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書庫地域:清風会

3維新協議会

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 平成26年5月19日(月)、午前に県議会議事堂へ3維新協議会に出席のため向かった。
 
 これは、松山市議会議員選挙の結果を受けて、今後の活動をどうしていくか、また、「維新の会」という名称を使い続けていくのかを話し合うためだった。
 
 もともと「維新の会」という組織は、大阪維新の会・松山維新の会の2つだった。
 地域政党という色合いで、地域のことを第一に考えていこうというのが柱の部分。その中に大阪都構想もあった。松山維新の会は、地方から政治を変えようという方針であり、中村知事・野志市長体制の原動力だった。
 
 しかし、昨年の参議院選挙辺りから流れが変わった。
 その前の年に大阪維新の会と太陽の党が合併し、日本維新の会が誕生し、維新の会が地域政党という概念が色あせてきた。また、国政政党ともなれば政策がどっちへいくかわからないし、地方のことを考えていくどころではなくなっていった。むしろ、国会の勢力争いが顕著化し、維新とは一体何だったんだと多くの人が考えた。
 
 そして、昨年3月に愛媛県にも日本維新の会愛媛県総支部ができた。
 松山維新の会、愛媛維新の会、西予維新の会には何の相談もなしに、突然記者会見が開かれ、付いてきたい者だけ付いてきたら良い、という方針が示された。その後、3維新と協調路線を模索したのだが、決裂し、県内3維新は中村知事のもとで地方から政治を変えるという精神を大切にしていこうということになったのである。
 
 今回、松山市議会議員選挙を通じて、松山維新の会は日本維新の会と同じではないか、という疑問が多く寄せられ、これではいけないという思いを多くの候補者がした。西予維新の会としても、日本維新の会との繋がりが全くない、ということをはっきりさせた方がよいと考えていた。3維新はあくまでも愛媛県内の地方政治を、これまでとは違った形にすることを目指しているからだ。
 
 そのような議論を尽くした結果、後からできた日本維新の会に振り回されて、我々の名前を変えるのではなく、しっかりとした理念に基づいて3維新が共に前進していこうという結論に至ったのだ。
 
 それは中村知事の政策を支持し共に行動していくことで、愛媛の経済、産業、観光などを活性化して、県民生活および特産品の販売、観光客の誘致を推進していくことなど、地域のために力を尽くし、我々の政策を実現していくことでもある。
 
 したがって、これからも西予維新の会は松山・愛媛維新の会と共に歩んでいくことを決心した節目となったと思う。
 
 
 
 
 
 
 

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