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平成25年6月4日(火)午後1時半から、教育保健センター4階大ホールで社会教育委員会があり、全体会・専門部会をした後、懇親会と、どっぷりと社会教育の1日となった。
社会教育委員は、議会の総務委員長が就任することとなっており、いわゆる当て職で1年間担当する。社会教育は公民館活動がその役割を担っている部分が大きく、活動報告においてもそれぞれの地域で通学合宿など特徴ある内容が見られた。
惣川の少年自然の家の活用ができるようできないか、などという要望が学校教育担当委員からだされた。私は成人式の記念行事の見直しの意見を出したが、賛否両論議論があった。現状の記念行事は、各5町の中学校のアルバムを西予CATVに委託して、DVD化、そして放映するものだ。
新成人は、自分の中学校の時は「わー」とか、「きゃー」とか歓声を上げて盛り上がる。しかし、他の4校の映像では蚊帳の外となる。
私はこれまで14年間来賓として成人式に出席しているが、それを見ても全く感動もしないし、なんと低俗な発想しかないのかと呆れてしまうのである。
そのようなことが成人式に必要なのだろうか?
成人式の後、同級会を開いてアルバムを見れば、それでいいのじゃないかと思う。同級生を集めて、久し振りに顔を合わせるという役割を成人式が担っているといえばそれまでだが、成人になった自覚とか、これから社会をさせていく大人になって行って欲しいという、そのような式であるから、もっとそれにふさわしい記念行事があるはず。
記念行事は新成人に任すのがよい、という意見があって、カラオケをやった年もあった。それも如何なものかと思った。市の行事としてやる以上、行政が自信を持ってこれが成人式だという練りに練った内容であって欲しいと私は思う。
これまででは、土佐礼子選手をオリンピックまで導いたトレーナーのご主人の講演とか、落語家をよんで落語を聞いたことなどが、とても成人式にふさわしい行事だと感じた。それは、例え落語といえども真打ちになるまで努力し、その成功の末に話されるメッセージは、落語を越えていたようでもあったからだ。
つまり、目標を持って自分自身の人生をしっかりと生きていくという自覚を新成人が持てるような内容の時間を、新成人が共有することが大切なのだ。単なる、時間潰しの時間ではないのだ。
宇和町時代、いい成人式に何度か巡り会ったものだから、これまで新成人を大切に育てた両親や保護者も同席して欲しいと思い、成人式の解放に取り組んだ。その結果、2階席に約100人弱の方が今年は来られていた。はじめは数人だったのが、解放して10年以上たち浸透してきた。
そういう思いがあるだけに、記念行事には拘りたい。今回の議論が、改善に繋がっていくことを期待している。
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地域:まちづくり




