|
☆彡 わたしが 五歳になった頃 教会学校から ある施設を訪問
外人宣教師が 「親切なサマリヤびと」の レッスン後
みんなも 「良いサマリヤびと」になりましょう! と
幼+小学生を 連れて 出かけたのだった
まるで 遠足のようで みんなは はしゃいでいた
祖父も 一緒なので わたしのテンションは 上がりっぱなし!
でも 施設について 私たちは 画面蒼白
宣教師は 消毒の匂いをかいだだけで 卒倒寸前
歯医者に行くと 夕方まで 気絶している そんな人
雰囲気が 普通ではない むしろ こどもには 異常
わたしたちは まるで 明るいお化け屋敷に 迷い込んだように
廊下の 真ん中を 誰かの 腕にしがみつき びくびく歩く
ダンゴムシの 集団だった
「わりと 軽い人達の 談話室です」 と
看護師さんに 連れてこられたのは 明るい さわやかな部屋
真ん中に ソファーとイス 隅に 少し高く 畳が あった
みんなは まだ ダンゴムシ
宣教師も ひたいと手に あぶらあせ …
ドアの近くに かたまって おしくらまんじゅうのように
廊下に出ようとしていた
なにかが 違う … 帰るべき と いう 空気感
でも それを 破ったのは 祖父の 明るいあいさつの声
ドアから 部屋に入り 歩みを止めずに そのまま
施設の 人達の そばに行き 談笑し始めた
手なんか とりあって ゲームを始めていた
子ども達は 自然と 祖父の周りに 集まり
金魚のフンのように ぎこちなく笑い 遊び始めた
ずっと 緊張していたが 笑い 遊び
でも 大きな声で お別れの挨拶をしたものの
玄関を出て ほっ …バスの中で ぐったりだった
宣教師は 二度と 「良きサマリヤ人」バスツアーを
口にすることは なかった
園にもどり 窓の外の道路に 血だらけの猫を見つけたときも
まっさきに 駆けつけて 抱いて戻ってきたのは 祖父だった
なんで 園長先生 あんなこと できるのかなぁ と
みんなは 考えたけれど 想像もつかないので
「園長君は わたしたちの みかただよね」
と 結論づけたのだった
孫の 特権 …帰宅した 祖父に 理由を聞いた
イエス様は どんなひとからも 逃げなかったんだ
そんなふうに なりたいなぁって ずっと お祈りしてたんだ
だからだろうな …ときどき できるようになった
こわいなぁ とか しんぱいしながら?
いや 何にも 思ってない 普通だけど?
わたしは 思った 「逃げ出さない」んだ
それが お医者さんだ …
ふるえていたら 病気は なおせない!
医者としての 勇気?を 学んだのは そんなころだった
わたしって 気持ちから入る タイプだったみたいね
|
全体表示
[ リスト ]



