきました。
もうひとつ、感銘を受けたのが、司馬遼太郎は、「龍馬がゆく」と「燃えよ剣」は同じ時期に連載を書いていた、というのです。同じ時期に書くことで、どちらのサイド、つまり勤王も佐幕もなく、公平に人間を見ることができる、好き嫌いなく人を見ることができる、ということらしいのです。
すごい感性です。
そして、この番組のコメンテーターが「池田屋事件により、明治維新が10年遅れた、というのは違うよね」という話。つまり、池田屋事件があってもなくても、維新に影響はなかった、ということでした。池田屋に誰がいて、誰が殺されたのか、何人が死んだのかも、実際にはわかっていないそうなのです。これは、目から鱗の情報でした。
「沖田総司」論も、なかなか面白かったです!
先日の人の葉書に「積読も良いもの」と書かれており、その意見に賛同したので、読む時間があるかどうかわかりませんが、「燃えよ剣」の上下巻を手元に置きたいと考えました。
ネットオークションやアマゾンをチェックしましたが、見るからにくたびれてそうな本ですし、送料もかかることから、最寄りのブック・オフに行ってみよう、という気になりました。きれいな本があったので、それほど安くないな(定価の半額以上)、とは思いながらも、上下巻の2冊を買ってきました。いくつかの表紙のパターンがあるようですが、この本たちは、すでに百七刷(上巻)と百九刷(下巻)でした!
結論は、新撰組って、いてもいなくても維新は起きていたし、新撰組の存在はまったく影響を与えてないのですが、そこには確かに人がいた、というコメントでした。
結局、人間社会や歴史の大きな流れの中では、人ひとりの人生って、そんなものかな、と思いました。
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