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つい先日、手話での教育にやっと国からOKが出ました。手話で子供を教えることができるようになりました。聴覚障害児にとって、本来の自分たちの言葉で教育が受けられることになったわけです。ここまで大変な時間がかかりましたが、とにかく一歩前進です。 わが家の息子は、乳幼児から小学部まで、手話禁止の聾学校にいました。小学部に入るまで、ひらがなを教えるのも禁止でした。純粋に耳と目(読唇です。)だけで日本語を使えるようにする方法でした。 学校からはっきりと言われたかどうかは記憶にないですが、そこには、あきらかに手話を使う人たち(聾者)への偏見がありました。学校内に、「手話を使う人にならないように。」という、聾者を見下すような視点がありました。自分の子供の障害を認めたくない親は、学校のこの態度に引き寄せられてしまいます。そして、手話を使う聴覚障害者を、わが子が同じ障害であるにもかかわらず、哀れみ、見下すようになります。 このとき、親の頭の中に刷り込まれるのが、「手話を使う人にならないこと。」です。それで、親は子供がちょっとしたサインをするだけで、「ダメ!」と言うわけです。「そんなことすると、手話を使う人になっちゃうよ!」という勢いを込めて禁止します。子供は当然、手話を使うことは悪いことだと考えます。そして、哀しいことに、自分と同じ障害の聾者を受け入れなくなります。 あきらかにおかしいことです。手話を使うことで、いかに自分が救われるかがわからないまま、手話を避けるようになります。こんなふうに育てられると、子供は手話にアレルギーを持ちます。手話で話しかけられたり、手話を見るだけで、いけないものを見たような表情になります。こういう気持ちを持った子供に手話の勉強をさせるのは至難の技になります。 私は、息子が小学部の低学年くらいから、この手話に対する偏見を取り除きたいと考え始めました。わが家の息子たち、聴覚障害者は、手話が最も使いやすい言語なのです。聴覚障害者同士で意思疎通するのに、手話は最も適している言語なのです。その手話に、間違った価値観を持って欲しくないと考えました。手話アレルギーを取り除きたいと思いました。息子たちが、自分たちの本来のコミュニケーション手段である手話を身につけていくための第一歩が、この手話アレルギーを失くすことだと考えました。 でも、日本では、一般社会でも聾学校でも、聴覚障害者が手話を使わないで、口話で生活することが、素晴らしいことだと言われています。そういう価値観なのです。それで、わが家で始めたのは、家庭内で手話を使うことです。妻は、手話教室に通い、私は妻から手話を教わりました。大切なのは、その姿を何気なく息子に見せておくことでした。つまり、両親は手話に肯定的であることを態度で示したかったのです。それが、手話アレルギーを失くす第一歩だと思っていました。 当然、息子とのコミュニケーションに手話を使い始めました。息子は手話アレルギーがあるので、手話を使いませんが、私はほんの少しだけ、勉強中の手話を使って息子と話をしていました。 ほんの少しでも、手話使う意味はあると思います。その意味の一つは、繰り返しますが、親が手話の価値を認めていることを示すことで、もう一つは間違いを減らすことです。 例えば、小学校高学年で酸素と炭素という言葉が出てきます。聴覚障害児にとって「さんそ」と「たんそ」は聴覚でも視覚(読唇)でも区別しにくいのです。しかも、試験で「さ」と「た」を間違えたら、必ず×になってしまう重要事項です。このとき、会話の中で、手話を知らなくても、酸素と言うときに指文字の「さ」を示しながら「さんそ」というだけで、間違って伝わることは防げます。 手話アレルギーがあると、親も子も「わかるから手話は必要ない」と言いがちです。でも、間違って伝わっているときに、「間違っている」ことはわかりません。聴覚障害者にとってラクして正しく伝えるのは手話が一番なのです。 実は、つい最近、息子に「手話アレルギーがなくなったのはいつか」と聞いたところ、「ほんの1年位前」という答えが返ってきました。正直、びっくりしました。息子は高校時代から、結構手話を使っていたからです。小さなころに教え込まれた価値観は、ここまで引きずるのです。 聴者の社会で生きていく聴覚障害者に、口話と手話をどう教えていくかは難しい問題です。でも、手話アレルギーを起こさせるような教え方はしないで欲しい。かれらのためにならない間違った価値観を植えつけないで欲しいと願っています。
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息子さんの手話アレルギーのところを読んで頭を何かで殴られたような感覚になりました。 今通ってる聾学校はかなり以前から手話を取り入れてる所ですが、だからこそなのですが親が手話に拒否反応を示す親御さんが結構いるのを先輩後輩に関わらず見てきました。 まだ息子は3歳で聴力も厳しいですが、声と手話を何となく使い分け始めています。 これからも日本語も手話も両方大事、というように育てていきたいです。 いつもいいお話を読ませていただいています。有難うございます。
2007/4/17(火) 午前 5:19 [ りうりうめめの母 ]
いつも読んでいただいて感謝します。おっしゃるとおり、日本語も手話も両方大事だと思います。そういう親御さんに育てられたお子さんは、幸せなお子さんだと思います。
2007/4/25(水) 午前 0:47 [ csj*o ]
私は中途失聴者ですが・・・大人になってから聞こえなくなり、これからの人生、誰とも会話できなくなってしまうのかと、不安になり手話を習い始めました。今手話サークル、お昼と夜の2つに所属していますが、健聴者方も多く、いろんな人が手話を習ってくれています。いい意味で手話が広まり、ろう者への理解度が高まればと私は思っています。心のバリアフリー目指して頑張っています。
2007/5/25(金) 午前 9:26
コメントありがとうございます。できるだけ多くの人が手話でお話できるようになるといいと思っています。わたしもまだまだ勉強中ですけど。
2007/5/29(火) 午後 10:18 [ csj*o ]
初めまして。大学の卒業論文の作成の為に聴覚障害児に関する資料を探していたところ、こちらのブログを見つけたので、お邪魔させていただきました。私は先天性の感音性難聴を持っていて、等級は二級です。ほんの少しだけ内容をご拝見させていただきましたが、私の両親もこんなふうに考えて来たのかなと考えさせられました。ずっと聴学校にいて下手にろう文化や手話などの知識を学ばなかった所為か、大学に入学してから手話を使うようになりましたが、抵抗感があまりありませんでした。手話アレルギーは環境によっては出るか出ないかが決まるのでしょうか。卒業論文の資料をもっと集めなきゃ!という気持ちです。
2012/7/6(金) 午前 0:05 [ 深海 ]
深海さん。コメントありがとうございます。最近、ブログを見るのもサボりがちで、返信が遅れました。失礼いたしました。手話アレルギーは、周囲の環境が作り上げるものだと思っています。そして、私の経験では、その環境は、親や(以前の)聾学校の先生が作ってしまったのだと思っています。
2012/8/12(日) 午後 11:03 [ csj*o ]