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書庫バルセロナ&ブリュッセル

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サグラダファミリアの公園にて



 いよいよバルセロナ第1日目、現地時間2015年10月30日。
 6:30am起床、7時出発。

 といっても、近所の朝の散歩みたいなものだ。朝食はホテルが協定しているというBar y panというバルで日本で言う喫茶店のような所。バルセロナにはやたらバルがたくさんあり、ストリートを歩いていると数分おきにお店があったり歩道に椅子とテーブルが並べてあったりする。

 その朝食のバルを探しに行ったのだが、説明で聞いたところに行っても店がない。そもそもバルセロナはヨーロッパの町にありがちな石造りの建物が美しいところで、大きな建物の一部がバルになっていたりする。そして、一部が銀行でありさらにその隣がスーパーマーケットのような構成で、店がオープンしないとシャッターの奥が何の店舗なのかわからないことが多いのだ。


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ホテル近くの街並み


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建物は1階が店舗なのだが、シャッターを下ろしていると何の店かよくわからない。1スパンが1店舗



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バルセロナは街路樹の美しい町だった



 結局バルを見つけれないままバルセロナの凱旋門へ行く。
 なかなか立派な凱旋門で朝日に包まれており、門を真っ直ぐに行くとシャウタデリャ公園や動物園、さらにその向こうにはバルセロネータ海岸へと続いていた。

 宿指定のバルは、実は別の名前で看板を上げており、いくら捜してもBar y panはなかったのであり、さらに、朝7時空いているバルはほとんどない。スペインでは朝は活動を開始する時間が結構遅くて、その替わり夜も遅くまでサッカーやショーなども行われている。翌日のフラメンコショーの開始時間は午後9時半だったりする。

 指定のバルが見つからないまま凱旋門まで来たので、凱旋門広場の角に店開きの準備をしていたバルに入り込みクリームパンとエスプレッソで朝食にして、持参していたソーセージとマヨネーズをおかずした。バルはどこもパンをたくさん品揃えしてあり、食べたクリームパンも美味しかった。


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朝のカタルーニャ広場



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乗り合いバスもカタルーニャ広場から出発



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凱旋門の前でのバルの朝食



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バルセロナの凱旋門



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ポストは黄色い



 時間は早かったのだが、早くサグラダ・ファミリアが見たいという思いと、入場券に指定してある9時入場というルールに遅れてはまずいという心配から、さっそくサグラダ・ファミリアへ向かうことにした。

 凱旋門のあるアルク・ダ・トリオンフから地下鉄を乗り継いで、サグラダ・ファミリア駅まで行く。地下鉄の階段を登ると目の前に青空を背景としてドッカーンとサグラダファミリアが聳え立っていた。もちろん工事中なのでトンボタワークレーンも並んで立っており、「これがあの夢にまで見た建築中の大教会かあ」、と感動したのだった。



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地下鉄のサグラダファミリア駅に到着



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サグラダファミリア駅から地上に出ると、教会が目の前に聳え立っていった



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イエスキリストの搭が建設中のため、トンボタワークレーンが立っていた



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生誕のファサード



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日本人建築家外尾さんが造った小搭とオブジェ



 午前9時までには30分以上時間があったので、まず生誕のファサードをじっくりと見てその前の公園辺りで記念撮影をする。そして、サグラダ・ファミリアの周辺を一回り。大聖堂の割には街中に建っているため予想以上に敷地の余裕がない。工事車両の出入りがあったり、落下防止の仮設の屋根が歩道にかけられていたりと、工事が現在進行形で行われていることを体感する。



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教会の周囲は工事真っ最中



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受難のファサード側の搭4本も完成している



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敷地が狭いので、歩道には安全対策の仮設屋根も設置してある



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受難のファサード



 受難のファサードを過ぎてガウディの若手技術者を育てるための講堂と思われる建物を回り、写真などを撮影、初めて対面したサグラダ・ファミリアを心に刻み込む。これまでの大聖堂についての知識があまりにもなかったため、4本の尖塔が聳え立っているイメージばかりが先行していたのだが、実際には後ろにも4本の尖塔が完成しており、残すところ最高高さとなる大聖堂の塔1本とさらに4本の尖塔、その付属の数本の塔が未着手状態で、かなり、教会としての形はととのいつつあるように思えた。

 石の彫刻がたくさん施されていて、その一つ一つに名前と意味があるのだが、それを思い出す余裕はない。ゴシック様式のゴツゴツとした塔ばかりの建物を何とか脳裏にやき付けたい、そう思うものの、よくも人間がここまでの建物を造るものだという感心と受けるインパクトの予想以上の大きさにただただ心が躍るばかりだった。
 世界中からガウディに惹かれてやってきた観光客たちが次々にやってくる。

 狭い敷地の周辺の道路にどんどん人が溢れてくる。時間制限をして入場者を調整しているのは、予約制にしないと一気に人が押し寄せたとき、サグラダ・ファミリア周辺がパニックになるのを防ぐためなのだろう。

 ファミリアの回りを一週しているうちに入場の午前9時が近づく。その時間のチケットを手にしている人たちが開門を今か今かと生誕のファサード前の入り口で待っている。世界中から人々が集まってきているのが、人種がバラバラなことからもよくわかる。毎日がこうなのだろう。回りではあちこちで観光客が思い思いの写真撮影をしている。みんなここへ来て喜びを表情に出しているように明るい感じがする。

 いよいよ午前9時丁度に開門となり、入り口から大広間へ入る。
 入るとその瞬間に、聖堂内部の空間の不思議さと想像を超えたリヴとヴォールトの構成に圧倒される。他の多くの人々も感激の声をあげていたり、感動を分かち合ったりしているようで、世界の中のサグラダ・ファミリアの偉大さを体感するのである。

 言葉では表現できないような力を持っていて、想像を超える建築物に唯々見とれるばかりだ。大聖堂の内部はほとんど完成しているのだろう、と思ったのだが、ガウディだったらもっとあちこちに彫刻を配置したのではないかと勝手に想像したりした。バラ窓などのステンドグラスも透過してくる光が様々な色に変化してとても美しかった。




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イエスキリストの搭の回りに4本の高い搭ができるが、その工事現場と思われる



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入場前になると多くの人が入口に並ぶ



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生誕のファサード側の入口



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大聖堂の天井に圧倒される



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他の教会では見られないガウディの思いが伝わる天井のデザイン



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大聖堂内部はステンドグラスの7色の光りに満たされていた




 しばらく大聖堂で正面のイエス・キリスト像を見ながら椅子に腰掛けて休憩をとった。柱や壁、その他多くの構成要素について考えてみた。結局、建築家ではここまでのこだわりを形にすることはできないだろうから、やっぱりガウディは天才の域に達した芸術家だという自分の中の結論に達した。

 その後、生誕のファサードに隣接する塔にEVで登る。
 これも予約制となっており、決められた時間に行かなければならない。割合と疎らに人がやって来るので、ほんの少人数だけ予約が可能なのだろう。EVも小さくて5人くらいしか乗り込めない。50mくらい上がって塔の内部へ。そこからは上がったり下がったりを繰り返して、メインの4本の塔のうちの1本をくるくる回りながら1階まで降りていった。




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EVで生誕のファサード側の塔に登った。小塔のオブジェが間近に見える



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サグラダファミリアの尖塔から見たバルセロナ市内



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尖塔の内部



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ここまで登っても、外壁には像などが施され凝っていることが証明される



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生誕のファサードの天辺は、樹木にハトがが羽ばたいてまとわりついているようなデザインだった



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下りは階段で降りるが、大聖堂の大きな柱の柱頭辺りの様子がわかる。塔がいくつも建設されるため、柱も林立している



 その後、受難のファサード側に出て、講堂の内部を見学。そして、地下のガウディ博物館を見たのだが、そこには今でも模型制作が続けられている様子もリアルタイムで見ることができ、どのようにしてこの大教会が作り上げられていっているのかの一端を理解できる。ここも多くの人で賑わっていた。

 最後に売店に立ち寄り、モンタネール最大のプロジェクトと言われるサン・パウ病院へ徒歩で行く。モンタネールはモダニスモを代表する建築家であるが、カタルーニャ音楽堂なども手がけており、ガウディ以上の名声を博したらしい。



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受難のファサード前にて



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ガウディの若手技術者のための講堂。壁はあくまで曲線で構成されている





 サン・パウ病院も世界遺産で、広大な敷地に整然と素晴らしいファサードを持つ建物が建てられており、カタルーニャ建築の特徴でもあるモザイクタイルを張った塔やシンボルなどが目立っていた。

 確かにサン・パウ病院のひとつひとつの建物は非常に手が込んでいて芸術性も高いのだが、サグラダ・ファミリアを見た直後だけに、芸術性の素晴らしさとは一線を画した建築であるという、全くガウディとは違う路線で造り上げられた建築群であると感じた。

 サン・パウ病院はいくつもの貴重な建物はあるが、外部だけに留まり内部を見ることが出来ないため、さらに魅力を増すためには何を伝えようとしているのかが欲しい。ただ、建物だけでは、それも外観だけではガウディの建築群のように世界の中での歴史的価値が不変でないかもしれない。歴史とか存在の意義とか、そのようなモンタネールとバルセロナの歴史の重なりがどうなのかなど知りたい気がした。


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世界遺産のサン・パウ病院



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サンパウ病院の中庭



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芸術は病の治療にも効果がある、というのがパウ氏の考えだったそうだ




 その後、グエル公園へ。
 歩いて行こうとも思ったが、やはり距離がありそうなのでタクシーを利用。やっぱり、サンパウ病院からグエル公園まではちょっと遠かった。

 バルセロナの観光スポットはどこも入場制限のようなことをしており、一度にたくさんの人を入場させない。グエル公園も予約が必要だったし、並んでチケットを購入すると3時間後くらいに入場となる。案内人はチケットだけ購入して翌日出直してくることを勧めていた。
 丁度お昼の時間だったので、近くのレストランで食事をすることにした。

 ビールを飲むなどで時間を過ごすとあっという間に入場時間となる。朝から歩いているので休憩にもその時間が良かった。グエル公園の有料エリアの外周を回りながら入場のタイミングを待った。外周からの入り口は4カ所あり、時間ぴったりまで待たされた。



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グエル公園入口の塀



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公園内の手摺り付きの通路。下部は人々が集う場所となっていた



 グエル公園に入るとまず、モザイクタイルが張られたベンチに腰掛けてみる。このベンチが有名だそうで、みんなそこに腰を下ろしてバルセロナの町並をバックに写真をとっていた。万国の人みんな考えることは同じのようだ。ベンチのある広場は人工大地でそれをギリシャ様式のエンタチスの柱が支えている。グエル公園には思ったほどガウディの作品は残されていないが、その一つがガウディの家でありさらに一つが学校として今も使用されている。


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公園を有名にしているモザイクタイルが貼られたテラスベンチ



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バルセロナ市内が見渡せる公園テラス。運動場ようなものと思っていたが、下部はギリシャ様式の柱で支えられている


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テラスベンチに腰掛けてみる



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テラスの下は数多くの柱で支えられている





 最後に中央出口から有料エリアを出るのだが、その出口付近に口から排水するモザイクタイル張りのトカゲが鎮座する。これはもっとたくさん造られているのかと思っていたが、実は1つのみ。その他に散歩をする回廊のような屋根付きの道も造られている。意外と斜面に公園は作られているのが、そもそもの予想と違った。

 ガウディの作品というべきモザイク模様の公園のパーツに一々感動して、写真をたくさんとりながら公園を出た。そこから坂道をずっと下っていき、途中の土産物やでトカゲの小さな置物を買う。きっとここへ来たことを思い出してくれるに違いない。それから地下鉄でカサ・ミラへ向かう。




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テラスの雨水を口から出すトカゲ。水は一端地下タンクに一端蓄えられるようになっていた



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公園の守衛の建物




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公園からの帰りの下り坂でパフォーマンスをする人もいた。浮いている!!




 地下鉄に乗ろうとしたとき、大事件発生!
 なんと、人生で二度目のスリにあったのだ。地下鉄の電車がホームに入ってくる頃、やけに自分の周りに人が増えたように思えた。友人に続いて車両に乗り込んだのだが、それを前に立って邪魔をする若い女がいて、それをかわして扉と女性の間から電車の中へ入った瞬間に財布が抜き取られたのだった。

 電車は発車し犯人は逃亡したのだが、どうしたら良いのか一瞬頭が真っ白になった。そして次の駅で下りてもとの駅まで引き返し、駅員に相談した。駅員はポリスマンのいる別の駅を紹介して、そこへ行けという。再び、地下鉄に乗り2駅目のカタルーニャ駅まで行き、ポリスマンを捜す。結局、日本で言う交番のようなところが見つかりそこへ入ると、数人の人たちがベンチ椅子に座っていた。

 しばらく時間が経つと、順番にその人に紙のようなものを渡して署名をさせている。結局は、被害届を渡しているのだとわかる。十分も立たないうちにその交番に新しい人が現れる。そして、届け出を書かせて証明書を作成し、被害者に渡すということを繰り返しているのだった。そんなにもここは被害が多いのだ。

 どうしようもなく観光を中断して宿に帰った。
 そして出来ることはクレジットカードを止めること。現金は返ってこないだろう。2カ所のカード会社へ連絡してすでにカードが使われていないか確認。再発行の手続きをした。あとはこの事件のショックをどうカバーしていくか自分で考えるしかない。

 バルセロナまでやって来て旅の初日でお金を失ったという影響はとても大きかったが、そのために今回の旅を終わらせるわけにはいかない。残されたお金でなんとか所期の目的を達成するしかないのだ。宿で一緒になった浅岡さんらと一緒に夕食はタパスとパエリアを食べにでかけて、今回のことの反省をしたのだった。


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ホテルに帰ってきた。入口の扉の高さは4mくらいある



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ホテルの看板も小さい







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